ドラゴンさん、幼女になる 8
さくっと誘拐された私は、現在、馬車に乗せられてそれなりのスピードで移動していた。
いやあ、セラムと一緒にボールに魔術をかけているだけじゃわかんないかもと思って、広場から離れてから精霊に手伝ってもらって、なんちゃって水芸で遊んでいるふりをしながら歩いたかいがあったよ。
人気のない路地に入った途端、居もしない母親が危篤だって言いながら劣化版封印具をはめて連れ去ってくれたのだ。
ずいぶん性急で、かぶっていたボンネットがどこかにいってしまったくらいだ。
後でベルガに謝っとこう。
寝転がっているだけで若干暇なので、ドナドナドーナー、ドーナーと子牛が売られていく歌を脳内でリフレインしているうちに、馬車は止まった。
そうして、相席していた誘拐犯の男に私は抱え上げられ、どこかの建物に入っていくのを肌で感じ取る。
「一時はどうなるかと思ったけどよ、数がそろってよかったな」
「まったくだ。そうじゃなかったら俺たちがあの方に生贄にされちまう」
私の意識がないと思い込んでいる誘拐犯たちが口々に言うのを聞きながら、小脇に抱えられる腹の苦しさを我慢していると、扉を開く音がして、間もなく室内の固いベッドのような所へ寝かされた。
男達が出ていき、また扉がばたんと閉まる。
それでも少し時間を空けて、男達が帰ってこないことを確認してから、私はむくりと起き上がった。
途端、劣化版の封印具はひびが入り、粉々になる。
むしろ壊さないようにするほうが大変な粗悪品だ。私の魔力に耐えられるわけがない。
光源が小さな窓だけの暗い部屋には、私が寝かされていたのと同じ木枠のベットが数台並べられ、今の私と同じ背格好の少年少女が青白い顔で昏々と眠りについていた。
どの子にも目立った外傷はなさそうだが、その片腕には必ず、数珠のような封印具がはめられている。
ぎ、と、感情の揺れと共にあふれかける魔力を無理やり押し込めて、私は思念話でネクターに連絡を取った。
《ネクター、子供たちを見つけた。全部で4人。多分、誘拐されてからずっと封印具で強制的に眠らされているんだと思う》
《……場所は街壁近くの開発区域ですね。住んでいた住民も退去しているはずですから、隠れるには好都合でしょう。ただ、建物を中心とした一帯に閉鎖結界が張り巡らされているようです。私は馬車を追っていたことで視認できていますが、本来は特定の魔力波にのみ道が開ける仕組みなのでしょう》
《あーあれかー》
馬車が止まる前に、ゼリーの中を抜けるような微妙な感触があったことを思いだしてうなずいていると、ネクターが続けた。
《今から術式解析をして、実働部隊の突入に備えます。あと半刻ほど辛抱してください》
《了解》
思念話終えて後は待つばかり、と一仕事終えた気分でふい〜と息をついていると、奥のベッドからごそりと子供が動く気配がしてちょっと驚いた。
「あなた、は、だあれ? 起きてて大丈夫?」
そう言いながら億劫そうに体を起こしたのは、ちょうどセラムと同じぐらいの女の子で、今にもまた閉じてしまいそうな瞼を必死にあけてこちらを見ていた。
「君こそ、起き上がって大丈夫なのかい?」
慌ててベッドを降りた私が近づきながらそういうと、女の子はやつれた顔でもそっと微笑む。
「うん、あたしが一番ここに居るのが長いみたいだから。始めはずっと眠ってばかりだったけど、今日はちょっとだけならこれがあっても目を覚ましていられるみたい」
「……そう」
複雑な気持ちでそれだけを返すと、女の子は眠そうな目をこすりながら不安そうに顔をゆがませる。
「ねえ、お外はどうなっているの? あたしね、おかーさんが病気をしたって言われて、気が付いたらここに居たの。おかーさん大丈夫かな。病気、悪くなってないよね」
今までずっと堪えていたのだろう、女の子の目じりから大粒の涙がほとほととこぼれ出した。
「おかーさんに、会いたい。お家に帰りたいっ……!」
ずっと一人で、知らない大人がいて、家に帰れなくて。
恐かったはずだ、寂しかったはずだ。
思わず私はベッドに飛び乗って、女の子をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫、きっと帰れるから」
「ほん、とう?」
「うん」
私が絶対返してあげるから。
泣きじゃくる女の子の頭を静かに撫でながら、どれほど魔力を動かせるか確認する。
……だいぶ封印具の拡散が終わってる。これなら、大丈夫かな。
私はしばらくして、すこし泣き止んだ女の子に声をかけた。
「ねえ、腕輪をはめている手を貸してくれる?」
「ん、こう?」
不思議そうに出された手首の手に取り、オリジナルが反応しない速度で瞬間的に魔力を流す。
すると、予想通り、女の子の数珠は黒く染まった途端、魔力の反応光で暗い部屋を明るく照らしながら粉々に砕け散った。
誘拐監禁の証拠として必要だから、他の子供たちには悪いけど腕輪をつけっぱなしにしてもらわなきゃいけない。
けど、この子には私の姿を見られてしまったことだし、一人くらいならいいだろう。
というか、こんなにつらそうなのにそのままにしておくなんて、私が許せなかった。
「わっ!」
急に体が軽くなったからか、女の子は驚きと戸惑いに涙も吹っ飛んだ様子で目を丸くしていた。
ついで勢い込んで話そうとするのに、私は慌てて唇に人差し指を当てた。
