ドラゴンさん、幼女になる 2
その日の門番達は配属されて間もなく、いまだ若かった。
普段なら古参の兵士と組むことでその未熟さを補うのだが、あいにくと当番の調整がつかず、若い兵士二人で当直を務めていた。
門前に立ち始めて既に数刻。
これが中央門などの出入りの激しい門ならば違ったのだろうが、あいにく彼らが立っているのは人通りもまばらな通用門の一つだ。
単調な仕事に集中力も散漫になり、数度目かのあくびをかみ殺したその時、背後からガラガラと荷車を転がすけたたましい音がひびいた。
振り返った門番はそれが誰かを確認した途端、一気に緊張した。
そこにいたのは十数年たった今でも色あせることのない、改革の立役者である魔術師長のカイル・スラッガートと宮廷魔術師筆頭であるネクター・プロミネントだったのだ。
「通るぞ。良いな」
「はい!」
英雄二人の登場に呆然としていた門番だったが、魔術師長に声をかけられ、勢いよく左胸に右こぶしを当てる最敬礼をした。
だが勢いが付き過ぎて思いきり叩いてしまい、そろってむせる門番達に厳しく顔を引き締めていた魔術師長の表情がわずかに和らぐ。
「守衛ご苦労さん。これからもよろしくな」
「はっ! ありがとうございます!!」
城の外へ消えていく二人の姿を頬を紅潮させながら門番の片割れは見送ったのだが、ふと思い出した。
そういえば、少し前にスラッガート家の許可証を持った召使の娘を通したが、出てきたのだろうか。
一瞬今日の相棒に聞こうかと思った門番だったが、ここのほかにも門はある。
そちらから出たのかもしれないと思いなおし、若い門番は期せずして英雄二人の姿を見られた幸運に胸をいっぱいにしていた。
**********
「ラーワ大丈夫そうですよ」
ガラガラとけたたましい音に紛れるコッソリとしたネクターの声を拾い、そうっと頭上のふたを押し上げた。
荷車に積み込まれた木箱に隠れることで外に出ることに成功した私は、外の空気を吸ってほっと息をつく。
「あーよかった。しばらく王宮でかくれんぼしなきゃいけないかと思った」
「その時はぜひ私の研究室に来てくださいね。いつでも歓迎します」
「まあ、その時はね」
荷車を引くネクターのものすごく真剣な声音にちょっぴり引いていると、傍らを歩いているカイルがぼそりと呟いた。
「俺たちの顔が知れているとはいえ、荷物の検査もしないとは。うちの警備体制を見直したほうがよさそうだな」
「でも今回はそのゆるいチェックのおかげで助かったよ」
「いや、いつ間諜が入るかわからんからな。ましてや魔術部門は多くの機密を扱っている。前々からどうにかしようとは思っていたんだ」
「ではカイル、通行許可証に個々の魔力波を登録してみましょうか。つい先日個別の魔力波を物質に転写、記録させる方法は編み出せましたから、後は読み取り用の魔道具の制作と、より転写に適した素材を探すだけです」
「それなら、まず魔道具部門に試作品を作らせて研究塔と俺のところで実証実験がてらデータをとるぞ。そのための予算は国防とからめて爺どもに出させよう」
あっという間に新技術の試験導入と予算が組まれていくのをあっけにとられて聞いていた。
え、そんなに簡単に決めちゃっていいの?
