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ドラゴンさん、幼女になる 6 

 



 多少の懸念に後ろ髪引かれながらも仕事場へ戻ったカイルは、秘書官の小言を聞き流しながら、たまった仕事を猛然と片づけていた。


 魔術師長であるカイルの主な仕事は、国内の全魔術師とそれに伴う魔術技術の統括と管理だ。

 魔術師たちから上げられてきた論文や、新たに開発された技術を混乱なく利用する手順を決めるのもそうだが、自然災害を予測し来たる日に備えるよう進言したり、魔獣の生態を軍と合同で調査したり、王都全体を覆う対魔結界の維持だったりと多岐にわたり、要するに恐ろしく忙しい。


そんなカイルを現在悩ませているのは、この2週間で頻発している失踪事件についてだった。


「――――で、結局何もなかったか」


 報告を聞いていたカイルの険しい表情に、街の治安維持に当たっている警邏隊の応援に行っていた魔術師の青年は悔しさに顔をゆがめながらも報告を続けた。


「隠れ家と思われる一軒家に乗り込みましたが、すでにもぬけの殻でした。どうやら数ある拠点の一つでしかなかったようです」

「そうか」

「申し訳ありません! 敵に魔術師が居る可能性を考えなかった自分のミスであります!」


 失態を犯した魔術師が勢いよく下げた頭に向かって、カイルは言った。


「警邏隊だけでは手がかりすらつかめなかった事件だ。足取りを追えた分だけお前を出向かせた意味がある」

「ですが……」

「泣き言をいう暇があったら現場に残っていた魔道具の調査の応援に行け。少しでもその魔術師につながる手がかりをつかめ。俺はお前が適任だと思っている」

「はっ!」


 最後に付け足した言葉に感極まるのをぐっとこらえた青年が、胸に拳を当てて敬礼をして去っていくのを見送ると、カイルは深いため息をついて、手元の捜査報告書を見る。


「わかっているだけで魔術適性のある子供が3人か。本来なら狙いにくいはずなんだが」


 魔力の制御が未熟な子供は、感情によって魔力を爆発させやすい。

 それこそ危害を加えられれば、恐怖によって魔力暴発を起こし、その衝撃波を近くで浴びれば最悪死に至る手傷を負うのだ。

 衝撃波自体は子供の少ない魔力が続く一瞬のため、魔力が枯渇して気絶した子供を連れ去るのは難しくないだろう。

 しかし、その場合、魔術師が調査に入ればすぐわかるような痕跡が残るはずなのだが、子供が失踪したと思われる現場をいくら調べても、抵抗した痕跡は見られない。

 魔術適性のある子供を力ずくで拉致するには複数の大人でかかるか、抑え込める腕を持つ魔術師がいなければいけない。


 魔術適性のある子供を役場に申請すれば、まとまった給付金を受け取れるようにしたため、登録されていた子供が失踪したことはすぐにカイルの元まで報告が来た。

 だが未だに魔術師というものに偏見を持つ住民は、登録すれば有事の際魔術兵として徴兵されるという根も葉もないうわさを信じているため、未届けの子供もそれなりの数がいる。

 そんな子供たちも被害にあっているとすれば、実際の数はもっと多いはずだ。


 本来ならば魔術師長となったカイルが現場に直接かかわることはない。

 だが、失踪しているのは揃いも揃って魔術師になれる可能性のある子供だ。

 魔力の多い子供は、魔術を使いやすいという他にも、魔力の恩恵で体が頑健であるという特性を持つ。

 身体が強く、育て方次第で高い攻撃力を持つ。


 かつての自分たちの様な魔術兵を手元におきたいという外道の貴族を、カイルはすぐに思い浮かべられるほどだ。

 あの黒火焔竜の来訪で鳴りを潜めていたとはいえ、十数年も過ぎれば熱さを忘れるものが出始めていた。


 未来ある子供を、カイル達とは違う未来を選べる子供たちを一刻も早く取り戻さなければならない。

 魔術省で働く魔術師たちの想いは一つだった。


 カイルはこの話を訊いてすぐ魔術師の増援を決めて、真っ先にその貴族の周辺を徹底的に洗わせたものだ。


 おかげでいくつもの決定的な弱みを握ることが出来たわけだが、どの隠れ家にも子供たちの囚われた形跡はなく、万事休すかという時に、衛兵と協力体制をとらせていた部下がその貴族たちと取引をしている密輸業者の情報をつかんできたのだ。

