ドラゴンさん、幼女になる 4
いやあ、びっくりした。
クロムとセラムが困ったように話し合う脇で、私はこっそり息をついた。
数十分前に奥さんに置手紙をして意気揚々と街へ繰り出した私はお子様たちの学問所の場所は知らなかったけど、慌てず騒がず、魔力の流れに意識を研ぎ澄ませた。
実は、お子様たちには生まれた時に健康と才能開花の言祝ぎをしてあげてたから、私の魔力の気配が移っていたりして、何せ自分の魔力だから今の状態でもこの街中ぐらいなら簡単に見つけられるのである。
そうしてお子様たちの大まかな居場所を補足した私は、子ども特有の短い歩幅に苦労しながらトコトコと歩き、一番近くの気配の元へ行こうとしたのだが、思わぬ障害に出くわして、気をとられていたら接触する気はなかったセラムに助けられることになったのである。驚いた。
え、そのまま変態について行ったらどうしていたかって?
とりあえずすね蹴り飛ばしてナニを潰そうと思っていましたが、何か?
魔力を制限されただけで、運動能力はそのままだ。足を蹴り折るのも、再起不能に潰すのもたやすいことである。
そして最後に泣きながら近くの駐在所にかけ込めば完璧だ。
「あのおじちゃんわたしのスカートの中みたいっていったの!!」
絶対あの変態似たり寄ったりのことを考えていただろうから嘘ではない。
いくら子供が可愛かろうとおさわりは厳禁! 破ったら社会的に抹殺よ♪である。
それはともかく、セラムに腕を引っ張られながら走ることになった私は、お子様の素敵な成長ぶりに感動しながらも正体がばれたんじゃないかとひやひやしていたのだが、途中でそれはないと思いなおした。
お子様たちは私が姿を変えられるドラゴンだとは知らないし、彼らが知っているのは大人の私だ。
「姿変え」は魔術として見れば中々高度な部類に入るから、そう言うことが出来るというのも知らないだろうお子様たちは、セラムよりも小さい今の私を同じ人だと考えないだろう。
それにドレスと揃いの縁飾り付きの縁なし帽子に髪を入れ込んでいるから、フリルの影になって瞳の金色も分かりにくいだろうし、共通点であるパンクな黒髪も隠れて見えない。
案の定セラムも後で合流してきたクロムも私を知らない子供と認識しているようだ。
予想通りとはいえそれでもほっと息をつきながら、私は縁なし帽子を深めにかぶり直した。
とりあえず、これは外さないでおこう。
説明できる気がしないから。
クロムとセラムは話し合った末、未遂とはいえ犯罪者を報告しにいきがてら迷子と思われる私を駐在所に送り届けることにしたようなのだが、さあ歩こう! としたその時に、ぐおうぐるぐる、と魔獣の唸り声のような音が辺りに響いた。
その音に聞き覚えがあった私は、セラムとともにクロムを振り返る。
「とりあえず、腹減ったから何か食べよう。俺がおごるから」
顔は笑っていたけどおなかが空き過ぎて目が必死なクロムの訴えに乗り、広場に出ていた屋台で食料を確保しておやつの時間になったのだった。
稽古で消費した分を取り戻すように食前の祈りもそこそこ、サンドイッチにかぶりつくクロムと、果物を手の内で転がすセラムの二人に挟まれて、広場のベンチに座った私は、地面につかない足をぶらぶらさせながら、私のためと買ってくれた果物をしゃくりとかじった。
さっきまで地下水で冷やしていたらしく、果汁たっぷりの桃みたいなそれはひんやりと冷たかった。
口いっぱいに広がるすっきりとした甘さにはにゃんと頬をゆるませていると、ふと、セラムがぼんやりと地面に視線を落としていることに気が付いた。
桃は一口かじっただけで手を止めていた。その表情はどことなく暗い。
「セラム、もういいのか。いらないんなら貰うぞ」
「……うん、いいよ」
一瞬でサンドイッチを片づけたクロムは嬉々としてセラムから食べかけの桃を受け取ったが、やっぱりセラムの様子が変なことに気が付いたみたいだ。
桃には口をつけず、だけどどう声をかけようか迷っている風だったから、さっきのセラムの言動が引っ掛かっていた私は精一杯子供を装って話しかけてみた。
本当は愛称でも呼ばないほうが良いのだろうけど、非常事態だし魔力も制限されているし良いだろう。
「ねえ、セラにいちゃん。どうしてさっき魔術が怖いものっていったの?」
「それ、は……」
私を見るセラムの緑の瞳が揺れた、その時。
私は、ぴりぴりとしたものがうなじに触る感じがして振り返った。
だだっ広い広場だ。通行人も居れば屋台をやっている商人さんもいる。
私たちのことをほほえましそうに見ながら通り過ぎる人はいたけど、それ以上はとりあえず見当たらない。
気のせい、かな。
私が意識を二人に戻すと、クロムが珍しいくらい険しい顔でセラムを見つめていた。
殺気に近いクロムの気配にこれだったのかなと思いなおす。
「セラ、何があった」
「別に、何も……」
「何を言われた」
クロムの強い詰問に、セラムは長い沈黙の後、うつむいて答えた。
「魔術が使えるからって気取っているんじゃねえよって」
その告白に私とクロムが沈黙しているのをどうとったのか、セラムが慌てて付け足した。
「いや、それは別にいいんだ。僕はそんなにしゃべれるほうじゃないし、そう思われても仕方がないと思う。ただ、その後、バーニーの仲間たちが気味悪そうな目で僕を見ていてさ、ああ、嫌われてるんだって気づいただけなんだ」
私はセラムがとっても良い子だって知っている。
だってセラムは魔術が好きなだけなのだ。
