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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
精霊喰い編

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第7話 少年の天才無自覚問題児に対する思惑

 



 案の定、工具箱を持ったイエーオリはまっすぐ料理部へは向かわず、エルヴィーについてきた。


「なるほどねえ。そういうわけだったのか」


 そして、部室棟を使っている部活動が少ないのを良い事に、無断で資材倉庫として使っている教室にたどり着いた途端、にやにやと声をかけてきた。


「なにだがよ」

「アールをうちに引き入れた理由だよ。

 “妹ちゃん”の近況を口づてでも知りたかったわけだ。『エルヴィー・スラッガート』」

「うっせえ。ここではマノトンだっての」


 全てを話しているイエーオリの揶揄の言葉に、そこだけは訂正したエルヴィーは、一応倉庫に用があったのは事実なので、雑多に物が積みあがった室内を見渡してみた。

だが全く熱が入らず、結局木箱の上に座ってぶすっとイエーオリを見返した。


「それに、思い違いしてるぜ。俺は最近マルカの手紙に出てくる「アール」って野郎がどういうやつか知りたくてだな」

「ようするに、それ嫉妬だろ?そっちの方がおもしれえわ。どーしてこーしてシスコンだな、エルヴィー。シグノスに入学以来会ってねえのによく続くな」

「……夏休みには帰ってたよ。そうじゃないと、母さんに学費を払ってもらえないから」


 母の反対を振り切って、シグノスに入学するにあたっての条件の一つだった。

 ほかにも、母方の姓である「マノトン」を名乗らせてもらうことや、マルカにエルヴィーの様子を教えないなど、細かく取り決めたものだが。


「それにしたって1週間もしないうちに、部室棟に帰ってきたくせに。俺は都合よかったけどな。いくらでも術式彫刻(エングレーブ)の調整ができたからよ」


 壁に寄りかかってニヤリというイエーオリに、エルヴィーはあきらめて言った。


「マルカは、良い子なんだ。俺みたいな兄ちゃんでも、底抜けに慕って手紙を毎月よこしてくれるほど。だからこそ言えるわけない。マルカが慕っていたあの頃の俺じゃないなんてさ」