「まあそれもラーワ殿の問題を解決してからだな。ラーワ殿、とりあえず元の大きさに戻れるようになるまでどれくらいかかるかわかるか?」
カイルに突然話を振られた私はまごつきながらも答えた。
「ええと、このお子様サイズって結果的に魔力の節約になっているから、吸収される魔力も微々たるものになってる。このまま魔術も使わないでいれば今までの数珠の還元効率からすると2,3日くらい、かなあ」
それを考えると本当にレイラインの調整に余裕があるときに来てよかったな。
どっちみち今回は1週間くらい来るつもりで安定させてきたから助かった。
「どちらにせよ子供用の服が必要だな。ネクター、ラーワ殿の背格好は覚えているな。俺はとりあえずラーワ殿が目につかないうちに家に送ってくるからおまえが買ってこい」
「わかりました! ラーワ、待っていてくださいね。うんとかわいいのを選んできますから!」
荷車を引く手を止めたネクターがにっこり笑ってそう言うのに、私はうなずくしかない。
「ええと、うん、よろしく?」
そうして、荷車をカイルに預けたネクターがうきうきと背負っていた杖に乗って街中へ消えていくのを見送ったのだが、その際、カイルが安堵のため息をつくのを聞いてぴんときた。
なるほど、女の子用のドレスを選ぶのが嫌でネクターに押し付けたな。
まあ、ネクターが嫌がってないどころかむしろ喜んでたからいいんだろうけど。
それでも木箱のふたを頭で押し上げた私がじと目で睨みあげると、その視線に気が付いたカイルが気まずそうに変な咳をしたので、しょうがないからごまかされてやろうと思う。
ただ、ちょっぴりネクターが変態扱いされないか不安になったのだった。
引き手がカイルに変わった以外はそのままがらごろと荷車(の上の木箱の中)に乗せられてまっすぐカイルの家にもどったのだが、すでにネクターはベルガに説明まで済ませて、大量の子供服を抱えて待ち構えていた。
「選びきれなかったので全部買ってきました」
にっこり笑うネクターの行動と思いきりの良さに私はあっけにとられることになったのだった。
私がちっさくなったとネクターから聞いていたベルガは期待に瞳を輝かせていたが、それも私が木箱から現れるまでだった。
木箱から出てきた私の“あられもない”(ベルガ談)姿に絶句したベルガは、ネクターから女の子用のドレスをひったくる勢いで貰い受け、私専用になってる客室で着替えを手伝ってくれた。
どれ一つとして同じデザインの無いドレスをベルガは私よりも熱心に選んでくれて、そのうきうきとした感じに私のほうがたじたじになってたのだけど。
「すみません。私の子どもの頃の服があればよかったんですけど」
ふと申し訳なさそうに言ったベルガに、私はただ首を横に振った。
彼女もカイル達と一緒、“隷属契約”を無理やり結ばされて、小さいころからずっと魔術兵としての訓練や討伐任務に明け暮れていたのだ。
女の子なら誰でも憧れる綺麗な色の服や、アクセサリーの話なんか一つもできず。
彼らの多くは貧しい農家の子供や孤児で、皮肉にもその過酷な状況で魔術師として破格なまでの修行を積み重ねられた彼らは老化が遅く、親兄弟が健在でも故郷に帰らずに王都に留まった人のほうが多かったという。
彼女がどうなのかっていうのは聞いたことはないが、どっちみち謝られることではないのだ。
今回は私が迷惑をかけているのだし。それはベルガのせいじゃない。
でも彼女の私を見るちょっとまぶしいような懐かしいような、寂しげなまなざしはちょっと悲しい。
だから私は、水色のジャンパースカートと茶色い格子のドレスの間で悩むベルガに言った。
「どっちも着てみようか?」
着せ替え人形くらいにはなれるから。
ベルガはちょっと面を食らったような顔をした後、ほんの少し申し訳なさそうに、でもとても嬉しそうに目を輝かせた。
「そうですか!? じゃあこの水色にはこれとこのブラウスを合わせて、この格子柄のほうはこのベレー帽を合わせて着てみてください!!」
……豹変したベルガのきらきらというよりぎらぎらした目に、ちょっと早まったかなと思った。
結局、これが一番いいです!といわれた胸の下で絞るタイプのオレンジ色のドレスに、抜かりなく用意されていた編み上げブーツで足を固めた私は、ひと仕事を終えた気分でよろよろとカイルの書斎に行ったのだが。
……扉のノブに手が届かないという事実に愕然とした。
確かにこの国の人って体格が良いから、合わせて作られた家とか家具は大人型の時でもちょっと大きいかなって思ってたけど!
ちっちゃい、ちっちゃすぎるよ私の体!
