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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
原初の竜編

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第25話 燃え盛りしドラゴンさん


 私の怒りの拳を食らった彼は、数十メートル以上吹っ飛んで、再び闇の中を転がっていった。

 当然だ、腰のひねりを利かせた全力だもの。


 それでも収まらない怒りに息を荒げながら、煮えたぎる衝動のままに叫んだ。


「ふざけるなよ! 私はこの世界でちゃんと幸せだった! 生まれ変わってがっかりしなかったと言えば嘘になるけど、こっちの世界で精一杯努力して、知り合いも友達も大事なヒトもできて、ここが私の故郷になってるんだ! それを何にも聞かずに元の世界の戻す? しかもこの世界を片付ける!? 冗談じゃないよお断りだ!!」

「え、何で戻って……」

「そもそもドラゴンが嫌だなんて決めつけないでくれないかい!? そりゃあ多少怖いかも知れないけど、黒光りする鱗とか炎みたいな赤いたてがみだとかリグリラやネクターにめっちゃくちゃ褒められるし、かなり美人な竜だと思うんだけど! 付き合い長いし、私も結構気に入ってるんだけど!」

「あ、あぁドラゴンの姿はちょっともったいないくらい綺麗だったと思うけ、どぁ!?」


 ずかずかと歩いていって、何が起こったかわからない様子で鼻を抑えつつ身を起こした彼の、チャラい襟首をつかんで揺さぶった。


「と言うか君その格好ッ、地球のリア充的ファッション文化を謳歌してたんじゃないかい!? 全体的にわりかし似合ってるけどチャラいし、面白そうだと首を突っ込んだらはまり込んで、うっかり私とかこっちの世界のこと忘れたとか言わないよね!?」

「ぎくぎくっ」


 何が言いたいかわかんなくなってきたけれど!


「しかもっ、なんだよその自分勝手な物言いはっ。この世界をちょっとでも覗いたことあるかい!? ドラゴンがこの世界を残して欲しいって言った嘆願すら知らないなんてどういうことだよ!? おじいちゃんもアドヴェルサもテンもみんな、どれだけこの世界を守ろうと躍起になっていたか、見て、聞いて、感じろこの馬鹿神ッ!!!」

「え、ひっふお!?」


 がんっと頭突きをした勢いで、私が見て聞いた、おじいちゃんやアドヴェルサを始めとするドラゴンたちの願いを叩き付けた。


「うっそ、こんなの、全然知らなかった……急に端末と通信が途絶えてびっくりしてたけど。というか、こんなに繁栄してるなんて……」


 驚愕に深緑の瞳を見開く彼の反応は、初耳であることを明確に示しているようだった。

 彼が、まったく知らなかったと言うことに徒労感を覚えたけれど、私はほんのすこし冷静になった思考で、襟首を離して言い募る。


 ……地味に頭突きが痛かったのは内緒だ。


「例え君にとって、この世界がただ手伝いの手を創るための世界でしかなかったのだとしても、私達にとってはここが大事なんだ。それは私も一緒だ」

「いや、でも君あんなに友達をほしがって」

「友達ならもういるんだよ、この世界に! さらに言えば私伴侶もいるし子供もいるし、家壊されるのは全力で抗議する!」


 目をつぶらなくったって鮮やかだ。

 沢山の人がいる。両手でも足の指を使っても数え切れないほどの大事なヒトがいる。


「というかもうあれから500年もたってるし、人間で過ごした頃よりもドラゴンで過ごしてきた時のほうが断然長いんだよ。今更そんなことされても怒りしか感じないしむかつくしむかつく!!」

「う、で、でもあっちの担当に連れ戻せって言われてて……て、あれ?」


 顔色悪く、しどろもどろになっていた彼だったけど、どこか虚空を見つめるような眼差しになる。

 しかもまるで誰かに怒鳴られているかのように赤くなったり青くなったりを繰り返したあと、肩を落とした。


「その、僕はまた勘違いしていたみたいでして。君が望むのなら向こうの世界に戻すことで謝罪しろってことらしく……まずは君の意見を聞いてからだって言われましたごめん!!!」