「まさか妹ちゃん、お前が魔術を使えないことを知らないのか!?」


 驚きに目を丸くするイエーオリに、エルヴィーは視線をそらした。


「母さんに頼み込んだからな。母さんが言っていないんなら知らないはずだ」

「……ああなるほど、それでお前が魔術銃にこだわる理由がわかったぜ」


 はじめていらだちをあらわにするイエーオリは髪をかき上げつつ睨み付けた。


「たとえ魔術銃に熟達したって、お前自身に魔術を使う力が戻るわけじゃねえんだぜ。お前がこのまま妹ちゃんに会わなくても、いつかはばれるぞ」

「わかってるさ、イエーオリ。だが、お前だってそれをわかっていて付き合ってるんだろ?」


 エルヴィーの鳶色の瞳に静かに見返されたイエーオリは探るような沈黙の後、根負けしたように視線をそらした。


「ああ、そうだったな。俺はとことん自分の技術を試すために、お前の目標を利用している。ミコトだって、魔術科じゃできない活動をしたいから、うちに入ってきたんだ」

「そこはせめて共闘って言えよ」


 明け透けな物言いに、げんなりとしたエルヴィーの言葉をスルーしたイエーオリは、壁から背を外した。


「ま、いいさ。どうせ、後であわてんのはお前だけだ。俺は外でひーひー笑いながら眺めさせてもらうさ」


 そう言葉を残しイエーオリは教室を去っていった。

 一人残ったエルヴィーは目的のものを探そうと立ち上がったが、ふと自分の手を見つめた。

 こんなとき、魔術の使える者なら簡易な探しの術を使う。


 エルヴィーは何百と繰り返した、魔術の基本である魔力の流れから、意識の奥にある魔力基幹に集中し、子供でも使える術式を構築しようとするが。


 あの日以来、どんなに働きかけても魔力基幹は沈黙を保ったまま、当然、魔術の反応光もなく、ただそこには己の豆だらけの手があるばかりだ。


 エルヴィーはわかっていた事実にもはや何の感慨もわかず、自力で探し物を始めた。





 **********





 エルヴィーが戻ると、美琴の姿はなく、小さな体で大きすぎる机に向かうアールだけだった。


「あ、みーさんなら、刻印活性がおわったから “禊”に行くそうです」

「そう、か」


 美琴の国では、魔術は「神事」の一つと捉えているらしく、魔術を行使した後は一定の儀式をして、「唯人」に戻る必要があるらしい。

 一度、東和国の魔術体系は一通り教えてもらったが、美琴がいまだにこちらの魔術を学びきれていないのと同様にエルヴィーもすべて把握できているわけではない。


「ついでにおやつを食べてくるって言ってました」

「さっき唐揚げ喰ったばかりだろうに」


 魔力保有量が多い魔術師に多い特徴だが、美琴の大食漢ぶりは魔術師の中でもずば抜けている気がすると、エルヴィーは苦笑する。


 見つけ出した資料を抱えながら机に近づくと、アールが、机に出しっぱなしにしていた、書きかけの術式構成図を見ていることに気付いた。


「先輩、これって」

「ああ、今回弾丸に込めようと思ってる術式の草案だよ。面積の狭い中に収まる様に簡略化しなきゃいけないんだが、いい案が浮かばなくてな」

「はあ……」


 珍しく、生返事を返して、あどけない顔に眉をひそめて、じっと紙を見つめているアールにエルヴィーは苦笑する。


「全部魔術言語と簡略式を使ってるから、わかんねえだろ」

「……先輩、ここ、と、そこ、同じ単語が繰り返されてると思います」

「っ!どこだ!?」


 困惑気味に机に広げたアールが、小さな指先で指摘するのに、エルヴィーは身を乗り出した。

 たしかに、表現が重複し、ロスになっていた。


「あと、ここの術式削っても大丈夫じゃないですか」

「ちょっと待て、これを削るとこっちの連結術式が不発になるぞ」

「そこはこことつなげれば。そうすると、この術式で一緒に定義されるのでたぶん、大丈夫です」


 エルヴィーはすばやく紙面に視線を走らせ、指摘されたラインを脳内でシミュレーションする。

 確かにそれでつながることに、エルヴィーは湧き上がる興奮に胸をおどらせた。


 薬莢に転写する術式は、その表面のみという制限があるため、複雑な術式の場合はなるべく簡略化させかつ効力を落とさないようにしなければならない。

 その技術料が、弾丸の高価格の理由でもある。

 その術式を自分で設計して書き込み、魔術師の卵である美琴に活性化してもらうことで、エルヴィーはそのコストを削減していたのだが、使える術式を設計できるようになるまで1年以上かかっていた。

 術式の矛盾や重複点の指摘は比較的容易とはいえ、それをこの少年は、学び始めてから一か月ほどで、物にしていることになる。

 嫉妬の念でもおこしたいところだが、アールと出会ってから何度となく似たようなことに遭遇していたエルヴィーにはもはや日常で、驚く気にもなれなかった。


「……そうだな、いける。よく分かったな、アール」

「この間、魔術式理論の授業で習ったんですよ。それが役にたちました」

「お前、何でもとれるからってそんな科目まで取ってたのか。他の生徒でも取れるとはいえ、ほぼ魔術科の生徒ばかりだぞ。魔術式なんて実際使えないと感覚がわからないし、つまらないだろう? お前だって魔力はあっても魔術は使えないんだから」


 エンピツと新たな紙を手繰り寄せて書き直しを始めていたエルヴィーは呆れて言った。


 魔術師になれるかという目安である、魔術適性というのは、主に生命維持以外で利用できる魔力量で決まるが、魔力運用値、自分の魔力を自由に動かせるか、というのも関係している。