「しーっ、静かに。気づかれたら大変だよ」
何か思うところがあるのだろう、女の子ははっと自分の口に両手をあてながらこくんとうなずいた。
そ、そこまでしなくて大丈夫だけど。
「実はね、これから君たちを助けてこの扉の向こうにいる悪い人たちを捕まえに、味方の魔術師がやってくる手はずになってるんだ」
「っ!」
目を輝かせながらもかたくなに両手で口をふさぎ続ける女の子に、私は思わず笑った。
「大きい声を出さなければ大丈夫だから、今から私が言うこと、ちゃんと守れる?」
「……うん!」
ちゃんと声を落として応じてくれた賢い女の子に、私はにっこり笑って話し始めた。
**********
イーシャは、両手の中のものを握りしめ、ひっそりと唯一の出入り口であるドアを見つめながら、先ほどまでいた少女のことを思い返していた。
怖い大人たちにつけられた腕輪が、砕けた時の光に少女が照らされた時、イーシャはあっと息を飲んだ。
夜のように黒い色に、炎のような赤色の混じった髪。
そしてお月様のように輝く黄金色の双眸、という組み合わせが、どんな意味を持つのか良く知っていたから。
イーシャの父親が王城に出入りしてた時に、この国にとって特別な魔術師たちとともに居たその人を、幸運にも見かけたのだと、ことあるごとに自慢げに話してくれたのだ。
そっと両手を開き、中に閉じ込めていた小さな黒片を見つめる。
少女からもらったつやつやとしたそれは、ほんのり暖かいような気がして、不安で心細かったイーシャに力と勇気をくれた。
イーシャはいまだにベッドの上に眠る自分と同じようにさらわれてきただろう子供たちを見回す。
この子たちを守るのは、あたしだ。
不意に、部屋の外からばたばたとした複数の足音が聞こえ、イーシャのいる部屋の扉の前で止まり扉のノブをガチャガチャといじる音がした。
イーシャは少女の言葉どおり、黒片を握りしめた。
『良いかい? これはみんなを守る盾にも、悪い人たちを追い払う剣にもなる。もし誰かが入ってこようとしたら、強く念じるんだよ。私たちを守ってって』
(お願い、あたしたちを守って!)
瞬間、手の中の黒片から勢いよく光が広がり、部屋いっぱいに広がった。
驚いたイーシャだったが、黒片を閉じ込める手はそのままにしていると、扉を開けようとしていた誰かの驚いた声が聞こえた。
「っ!内側から結界が張られて開きません!」
「中に子供がいるはずだ、まさか立てこもられたのか!?」
外にいる大人が焦る声が聞こえるが、誰かわからない以上入らせるわけにはいかない。
「代って下さい。この結界を張った主に心当たりがあります」
「筆頭殿!」
イーシャが身構えていると、また別の大人が現れたらしい。
コツコツとまるで誰かの部屋を訪ねるように扉を叩いた後、若い男性の声で中にいるイーシャに話しかけてきた。
「中にいるのでしたら、そのままで聞いてください。私たちは攫われたあなたたちを助けに来ました。オレンジ色のドレスの少女に会いませんでしたか?」
「お兄さんは、あの子の言う味方の魔術師さんなの?」
思わずイーシャが問いかけると、即座に答えが返ってきた。
「ちょっと気恥ずかしいですが、そのとおりです。この扉を開けてもいいですか」
「……うん」
イーシャは少女に言われたもう一つの言葉を思い出し、うなずいた。
『私はこの扉を私の仲間の二人の魔術師にしか開けられないようにする。もし、この扉を魔術も何も使わず普通にあけられる人がきたら、その人は君たちを助けてくれる人だよ』
そうして、すんなりとあけられた扉の向こうに立っていたのは、毛先が薄紅に染まった亜麻色の髪をした青年で、青々とした葉を茂らせた杖を持つその人が誰かわかったイーシャは目を丸くした。
父親から聞かされた黒髪の竜の化身の傍らにいたのは、雷を操る魔術師長と、ドラゴンと対話し友誼を交わしたという――――……
「賢者、さま?」
イーシャの問いに、青年は淡く微笑みながらうなずいた。
「はい、そうとも呼ばれています」
丁寧な口調で答えた賢者に安心したイーシャは、固く握りしめていた両手をほどいた。
たちまち黒光のほどけた室内に足を踏み入れた賢者は、ベッドに眠る子供たちを見ると顔を厳しく引き締め、背後に控えていた仲間を振り返った。
それにこたえて警邏隊に似た服装をした大人たちが入ってきて、子供たちの容体を見ていく中、部屋の真ん中にいたイーシャは、目の前に膝をついた賢者に視線を合わせて話しかけられた。
「あなたと一緒に居た子供は、ここに居る子で全員ですか」
首を横に振ったイーシャは、周囲にいた大人たちに一様に驚いた表情で見つめられて緊張しながら言った。
「あ、あのね。このお隣の部屋にも子供がいてね、でも少し前に声が聞こえなくなったの。それを言ったら、あの子が助けに行くからここで待っていてってこの石をくれたの」
そう言って掌の黒片をみせた途端、黒片はさらさらと消えて崩れてしまい残念な気持ちになったが、そっと賢者が頭をなでてくれた。
「教えてくれてありがとうございます。良く、がんばりましたね」
これでお別れなのだと悟ったイーシャは、立ち上がろうとした賢者の服の裾をとっさに引っ張った。
不思議そうにまた身をかがめてくれた賢者に、こっそり聞く。
「ねえ、あの女の子は……」
ドラゴンさんなんでしょ?
