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ドラゴンさん、幼女になる 9



 

 荒れ狂う魔力を感知した封印具が吸収をはじめたが、あっという間に許容量を超えて砕け散った。

 そうして抑えるモノのなくなった私の魔力に精霊たちが呼応して、局地的な嵐のように駆け巡り、室内を軋ませるほどの奔流となった。


 ホール内の人々はそんな事態になってようやく私の存在に気付いたが、悲鳴を上げながらわが身を庇うことで精一杯だ。

 儀式をしていた男は突然現れた私に目を剥きながら、それでも子供にナイフを突き立てようとしていたが、私の視線の意をくんだ精霊たちに地面に叩き付けられていた。


「このガキっ!」


 背後から私を抑えようと襲い掛かってくる人間がいたが、私が意識せずとも魔力の奔流に巻かれて吹っ飛んでいく。

 ふと、このままでは子供も巻き込んでしまうと気づき、隔離された広間に走る魔力を抑え、ついでに外の連中に邪魔されるのも面倒なので、魔力を動かしてドアを閉じて鍵もかける。

 不気味なほど静まり返ったホール内に、鍵のかかる金属音が妙に響いた。

 見れば観客席として設けられた椅子と人間がいる。


 邪魔だな。


 腕で払うと、椅子が座っていた人間ごと整然と動き、通路ができた。

 悲鳴を上げながら勝手に動いた椅子にしがみつく人間の間を、小さな手足でゆっくり歩き、舞台の中央にたどり着く。

 子供たちがただ封印具によって眠っているだけだ、ということを確かめほっと息をつき、儀式の召喚陣に目を落とす。


「な、なんだ貴様は! 神聖な儀式の場に土足で踏み込むとはっ!」


 その間に叩き付けられていた男が起き上がって詰め寄ってきたのに、問いかけた。


「これ、何がしたかったの?」


 自分でも驚くくらい低い声だった。

 だが男はわからないらしい。鼻で笑ってふんぞり返った。


「これこそは、我らが崇拝する悪魔、グストゥグセス様を奉じる儀式である! 我が同胞たちはけがらわしい魔に染まった子供を、グストゥグセス様に捧げ、望みを叶えていただくのだ!」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、そこにいるのが、崇拝する悪魔?」


 その男の言い分がおかしくて、唇の端を吊り上げながら、ホールをすべて見渡せる一段高い位置にしつらえられていたそこを振り返る。


 その金ぴかな椅子に座り込んでいたのは成金趣味も甚だしい大仰な衣装を着た男だ。

 少なくとも、人族の男の形をした何か。

 その男が悔しげに顔をしかめながら術式を展開しようとしていたから、広間全体を封じる結界を張ることで妨害した。


空間転移(テレポート)で逃げようとしてもだめだよ。“グストゥグセス”」


 私が呼びかけると、魔族、グストゥグセスは開き直ったかのように金ぴか椅子の肘掛けに肘をつき頬杖をついて舌打ちした。


「けっ、あともうちょっとで魂にありつけたっていうのによ」

「グストゥグセス様っ!」


 言葉を発したグストゥグセスに、観客や男は即座にその場に膝をついてこうべを垂れた。

 よく躾けられている事だ、と胸の内で冷やかに考えていると、グストゥグセスは私に更に言いつのる。


「くっそ、どこの魔族かしらねえがルール違反だぞ。ここは俺が先に目を付けたんだ。邪魔するんじゃねえよ」


 その言い方に私は違和感を持ったが、それよりも聞きたいことがあった。


「君が、こんな意味のない儀式を教えたのかい?」

「ん? おうよ。人族ってのは意味なくてもそれっぽい儀式とかやるほうが満足すっからな。高めた魔力も頂けるし、俺が言えばいくらでも生贄用意してくれるんだぜ。こんな楽なことはねえよ」

「君のそれは、化身ではないね。どうしたんだい」

「ああこれか? ちょっと前に俺を召喚しようとした魔術師がいてよ。んでもいざ契約ってときに魂は嫌だから別のもんにしてくれって言われたから、この身体を貰ったんだよ。そしたらこの身体から出られなくなっちまってなあ。何とかするために魔力を集めてるとこなんだ。俺が身体を貰ったせいか魂はどっかに消えちまったがまあ契約だし? しょうがねえよな」