 この少年は、自分と同じく魔力運用値が魔術適性を大きく下回る――つまり、魔力があっても、術式を構築するため必要な体外への魔力の放出ができない特異体質だった。


 エルヴィーを含め二人目とはいえ、この少年も入学当初から魔術科の生徒や教師から注目を浴びていたはず。


 アールは少々面を食らったように金の瞳を瞬かせ、困ったように言った。

「世界を文字と図形で表すんです。その現象にアプローチする方法が一つじゃないところなんて、僕は、面白いと思うんですけど。それに、エルヴィー先輩も取ってましたよね」

「そりゃ、これをやるには必要だったからな」


 パチンと、転がっている未刻印の薬莢を指ではじいた。


 自分は、目的があったから受講したが、そうでなくては、あの中に混ざるのはしんどかっただろう。

 だからこそ、そう言う目的がないのに、自分と同じように魔術科の授業をとっているのが不思議だったのだ。

 アールが本当に自分と同じなのか、わからない故になおさら。

 だが、それを具体的に口にする勇気は、まだなかった。


「ま、ありがとな、アール」

「えへへ、良かったです。余計なことって言われずに」


 少しびっくりした表情を浮かべたあと、アールがはにかみながら言うのに、エルヴィーは少々眉をひそめた。


「それ、誰に言われたんだ?」


 エルヴィーの詰問口調に戸惑うアールは、その眼光の鋭さよりも、譲らない雰囲気に、困ったように口にした。


「ええと、その。術式理論の設計の実技で。グループでやったんですけど、僕は何もしなくていいからって言われて。でも間違ってるところ見つけて、教えてたら……」


 予想通り過ぎる答えに、エルヴィーの眉間にしわが寄る。

 この少年のどん欲なまでの学習意欲で頭脳に詰め込まれた知識が自分などよりも膨大なことは、初めて一緒になった授業で理解していた。


 だが、それをわからず、その幼い外見だけを取り上げて、目障りに扱う生徒は少なからずいる。

 いや、わかっているからこそ、認められずに口さがなく言う者も居るからたちが悪い。

 普通科にもいるが、その感情はプライドの高い魔術科の生徒のほうが顕著だというのを、エルヴィーは身をもって知っていた。

 文化交流の名目で留学生として東和国からやってきた美琴は、自国独自の魔術体系のエキスパートとして一目置かれているものの、いまだ距離を置かれているらしい。


 教師も目を光らせているだろうが、それでもこうして受講していくのなら、ある程度はこの少年が切り抜けていくしかない。

 それでも、それきり口ごもるアールにエルヴィーは机に肘をついて言ってしまった。


「お前の両親ヒベルニアにいるんだろ。どう思ってるんだ、お前の飛び級」

「とうさまたち、ですか。かあさまは、好きなだけやったらいいって。つらかったらいつでもやめていいよって言ってくれました」


 一応自分の子供が置かれる状況を理解しているようだ、とエルヴィーは納得した。


「とうさまは好きなことを自由に“学ぶ”ために、武器になるくらいの知識を身につけなさいって。でも、一人で学ぶにも限度があるから、仲間を見つけなさいって言われました。自分よりできる人を羨ましがる人もいるから、そう言う人の声だけが大きくならない様にって」


 抽象的な説明だったが、エルヴィーは、その父親の厳しくも真摯な言葉の裏にある、アールへの全幅の信頼を見た気がした。


「うん、だから、マルカや、エル先輩とか、イオ先輩とか、みこさんに出会えたから大丈夫なんですよ!」


 エルヴィーは小さなこぶしを握って言うアールの、その亜麻色の頭に手を置いた。


「つらかったら、俺たちでも、先生にでもちゃんと言えよ。ミコトなら魔術科の授業は一緒になるだろ」

「はい、エル先輩」


 そのはにかむような笑顔につられてエルヴィーも唇の端を上げた。


 正直、なぜ自分の目的のために必要ないはずのアールを課外活動に誘ったのか、自分でもよく分かってはいない。

 同じ特異体質という興味から自然と面倒を見ることも多かったこの少年が、マルカと仲が良いと知り、アールから少しでも妹の情報を聞ければと思って、課外活動に誘ったことも確かだが。


 あまり認めるのも業腹だが、乾いた砂に水をたらすように知識を端から吸収していくこの少年が、次に何を見せてくれるか興味がわいたのも確かだった。


「じゃ、俺は、術式(こいつ)を仕上げるから、お前、この間おしえた通りの手順で、彫刻してみろ。わかんないところがあったら声かけてくれ」

「はーい!」


 嬉々として、台に固定した、練習用の金属板に向かったアールが、ぎこちないながらも丁寧にのみとハンマーを扱いだしたのを横目で見つつ、エルヴィーは術式をまとめにかかった。





 帰ってきた美琴が、どこからか調達してきた山盛りのクッキーをお供にお茶休憩をはさみ、しばらくして料理部から戻ってきたイエーオリが魔術銃を組み上げたところで、今日の課外活動は終了した。