くっ何時もはただの扉でしかないというのに、屋敷内がやたらとハードモードに思えてきた……
若干の敗北感を覚えつつノックをすると、すぐさま扉を開けて出迎えてくれたネクターが私を見るなりぱっと表情を輝かせた。
「可愛いですね、ラーワ! とてもよく似合っていますっ」
「えへへ、ありがと」
手放しの称賛にちょっぴり照れて頬を掻いた。
中身がうん百歳のロリババアだとしても、やっぱり褒められるのは嬉しい。
しょうがない、今はまあ小さい身体を楽しむか。
カイルとネクターはとりあえず、数珠の珠に彫り込まれている古代語や解析用の虫メガネ型の魔道具で覗き込み、術式を記録することから始めた。
その記録といくつかの特徴を元に、類似の術式や魔道具の記述を探してみるという。
「できればこの場でやりたいが、俺もネクターも仕事を残しているからな、いったん城へ戻る」
「休みは今日からの予定だったのですが、予想外の仕事が入ってしまって一時ぬけるのが精いっぱいなんです。ですからまずは研究塔の蔵書を当たってみます。正式な手段があるならばそちらにこしたことはありませんから」
「そうだったのか。……ごめんね、私のせいで余計な仕事を増やしちゃって」
自分がしでかしたことが二人の負担になっていることにしょぼんと肩を落とすと、二人はそろってうっと息をつめる音が聞こえた。
「……ある意味ではあなたのおかげで危険な魔道具を一つ発見できたんだ。気にしなくていい」
「そうですよ、私も早く外す方法を見つけてきますから」
「で、でも、うわっぷ!」
私がぐずぐずとしているのにカイルははあとため息をはくと、私の頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
その勢いに子どものアンバランスな頭が振り回され、あわあわする。
「いいから、ラーワ殿はこの家で大人しくしていてくれ」
「わかった、わかったからやめてー!!」
目―がーまーわーる―――!!
「ずるいですよ、カイル私もっ」
手は離れたものの、頭がくらくらする中で聞こえたネクターの声に身構えた私だったが、すっと目線を合わせるようにしゃがみこんだネクターに壊れ物を扱うみたいにさらりと撫でられて、逆にびっくりした。
「必ず外す方法を見つけてきますから、待っていてくださいね」
「う、うん、わかった。ねくたー、むりしないでね」
あ、なんかひらがなっぽい発音になった。すると、ネクターがより一層切なげな顔をしてぎゅっと抱きしめてきた。
「……やっぱりここで解析をっ」
「ダメだ、行くぞネクター」
べりっと音がしそうな勢いでカイルは私からネクターを引っぺがし、王城へ戻っていったのだった。
カイルの家に残った私はとりあえずベルガについてお家のお手伝いでもするか! と、勢い込んでみたのだが、すぐさま撃沈した。
「すみません、掃除も洗濯も魔術で終わってしまうので特にないんです」
そういえばベルガは独自に短縮した術式でハタキと箒と雑巾を同時に操り、通いの使用人さんだけで広い屋敷を切り盛りしちゃってる人だった。
魔術をかけた箒やハタキがひとりでに動く光景はまさにファンタジー!! という感じでいつ見ても飽きないものなのだが、効率が良すぎて私の入る隙はない。
けど、いつか習得してみよう。
ふん、と決意した後、ならば大人しく数珠の解除法を調べてみるかとベルガに黒板と紙を貰い、今の時刻一番居心地のいい居間でちまちま魔術式を解読していたのだが、
「やっぱり魔力が必要なんだよねえ……」
今の私にできるのは見える範囲で使われている術式を推測するしかないわけだけど、それで何らかの手を思いついても、試すにはやっぱり魔力が必要なわけで。
……今すぐ無理じゃん。
ちゅどーんと落ち込んでいると、ふよふよと精霊が集まってきた。
魔力の集合体である彼らは魔力が濃密な場所だとわずかながらも意志を持つ。
