第4話 ドラゴンさん、ひ孫君と仕事する
魔力波というのは、もちろん一人一人違うものだが、地球で言うDNAと似たような性質があり、親子や兄弟間で似通うことが多い。
人族の間でもそれは知られていて血縁関係を調べる魔道具もあるくらいで、熟達した魔術師ならその血縁者を“嗅ぎ分ける”ことも簡単だ。
契約締結後、四半刻ほどで準備を整えた私たちは、さっそく連れ立って外門までの道を歩いていた。
エルヴィーは緊張に身を固くしながらも黙々と私の隣を歩いている。
まさにかちんこちん、といった感じだ。
私が最高位のハンターだとわかって以来ずっとこの調子である。
まあ、実力主義のハンターギルドだから、最高位ともなると雲上の人という認識らしい。
ぶっちゃけ気になる。すごく気になる。
まさか、こんなところでカイルの子孫に会えるとは思っていなかっただけ驚いたが、感覚を研ぎ澄ませれば確かにカイルの気配が感じられて、無性にうれしかった。
世代から考えると大体ひ孫あたりかなあ。もうこんなに大きい子がいるんだなあ。
いかんいかん、今は仕事中だ。にやつくのは後でだぞ。
でも、後でネクターとアールにも教えてあげようっと!
「あの、ノクトさん。俺の顔に何かついてますか?」
やっぱりちらちらとみていたのがばれてたらしい、緊張にこわばった表情のエルヴィー君に訊かれてしまった。
「ああ、ごめんよ。やっぱり、君の魔力波が薄いなあと、驚いてたんだ」
まさか、君の曽祖父と友達で、ひ孫の君を見て懐かしがってますなんて言えないので、私はもう一つの気になっていたことを口にすることでごまかした。
嘘じゃないしね。
エルヴィー君の魔力波は、私も直接手で触れてみないと確信を持てなかったほど微弱で、色が感じられないのだ。
今でもエルヴィー君から放出される魔力は、大気に含まれている魔力に紛れてしまうほど微量だったから、カイルの魔力波を知らないアールは気づかなかったのだろう。
初等部で一緒のマルカちゃんがそうだと気づいたのは、苗字が「スラッガート」だからと言っていたくらいし。
そんなことをつらつら考えているとエルヴィー君は面食らった顔をしていた。
「え、ノクトさん、俺の魔力波がわかるんですか? 学園でもギルドでも魔術師はみんな『お前本当に人間か?』って真顔で聞いてくるのに」
まあ、確かに周囲に放出される魔力波は生命力、生きるモノの気配だから、そう言われるのも無理ないかな。
私はほら、レイラインの修繕必要箇所を探すために、どんな小さな漏れでも見逃さない訓練積んでるからねー。
「まあ、私は敏感なほうだから」
でもまあそんなことは言えないから無難に濁すと、エルヴィー君は勝手に納得してくれたようだ。
「さすが、最高位ですね。……で、これからのことですが、これから徒歩で今回の目的の『雪消草』の群生地へ行くと、野宿することになりますから、準備が必要です」
「ああ、それなら大丈夫。職員さんからは、騎獣の貸し出し証貰ったから、ギルドへのツケでどんな騎獣でも乗れるよ」
急ぎだということでティルダさんが奮発してくれた、ギルド所有の騎獣が乗り放題のチケットをポケットの上から叩いてみせれば、エルヴィーは申し訳なさそうな顔で言った。
「すみません、俺は魔力波が薄いせいか、幻獣には軒並み嘗められて乗れないんです。でもただの馬をシグノス平原につないでおくわけにはいかないんで……」
「ああなるほど、じゃあ、その背中にしょってるのは野宿用の一式なわけか。難儀だねえ」
「そのおかげか何もしなくても獣や幻獣に見つかりづらいんで、一人で採集するのも楽なんですけど。本当にご迷惑をおかけします」
「静かの森」が夜になると格段に危険な場所になることを理解しているのだろう、不安そうに頭を下げるエルヴィー君の肩に、ぽんと手を置いた。
「大丈夫だよ一つの方法にこだわることはないんだ。ほら、ついた」
話しているうちに外門近くに作られているギルド所有の騎獣舎にたどり着いていた。
私は、中をのぞいて、管理人のおじさんに声をかけた。