続けようとしたイーシャだったが、賢者が困った様に唇にそっと人差し指を当てたのを見て口をつぐむ。
「出来ればあの方の為に、内緒にしておいてくれませんか?」
その言葉で本当なのだと分かったイーシャは、なんだかうれしくなってにっこりうなずいた。
「わかったわ。内緒、なのね」
「ありがとうございます」
そうして立ち上がった賢者は怖いくらい厳しく表情を引き締めて、仲間を振り返り言った。
「あなた方は子供たちの救出を。私は向かわねばなりません」
「筆頭!? せめて一人か二人お連れ下さい」
「いいえ、私一人のほうが都合が良いのです」
そう言い放ち、精霊樹の杖を携えて颯爽と部屋を出ていく賢者の後姿を、イーシャは家に帰ったら父親に自慢しようと思い、でもドラゴンさんに会ったことは内緒にしようと心に決めたその瞬間。
建物全体を揺らすような轟音が響いた。
**********
唯一起きていた女の子、イーシャに別室に囚われていた子供が連れていかれたことを聞いた私は、外から厳重にドアを封鎖して建物内をその子供たちを探し歩いていた。
ドアにカイルとネクター以外には開けられないように細工したせいで、また封印具に少々ひびが入ってしまったが仕方ない。
だいぶ慣れてきた子供の体で小走りで移動しながら、私は思考の波に沈んだ。
ネクターたちの言う“悪魔召喚”とやらが、昔、魔族が暇つぶしの為に人界に広めた「召喚されたら対価と引き換えに願いを叶える“遊び”」のことだとしても、なぜ生贄が必要なのかわからない。
あれは多少魔術の研さんを積んだものが儀式の手順を踏めば、誰でも出来る魔術のはずだからだ。
そうでなくては面白くないと、リグリラも言っていた。
ならばなぜ子供が必要なのか、そもそも本当に魔族召喚の儀式なのか。
わからないことが多いと思いながらも、そのことはひとまず置いて子供たちを探すほうに集中する。
彼女の話だと、声が聞こえなくなったのはずいぶん前だという。
子供を何人も誘拐している時点で、犯人たちはろくでもない輩決定なのだから一刻も早く救出しなければいけない。
広い建物なのかそれとも儀式とやらの準備が忙しいのか、人には全く会わなかった。
そのせいか、廊下の壁に設置されている光灯にも魔力が供給されておらず、真っ暗だ。
まあ夜目の利く私には関係ないし、儀式の準備をしているというのなら魔力の集まっている方向へ向かえばほぼ間違いないはず、と思っていた時。
嫌な魔力が肌を撫でた。
生理的嫌悪に近いそれにざっと肌を粟立たせながら、私は全速力でその方向に走る。
「なっどうしてガキが……っ!」
「おい、儀式の間に向かってるぞ! 早く追いかけろっ!」
そこに近づく途中で何人もの男とすれ違ったが構わず振り切り、私は短い手足をもどかしく動かし、そこだけは妙に綺麗な両開きの大きな扉を、全身を使って押し開けた。
「……バノ ツダン ドナス ゲヘアメル……」
そこはホールのようだった。
耳障りな呪文が響く中、放射状にしつらえられた椅子には、顔半分を仮面で隠した豪華な衣装を着た男女が何十人も座り、私が扉を開けたことにも気づかないほど、熱心に中央に設けられた舞台の上を見つめている。
「……クラ オルレイ ベレク ヘ パンタロス タイ」
その舞台面には召喚陣の円環が描かれ、脈打つように明滅するその中心に、封印具をつけられた3人の子供が寝かされていた。
「今宵大いなる力を持ちし魔の者よ、我を憐れみたもうなら、我が捧げし贄により、我が望みの富を与えてくれるように計らいたまえ」
そして同じく仮面をつけ豪華な衣装を着た男は呪文を唱え終えると、子供たちの前に膝をついて。
取り出したナイフ、を……
瞬間、私の魔力でホール内に嵐が巻き起こった。





