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第27話 小竜は竜となり、想いを知る



「ほんと誓って偶然だったんだ。まさか第一級の魔物がほいほいいるとは思わねえじゃないか。センジローさんがいなけりゃやばかった」

「もーお兄ちゃん、センジローさんに頼ってばっかり!」

「そう言うなって、俺が採集、あの人が露払い。適材適所なんだからよ。……まあ多少は引け目もなくはないが」


 和気藹々と食事を取りつつ、エルヴィーの話に耳を傾けていた。

 だが、今回の武勇伝がお気に召さなかったらしいマルカに軽くなじられ、エルヴィーは旗色が悪い。

 見かねたアールは一応擁護してみた。


「マルカ、先輩と仙兄さまは完全にできることが違うんだよ。エル先輩が一級の魔物を相手取りがたいのと同じように、仙兄さまにはエル先輩みたいに、魔術資材になる薬草や鉱物を適切に収集することはできないんだから」

「準備さえできれば、二級までなら俺だってなんとかできるんだからな」


 エルヴィーが言い訳がましく言っているものの、エルヴィーのハンターとしての実力は、若さを鑑みても十分すぎる域に達しているのだ。


「そうだ、言い忘れてました。エル先輩、第四階級(クワドラプル)昇級おめでとうございます」

「おうありがとな」

 エルヴィーは面食らったようにしたものの、照れくさそうにはにかんだ。




 増加した魔物の出現に各国周辺では、魔物被害の討伐が追いつかない状況が続いていた。

 東和国は自国の戦い手を派遣することで、西大陸との交流に乗り出しているほどだったが、それでも足りないため、地域に密着した民間互助討伐組織である、ハンターギルドの需要が拡大していた。


 さらに、全体的に魔力濃度が上がった結果、貴重だった魔術資材となる薬草や幻獣が多く目撃されるようになったため、それらを適切に採集できる人間がもてはやされるようになる。

 そのため、若いながらも幅広い知識と経験を持っていたエルヴィーは、素材に見合った収集を堅実にこなすと評価され、卒業を機に本格的にハンター稼業へと足を踏み入れた。


 ヴァスの契約がなくとも、鍛えられた危険探知能力は残っている上、相手を適切に見極めて、魔術銃と体術を操る姿は、ハンターのお手本と言われることもあるらしい。


「まあなあ、ヴァスやセンジローさんにおんぶにだっこな部分もなくはないからな、もうちょっとなんとかできるようにしてみせるよ」

「実は驚いているのですよ、あなたが仙次郎と組んだ時には」


 ネクターが言えば、エルヴィーは少々困ったように頬を掻いていた。


「声かけられたときは、俺もめちゃくちゃ驚きましたけどね。あの人はまだまだ見ぬ相手と戦いたい。俺はまだ見ぬ土地にあるかも知れない資源と出会いたい。目的は違いますけど利害は一致してたんですよ。おかげで毎回死ぬ目に遭ってるけど、充実してます」


 あっけらかんと言うエルヴィーの未知に対する好奇心は、アールにはまぶしく思えたが、マルカはまったく違ったらしい。

 呆れたように身を乗り出して言った。


「危なっかしいのよ、お兄ちゃんは。今回だって半年も連絡つかなかったし! ヴァスに定期的に連絡もらわなかったら死んじゃってるんじゃないかって思うくらいだったんだからね」

「ヴァスそんなことしてたのか?」


 驚いたようにエルヴィーがマルカのとなりにいる小竜を見やれば、ヴァスはそっと目をそらした。


「生存報告は約束の範囲外と判断。今回も汝の職務への逸脱した介入はなし」

「まあ、確かに戦闘時には影響の大きすぎる魔法の使用不可は出してたけど、通信くらいは許容範囲か。ついでに今回はお前がいてもぎりぎりだったしな……」


 遠い目をするエルヴィーの様子で今回の探索が恐ろしく過酷だったことが察せられた。

 ヴァスの分身はほぼ独自の個体として、エルヴィーの使い魔として活動しているのだという。

 エルヴィーが本体との交信が乱れる地へ赴くことが多くなったためであり、そのせいでワイバーン以下の能力しか行使できなくなっている。


 それでも彼はエルヴィーを引き留めるのではなく、共に冒険をすることを選んでいた。

 アールは彼が人の目線で世界を見ることに新鮮な楽しさを見いだしているのだろうとひそかに思っている。


「そうだったわ、みこさんとイオ先輩から手紙が届いてるのよ」


 マルカが一旦別室へ行ったあと戻ってきたときには、こちらとは風合いの違う、柔らかい紙の束を持っていた。


「よくここに届いたな?」

「ヒベルニアのドアは悪意のある者を退けるだけで、善良な郵便局員はきちんと分かるものなのですよ」


 驚くエルヴィーに、ネクターが補足していた。


 この家自体は、海上の島にあるが、ヒベルニアの元の家と、バロウの王都に新たに購入した隠れ家と扉をつなげている。そのため、向こう側にあるドアからの来客も受け入れることができるのだ。