 さっきの間は、違う位相から誰かと話をしていたのだろう。

 金の髪をばさばさと揺らしながら、すごい勢いで頭を下げられた。

 つまり、彼の独断専行だったわけで。


 すごく頭が痛い気分になりながら試しに感覚を研ぎ澄ませてみれば、真っ暗闇の中でも、なにかがいることに気がついた。


 けど、どんなモノがいるのか探ろうとしたとたんに、圧倒されるような気配に呑まれかけた。


「あああそれ以上やっちゃだめだよつぶれちゃうよ!? 君がこの位相にいることもだいぶ特例なんだからっ」


 それを止めてくれたのは目の前の金髪イケメンチャラ男だ。

 もうチャラ神で良いよ。なんか違う気がするけど。


 こうして危ないときは止めてくれるし、これだけ散々に言われているのに謝罪の意思だけは変わらないんだから、かえって人間味がない。

 簡単にまとめると、話を聞かないお人好しだ。こんなに厄介だとは思わなかったけどね。


 でもようやっと話を聞いてくれる雰囲気になってくれたようだ。


「で、その今更だけど、君はどうしたい、のかな」

「はっきり言っとくよ。私はこの世界にいたい」


 もちろん、元の世界が気にならないわけじゃない。

 けれど、死んでしまったと明確に突きつけられた今では、もう私の中では終わってしまった話なのだ。


「はい」


 神妙な顔で、自主的に正座をする彼の前に私も正座して、さらに言い募った。


「だから私からの願いは一つだ。この世界を残して欲しい。できるならば蝕によって浸蝕されたものも元に戻してくれ」


 今回のことで、この世界は甚大な被害が及んでいる。たぶん、多くのものが壊れ、多くの生き物が消えていった。

 このままにしておけば何にもしなくても消滅してしまうことだろう。


「たった、それだけ?」


 きょとんとする彼の顔面にもう一発お見舞いしてやりたい衝動に駆られたけど、びくっと身を引いたからやめることにした。まさかちょっと怖がられてる?


「あのね会話を成立させられるように、今は君の位相になるべく近づいているけれど、本来なら干渉できる訳がないんだよ。殴れるほどの力を持つなんて滅多にないんだ。世界の様々な者から存在を認知されて力を得ないとこうはいかない」


 さっきからちょっとずつ考えを読まれてるみたいだけど、まあつまりは?


「よほど君はあの世界で信仰されてたんだね」

「信仰じゃないよ、友達がいるんだ」


 ドラゴンでもぼっちが長かったんだ。神様になんかなったら一層ぼっちになりそうじゃないか冗談じゃない。


「話は戻すけど、君はたったそれだけなのかも知れないけど、私に私達にとってはとっても大事なんだ」


 そこだけは強固に主張してみれば、金髪碧眼の超絶美人は、すごく情けない顔になった。

 なんというか、うらやましそうな、まぶしい物を見るような感じだ。


「大事なことじゃないだろうと思って、言わなかったけど。あの世界はそれほど長く保つようには設計してなかったんだよ。長くて数万年とかそれくらい。あくまで必要なドラゴンを育てるためだけの使い捨てのつもりだったから」


 穏やかにいう彼の声音に、唇をかみしめる。

 何度も何度も調整しても安定しない世界の感触で、そのことには薄々気づいていた。


 彼がすういと、手をさしのべると、真っ暗な闇の中に青い海と緑や茶色の大地がある球体が浮かんだ。

 大半が白い濃霧に飲み込まれていたけれど、私達の世界だ、とすぐに分かる。


「でもね、でもどうでも良かったわけじゃないんだよ。彼らがちゃんと育つように、話ができる子になれるように、鍛えて、学べるように工夫したんだ。それでこうやって見てみたら、びっくりしたよ。あんなに不安定にしたのに、しっかり霊脈の整えちゃって。もう壊れていると思ったら、こんなに豊かな土地にしちゃってさ。こんなに好きでいてくれたなんて、なんだよもううちの子、超優秀すぎるだろうっ」