「すみません、二人乗りできる騎獣ってまだいますか!」
「ああん? ずいぶんな重役出勤だなあ、お前さん」
丁度騎獣の世話をしていたらしいおじさんが、呆れたように言いながらもフォークを使う手を止めて応対してくれた。
「だがなあ、扱いやすい奴は借りられちまってるから、気難しい幻獣系しかいねえぞ。お前さん、ランク足りるか?」
「大丈夫です、紹介してくれませんか?」
私がティルダさんからもらった許可証を渡すと、内容を何気なく読んだおじさんは、信じられないと息を飲んだ。
こういう時には高ランクだと話が早い。
「こりゃあ、大物の兄ちゃんが来たなあ!! よっしゃ、それなら良いのがいるぜ。こっちこいや」
いそいそと歩いていくおじさんの後ろをついていくと、別棟の騎獣舎へ案内された。
さっきいたと騎獣舎よりも、数段頑丈そうな建物の中からは、まさに猛獣や怪獣の唸り声が響いてくる。
だが、その声も、私がおじさんの後に続いて室内に入るとピタッと止まった。
そこにいたのは、鷲のような頭と翼に、馬の胴体をした幻獣、ヒポグリフだった。
今の私の身長の1,5倍はあるそのヒポグリフは、警戒と困惑の瞳でおじさんと私を、正確には私を見ていた。
「珍しい、あのヒポグリフが大人しくなってら」
だが、おじさんが近づこうとすると、翼を広げて威嚇する。ともすれば首につけられている鎖と首輪を引きちぎりそうな勢いだ。
それで近づくことをあきらめたおじさんが肩をすくめつつどうするのかと言わんばかりに私を見たので、ゆっくりとヒポグリフの前に近づきながら、思念話をつないだ。
≪こんにちは、私のことはわかるかい?≫
すると、ヒポグリフは驚きに目を見開いた後、膝を折った。
どうやら思念をつないだことで、私がどういう存在か理解したらしい。
賢い子だけど、隣でおっちゃんが絶句しているから、そこまでしなくてもよかったなあ。
≪これから私ともう一人を君の背に乗せて飛んで欲しいんだけど。外に散歩をしに行かない?≫
ああ、人の間で生まれたけど、ここに来たのはつい最近で、ストレスたまっていたのね。
外に行くのは願ってもないけど、もう一人は嫌だ?
≪困るなあ。大切な人なんだよ。そこを何とか≫
しぶしぶといった感じだったが、ヒポグリフは了承返事代わりに私に頭を差し出してきた。
「まさか、あのヒポグリフが、自分から頭を……!」
「おじさん、この子を借りてくよ。鞍を出してくれるかな」
頭を撫でてその羽をもふもふしながら、私はあんぐりと口を開けて固まっているおじさんを振り返って言ったのだった。
「少年、借りてきたぞー!!」
騎獣舎の外で不安げに待機したエルヴィーは私の声に振り返った途端、おじさんと同じようにあんぐりと口を開けて固まった。
「そ、それヒポグリフじゃないですか!? 第3級の幻獣なんて俺乗れませんって!!」
「だから2人乗りできれば大丈夫かなって。この子も了承してくれたから」
と、言いつつ、当のヒポグリフはエルヴィーを胡散臭そうな眼で眺めつつ今にもかみ付きそうな様子だった。
エルヴィーも戦々恐々としていたから、背を叩いて窘める。
「ダメだよ、この人は大事なお客様だ」
途端、めんどくさそうではあるが、乗りやすいように膝を折って座ってくれたヒポグリフを、エルヴィーが信じられないとばかりに目を丸くしているのがおかしかった。
その後、私に続いて恐る恐るよじ登ろうとしたエルヴィーが背後から髪を突っつかれるという悶着があったが、そうして外門から、一気にシグノス平原へ進路をとったのだった。
**********
空を飛んだことで半日はかかる道のりを30分程度に短縮し、私たちは目的地である「静かの森」にたどり着いた。
だが、途中、久々の外界にはしゃぎまくったヒポグリフによるアクロバット飛行に、エルヴィーは完全に酔い、地面に降りてすぐ物陰に隠れて吐いている。
酔い止めの魔術でもかけてあげればよかったなあ。
私は全く問題ないので、ちょっぴりヒポグリフにお説教だ。
地面に伏せて上目遣いで見たって、か、可愛くないんだからな!?