 そして密輸業者を摘発に成功したのだが、子供が閉じ込められていた形跡はあるものの一足先に逃げられた後で、更には異国から来たと思われる魔術師の存在も明るみになり、事態は完全に行き詰っていた。


「人身売買ではない、とすると目的は何だ……?」


 この王都全体には魔力に反応する対魔結界が張り巡らされている。

 特に街から出るために必ず通る必要のある街門には、魔力を持つ生体や物品を検知する術式と探知機があり、発覚してからはずっと魔術師が常駐して目を光らせていた。

 ゆえに、誘拐された子供たちが街の外に出ていないことは自信を持って言えたが、こちらが捜査をしていることが誘拐犯らにばれた今、一刻の猶予もなかった。

 魔術適性のある子供は貴重である。

 なにか、犯人たちが選ぶ理由があったのだ。だから早々殺すようなことはない、はずだ。


 カイルは焦燥を押し殺し、捜査報告書を読み直す。


 見落としているものはないか、新たにわかるものはないか。


 と、つい先日強制調査をした魔術師の工房と思われる一軒家から押収された、物品リストの項目に目がひかれた。


「珠が連なった腕輪、表向けの装身具と思われる?」


 その魔術師は密輸業者と手を組み、国では禁止されている強力な、あるいは道徳に反する魔道具を製造していたが、カモフラージュとして一般向けの安価な装身具を販売していたようだ。

 その在庫の一部であると報告書には記されていたが、気になったカイルは伝言を書きつけた紙の依代に魔力を込めその部署へ飛ばす。

 幾分もたたず、管理を任せていた術師が持ってきたそれを確かめカイルは、迷わず研究塔にあるネクターの研究室の一つに駆け込んだ。

カイルが触れる前に開け放たれた扉をくぐると、数人の助手と共にテーブルの一つを囲んでいるネクターがが顔を上げていた。


「カイル、ちょうどいいところに」


 魔道具の術式構成の癖から実行犯の一人と目される魔術師の調査を行っていたネクターに、カイルは件の腕輪を押し付けながら言った。


「ネクター、さっき書きとっていた例の腕輪の構成術式のメモを読ませてくれ」


 ネクターは無言で一番目に付く場所に置いてあった紙の束をカイルに渡すと、押し付けられた小さな腕輪をみる。

 純度は低いものの、それなりの透明度の貴石を連ねたその腕輪に刻まれた刻印に、それが何なのか一瞬で把握したネクターは、資料を読み終えたカイルの言わんとすることを察した。


「間違いないな」

「ええ、かなり劣化版ですが、明らかにラーワの腕輪と同じ性質のものです」

「どれくらいの容量がある?」

「おそらく私たちが付けてもすぐ壊れるでしょう。ですが、修練を積んでいない子供ならば十分すぎる効果を発揮するはずです。具体的には、起き上がることもままならないでしょう」

「くそ! だが、使われている資材はどれも高価だ。そこまでする理由は何だ?」


 カイルがくしゃくしゃと自分の頭をかき混ぜながら呻く傍らでネクターはたった今、まとめ上げた資料を採り上げた。


「理由は恐らくこれです。先日突入に参加した術師が見つけてきた日誌の内容なのですが」

「……あれか、暗号化されていなかったか」

「解読しましたよ。旧ヘラル語をベースとしていたのですが、古代語の文法で書かれていましたから数時間で比較的すんなり」

「普通はすんなりいかないものなんだが」


 この友人らしい物言いに苦笑したカイルだったが、渡された解読文を読み下すにつれて見る見るうちに顔がこわばっていくのを、一足先に内容を把握していた助手たちが青ざめた顔で見守っていた。