 私は唐突に気づいた、彼が世界を見る目は、巣立っていく我が子を眺める眼差しだ。

 愛おしくて、でもたまらなく寂しいような。


 このチャラ神、もしかして……。


「自分で創ったもののはずなのに、全然自分の思うように見ることができないし、干渉するには僕の力は強すぎた。正直、僕のほうがポンコツだろう。僕自身から創り出した端末の思考でさえ、気づかなかったくらいだしね」 


 はあとため息をついた彼は、笑顔を浮かべた。


「うん、分かったよ。あの世界は残そう。僕が手を付けなくとも全然大丈夫だったんだ。不完全だった世界を、ここまで維持できた君たちには、僕の干渉のほうが害悪になるだろう」


 さしのべられた褐色の手に白い濃霧が集まって行く。

 眼下の大地から見る間に白い濃霧が吸い上げられていくのを、私はあっけにとられて眺めた。集まってきた白い霧の球体をしなやかな指が握りつぶせば、ぱっと花弁のようなものが散る。花弁が世界中に染み渡ってほどけ消えて。


 それで、お仕舞いだった。


 私達の世界を見下ろしてみれば、えぐれた大地も、浸蝕された海洋も、なくなっていたはずの街もすべて何事もなかったようにたたずんでいた。


「僕が本格的に干渉を始めてから、アドヴェルサを通じて飲み込んでいたものを元に戻したよ。もちろん生き物もだ。あと、負担にならない程度の謝罪と、僕の力をほんのちょっぴりだけ染み渡らせた。君たちドラゴンが調整すればより世界は安定して回っていくだろう。その、時間だけは戻せないんだけど」