 

 べらべらとしゃべる魔族に、私は内心荒れ狂う感情を抑えるために固く拳を握りしめながら、努めて冷静に訊いた。


「じゃあ、こんな劣化封印具を用意したのも君かい?」

「それは俺じゃねえよ。魔力のあるガキを捕まえんのは難しいっていうから、これと同じもん作ってみなって魔道具を貸してやっただけだ。すげえ有り難がってた割りに、あんなおもちゃみてえなのしか作れなかったのには呆れたがな、人族には十分だ」


 あっさりと話した魔族は、私の表情など目に入ってないかのように楽しげに続けた。


「人族のガキは良いぜ、簡単に契約できるし、何より魂が良い! 薄味だが、その分純粋に魔力の味を楽しめる。人族の大人だってまあ複雑な味でおもしれえし、こうして遊べるしな。魂狩ってるほうがずっと楽だ。もう魔物狩りなんてやってらんねえよ。そうだ、お前も……」

「もういい、“グストゥグセスだまれ。そしてそこから動くな”」


 私の容赦なく魔力を込めた命令にグストゥグセスの口は縫い付けられたように固く閉ざされた。

 動かぬ体に奴は驚愕に目を見開き、私を凝視するばかりだ。

 いつもの禁を破って真名で縛った私は、沈黙する人族たちを見まわした。


「で、全然驚いていないことからして、君たちは崇拝していたものが何だったか知っているみたいだけど。一体何をするつもりだったんだい?」


 私を見つめる人間の表情は様々だった。顔の上半分を覆っていても雰囲気で分かる。

 ひたすら状況が飲み込めずにいるもの、私を値踏みするように見つめるもの、グストゥグセスが動かないことを不審に思うもの、そして。


「貴様が何だか知らぬが、我らはこのお方の力を借りこの魔術師どもがのさばる国を改革し、本来我らが享受すべき冨と栄誉を取り戻すのだ! 小娘ごときが邪魔立てして良いものではない!」

「そうだ!」

「この大義のわからぬ小童が!!」


 怒りに身を震わせながら参加者の一人が立ち上がって私を怒鳴りつけた途端、周囲からも同意と激しい糾弾の声が上がる。

 その言葉と彼らの表情だけで、これ以上言葉を重ねずとも理解した。


 ネクターが、カイルが、言葉のつぶてを投げつけられながら、いわれのない邪魔をされながら、それでもこの国を平和にって理不尽な目に遭う人が少なくなるようにって頑張った。