 ただし、多くの招かれざる客を拒絶するために、悪意ある者には扉すら見つけられない仕様になっている。

 ヒベルニアに居づらくなったのもそれが原因だったため、ネクターはこの島にすら徹底的に隠匿の術式を張り巡らせていた。


 ”ドラゴンさん”が世界を救い深い眠りについた、と各国へ情報操作をしていても、聖地としての価値は高い。領有権を巡って争いが起こる可能性があると、当時の大人達が話し合った結果、魔導技術の粋を集めてこの島をないものにしたのだ。


 ゆえに、海上からどれだけ探したとしても、人間にはこの島にたどり着けないほどになっている。


「はい、これ。もしかしたらお兄ちゃんには別口で届いているかも知れないけど」


 エルヴィーが手紙を開く横に回って、アールも流麗な毛筆で書かれた西大陸語に目を通す。

 だが、すぐに揃って息を呑んだ。


「……そうか、ミコトとイエーオリ、結婚するのか」


 喜びと羨望と、少しの寂しさの混じった複雑な感情を渦巻かせながら、エルヴィーが呟いた。アールもなんとも形容しがたい気持ちで、手紙を読み進めた。


 手紙は美琴からで、東和国の現在と、イエーオリが東和に新設された技術開発局の指導員になったこと。実質研究開発員としての就職となったことも書かれていた。

 東和国は半ば鎖国状態を解除し、積極的に文化交流を試みていた。

 美琴は外交官兼護衛兼通訳という立ち位置で、西大陸から招かれた使節団を出迎えているのだという。


 イエーオリは、”蝕の落日”時の功績を認められ、卒業後は、国立の工房への就職も打診されていた。

 だが各国の水面下での暗闘と、まだ見ぬ技術を学びたいという本人の希望により、出向という形で東和国へと渡っていたのだ。


 だが、アール達はイエーオリがそれだけではなく、美琴と共にいることを選んだからだと知っていた。


「俺は、あいつらがいつから付き合ってたのか今でもわからないんだけどな」

「お兄ちゃん、そう言うところ鈍いからねえ」


 揶揄するマルカに、エルヴィーがやりにくそうに身を引いた。

 アールもエルヴィーの鈍感さと言うのはしみじみ感じているから、擁護はできない。

 それでも曖昧に笑って、別の話題を口にした。


「でも、親御さんが許してくれて良かったね。最後の手紙がイオ先輩とみこさんがアマギの親御さんに挨拶しに行ったら心証がすごく悪かったって話だったから」


 なにせ、外国人が珍しいお国柄で、当時のイエーオリは言葉もろくにできなかったはずだ。

 留学中に得体の知れない男に娘がたぶらかされていたと思ってもおかしくはない。


 だが天城家は、良くも悪くも実力主義であり、なんであれ、一流と呼ばれる技術を持つものに敬意を表する気質であったため、イエーオリの術式彫刻を見た美琴の祖父に気に入られてからは早く結婚しろ、の嵐であったらしい。