 読み終えたカイルは、激情を抑えているために震える声で問いかけた。


「この日誌は数か月前の日付で終わっているが……」

「ですが、記述されている物品、呪文、形式などからしてほぼ間違いないでしょう」


 冷静なネクターの答えにカイルは、こんどこそ盛大に罵り声を上げた。


「悪魔召喚をした魔術師を雇ってまで一体何を考えているんだ、あの欲の皮の突っ張ったぼけ老人どもは!?」

「より強大な権力を。より強固な安全を。そして目障りなものは排除したい、といったところでしょう。以前は魔術師(私たち)にやらせていたそれを、自分でやろうとし始めただけ、マシ、なのではないですか」


 ひんやりとした声音に、カイルはネクター顔が能面のような無表情になっていることに気付いた。

 まるで昔に立ち戻ったかのような一切の感情の色がないそれに頭は冷えたが、カイルがどう声をかけるか躊躇したその時。


 ネクターとカイルが同時にはっと胸のあたりを抑えたのを、その場にいた助手の一人が訝しげに見た。


「どうかなさいましたか」

「「トイレ」だ」です」

「はあ?」


 助手たちが唖然とする中、素早く別室へ逃げ込んだ二人は、服の隠しから赤子の拳ほどの大きさをした虹色の光沢をもつ漆黒の鱗を取り出した。

 今は淡く光を帯びるそれに二人が無言のまま思念を集中させた途端、その鱗の持ち主の声が頭に響いた。

 体は幼くなっても、思念として聞こえる声はいつものままで、そのことに思わず安堵する。


 《あー良かった、つながって! 友人くんネクター、仕事の邪魔じゃなかった?》

 《いいえ、大丈夫です!思念話はできたんですね》

 《まあ、君たちの鱗は私の一部だから、いくらでもごまかしが利くんだよー》


 カイルはその思念を受け取った途端、傍らのネクターの表情が見る見るうちに綻ぶのを――――いささか綻び過ぎるのを見て、つい、ため息をつく。

 するとその気配が向こうに伝わったようだ、少々申し訳なさそうにこちらをうかがう気配がした。


 《ううむ、ちょっと急ぎで聞きたいことがあったんだけど、ダメかな》

 《いや、少々頭に血が上り過ぎていたところだったから、ちょうどいい気分転換になった。だが、手短に頼む》

 《ん、じゃあ手短に。友人くんって、最近なんかとても恨まれるようなことした覚えある?》

 《……なんだと》


 予想の斜め上を行く言葉にカイルとネクターは顔を見合わせた。


 《あの、ラーワ、もう少し詳しくお願いします!》

 《ええとね――――あ、クロにい! そこ行って、リーくんにとられちゃダメだぞっ! と、ごめんごめん》


 ネクターが訊き返した矢先、ラーワの思念が乱れて現実の声が混じる。

 その内容が引っかかったカイルは猛烈に嫌な予感に襲われた。


 《まて、ラーワ殿。今一体どこ(・・)なに(・・)をしているんだ》

 《んーと、今兄君(あにくん)弟君(おとうとくん)と弟君の学校友達と学問所の校庭でサッカーしてるんだよ》


 こちらの心境など一切気づいてないようなのんびりとした返答に、カイルはがっくりとその場に崩れ落ちた。

 代りにネクターが未知の単語にきらりと瞳を輝かせる。


 《さっかーとはいったい何ですか? お言葉から察するに子供向けの遊戯の一種のようですけど》

 《いいや子供向けとは限らないよ。単純に言えば、ボールを蹴りながら敵陣に攻め入ってボールをゴールに入れて得点を争うんだけど、ルール次第では大人でも大いに楽しめる面白い遊びなんだ。お子様たちが結構楽しそうだから今度ネクターも一緒にやってみよーか》

 《はい、ぜひ!》

 《うん、でね友人くん、今結構な数の子供たちと校庭で一緒に遊んでるんだけど、その周囲になんかおっかないおじさん集団が居て、こっちを見てるって精霊たちがおしえてくれたんだよ。

 その前に弟君と街で会った時も、なんか見られてるような嫌な気配を感じたから、多分弟君のほうを狙ってるんだと思うんだけどねえ。兄君もいる中、弟君を狙う理由ってぽっと浮かばないからさ。