 私が見た限りでは、それは少しずつ功を奏し始めている。同じ方向を向いている人たちと共にいい方向に動き出し始めている。


 でも、この人たちにはわからない、見えない、見ようともしない。


 自分が今まで享受してきたそれが奪われて、それがどんな犠牲のもとにあったのかも知ろうとせず、理不尽さだけでことを起こしたのだ。

 自分たちの選んだことがどんなことかも知らずに。


 ああうるさい。


 中身のない耳障りなソレを、私は自身の魔圧を引き上げることで黙らせた。


「“リグリィリグラ”」


 しんと静まり返ったホール内に私の声だけが響くと、何の前触れもなく空間転移の術式が虚空に現れ、そこから金砂の髪の妖艶な美女が現れた。


『珍しいですわね黒熔の、夜でしたから都合がつきましたけど、わたくしこれでも忙しいんですのよ?――――と、あら?』


 不機嫌そうに髪を結いあげながら現れたリグリラは、私を見て目を瞬かせた。


『黒熔の、ずいぶんかわいらしい姿をしていらっしゃるのね。なかなか創作意欲がわきますわ』

『ちょっと事情があってね。来てくれてありがと』


 にっこり笑って礼を言ったつもりだったのだが、リグリラは少し息をつめた後、顔を険しくした。


「……あなたをそれほどまでに怒らせるとは、この人族共は一体何をしたのかしら」


 現代語で言いつつ、周囲を睥睨するリグリラの魔圧に、人間たちは青ざめながらも、どこかうっとりとリグリラの美貌を見つめていた。

 その光景を不快そうにしたリグリラに私が言いかけようとしたが。


 ガタンっ!と派手な音に振り返ると、ようやく真名での拘束から逃れたグストゥグセスが、趣味の悪い椅子から転げ落ちていた。


「な、なんでこんな人里に上級魔族がくるんだよ!?」

「あら、妙な気配がすると思っていたら、あなた魔族ですの?」


 一目でグストゥグセスがどういうありさまか理解したらしいリグリラが鼻で笑った。


「あなた、そんなことも分かりませんの? 姿に惑わされるなんて本当に人族のようね」


 明らかな侮蔑の言葉にグストゥグセスは気色ばみかけたが、リグリラに視線でにらまれただけで黙りこんだ。


「で、黒熔の。わたくしに何ようですの?」

「この魔族がさ、人族の魂狩っていたほうが楽だ、魔物狩りなんかやってらんないって言ってるんだけど。ちょっと鍛え直してくれないかな」

「ふうん、この魔族がそんなことを」


 リグリラは絶対零度の視線でグストゥグセスを流し見る。

 やっぱり、リグリラでも同じ判断をしたらしい。

 人族の魂と融合なんて初めて見たけれど、そのせいで、魔族の義務と使命を忘れてしまっているのは見過ごせないし、こうして魔族として黙認できる範囲を超える事をする以上 人里に放置しておくべきじゃない。

 だが、リグリラは気乗りし無い様子で言った。


「この程度の魔族、大した戦力にもならなさそうですし、放っておいたとしても、いずれ根幹に引き戻されるだけですわ。あなたがお気になさる程のものではないと思いますけど」

「お願い。何なら後で魔術なし、物理のみで手合せするからさ」

「引き受けますわ」


 途端、目を爛々と輝かせてリグリラは即答したのに、グストゥグセスが悲鳴を上げて逃げようとしたが、リグリラは一足飛びに追いすがり、手に取った鞭でグストゥグセスを拘束した。


「気乗りは致しませんけど、あの方の頼みですからきっちりやりましてよ。あなたのような魔族の風上にもおけぬ軟弱な精神、叩き直して差し上げますわ」

「そんなこと頼んでねえよ! どうして、上級魔族のあんたが、あんなちっこいがきの言うこと聞いてんだ!?」


 首に巻き付く鞭の間に辛うじて腕を差し入れたグストゥグセスを、リグリラは呆れ果てた顔で見下ろし、私を振り返る。


「黒熔の、もう気配を抑える必要はないのではなくて。この愚か者は感じてみないとわからないようですわ」

「え? ああそうか」


 一瞬リグリラの言うことが理解できなかった私だったが、まだ小さいままだったことを思いだして、体内魔力を意識して、姿を変える。


 オレンジの子供服を亜空間にしまうと同時に夜色のドレスを身にまとった私が、炎のように赤い房の混ざる黒髪を払うと、グストゥグセスも人間たちにも絶句の表情で見つめられた。

 どうやら私の特徴が忘れられたわけではないらしい。


「か、要の竜!?」

「ようやく分かりまして」


 喘ぐように言ったグストゥグセスに、リグリラがやれやれとばかりにため息をつく。


「そもそもこの街は元からわたくしの縄張りですのよ。勝手に入ってきたのはあなた。その時点でわたくしにはあなたを罰する権利があると思いますのよ。そうね、ボラブレイ山脈なんていかがかしら。確か魔物の増殖が第3段階に移行しかけていると聞きましたし、ちょっとは魔核を壊される危機に陥るくらいがあなたの性根を鍛えるにはちょうどよさそうですわ」


 あくまでたおやかに微笑みながら、リグリラは容赦なくグストゥグセスを引きずって戻ってきた。

 のだが、グストゥグセスの逃走の意欲は全く衰えないらしい。

 だから、じたばたと暴れまわる彼に向けて、私は絶対的な魔力を込めて、言葉を紡いだ。


「君は、君が不当に殺した生き物の数だけ命を救うまで、魔物を狩り続けるんだ。“グストゥグセス”」


 そして私からあふれた魔力が、呪となって愕然とするグストゥグセスに絡みつくのを、私は冷めた目で見送ると、リグリラを向いた。


「じゃあリグリラよろしくね、あと、急な呼び出しで悪かったよ」

「まあ、今回は許して差し上げます。この最低限の礼儀も知らぬ愚か者を見逃さずに済みましたし、報酬も約束していただけましたしね。それに、わたくしの店はこの街にありますもの」


