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ドラゴンさん、幼女になる 5



 学問所の前に広がる校庭は放課後も生徒達に開放されているため、今でも複数の少年少女たちが思い思いに過ごしていたため、ものすごい勢いで駆けこんできた三人は、子供たちの注目の的となっていた。


 校庭に入ったところでセラムの腕を離した少女は、すうっ息を吸うと。


「たぁーのぉーも―――――うっ!」


 学問所にまで聞こえそうな勢いで、大きく叫んだのである。

 続いてクロムが大きく声を張り上げた。


「バーニーってやつは誰だ!」


 校庭で遊んでいた子供たちの視線を一身に浴びたセラムは、やめてくれ! と内心悲鳴を上げつつ、暴走する二人の成り行きをどうすることもできずに見守るしかなかった。


 クロムの問いに、一際広く校庭をとって遊んでいた少年グループの中から、バーニーが進み出てきた。

険しく目を眇めて、仁王立ちである。


「俺がバーニーだ。なんか用があんのか!」


 クロムの目がギラリと光った……ように見えた。


「俺の弟を馬鹿にしてくれたらしいじゃないか! セラムに謝れ!」

「それはっ」


 いつも強気なバーニーがひるんだように言葉に詰まったのを、セラムは意外に思った。

 だが、後ろで様子をうかがっていた少年たちが怒りをあらわに口々に言い始める。


「なんだよセラム! お前にいちゃんに告げ口したのかよ」

「本当のこと言っただけなのに責めるなんて、卑怯だぞ卑怯!」


 その言葉にセラムがあとずさったその時、

 ズダン! と、まるで岩が砕けるような音と共に地面を揺らいだ。

 その衝撃が少女の足が振り下ろされた結果と気づいた時には、騒いでいた声はピッタリとやんでいた。


「なら、勝負しよう」


 静寂の中、その衝撃の中心に居る少女の声だけが響く。


「君たちが勝ったら、私たちは君たちの言うことが正しいと認める。土下座でもなんでもする。だけど私たちが勝ったら、君たちはセラムに謝って」


 その異様な気迫に飲み込まれていたが、少年たちの一人が声を上げた。


「セラムは魔術を使えるじゃないか! 俺たちに勝ち目なんて……!」

「魔術使ったほうがオモシロいけど、そういうんなら使わない。さらにハンデとして、君たちは全員でかかってきていいよ。それでも私たちは絶対に負けないから」

「私たちって、お前もやるのかよ。そのなりで」


 かわいらしいオレンジ色のドレス姿をちらちら眺めながら言うのに、少女は当然とばかりに笑った。


「あたり前だよ。すくなくとも君たちには負けないし」


 だが、自分たちより頭一つ分小さい、どう見ても自分よりも年下にしか見えない少女に言われても現実味はない。その自信がどこから来るのか。

 少女の不敵な態度に少年五人は顔を見合わせていると、今まで黙っていたバーニーが口を開いた。


「……勝負って、何をするんだ」

「そうだなあ」


 少女は少年の一人が持っていた革に布を詰め込まれた両手のひら大のボールを見つけてにっこり笑った。

 その華やぐような嬉しげな顔に少年たちが目を見張る。


「じゃあ、こうしよう。そのボールを貸してくれる?」

「え、あ、うん。」


 割合素直に渡されたボールを少女が礼を言って受け取る。


「セラにいちゃん、ペンもってる?」

「え、あちょっと待って」


 急に声をかけられたセラムが慌ててカバンを漁り、筆箱からペンとインクを差し出すと、少女はボールの表面に何やら書き出した。

 少年たちも不思議そうにその手元を覗く。


「おい、何やってるんだ」

「もうちょっと待ってね、よしっと」


 バーニーの声にそんな感じで答えた少女が書き終えたものが、両親はもちろんネクターや“姉”が良く使う呪文字とわかったセラムとクロムは、驚愕に目を見開いた。

 多くの単語を知らない二人は内容まではわからなかったが、普通の少女が知っているようなものではない。


