4 ドラゴンさんは逃すべからずと誓約す
気が付けば、私と青年を取り囲むように魔法陣が立ち上がっていた。
ってことは宣誓は受け付けられているのだ。
これで私が何も言わなければ、彼自身の誓いとして成立しちゃうくらいには。
強制使い魔って何そのプレイ!?
確かに逃すまじとか思ったけどそこまでいらないよっ!!
使い魔は、魔法使いが文字通り勝手の良い手足として使うために魔力のある生き物を異界から召喚したり、野生の魔獣を捕縛し複雑な契約用の魔法陣を使って細やかな契約条項を盛り込んだ上で(まあたいていは力尽くでもあるが)契約をする。
その場合、必ず盛り込まれるのが用事を言いつけた時の対価である。
たいていは契約主自身の魔力を渡すため、それが自身の力になるとわかっている使い魔たちは多少の文句はあれど主人に従う。
実情はどうあれ表向きは対等、利害で結ばれると言っていい。
さらに、契約は形ある何か、たとえば羊皮紙や装飾具を媒介とするため、それが壊れたり、術式を書き換えられたりするとあっけなく契約が破棄されてしまうのだが、魔力の量が少なくて済むことや、その分それからの契約条項の追加や破棄が容易なうえ、魔術契約のため破られたことが契約主にすぐわかるという使い勝手の良さから主流になっている。
古代語による魔術誓約は違う。
確かに、魔力を乗せた言葉だけで契約ができるという点では簡便だろう。
だが、強制的に魔力と魂をかけた誓いになってしまうのである。
しかも、恐ろしいことに言葉通りの意味で誓約は履行される。
例えば、誰かと指切りしたとしよう。
指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます♪のあれだ。
それを魔力を乗せ、古代語でやったとする。
そうして、知らせずにおやつを食べてしまった、とか知らないことを知っていると言ってしまうような、日常でもよくある些細な嘘をついてしまったとしよう。
文字通り魂を引き絞られるような苦しみに襲われることになるのだ。
さらに、嘘をついたほうは千本の針を飲まない限り、つかれたほうは千本の針を飲ませない限り、その苦しみは終らない。
どちらもどうでもいいと思っているのに、である。
確実に悲劇でありホラーである。
つまり原始的な分融通が全く利かない。
一度発した言葉は元には戻らないのと同じように、染み渡った魔力によって魂は縛られ、どんな些細な宣誓も破れば空中で石を離せば地面に落ちるように当たり前のこととしての強制力が働く。
それを回避する方法もなくはないが、要はあれだ。
全く割に合わないのだ。
しかもこの人、自分のすべてをささげるといったのにその対価としての要求を一切盛り込んでない。
それじゃあまな板の鯉どころか、自分で腹掻っ捌いて刺身にして食べてくださいって言ってるようなもんなんだよ?
何されても文句言えないってわかってるの!?
…………れ、冷静になれ、うかつな答えは自殺行為だ。考えろ私考えるんだ!
そう必死に脳みそをフル回転させるが空回りもいいとこ、頭ン中はおろおろあわあわ大パニック状態で、それでも1回転して現実逃避になったのか、ひねりだした声は妙に冷静になった。
『…………とりあえず。魔の理を学ぶものが、みだりに真名を明かすものではないよ』
今の私と彼くらいの格差があれば名前を呼ぶだけで相手を縛ることもできるのだから。
魔術を使う者ならば、たとえそれが出来なくてもみだりに呼びかけないのが礼儀となっているくらいだ。
そう思ってたしなめたのだが、青年はなぜかやりきった!とでも言わんばかりに爽快な表情をしていた。
『私 役に立つ 少ない。もらう、もの 大きい。残り、渡せる 自分 のみ。釣り合う』
いえいえおにーさんもっと自分大事にしましょうよ!?
それに人一人貰っても困るだけだって!
たまに遊びに来てちょっとずつ教えてもらう気でいたんですよ。
……というか、ずっと張り付くつもりですか!?
そんな微妙な私の機微をドラゴンフェイスから読み取るのは無理だろう、さらっとスル―された。
『それに、私、ドラゴン、知りたい。人より賢い、初めて知る。ここ、レイライン 整う。研究 一緒。循環きれい。気持ちいい。何よりドラゴン 美しい。 他、何ある?とても知りたい。だから、そばに おく 欲しい』
使い魔にしてくれと言いつつ、観察させてくださいとかあけすけだなあ。
好奇心と知識欲に塗れた上一周してイッちゃった感じだった。
まるで恋する乙女のようにぽっと頬を赤く染めて、なのに目をぎらつかせて手をわきわきさせる姿は顔が整っていてもかなり引く光景である。
それでも私はこの妙な青年を手元に置いてもいいかなと思うくらいには興味がわき始めていた。
よくよく考えればこーゆーマッドな感じは別として、言葉を教えてもらうには支障はないわけだし、また向こう何百年こんな絶好の機会が訪れるかわからないし。
…………そうだ、やるんならいまだ、今しかないっ!!