 あっさりと言われたそれに、私は驚いた。


「ええっ!?そうだったのかい!?」

「ええまあ。徒弟として入った時は、何度店主を殺してやろうかと思いましたが、最近は店のデザインも任せられるようになりましたのよ」


 物騒な言葉を混ぜる割には誇らしげなリグリラに、私のテンションはMAXになった。


「きゃー行くっ 絶っ対行く! その時はよろしく!」

「べ、別にわざわざ来て下さらなくてもよろしいのですけど。そのときは事前に連絡をくださいまし。こちらにも用意がありますの」

「りょーかい!」


 リグリラの斜に構えた言葉にビシッと最敬礼で答えると、苦笑された。

 それがどこかほっとしたような感じだったから、私は首をかしげた。


「どうかした?」

「いいえ、怒るあなたも悪くはありませけど、らしくないと思ってましたから」


 さらに首を傾げた私だったが、リグリラはそれ以上言葉を重ねる気はないようだ。


「ではわたくしはお暇しますわ、この下っ端魔族も待ちきれないようですし」

「い、いや、やめ……っ!」

「ではごきげんよう」


 顔を恐怖にひきつらせるグストゥグセスを拘束する鞭で引き寄せたリグリラは、一際優雅にスカートを引いて会釈しながら足下に広がった魔法陣の光に消えていった。


 その姿をひらひらと手を振って見送った私は、ゆっくりと振り返った。


「さて、と」


 あがめていた魔族が魔族の間では取るに足らない存在だった、ということに衝撃を受けているのか、膝をついたままの人間たちは、青ざめた顔で呆然としながらも、私が振り返った途端、ひっと悲鳴を呑んでいた。


「君たちについてだけど」


 すると近くでぶるぶる震えていた男が、急に立ち上がって言った。


「ド、ドラゴンよ! ここは人族の国だ! 貴様がわれら人族の領域に介入するのはおかしいだろう!」


 ようやくまともに取り合える言葉を聞いた私は、その男に向けて微笑んでやった。


「だって、気に入らないんだよ」

「なっ……!」


 美女顔になっている私の笑顔に見とれた男は、私の言葉に一瞬反応が遅れた。


「ねえ、君たちならわかるだろう? 権力があれば冨も栄誉も思うがまま。なら、君たちよりずっと強い私が何をしようと思うがまま、文句なんて聞く必要ないってことぐらい」

「そ、れはっ」

「そうだよねえ、だって今まさに君たちがやろうとしていたことなんだから」

「ひっ」

「君たちはね、手を出しちゃいけないところに手を出したんだよ」


 へたり込む仮面の男に、どうしてくれようかと考えながら手を伸ばしたその時。


 《ラーワ、中にいるんですよね! 大丈夫ですか!?》


 ネクターの声が頭に響いて、思わず動きが止まった。


「う、うわあああああ!!」


  恥も外聞もなく男が悲鳴を上げながら後ずさっていったが、かまう間もなく、ネクターからの思念話は続く。


 《建物内の制圧は終了しました。部屋で監禁されていた子供たちも保護しています。後はあなたの居るホールだけです。連れ去られた子供たちは無事ですか!?》

「ああ、まあ無事だよ」


 なんだか複雑な気持ちでその思念話に答えると、ネクターが安堵するのがわかる。


 《ラーワ、この強固な結界はあなたの施したものですよね。この扉付近にいた構成員はすでに無力化しました。今扉の近くにいるのは私だけです。開けていただけませんか》


 開けないというわけにもいかず、仕方なく扉の部分だけ結界を解くと、すぐに片扉が開き、杖を携えたネクターが身体をすべり込ませてきた。

 ネクターは仮面をつけた男女の集団に軽く驚きを示しつつ、中央の儀式陣と寝かされた子供に気付くと、表情を険しくした。


「ラーワ、これは」

「悪魔に富と栄誉を願うために子供を生贄に捧げようとしていた悪魔崇拝の参加者。その悪魔は本物の魔族だったから、手を打っておいた。もう二度とこんなことはしないよ。で、私は今からこいつらに、物の道理を教えようとしていたところ」