 イエーオリが椅子に座ったまま伸びをしながらエルヴィーにいった。


「試射をしてから微調整だけだぜ。どうする、今から行くか?」

「それ、僕も見てみたいですっ!」


 自身の彫った金属板の出来栄えを眺めていたアールは、瞳を輝かせて手を上げて主張するのを見て、エルヴィーは首を横に振った。


「今日はやめておこう」

「どうしてですか、まだ日は高いですよ」

「お前の担当の先生から、初等部の最終下校時刻には絶対に帰らせろって口を酸っぱくして言われてるんだよ。お前が寮に住んでればよかったんだけどな」

「残念です」

「ちゃんと見せてやるから、心配すんな」


 納得してないようすのアールにエルヴィーは苦笑していると、イエーオリが興味深々で尋ねてきた。


「なあ、やっぱり手紙出すのか、その、最高位(クインティプル)のハンターに」

「まあ、出すよ。ノクトさんと約束はしたからな」

「くいんてぃぷる? って」

「ハンターは魔獣や魔物を狩ったり、危険地帯の採集を請け負う人のことってのは知ってるだろ? そういう人たちはハンターギルドってところで統括されていて、クインティプルってのはその中でもむちゃくちゃ強い人のこと」


 知らない単語に首をかしげる美琴に、イエーオリがざっくりと説明すると、耳をひくりと動かして興味を持った様子だった。


「あえるの?」

「いや、これからどうするかって話で―――」

「だからよ、手紙にぜひこの課外活動室に来てくださいって書いてみろよ」

「お前なあ、さっきまでは全然信じてなかったくせに何言うんだよ」


 思わぬことを言い出され呆れた声で答えたエルヴィーだが、イエーオリは動じず、むしろ好奇心いっぱいな様子だ。


「だってよ、最高位のハンターだぜ!? それが本当なら会ってみたいじゃないか! この銃の制作には俺だってかかわっているんだから、会う権利はあると思うぜ。というかお前だけずるいぞ!」

「おいおい……」

「私も、会ってみたい」


 強情に言い張るイエーオリと、珍しく熱心に主張する美琴に仕方なく、エルヴィーはうなずいた。


「しょうがねえ、書くだけだぞ。相手が忙しくて返事が来ないことだってありうるんだからな」

「おう!よろしく!!」


 非常に良い笑顔で親指を立てるイエーオリにちょっぴりため息をついた後、エルヴィーはふと思いついて大人しく座っていたアールを振り返った。


「そういえば、お前、西地区に住んでいたよな。「ドリアード」って薬屋を知らないか、西地区にあるらしいんだが」

「はい、うちです」

「は?」


 あっさりと言われたその言葉の意味を飲み込めずエルヴィーは間抜けな声を出した。


「「ドリアード」はとうさまのお店ですよ」

「まさか、ノクトさんとも知り合いだったり……」

「はいかあさ……ノクトさんはとうさまの親友です。時々泊まりに来るんですよ」


 まるで、あらかじめ定められていたような棒読み加減に違和感を覚えるも、それ以上に衝撃的過ぎる事実にエルヴィーが呆然としながらも、まさかと思いついて訊いた。


「もしかして、冬休み中にお前、ノクトさんに俺のことを話したのか?」

「はい、だからハンターギルドで会った時は驚いたって言ってました。僕も驚きました!」


 無邪気に言うアールにエルヴィーはげんなりと頭を抱えた。


「そういうことは早く言ってくれよ……俺、妙な勘繰りしちまったじゃねえか」

「かんぐり?」

「なんでもねえ」


 なるほど、知り合いの子供の先輩だから、声をかけてくれたのか。

 これで、あのクインティプルのハンターの親切に一応の理由が付けられたと、ほっとしている間にもアールは続けた。


「ノクトさんも、僕がこの部活動に入ったといったら興味を持っていたので、この部屋に招待すると言ったら、喜んできてくれると思います」

「よっしゃあ!聞いたかエルヴィー!!」

「聞いてるよ。本当に大丈夫なのか、クインティプルのハンターと言えば、依頼で忙しかったりしないか」

「ええと、ハンターのお仕事はしばらくお休みだ、と言ってたので大丈夫です?」

「その疑問形は一体――――」


 少々目を泳がせたアールの疑問口調は少々気になったエルヴィーだったが、それを聞く前に、イエーオリが乱暴に肩に腕を回してきた。


「いいじゃねえかエルヴィー!こうなったらアールを送りがてら今すぐ行こうぜ!」

「私も、ついていく」

「ちょっと待てさすがにいきなりは失礼だろ」

「大丈夫ですよ、とうさまも、先輩たちに一度会ってみたいと言ってたので。僕もうれしいです!」

「ほら、アールもそう言ってるんだからな、な?」

「……しゃあねえな」


 引く気がない様子に、仕方なく承諾の意を示した途端、特急で帰り支度を始めたイエーオリ達三人に再度げんなりしつつ、平穏無事に終わってほしいと切に願ったエルヴィーだった。





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