後から考えればまったく思考は冷えていなかったわけだが、その時の私はなんて好都合とばかりに受け入れる気になっていたわけでして。
それでも、使い魔はまずいんじゃねと思ったので私は頭の中からちょっとカッコつけた言い回しをひっぱり出し、文句をくみ上げる。
『よかろう。我《熔岩より生まれし夜の化身》の名においてネクター・プロミネントの宣誓を受け入れる。
ただし期間は我の人語習得までとし、彼の者が人語教授に真摯である限り、彼の者を守り意思を尊重することを誓約す』
青年と同じように魔力を乗せて宣誓した途端、幾何学と有機の入り混じった円環が明滅を繰り返したかと思うと魔方陣は二つの光球となってそれぞれの胸に飛び込んでいった。
これが、融通の利かない魔術宣誓を少しでも和らげるための手である。
精霊に監視役になってもらうことで双方の誓約に対する意識の度合いや、言葉のニュアンスまでくみ取って、レベルを調整してくれるという親切仕様なのだ。
その分誓約を成立させるには膨大な魔力が必要なのだが、魔力チートなドラゴンには些細なことである。
先ほどの例から説明すれば、もしおやつを食べてしまっても許容範囲と認めてくれれば針を千本飲まなくても良くなる。
ただし、もし許せなかった場合は互いが無意識のうちにこれくらいと思っている、またはここまでやれば許せると思う罰が下る。
それでも誓約は絶対のものとして魂に刻み込まれているから、うっかりしてると魂ごと消滅しかねないし、すぐに死ぬがじわじわ死ぬになったくらいなのだが。
まあ今回の光球の色からして、重要度も高くないと判断されたようだから破っても腕一本もってかれるだけで済むだろうけどね。
『今、精霊!!』
宣誓文句を知っていた割に誓約の精霊は知らなかったらしい。
こっちのほうは伝わってないのかな。
それでも何が起こったのかおぼろげにわかったようで真白な顔をして呆然とする青年に説明してやった。
『この宣誓は世界の根幹に近い魔力を精霊化させて監視役になってもらうんだ。
私達の間では誓約の精霊って呼んでいる。これで君と私は誓約によって結ばれた。君の名を知った私なりの誠意だよ』
『……誠意?』
『君の宣誓で、私の使い魔になることは変えられない。だが期間は設定されなかったからそこにねじ込ませてもらった。君が言葉を教えてくれる間、私は君を守り、自由を尊重するということさ。そうじゃなくても害すつもりはないけれど、あるのとないのでは大違いだろう。
―――せっかく国から自由になれたばかりなんだ。ちょっと大きいだけの黒トカゲに全部捧げることはない。私は話ができれば満足なんだから、そのあとは好きにするといい。それまでは私がこの身と魔力にかけて守るよ』
まあ、彼が国に連れ戻されて困るのは私だから、当然といえば当然なんだけど。
私が欲しいのは言葉の先生なのだから、そーゆーのはナシ方向で!!
『でも、私、ドラゴン、名前 知った!!』
自分で言った言葉に納得していると、また泣きそうになっている青年に言いつのられた。
あーなんだそんなこと。
『私は世界の分体だ。
名こそついて意志の自由があるけれど、世界の一部である私の名を呼べるものなど高位精霊や同族しかいない。頑張れば音だけを文字として残すことはできるだろうけど、君が教えようとしても発音もままならないよ。
だけど、これから一緒に過ごすのに、名前がないのもつまんないか。ならネクター、私のことはラーワと呼ぶといい』
目をぱちくりさせている青年に向かって、ドラゴンフェイスでも笑顔を浮かべてみる。
ちょっとでも伝わればいいけど。
『私はね、これでも少し、喜んでるんだよ。なにせ、人に名を教えることなんてないと思っていたし。君は私がこの世に生を受けて初めて名乗った人族なのだから』
『初めて?』
『言っただろう? 言葉が通じたのは君がはじめてだって。もちろん、愛称なんて考えて呼んでくれと言ったのも君だけだ』
おじいちゃんとは私の二人きりだったから小さな黒竜とおじいちゃんで用が済んでしまったし、魔族のリグリラは……ガチンコ勝負で勝利した時点で力関係が決まったから私が負けない限りは尊称以外では呼ばない。
今のところ名前に近いものを呼ぶのは彼だけなのだ。
青年は、泣きそうな顔で笑った。
まるで、思いもしなかった宝物を貰ってどうしていいかわからない時のような、そんな複雑な表情だった。
『ラーワ、感謝。これから よろしく』
『ああ。こちらこそ。ネクター』
はじめて他人から呼ばれた名前は、ちょっとくすぐったかった。
ドラゴンに生まれて数百年。
目指せ友達作りの第一歩、言葉の先生兼使い魔(仮)をゲットしました。