 簡単に説明すると、なぜかネクターは暗い室内でもわかるくらい戸惑いと困惑の表情を浮かべていた。

 私は首をかしげつつ続ける。


「なんなら、子供たちだけ運び出してくれると良い。さすがに眠っているとはいえ、今からやることを考えれば、同じ部屋に寝かせておきたくないからさ」

「ラーワ、だめです」

「何が? だってこの人族ら、自分では何にもしようとしないのに、君たちの努力を足蹴にしようとしたんだよ? 自分のわがままのために関係ない子供たちまで平気で殺そうとして。……別に、いなくなっても構わないよね」


 私の言葉に、参加者たちは悲鳴を上げて、ドアの傍らにいるネクターに恥も外聞もなく助けを求めようと動き出したが、私が魔術を操り参加者たちの影を縫うと、その場で動かなくなる。


 だがネクターは、にわかに彫像となった不気味な参加者たちが目に入らないように、まっすぐ私に向かって走ってきた。

 そうして私の前にたどり着いたとたん、首を横に振りながらこう言ったのだ。


「ラーワの怒りは当然のことです。ですが、今回はこらえていただけませんか」


 沸騰しかけた感情は、ネクターが私の手を包むこむように握ったことで瞬時に霧散した。

 戸惑う私に、ネクターは切々と言いつのる。


「もちろん、私にだって怒りはあります。ですがそれでも、この犯罪者たちには裁きを受けさせなくてはいけません。全てを白日の下にさらすことは、恐らくできないでしょう。それでも、すべてを語らせ、生きて罪を償わせなければ。それが、今の私たちの戦い方なのです」

「ネクター……」

「あなたが、私たちのために怒って下さったこと、不謹慎ながらとても嬉しく思います。だからこそ、あなたに、人を殺めて欲しくはない」

「ネクターでも、知っているだろう? 私は」


人を殺したことがあるんだよ?


 その先を言葉にできないでいても、ネクターは目をそらさずにうなずいた。


「それでも、です。私にとって、人を殺めるということは重いことです。その重みを背負う必要がない時は、背負わないでほしい。私のわがままですが、どうか、どうしても必要な時だけにしておいてほしいのです」

「‥‥‥」

「子供たちはあなたのおかげで全員無事です。後は私たちに任せて頂けませんか」


 そんな風に言うネクターは、ひたすら私を案じる色しかなくて。

 私は大きく大きくため息をついた。


 思っていた以上に頭に血が上っていたようだ。


「……わかった。君たちに任せる」


 仕方なくそういうとネクターはほっとしたように微笑んだ。

 思わずつられて笑ってしまった私だけど。


 だが、こいつらをこのまんまにしておくのも納得できないわけですよ。

 確実に撲滅するための手助けぐらいなら、しても罰は当たるまい。

 

 私がネクターから離れ、いまだに影に縛られて動けないでいる参加者の一人に近づくと、ちょっと不安そうに声がかけられた。


「ラーワ……」

「大丈夫。殺さないし傷つけない。ネクターに嫌われるのはいやだもん」

「私があなたを嫌いになることなんてっ」

「ないんだろう? 私がネクターを嫌いにならないのと同じように。まあ、今回はお願いされたし、嫌がられることを強いてやる必要はないかな、と思ったから、やらないよ」


 気色ばんだネクターにちょっぴり茶化しながら応えると、ネクターの頬が赤くなってた。

  な、なんだよ、ネクターが先に言ったことじゃないか。


 今さら照れないでくれと内心文句を言いつつ、ちょっぴり熱い顔を気のせいにして、私は、参加者の顔を覗き込みながら付け足した。


「ただ、素直になってもらうだけだから、ね?」


 にんやりと笑いかけてやると、唯一自由になる瞳が恐怖に揺れていた。



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