‥‥‥仕方ないから、呼び笛が聞こえる範囲で遊んでくるようにーといった瞬間、嬉々として飛んで行ったヒポグリフを見送った後、エルヴィーがげっそりとした様子でも何とか茂みの影から出てきた。
「し、死ぬかと思った……」
「災難だったね」
「なんで、平気、そーな顔、してんすか……」
「まあ、なれてるからねえ」
ケンカ売ってくる魔族(主にリグリラ)と空中戦ともなると、あれくらいは遊びの範疇なんだよねえ。
とは言えないので曖昧にぼかしつつ、エルヴィー君に水筒を差しだしてあげるとごくごくと飲む。
「お待たせしました、じゃあ、こっちです」
それで完全に切り替えて、仕事モードのきりっとした顔になったエルヴィーと共に「静かの森」へ入った。
今回の目的は魔獣討伐ではなく、採集なので、獣避けがてらのんびり世間話をしながら行く。
「君、この仕事長いのかい?」
「いえ、そうでもないです。去年からやっと就労許可が下りたんで、それ以来土日と長期休暇でちょくちょくやらせてもらってます」
「にしては、ずいぶん山道に慣れてるね」
緩やかな傾斜とはいえ、道ともいえない獣道を話しながら歩いていてもその足は乱れず、こちらの話に応じる元気があるのはこの年では中々すごいんではなかろうか。
感心して言うと、前を歩いていたエルヴィーが振り返って苦笑する。
「それは……まあ、昔っから野外活動は親に仕込まれてたんです。道を覚えらればよかっただけなんで、俺でもなんとかやれてます」
「へえ、学校でそう言う科に通っているのかと思ったよ」
アールからは取ってる授業が一緒って以外何も聞いてないからね。
「あはい、そうです。一応戦闘科って呼ばれる、幻獣や魔物の討伐に伴うもろもろを教える学科に所属してます。ハンターギルドに居るシグノスの学生は大体そいつらや、魔術科の連中ですよ。――――……つきました」
うっそうとしていた森が開けた箇所が、原っぱのように草で覆い尽くされていた。
「『雪消草』は、雪が降り積もった時が一番見つけやすいんですけど、雪が降る前に準備しておかないといけないものなんで、この時期に結構来る臨時依頼なんですよね」
雪消草はほかの植物よりも虫たちに見つけてもらいやすくするために、微量な魔力を使って自分に降り積もる雪を解かすのだ。
開花時期は指先で触れてもほんのりと温かく、エルヴィー君から聞いた話によるとカイロの原材料や除雪材を作るときに使われる薬草なのだそうだ。
塩をまくよりもよっぽど建物や道路に優しい。
「でも、「周囲に雪が降り積もらない」っていう以外は、地味な植物だから冬以外は判別がつきづらい、と」
「まあ、根気よく探しましょう。俺も手伝います」
「ありがとう」
そんな風に、リュックを適当な木の根元においたエルヴィーがさっそくしゃがんで探し始めたのに、保管袋を腰につけた私も続いた。
ほいほい、みんな―雪消草はどこかい?
あ、そこにいるんだ。ごめんね―ちょっとだけ葉っぱを分けてねー。
微弱な思念話で植物たちと意思疎通をしながら、余った思考でエルヴィーに話しかけた。
「さっきの続きだけど、案内人をしてるってことは将来的にはハンターになるのかい」
「んー……正直、ハンターやってるノクトさんには悪いですけど、あんまり、何になろうとかは考えてないんです。―――ただ、強くなりたいな、とは思います」
エルヴィーが最後に付け加えた言葉の思い詰めた調子は少し気になったが、無難に返した。
「構わないよ、私も真面目に働いているハンターには申し訳ないくらい不真面目だ」
「最高位にまで上り詰めたのに?」
驚いた声を上げたエルヴィーに、苦笑して答えた。
「あれは、まあ気が付いたらそこまでいっていた、ってだけなんだよ。正直なところ」
ハンターを再開したのだってネクターの店の開店資金を稼ぐためと、人型用の身分証がほしかっただけだからなあ。
おおむね目標を達成した今じゃ、自分用のお小遣いとアールにあげるためのお小遣いを稼ぐくらいしか用途が無かったりする。
「最高位のハンターなんて、いく所へ行けば貴族と変わらない生活ができるのに」
「私には、あまり興味がないことだからね。あと、しゃべりにくかったら敬語、緩めてもいいよ」
「ありがたいですけど、他で地が出たらまずいんで、このまんまでお願いします」
生真面目に答えたエルヴィーがふと、雪消草を摘む手をとめて私を見た。
「俺のこと、どうしてそんなに聞きたがるんですか」
「気を悪くしたならごめんよ。興味があったから、じゃ不味いかな」
「ええと、まさかとは思いますが、そっちの気あるんですか?」
真面目な調子で尋ねてくるエルヴィーに私は面食らった。
ああ、そっか、最近じゃあハンターは女性の比率も増え始めたけど、それでも7対3くらいだから同性愛の人も少なくない。
エルヴィー君も案内人の講習だかで注意されたんだろうね。
「安心してくれ、私は配偶者がいるから。仲良くできたらなあと思うけど、君をとって食おうとは思ってないよ」
髪をかき上げて既婚者の証である片耳の耳飾を見せると、エルヴィーはちょっと顔を赤らめつつほっとした表情になった。
「そう、ですか。すみません、ぶしつけなことを聞いて」
「いいよ。私も結構無遠慮だったから。ただ、二人きりの時はそういう疑いを持っても聞かないほうが良いというのが、先人からのアドバイスだ」
私もちょいと危なかったことあるからなあ。
エルヴィー、ちょっと負けん気強そうに見えるから、そう言うのを泣かせてみたいっていうのが好みな人もいるからねえ。
「はい、これから気を付けます」
少々遠い目になった私の顔を見て、ものすごく納得した風でうなずくエルヴィーだった。