「じゃあセラにい、さっきの『泥沼』くらいの魔力量を3倍遅くながしこんで。落ち着けば大丈夫だよ」

「あ、うん」


 謎が多すぎて処理の追いつかないセラムは、少女に言われるがままボールを受け取ると、何百回と慣れた魔力操作で魔力を流し込んでいく。

 するとボールの表面に書かれた呪文字が淡く発光しはじめ、見る見るうちにボールは大きく丸くなっていったのだ。


 少年たちがその変化に驚くのを横目にセラムからボールを受け取った少女がボールを地面に落とすと、ボールはトーンッと地面を跳ねた。


「わっすげえ、ボールがはねる!!」


 思わず歓声を上げた少年が気まずそうに他の少年をうかがって黙り込むのを気にした風もなく、少女は出来栄えに満足そうにうなずいてバーニーたちに言った。


「このボールを蹴り合って相手のゴールに入れたら1点。先に5回相手のゴールに入れたほうが勝ち、でどうかな。ただし、手を使ったら反則で、その子は退場」

「……へえ、面白そうじゃねえか。良いぜ、最近同じ遊びばっかで退屈してたんだ。付き合ってやるよ」


 バーニーの一言で少年たちも一様にうなずくのをみて少女もにんまりと笑う。


 そうしてセラムが呆気にとられている間に、その奇妙な勝負は始まったのだった。








 むき出しの地面に適当に線を引いて陣地を決め、拾ってきた木箱をゴールに据えて、それぞれの陣地にバーニーを含む少年6人とセラム、クロム、少女の3人が散らばった。


 最初のボールはコイントスでバーニーたちの物に決まり、あとは彼らが球をけり始めるのを待つばかりだ。

 だが、いまだにどうしてこうなったのかとぐるぐるしていたセラムは、傍らで屈伸運動を繰り返す少女に思わず話しかけていた。


「こんなことになって一体どうするつもりなんだ。あっちは6人こっちは3人。誰も知らない遊びで有利にしたつもりだろうけど、僕 も兄さんも知らないんじゃ意味ないんだぞ。どうやって勝つつもりだよ」


 すると少女ににやにやと笑いながら指摘された。


「セラにいちゃん勝つつもりでいるんだ」

「そ、それは、……やるからには勝ちたいだろう」


 くすくすと笑う少女に、ばつが悪そうにするセラムを安心させるように、少女はむんと、力拳を作ってみせた。


「大丈夫、これは名誉をかけた勝負だ、たとえ大人げないと言われようと絶対勝つよ」

「大人げ……?」


 こんな小さな女の子に大人げといわれてもちぐはぐだったが、少女がセラムを真摯に見上げていることに気付き目が離せなくなった 。

珍しい、黄金色の瞳をしていることに今更気づいた。


「だからね、セラにいちゃん遠慮なんかしないでうんと楽しんで。魔術を取っ払っても、セラにいちゃんは十分かっこいいんだから」


 その瞳に、雰囲気に、覚えがある気がして思考の渦に飲み込まれようとした時。


「始めるぞー!!」


 バーニーの大きな声ではっと我に返ったセラムは、傍らの少女の姿が消えていることに気付いた。


 そこからはあっという間だった。


 声と同時に走り出していた少女は、バーニーが球を蹴りながら走りはじめようとしたそのわきを抜けてボールをさらった。

 慌てて止めにかかる少年たちを、ボールを守りつつ華麗に躱す。

 ひざ下丈とはいえ動きにくいスカートをものともせずに敵陣を駆け抜け、ゴールと決めた木箱に鋭くボールを蹴りいれたのだ。


 ガコンッ!と、ボールを受け止めた木箱の転がる音だけが辺りに響く。


 しんと静まり返って誰も動かない中、茫然とするセラムの横にクロムがいつの間にか傍らに立っていた。


「見たかよ、セラム」

「……うん、すごい」

「身体強化すら使ってないのにあの動きだ。魔術を使わなくてもあんなことが出来るのか。あれに追いつくにはほぼ走りっぱなしでいなくちゃいけない。ということはスタミナと足腰の強さも必須だな。なんだすっげえ面白い遊びじゃないか」