「イエーオリ君が努力した、と言うのもありますが。美琴さんの家は東和でも屈指の名家ですから、婚期が伸びてしまうよりは、と考えたのかも知れません」


 何気ないネクターの裏にある重みに、アール達の間に沈黙が降りた。


「みこ先輩、ラーワさんに見てもらいたいから、結婚式はラーワさんが起きてからにするって言ってたもんね」


 しんみりと呟くマルカに、同じことを考えていたアールはとっさに父親を仰ぎ見た。

 だが、ネクターは驚くほど平静で、少し困ったようではあるものの穏やかな表情でマルカに言った。


「仕方ありません。ラーワが寝坊しているのですから。彼女の分も、若い彼らの良き旅立ちを、私達で祝って差し上げましょう」


 ネクターがそう言ったものだから、アールは大丈夫?と問いかけようとした言葉を、飲み込んだ。

 寂しがるのはやめようと、ことあるごとに言い合っていた。

 だってラーワは眠っているだけなのだから。


 アールとネクターの生は長い。いつかはかならず会えるのだから、眠っている間のことを沢山話せるように、覚えているのだ。

 だから、アールは代わりに笑って見せた。


「そうだね。かあさま、きっと悔しがるだろうね! みこさんの花嫁姿はきっと綺麗だろうから」

「絶対東和国の衣装よね。うわあ、楽しみだなあ」


 とたんにはしゃぎ始めるマルカも、少し気を遣っているのかも知れないとアールは思った。


「おいおいマルカ、当日は美琴達が主役なんだぞ。その勢いで騒いで迷惑かけるなよ」

「もうそんなに子供じゃありません。というかお兄ちゃん人ごとみたいに言ってるけど、ヴァスと一緒に来るのよ?」

「はっ?」


 驚きに目を丸くするエルヴィーにマルカが呆れた眼差しを向けるのに、思わず吹き出してしまったのだった。






 ギルドに顔を出さなければいけないからと、帰る支度をするエルヴィーを、アールは玄関まで見送った。ヴァスは、今回の冒険を本体へ報告しに行くとのことで別行動だ。


「ったく、別に俺が出なくったって良いだろうに」

「いざとなれば、仙にいさまを引っ張って行く役目もあるんですよ?」

「あの人を俺が引き留められるかよ」


 そんな軽口を交わしつつ、少し名残惜しく思っていると、エルヴィーが落ち着かなさそうに顔を背けつつ、言った。


「なあ、アールさっきのことだけどな」

「はい?」


 とっさにどのことか分からなくてきょとんと見返せば、エルヴィーの鳶色の瞳と視線が合う。 


「名前、呼んでくれて良いぞ。大丈夫に、するから」


 それが、再会したときの、他愛ない問いかけへの返答だと理解して。

 日に焼けた肌でも分かるほど、エルヴィーの顔が赤く染まっているのに気づいて。

 アールの胸に熱が溢れた。


「俺とお前じゃ、いつまで一緒にいられるかわからない。マルカよりも魔力の少ない俺じゃ、くたばるのは早いだろうし、ネクターさんみたいな選択も俺には無理だ。迷ってるの、気づいてたから距離を置いてくれてたんだろ」

「エル、先輩」


 その通りだった。まさか気づかれているとは思わなかったが。

 側にいてくれるだけで力になった。想うだけで満たされた。

 両親とは少し違う、けれど特別なこの気持ちは、自分だけのものにしていれば十分だと思っていたから、アールはこの心地よい距離を保っていた。


「俺がお前に与える影響が怖いのは確かだ。だけどな、その。お前が男でも女でもないってことより、寿命(そっち)で悩んでいる時点で、そもそも俺側に選択肢がないってことに気づいたんだ」


 エルヴィーは荷物の持ち手を握りしめ、赤らんだ顔でも真摯に引き締めて続けた。


「こんな稼業だけど、なるべく長生きする。お前がつらいときには側にいる。お前のためにできることなんて、たかが知れてるけど、きっと、あーもう、その、だな!」


 がしがしと、焦げ茶色の髪をかき混ぜて、エルヴィーはアールを引きよせた。


「お前に名前を呼んで欲しい。帰ってきて良い場所になってくれ」


 アールは、エルヴィーの早鐘のように打つ心臓の音を聞いた。

 エルヴィーに触れられている手のひらが熱い。


 どうしよう、どうしよう。

 けれど、先にこれだけは言わなきゃいけないと、アールは引き寄せられたままエルヴィーを見上げた。


「あの、ひとつ忘れてるかも知れないことがあるんですけど」

「なんだよ」

「僕、ドラゴンですよ? しかも割と大きいですよ?」


 忘れてた、と言わんばかりにぽかんとする彼がおかしくて、アールはエルヴィーのしっかりとした胸に顔を埋めて笑いをこらえた。


 アールの胸に埋まってる竜珠も熱い。きっと今見たら光を帯びていることだろう。 

 こみ上げてくる喜びで、どうにかなってしまいそうだった。


 そっか、これがとうさまとかあさまが味わった感情だったのだと、腑に落ちた。


「いや、その、だな。決して忘れていたわけじゃなくてな、お前といるのは人型の時のほうが長いからついそっちの基準で考えてしまうと言うか」

「はい、分かってます。じゃあ今度、本性でデートしましょうね。エルヴィー」


 鳶色の瞳を限界まで見開くエルヴィーに、アールは気恥ずかしさをこらえて笑って見せた。

 もう一つ、両親の気持ちが分かった気がする。

 好きな人の名前を呼ぶだけで、こんなに幸せだ。


 にへにへとだらしなく緩んでるだろう表情のまま見上げていれば、不意にエルヴィーの顔が近づいてくる。


「エルヴィー・スラッガート」


 地を這うような父親の声が響いたのはそんなときだった。

 エルヴィーにぐるんと立ち位置を入れ替えられたと思ったら、背にかばわれていて面食らっていれば、廊下の奥から杖を構えたネクターが現れていた。


 アールはその顔が、以前東和国で見た鬼面にそっくりだと思った。


「人の、家の、玄関先で、何をしようとしてました?」

「あ、あのそのです……うおう!?」

「言い訳はよろしい! おとなしく殴られなさい!」

「無理ですそれは俺じゃ死にますから!!!」


 複数の水の弾丸を扉を開けて避けたエルヴィーは、廃墟の残る中へ逃走をはかった。

 その後ろ姿を、また別の攻撃魔術で追い回し始めるネクターに、アールはほっとしたような残念なような気分でその場にしゃがみ込む。


 世の中はどんどん時が流れていき、否応なく変わっていくものも、変わっていかないものもある。

 けれど、どちらもこんなにも楽しい。


 ただ、ここに、かあさまがいてくれれば良いのにと。思ってしまうのはしょうがない。


「とりあえず、とうさまはあとで怒らなきゃ」


 早く頬の熱が冷めることを願いつつ、アールはそう心に誓ったのだった。



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