3 ドラゴンさんは使い魔宣言に絶句する
『ど、どうしてわかるんだい……?』
『古代言語、魔術、理解する、に必要。会話、使用はじめて。つたない、非礼』
理解が追いつかず混乱のまま発した問いに青年は律儀に答えてくれて、何百年ぶりかのまともな会話に私のテンションは一気に上がった。
『いやまったく気にしない。むしろ今まで通じたためしがないから嬉しいよ!』
『私、質問、可?』
『もちろんどうぞどうぞ!!』
わくわくと彼の言葉をまつ。
彼は少し考えるように間をおいた。
『ドラゴン、ここ、で、何する?』
『ここの魔力の循環を正常に戻している。レイラインってわかる?
地中や空気中に通っている魔力の道みたいなモノなんだけど、それが最適にめぐるように管理するのがドラゴンの仕事なんだ』
『!! つまり、ドラゴン魔物増やす、ちがう?』
『うわーそういう認識ですか』
魔力循環の管理は必ずしも人類種やその他生き物の利益につながることではないとはいえ、こんだけお仕事してるのに認知すらされてないって……
わかってはいたけど他の仲間っていったいどんな生活してんだよ。
『どちらかというと私は過剰な魔力が凝らない様に調整している側なんだが。
魔力過多で、幻獣や魔物が生まれやすくなっているときに来たからそういうふうにみえるかも知れないけど、私は、あくまで、世界の意思にのっとって魔力の循環を管理しているだけなんだよ』
「なんて、ことだ……」
せめてそこだけは強調すると、彼は呆然とまるで世界がひっくり返ったかのような表情で、つぶやいた。人族の言葉だったけど、表情から見るにオーマイガッ!って意味だと思う。
まあほかのドラゴンたちは極度のぼっち好きといって良い。
かかわりを持つなんてほとんどなかったろうし。知らないのも無理ないかな。
とりあえず次の質問はなさそうなので、さっきから気になっていたことを質問してみた。
『なあ、なぜ君はここにおくられてきたんだい。そもそも私が言葉を理解すると気づいたのはなぜ?』
『……話す長い、良い?』
『もちろん、時間は沢山ある』
ためらいがちに彼が語りだしたところによると。
どうやらレイラインと同調している最中に来ていたのがこの森の近くにあるバロウ国という国の軍隊で、強い幻獣や魔物が増えている原因と考えられている邪竜(これ私)を討伐しようとしていたとのこと。
だけど自動迎撃モードの私にかなわず、めっためたにされて撤退。
それでもドラゴン(私ではなくワイバーンとか爬虫類系の幻獣のことをそう呼んでいるらしい)からとれる鱗や爪は最高の資材となるため国もあきらめきれず、武勲をたてたい兵士や傭兵によって部隊が2度3度と結成されたのだという。
迷惑な話だが、どう転がるかわからないものだ。
最後に結成された討伐隊に混ざっていた魔術師の一人がたまたま私の使う古代語を学んだことがあり、ただの唸り声だと思われていた私の寝言がそのイントネーションと同じだということに気付いたのだ。
…………考えていたことが全部寝言とした垂れ流されていたなんて、ちょっといやかなり埋まりたい気分である。
もうレイラインと同化しちゃおうかな。
『それ、私、友人。国に報告。国、学者、信じない。ドラゴン 知能なし 言葉 しゃべらない』
そうだよねーワイバーンと同じと思われてんだもんね。
自動迎撃モードの仲間しか伝えられてないみたいだからそうゆう風に考えても仕方ないけど、せつない。
しかも、もっとすごいのはここからだった。
青年は淡々と若干困ったような表情でこう続けたのだ。
『……ドラゴン討伐、不可能。ゆえに 強い。国考えた。国いらない人、罪人、殺す、してもらう』
へ、罪人? 誰が?
戸惑いがわかったのか、それとも彼自身が言いたくなかったのか。
彼はいったん言葉を区切り、こちらをうかがうように見上げてきた。
『気分、悪く、なる。やめる?』
『いいや大丈夫、続けて』
促すと、彼は更に言いにくそうにためらいつつも語られる不穏な内容に私は内心大いにあきれ返った。
『私、罪人。でも、古代語、少し学ぶ。わかる。国、交換条件。名目、ドラゴンと、会話する、出来たら、自由。殺す、出来たら、自由。でも、真実、罪人処刑』
きちんと考えるとおりに動くかもわからんものをギロチン代わりにしようと考えるなんて、バロウ国とやらの首脳陣の頭は大丈夫なんだろうか。
しかも、勝手に利用しようとしていたのはむかつく。それに、どー見てもこの人犯罪者って感じがしないんだが。
おっかなびっくり恐る恐る聞いてみる。
『……ちなみに君、何して捕まったの?』
『研究、発表。魔力どこからくる、世界、循環、滞る、悪い。国、魔力、出口、固定、作物豊か、収穫。幻獣、増加、原因。可能性指摘。そのまま、投獄』
よーするに収穫率を上げるために肥料代わりに魔力を供給してるってことか。
なるほど、-妙に作為的な道がつけられている理由がわかったわ。
年を経た精霊もレイラインの道を作ることがあるから、ここいらに住んでた精霊がやったのかなでもそれにしては意味ないところに穴空いてるよなあと思ってたんだけど、人間がやってたからなのね。
あんまりにも杜撰だから流用できないし、そのくせやたらがちがちに固定されてるから取り除きづらいし、管理がはかどらない原因の一つだったんだ。よし、いつかぶちのめす。