 隣で立ち尽くす兄のそのどうしようもないほどわくわくと輝く表情を見たセラムは、兄のスイッチが入ったことを知る。

 セラムもかっと胸が熱くなるような昂揚感に、うずうずしていた。

 それほど、鮮やかな動きだったのだ。


 ひょいと木箱から拾ったボールを小脇に抱えた少女は少年たちを振り返り、不敵に笑う。


「手加減なんかしてやんないんだから、覚悟しなよ?」






 さすがに一筋縄ではいかないことに気付いたバーニーたちは、目の色を変えて攻め入ろうとしたが、いくら少女をマークしようと、他にクロムもセラムもいるのだ。

 更にいえば父親の友人たちのおかげでこのような“新しい遊び”に慣れることは二人とも得意だった。


 何度かボールに触って要領をつかんだクロムとセラムは、少女をマークすることに人数を割いて薄くなった守りをついてパスを回し 、次々にゴールを決めていく。

 少年たちも何とか得点を入れようとしたが、セラムは彼らの動きを的確に読み取り、ボールを受け渡そうとした瞬間を狙ってボールを奪い取り、すかさず少女に渡す。

 その衝撃的な一点目以降クロムとセラムの補助役に回っていた少女は、必死に追いすがる少年たちを躱してクロムにボールをパスし、本腰を入れて楽しみにかかっていたクロムが。少女から受けとったボールを持ち前の突進力を生かし、ゴールを決めていた。


 そうしてあっという間に最後の五点目を入れたセラム達は互いにハイタッチを交わした。

 だがセラムは案外あっけなく決着がついてしまったことにつまらなさを感じている自分に困惑していた。


 もう少し、遊んでいたかったな。

 少年たちは信じられないと言わんばかりに立ち尽くしていたが、バーニーだけは、悔しそうな中にもどこかほっとしたような雰囲気で口を開いた。


「俺たちの負けだ、セラムに言ったことは」

「それよりもさ、面白くないからもう一勝負しよーよ」


 バーニーの言葉を遮ってそんなことを提案した少女にその場にいた全員が注目した。


「お前、何いって」

「面白そーなことしてんじゃん! もう一回やるんなら俺も混ぜてくれよ」

「リログ!」


 校舎から走ってきた、唯一セラムと話す友人のリログの登場にセラムが驚いていると、周囲で眺めていた少年少女たちからも「じゃあ、俺も」「俺もやる!!」「私も混ぜて!」と次々と声が上がったのだ。


 声を上げた子供たちは自然と入りたいチームの陣地に入っていったのだが、セラムはその大半の子供がセラム達の陣地に入ってきた ことに呆然とした。


 それで若干セラムのチームの人数が上回ったのを見た少女は、とんでもないことを言い出した。


「これじゃあ公平じゃないよね。じゃ、セラにいちゃん、とそこのセラにいちゃんの友達! 向こうのチームに入ってねっ」

「はあ!?」

「良いぜ、行くぞセラム!」

「何言っているんだリログ、向こうってことは……」

「おお、兄弟対決か、面白そうだな、負けねえぞセラム!」

「兄さんまで! そんな勝手に決めていいわけないだろう? 向こうの意見も聞かなきゃ」


 セラムは慌てて身をひるがえして少女の手から逃れて、この相談が聞こえていただろうバーニーたちに救いの手を求めて振り返ったのだが、なぜか少年たちは顔を見合わせるばかりだ。