 そっと目をそらす彼に、私は首を横に振った。

 神様とはいえ、まさか本当に戻せるとは思ってなかったから、十分だ。


「もう、僕はこの世界には干渉しない。顔も見せない。だから安心して欲しい」


 胸の奥に感じる誓約のつながりの暖かさを感じて安堵していれば、彼がそう宣言した。

 悄然としながらも確約してくれるんだけど、正直その。かなりもやっとする。

 そりゃあ、思い込みとか、食い違いのせいでさんざんなことになったけどさ。


「そこまで、求めてはいないんだよ。ドラゴンだって、眠ることを選んだ同胞もいるんだ。そう言う子は、もしかしたら、あなたの手伝いをしたかったのかも知れない」

「え……」


 正直確かなことは言えないんだけど。

 だって、私が教えられていた役割と、本来のドラゴンの役割は微妙に食い違っていたわけだから、この五千年間に眠ったドラゴンたちの胸中までは分からないんだよね。


 戸惑うようにこちらを見る彼に、私はどう説明したもんか迷っていると、さわりさわりと感じるものがあった。


「君はどちらかというと、手伝って欲しいヒトより仲間が欲しかったんだろう。一方的にじゃなくて、頼んでみたらどうかな。話しかけるだけなら、大丈夫なんだろう」


 私を通じてコンタクトを取ってきたのは、眠ったはずのあまたのドラゴンだった。

 どうやら世界の根幹と、この狭間の空間はとても近かったらしい。

 だからこうして話しかけてくることができたのだろう。


「君たち……っ」


 彼にも、眠ったドラゴンたちの声が聞こえているんだろう。泣きそうな顔になりながら、何度も何度も頷いていた。


「……うん。ちゃんと聞いてやれなくて、ごめんなあ。ありがとうなあ……」


 私はそんなに肩入れできないけれど、眠っていたドラゴンたちにとっては大事な神様だったのだ。

 ほろほろと涙をこぼしながら、頷いていた彼の周りに、ふんわりと色とりどりの光の玉が集まっていく。


 眠っていた同胞達だと気がついた。


「ずっと、待ってたって言われたんだ。僕はこの世界を壊そうとしてたのに。あとすんごく怒られた。遅いって、ひどいって」


 そりゃそうだろう。一番言いたいのは、おじいちゃんとアドヴェルサだと思う。


「ほんと、彼らにも謝りたいけど、もう完全につながりが切れちゃってるから、僕が顔をだしたら、今度こそ彼らを消滅させてしまうし、せっかく直した世界を壊してしまう」


 しょんぼりとしつつも、彼はその光の玉を大事に大事に両腕に抱えた。


「とりあえず、彼らを連れて行くよ。残りの子は、また君たちの世界で生まれたいから残るって」

「うん」


 私の先輩であるドラゴンたちが自ら選んだことなら、私に何にも言うことはない。


「たぶん、これからも、君たちの世界ではドラゴンが生まれることだろう。僕が供給した力で、もっと必要になるだろうし。そして、沢山のドラゴンが生まれて、僕ももっともっと力の制御がうまくなったら、また見に来ても良いかな」


 おずおずと、彼に問いかけられて、私は返答に少し悩んだ。


「もう2度と、こんな騒動にならないんなら。謝りに来てよ。彼らに」


 ここにはいない、世界を守った二人を思い浮かべて言えば。深緑色の瞳をそっと閉じて。


「ありがとう。それからさようなら。異世界で生まれて、僕の創った世界を故郷としてくれた子」


 また開いた彼は、ふんわりと微笑んだ。

 天女もかくやと言う慈愛の笑みは、神様と言うだけある美しさで、思わず見とれた。


「さあ、これから戻す訳なんだけど。身体に魂を戻す感じでいいかな」

「むしろそれ以外に何があるのかと」

「あ、いや、別に。じゃあ元の身体に送るねっ!」


 彼のしなやかな手にとんと肩をおされたとたん、私は今まで感じていなかった重力に引かれるように、落下していくのを感じた。


 と言うか、魂だけでここの場所に来ていたのか。

 まあそりゃそうだよね、ドラゴンネットワークの強化版みたいな所だから、肉体を使って会話してちゃまどろっこしいというか遅すぎて無理だろう。

 下からは、とてもなじみのある感覚がして、わくわくが止まらない。


 そっか、もう平和な世界に帰れるんだ。


 だいぶ離れたところで、ふと、別れの挨拶をしていなかったと思いだし、一応お世話になたようなならなかったような人なので私も手を振ろうと振り返ったのだが。


 見送っていた彼が、こほんと咳払いをして、付け足した。


「……で、言い忘れてたんだけど。僕は時間をいじるみたいな繊細なことができなくてね、たぶんというか確実に時間がずれていると思うんだ。どれくらいかは分からないけど」

「……は!?」


 落ちていく私が愕然と去って行く金髪チャラ神を見やれば、やつは乾いた笑いを漏らした。


「ここにいると時間の経過が曖昧でさあ。いやあ、まさかあれから5000年たってると思わなかったし、君がその世界に落ちてから数百年も経過してると思わなかったのもそのせいな訳でして。君を元の世界に返すつもりだったから時間も止めてなかったんだよね。あ、でも君の身体は無事なのは保証する! さっきの雪で状況説明はしたし、だってその世界ではドラゴンは最強だから!!」

「何で今のタイミングで言う!?」

「そ、その、言ったらまた怒られそうだったから。じゃあねー君に幸多からんことをっ」


 この、神様はぁ……。


「やっぱり、もう一発殴らせろおおおおおぉぉぉぉっ!!!!」


 てへっ、と言わんばかり笑顔を残して去って行く彼へ、拳を振り上げても届くわけもなく。

 私は、眼下の大好きな故郷へと落ちていったのだった。





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