 目的は友人くんのほうなのかなと思ったんだけど、恨まれる覚えある?》


 その内容にカイルは愕然とし、ネクターは限界まで目を見開いた。


 《今すぐ助けに行きます! 待っていてください!》

「おいネクター待て!」

「止めないでください、カイル! 今のラーワは小さな子供なんですよ! 何かがあってからでは遅いんです!!」

「だが今まで尻尾もつかめなかった実行犯を捕まえられる絶好の機会だ! 俺だって息子が狙われてるってわかっていて今すぐ飛んでいきたいのを我慢しているんだから待て!」


 身をひるがえして精霊樹の杖をとりに走ろうとしたネクターを、体当たりで止めたカイルがそう怒鳴る。

 それでも何とか抜け出そうと魔術を走らせかけたネクターだったが、二児の父親である彼の必死の形相にはっとして、抵抗をやめた。


 《ど、どうしたんだい? よく読み取れなかったのだけど》

 《……何でも、ありません。自分の考えなしを諌められてだけですから》

 《何でもないって感じじゃないけど……》


 我に返ったネクターから離れたカイルは、この竜を巻き込む腹を決めた。

 自分の息子がまさに危険にさらされているとわかった今、手段を選んでいる余裕はなかった。

 だが、事情を話すまえにカイルは深呼吸をして自分を落ち着けると、苦笑を浮かべて思念を送る。


 《あなたは本当にいいタイミングでチャンスをもたらしてくれるな。俺たちにとって都合がよすぎるくらいに》

 《なら腕輪で迷惑をかけちゃった分のお詫びってことで一つよろしく?》


 楽しげに返した黒竜の思念はだがすぐに物騒な気配で満ちた。


 《で、友人くん、なんか心当たりが大いにあるみたいだけど洗いざらい教えてくれるのかな?》


 その濃密な気配に気圧されかけながらも、すでに腹を決めていたカイルは同じように荒く笑って返した。


 《ああ、俺の息子たちが狙われているんだ。一刻の猶予もない。できるなら今夜中に片を付けたい。手を貸してくれ》

《もちろんだよ。お子様たちへの危害は絶対撲滅、だからね》


 当たり前のようにそう返してきた黒竜の思念は、穏やかなやさしさと闘争心に満ちていた。





 唐突に休憩に入ってしまった二人を今か今かと待っていた部下たちは、別室から現れたカイルとネクターのさっきとは打って変わって異様な闘志に満ちた様子に驚く。

 カイルはすぐさま待機していた秘書官に言い放った。


「いつでも出動できるように待機しておけ、街の警邏隊にも連絡を。これから誘拐組織の実行犯を捕まえに行く」

「は、はあ!?」


 突然の命令に目を白黒させる秘書官の傍らをすり抜けたネクターはテーブルにたどり着くと、転がっていたペンと手に取り、紙に猛然と書き連ねていく。

 あっという間に文字で埋め尽くされた紙のインクを魔術でさっと乾かすと、傍らで覗き込んでいた助手の一人に押し付けた。


「恐らく今夜中に本拠地に突入することになります。これが劣化版封印具の大まかな構造と術式、そこから推測した解除法です。押収品に同じものがありますから、本拠地突入までにより安全な解除法を探してください」

「こ、これは……!」

「い、急げ!」


 紙の内容を理解した助手たちは、この数分でここまでの推測を立てた手腕に絶句し、あるいは上司の無茶ぶりに真っ青になって、それぞれの仕事に取り掛かろうとする。


 だが、その中の一人が、上司であるネクターが室内に立てかけていた精霊樹の杖を掴み、窓を開け放つのを見つけて慌て声をかけた。


「筆頭!? 何をしていらっしゃるんですか!?」

「私は別件がありますので!」 


 更に信じられないことに、いつもは魔術師筆頭の暴走を抑制するはずの魔術師長まで杖を抜き、後に続いて飛び立とうとするのに秘書官が悲鳴のように叫ぶ。


「ひ、筆頭っ魔術師長までどちらへ!?」

「大事な人を助けにです!」

「大事な息子たちを救いにだ! 後を頼んだぞ!」


 そうして部下たちの制止を振り切り杖にまたがった二人は、すさまじい勢いで滑空していったのだった。





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