子どもの戯言でもそんな風に罵倒されて良いわけない。
「ただ、普通に話せる友達が欲しかったんだけどなあ。ダメみたいだよ、兄さん」
諦めたように笑うセラムは痛々しいほど悲しそうで、ぎゅっと胸の竜珠のあたりが苦しくなった。
するとクロムはセラムの両肩をガシッと捕まえると、ものすごく真剣に見つめて、言った。
「……セラムはそれでいいのか」
「なにが」
「好き勝手言われて、というより妙な目で見られて悔しくないのか」
「それは、悔しいけど、でも、魔術を使ったら僕が悪者だ」
こんな時でもそんなことを言うセラムに私は感動してしまった。
そうなのだ。プロの格闘家が素人に拳をふるったら厳しく罰せられるみたいに魔術で人を傷つけた場合、普通の傷害よりも罪が重くなる。
もちろん正当防衛が認められるようにもなっているけど、基準はより厳しいものであるのは確かだ。
例えば、さっきセラムが私を助けたときを例にすると、相手が自分よりも明らかに強い大人の男で、私を助けるという大義名分があったから正当な行使と認められる。
だけど、もしセラムが大人で、魔術の使えない人にかっとなって魔術を使えば、相手が原因だろうとセラムも罪に問われるのだ。
それを法律に組み込むよう国に働きかけたのがカイルだ。魔術師が脅威だと認識される芽を真っ先に潰すために。
セラムがその“魔術のおきて”をこんな小さいのに理解していることに、私はちょっとうるっときていると、クロムがちょっぴり腹黒く笑った。
「魔術を使わなきゃいいんだろ?」
「は?」
セラムが目をまん丸くさせている横で、私はなるほどとうなずいていた。
確かに、それはあくまで魔術を使った場合、なわけで。
普通に拳を握っての殴り合いならこんな小難しいこと持ち出さずともただの喧嘩と同じなのだ。
ましてや子供、大人がとやかく言うことではない。
「そういうやつらはお前が言い返さなければそれだけ増長するぞ。お前を同じ土俵に立たせるのはにいちゃんだってむかつくが、
ここは一発ガツンとかますのが一番だ」
そうだぞセラム! なんて言ったって君は私が遊んで鍛えたんだ、並の子には負けないガッツと運動神経があるんだぞ!
「セラにいちゃん、心で負けちゃダメなんだよっ!」
「君まで何をいうんだ」
「そうだ、この子の言うとおりだ!」
「兄さんまで!!」
呆れるセラムを置いて、クロムと意気投合した。
セラムのその想いを痛いほど理解できた私に、このまま知らんふりをするという選択肢は消えていた。
確かに、どうしようもないこともあるだろう。でも、それでも。
仕方がないなんてことはないのだ。
セラムは私の大事な弟みたいな子だ。
ここで一肌脱がないで、お姉ちゃんと呼ばれる資格はない!
私は食べかけのちび桃にかぶりつき、どんどん減らしていく。
勢いよく果物を食べだした私を唖然と見つめる二人の視線を感じつつ、ほっぺにいっぱいになった桃をごくりと飲み込んだ私は、足のつかないベンチからぴょんと飛び降りた。
そうして二人を振り返り、にやりと笑って言ったのだ。
「いまから殴り込みに行こう!」
**********
セラムはその突飛な発言に呆然と少女を見つめた。
「なに、言って――――」
言いかけたセラムの言葉を遮ったのは、同じように立ち上がったクロムだった。
「いいアイディアだ! あそこの子供が遊んでいるといえば、学問所の校庭くらいなもんだ、すぐ行くぞ!」
「うん、行こうっ」
「えちょっと君! 口の周りがべたべただよ!」
「ふへ!?」
今にも駆けださんばかりの少女にセラムが多分違うと思いつつも言った言葉に少女が振り返り、頬をりんごのように真っ赤に染める。
ハンカチの類は持っていないらしくおろおろする少女に近づき、ポケットから取り出したハンカチを噴水の水で湿らせて口元をぬぐってやった。
「あ、ありがと」
「可愛い女の子なんだから、身だしなみは綺麗にしなきゃダメだよ」
「……君の将来が限りなく心配になってきたよ」
されるがままの少女が真っ赤な顔のまま言った言葉はセラムには良く聞き取れなかったから、かまわず続けた。
「それに、いいんだ、怖がられてるんだから。しょうがないだろう」
セラムが諦めたように言うと、少女に不思議に静かな瞳で見返されてどきりとする。
「あのね、多分、その子たちは魔術を知らなくてびっくりして、どうしていいかわからなくなっているんだとおもう」
「わからない……?」
戸惑うように目を瞬かせるセラムに、少女はこくりとうなずいた。
「そう、見たことが無くて、どうしたらいいかわからないの。知らないんだったらしょうがない。でもね、セラにいちゃん。黙って我慢してることはないんだよ」
「君……」
「と、いうわけで、つべこべ言わずにとっとと行くぞ! クロにいちゃん案内よろしく!」
「まかせろ!」
セラムがその金色の瞳に見とれているあいだに、快活に笑った少女に手首をつかまれ、次の瞬間ものすごい勢いで走り出したのである。
たかが自分より小さい女の子の力だと侮っていたセラムは、捕まれた腕が全く振りほどけず、更には少女の足が恐ろしく速いことに驚愕した。
セラムが慌てて魔力を足に集めてやっと追いつくぐらいなのである。
何とか少女の足下を見れば、恐ろしいことに少女は「身体強化」を使っていないように見える。
普通に走ってその速さであるという事実に唖然としている間に、セラムは少女に引っ張られながら、クロムの的確な案内で少し前までセラムがいた学問所に戻ってきていた。