魔力濃度が薄くなればたちまち消えてしまう儚い彼らだけど、その分、意志を持つきっかけとなった土地や人に愛着と好意を持つから、その場その人に合った魔術を使うときは助けてくれたりするんだ。
特にカイルがコントロールが難しい雷系の魔術を自在に操れるのは、カイル自身が風と水の魔術を同時に扱えるほど器用だからってのもあるけど、生まれたばかりの雷精にまで好かれてしまう程相性がいいからってのもあるんだ。
ドラゴンである私の周りはとても魔力が安定するから、消えずに結構長い付き合いの子も多いんだよね。
今は特に数珠もどきのせいで自動的に魔力が周囲に拡散されてるから、わざわざ魔力を渡さなくても、話しかける力があるみたいだ。
「うん、だいじょーぶよー……ん? ああ困ったときは助けになってくれる? いつものお礼? ありがとね」
純粋で無垢な子たちだから、魔力をくれればどんな人でも喜んで手伝うんだけど、やっぱり、好意を示してくれるのは嬉しい。
精霊たちに慰められた私は、誰も居ない居間で、改めて前向きに暇つぶし方法を考えた。
せっかく街に居るんだから、ここでしかできないことをしたいけど、意外に思いつかないものだなあ。
カイルの書斎にある本は一通り読んだし、ボードゲーム系は相手がいないとつまんないし。
お子様たちも帰ってこない中、他にすることって……
ん? お子様たち?
ころころとソファーの上を転がっていた私は、むくりと起き上がった。
二人とも家庭教師じゃなくて、市街地の学問所に行ってるんだよね。
兄君のクロムは剣術が楽しいから半分以上サボって剣術道場に通ってるらしいけど、弟君のセラムのほうは通い始めたばかり。
初めて同年代の魔術を使える子に会うわけだし、そもそも慣れない環境だし大丈夫―? って訊いてみるんだけど、セラムってば毎回平気っていうんだよね。
でも学校のことを聞くと口が重いしあんまり楽しそうじゃなくて、ちょっと心配だったんだ。
それで学問所を覗きに行こうとしたらカイルに全力で止められたんだよねえ。
でも、だよ?
このなりであれば学問所近くをうろついたとしても怪しい人物として通報されることもないし、この国の学校生活を覗けるんじゃないか!?
この画期的な思い付きに私はにんまりとした。
な、ん、て、いいアイディア!!
私のうきうきした気持ちに感化されたのか、精霊たちはひょんひょん飛び跳ねる中、さっそくこの思い付きを実現させる手順を考える。
ベルガは応接間で急に来たお客さんの応対をしていたから、話そうにもすぐには無理だ。
「そうとなればまずは奥さんに書置きだ!」
カイルに大人しくしてろと言われたことなどすっぱり頭から抜け落ちて、魔術式を書き留めるためにもらっていた紙を取り出した私は、嬉々として羽ペンをインク瓶に突っ込んだのだった。
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「そういえば、クロムはいつものことだけど、セラムも遅いわね。あの、ラーワ様ちょっと、……ラーワ、様?」
来客を見送ったベルガは放っておいてしまう形になってしまったラーワに詫びるため居間を覗いたのだが、そこにオレンジ色のドレスを着た少女の姿はなかった。
彼女専用の客室に戻ったのかと思ったベルガだったが、テーブルの上に詰まれた大量の魔術式の書きこまれた紙束の隣に、何やら書付があることに気付く。
ワームののたくったような現代語には二重線が引かれた下に流麗な古代語でつづられたそれを、ベルガは己の古代語素養を総動員して判読にかかった。
「迎え……で、いいんでしょうか。ついで、子どもの、学ぶ、学び舎? 見る、行く……!?」
“子ども達を迎えに行きがてら学問所見学に行ってくるねー!”
「ラーワ様、迎えに行くって言っても、あの子達の通う学問所の場所をご存じなのかしら……?」
そもそも子どもたちは“時々遊びに来るやさしいお姉さん”の正体を知らない。
大まかに内容を把握したベルガは、途方に暮れて立ち尽くしたのであった。