 ゲームの前の勢いなど微塵も無く、とどめは、バーニーは怖いぐらいにセラムを睨み付けて言ったのだ。


「良いぜ、今度こそ負けねえ。おいセラム、リログ早くこっちに来い! 作戦会議だ!」

「バーニー!?」


 一体どういうことになったんだ!? と混乱の極みに達したセラムは、もう一度クロムと少女を振り返ったのだが、クロムは新しく入った子供たちにボールの蹴り方を教えに行っているし、元凶の少女はひたすら楽しげに手を振っていて、助ける気はないらしい。


 セラムは何を考えているのか全く分からない少女を恨めしく睨んで仕方なしにリログと共に敵陣へ行く。


 リログのほうはほかのクラスの子供とでも普段からわだかまりなく話しているから同じチームの少年たちとすぐに打ち解け、ルールやコツを教えてもらっていた。

 だが、セラムはそうはいかない。

 案の定まち構えていたバーニーの眉間にはしわがぐっと寄っていた。

 よほど悔しかったのだろうか。

 それともすこしでも勝てる確率を上げるためとはいえ一時期でも仲間になるのが気にくわないのか。


 今までまともに言葉を交わしたことがないセラムにはわからなかったが、ちょうどいい機会だと腹を決めることにした。


「バー……」

「悪かった」


 セラムの声に被せるように早口に言われたその言葉の意味が、うまく理解できなかった。

 すこし見上げれば、そこにはバーニーの苦虫をかみつぶしたような、いやひどく後悔しているような表情があった。

 セラムが思わず驚きに目を丸くしていると、バーニーはぐっと唇をかみしめた後、低い声で続けた。


「気にくわなかったのは確かだが言いすぎた。本当は気取ってるなんて思っちゃいねえ。ただ俺は、お前と――――」


 あまり話さなくったって、バーニーを見ていればわかることはいくらでもある。

 弱い者いじめが嫌いなこと。

 素直に言葉に表せること。

 そして、きちんと悪いことをみとめられること。


 だから、セラムにはバーニーが本気で謝りたい気持ちがよく分かった。

 わかったから、セラムはその先を言おうとするバーニーを制した。


「もういいよ、バーニー。十分だ」

「だけど、約束だろう」


 案の定不本意そうに顔をしかめるバーニーに、この気持ちをどうにか伝えたくて、でもセラムにはどう言葉にしていいかわからなかったから、代りに手を差し出した。


「バーニー、勝とう。兄さんも、あの子も、ものすごく手強いけど。君たちと協力できれば勝てると思う」

「セラム……」


 バーニーは差し出された手を前に驚いたように二三度目を瞬かせていたが、何時もの不敵な表情に戻ってその手を強く強く握った。


「おう、めっためたにしてやろうぜ」

「うん」

「バーニー、セラム―!ちょっと練習しようぜ!」

「おう、待ってろ!」


 リログが声を上げるのに答え、セラムとバーニーは肩を並べて、走っていく。

 いつのまにか、さっきまでの鬱々とした気持ちがどこかへ行ってしまっていた。






 たちまち輪の中に入っていくセラムの後姿を見送った少女は、ふう、と安堵の息をついていたが、周りに唯人には見えない風の精霊たちが集まってきたとたん、その表情は厳しく引き締まった。


「どうだった?……うん、……うん、やっぱりそうか。ありがと―みんな。悪いけど、引き続きよろしくね」


 ぼそぼそと話した後、そよ風に紛れて散開した風の精霊たちを見送った少女は、難しい顔で考え込む。


「んーやっぱり、これは言うしかないかなぁ、ないよなあ。お子様たちの安全には変えられないわけだし」

「おーい、もう一勝負行くぞー!」

「うん、今行くよー!」


 クロムは一人離れたところにいた少女に声をかけてから、その厳しく引き締められた横顔に気づいて驚いた。

 だが、走り寄ってきた少女の嬉々とした表情には、その名残も読み取れず、気のせいかと思いなおしたのだった。








 


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