それにしてもこの青年、ちょっと天然入っているようだが、レイラインの原理を独力で解明するとはものすごく優秀なんじゃないか。
この国は自分たちに都合の悪い情報を握りつぶしちゃうような独裁政権のようだし、それならさっさと他国へ亡命なりすればいいのに。
『とりあえず、拘束はなくなったのだから逃げたらどうだい。私は君に何もする気はないから』
提案すると、青年は空色の瞳をさらに曇らせた。
『不可能。魔術習う、必ず宣誓。国、逆らう、ない。高位 厳しい。死の呪い。私、許可なく 国 外出 死』
ふうむ、それもそうか。
お爺ちゃんに聞いた通り、魔法使いが人族の間じゃ国家機密と兵力をいっしょくたに持ってる人型最終兵器な位置づけなのは今も昔も変わらないのか。
人一人に武力が集中しているんだからそういう処置は必要だよね。
…………ものっすごく気にくわないけど。
それは置いといて。
もうどうしようもないと言わんばかりに虚ろに笑う青年に私はちょっと首をかしげた。
え~とそういう強制力のあるものって、肉体や魂に直接魔力を刻まなきゃいけないんだよね。
でも、彼自身の魔力以外何にも感じないんだけどもしかして……
彼の魔力の流れを精査して確信した私はざっと血の気が引いた。
『それ、たぶん機能していないよ』
『?』
『実は、さっき君の拘束を外そうと魔力を使った時、少々加減を間違えて君にかけられていたすべての魔術をふっとばしちゃったみたいだ。
今確認してみたけど君以外の魔力反応はないから、たぶん君の言う国との魔術契約も消滅て……あえ、ちょっと大丈夫!?』
いるけど体に異変はない?と続けようとしたのだが。
わずかな瞑目の後、ぼたぼたと両目から大粒の涙を落とし始めた青年にマジ狼狽えした。
だ、だって大の男の人が泣く場面なんて数百年間出会ったことないんだもの!!
自分で魔力を探って初めて気づいたのだろうが、そんな反応だとは思ってもみなくておろおろとするばかりだ。
とりあえず、痛いところはあるかと聞いたらぶんぶんと首を横に振って否定したので、爆弾をしょっているようなもんだったプレッシャーから解放されてほっとした、のだと思いたい。
しばらく泣かせてやりながら、私は猛省した。
彼の魔力が多くて、なおかつ抵抗が高くて良かった。
力の差があれば魔術契約の強制解除ができる事は知っていたけど、あの程度で吹っ飛ぶ魔術なら、他の人間なら中身ごと吹っ飛んでたってことだから。
ふっとばないまでも肉体や魂に傷がついて、取り返しのつかないことになってたかもしれないんだ。
…………もっと繊細な魔力調整ができるようになろう。
『……ひうっく、ドラゴン、感謝、心から』
『無理してしゃべんなくていいよ。ドラゴンは気が長いんだ。心行くまで泣いておきな』
そして私に反省タイムをおくれ。
だが、青年はそうは考えなかったようで、何とか涙をこらえようとぐしぐしとぼろい上着の袖で涙をぬぐった。
あーそんなことしたら、赤くなっちゃうじゃないか。
案の定目元を赤く腫らししゃくりあげながらも見上げてくる青年に、ちょっとかわいいかもと思ったのは内緒だ。一応この人20代前半ぐらいだろうしな。
『ぐす……私、えぐ、ドラゴンお礼、する。できる、ひっく、こと、あるか……』
日本人的反射で無いと答えそうになったが、ちょっと待て、と考える。
これはチャンスなんじゃないか?
この人は私のことばがわかるわけで、人間なんだから今通じる現代語も知ってるはず。これなら長年諦めていたお友達計画が進むっ。
それなら盛大に恩に着せて絶対逃すべからず!
一気に方向転換した私はウキウキと話しかけた。
『ならば、私に人の言葉を教えてくれないかい?』
『人の言葉……言語? なぜ?』
『今までもほかの地でもこちらに敵意はないと伝えようとしたんだけど、私の知る言語はこれだけだから通じたためしがなくてね、はなっから泣きわめかれてはどうしようもない。人族の言葉を教えてもらおうにも、今まで私と話そうなどという奇特な人はいなかったものだから、あきらめていたんだよ』
『人、非友好。ドラゴン、強い。言語、そこまで、必要?』
困惑気味に私を見上げる彼は、私がそこまで努力しようとする理由が理解できないんだろう。
私の一番の理由を知らないのだから当然だよね。
『それでも穏便にこちらの事情を理解してもらうには言葉が一番だろう?
相手がわからないのなら、自分がわかるようになれば良いことじゃないか。私の言葉もわかる君なら適任だ。息抜きにたまに来る人族と話ができたら面白いだろうなと思ったんだよ。どうだい?』
むしろ後者が主だった理由だけどな!!
いつの間にか青年の涙も止まってあっけにとられていたようだったが、空色の瞳は覚悟を決めたように私を見上げてしっかりとうなずいた。
『ドラゴン、望む、いくらでも』
青年は突然地面にひざまずくと深々と頭を下げた。
…………え、ちょ、それって従者が主人に敬意を示すポーズ?
途端、亜麻色と薄紅の髪が魔力を帯びてふわりと舞う。
『我、ネクター・プロミネント。
いと高き黒竜に、わが身、我が魔力、わが魂すべてをささげ付き従うことを誓約す』
流暢に紡がれたそれは、魔力を動かすために最適と言われた古代言語だからできる、ドラゴンにすら改変不可能の魔術宣誓だった。
この場合は、あなたの使い魔になります、という。
…………何この超展開。