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17 ドラゴンさんの、動揺

 

 予兆は、あったのかもしれない。

 変わらなくていい、変わらなければいいと私が目を閉ざしていたから、きっと見逃したのだ。
















《ラーワ。近々こちらに来ることはできますか?》


 ネクターは循環の調整を邪魔したくないのか、時々鱗を介しての思念話を送ってくるくらいで、積極的に会おうとは言わないのだが、その日は珍しいことに自分から言い出したからちょっとびっくりした。


《珍しいね、君から言い出すなんて》

《実はもうすぐ新年のお祭りがあるんです。ラーワはそういう時期に来たことがなかったなと思いまして。

 泊りがけになりますが、カイルの家でお祝いをした後街を歩いてみませんか?》


 もちろん、否やはない。

 その場で了承し、約束の日にカイルの家を訪れた。




 比較的王城に近い位置に立つカイルの家(というかほぼ屋敷)の屋根に上がれば、丘の上に立つ王城から放射状に広がる城下町をほぼ一望できた。


 日が落ちるころに街についた私は、設立にこぎつけた魔導学校の運営で忙しくても、この休暇だけはもぎ取ったと自慢するカイルと、奥さんと、お子様たちの間にネクター共々混ぜてもらい、新年のお祝いのご馳走を食べた。

 お子様たちもすっかり大きくなってお酒も飲める年なのだが、明日祭り関連の重要な行事に出るというので、お酒は控えることになった。私もそれに付き合い明日に備えて客室に引き上げたのだが、眠る必要がないから時間が有り余っている。

 このまま街に繰り出してもよかったが、明日ネクターと回るのだ。楽しみは取っておくのがいいだろう。

 そういうわけで私はひとり、夜景見物としゃれ込んだのだった。





 この街の夜は、ぽつぽつ灯る魔力街灯でほんのりと明るい。

 魔力が人々の欲や感情の動きに反応してレイラインが刺激され、まぶしいくらいのうねるような流れになっていたが、それは私だけの視界だ。

 祭り前夜というからなおさら明かりが増えて賑やかな感じがここまで伝わってくるが、実際はそれでも街の全容が見えるわけではなく、ほとんどは闇に眠っている。


 いい明るさだ、と思う。

 地球の都市のような闇を払い夜を昼にしようとする光の奔流も綺麗だし悪くはないが、その分闇に飲まれれば後戻りができなかったように思う。

 この世界は闇が深い。それをこの世界の人族は無意識に気付き、払うのではなく棲み分けをしようとしている。夜は暗いものだと当たり前に受け入れ必要以上の深入りをためらう。

 夜という時間がとても近しい私にとって、それはとても心地よかった。

 この距離感が変わらなければいい、と願うくらいには。


「一体何をやっているんだ。ラーワ殿」


 そうして冷たい夜風に当たりつつ、星空を眺めていると、下から呆れたような声がかけられた。

 覗いてみると借りている客室のバルコニーにグラスと何かのお酒のボトルを持ったカイルがいた。


「ちょっと夜景観賞していたんだ。君こそどうしたの? 珍しくお酒なんてもって」

「一杯付き合ってくれ」


 私がグラスとボトルを受け取ると、カイルは身軽に屋根へと上がってきた。

 そうして並んで座ると、カイルはボトルの封を開けて琥珀色の液体をしたそれをグラスに注ぎ、乾杯するや否や一気にグラスを煽ったから、心配になった。


「そんな飲み方をして大丈夫かい? 君お酒に強くなかっただろう?」

「こんな話、素面じゃできないからいい」


 ふう、と息をついたカイルはすでに酔いが回り始めたのか顔が赤く染まっている。

 それでも更に手酌で酒をグラスに注いだカイルに合わせて私もグラスに口をつけた。

 思ったよりも弱かったが、それでも喉を焼くような酒精だった。


「あれからもう20年以上になるんだな」


 魔術災害のことだ、と察した私は話を合わせた。


「そうだね。あっという間だったよ」

「その後もいろいろあったが、あの時の衝撃は今でも覚えている。俺は、ラーワ殿と一緒に居たネクターを見た時ものすごく驚いた。生きていたということもそうだが、まるで別人のように生き生きと目に光を宿すあいつに目を疑った。あいつの心はもう魔術以外で動くことはないんだと、思っていたからな」


 カイルは空になったグラスを見つめ、ぽつりと言った。


「俺は少し、あなたが羨ましかった」


 私はカイルの告白に息をのんだ。


「出会った時のネクターは同時期に入った仲間たちの中でも群を抜いて幼かった。だが、すべてを見通すかのように冷めた目をしていた。今からでは想像がつかないだろうが、初めのころはネクターは無表情もいいとこで笑うなんてめったになかったんだ。

 あまりしゃべらない上、誰よりも魔術の才能に恵まれたネクターを同期も教官ですら遠巻きにしていたものだが、俺は妙に気になって世話を焼いていた。俺自身、訓練所に入ってからは家族と縁が切れていたし、日々のつらさを誰かをかまうことで紛らわせたいのもあったんだろう。

 よくもまあネクターも嫌がらなかったなと思うくらい付きまとったもんだが、あいつは不思議そうに首をかしげるだけだったよ。それでもだんだんと他のことでも表情が変わるようになったが、何時になっても、あいつが一番感情を動かすのは魔術だった」


 のどを潤すかのようにグラスを傾けるカイルを、私はただ黙って見つめた。


「ネクターは訓練所に入る以前、たびたび暴発する魔力のせいでほとんど人に世話をされるという経験がなかったらしい。それでも唯一褒められたのが、魔術で役に立った時だった。本人が自覚しているかはわからんが、そのせいで魔術を極めることが誰かの役に立つ唯一の道で、魔術がなければ自分に価値がないとすら考えるようになったらしい。

 ネクターは周囲を顧みないようでいて、誰よりも回りをよく見ているんだ。そして自分に何が求められているか、それを察して無理にでも合わせようとする。

 軍役に入ってからはそのせいで自分を殺そうとするネクターをどうすることもできなかった。歯がゆかったよ。そのまま死ぬのは時間の問題だとも思っていた。あなたに出会うまでは」


 カイルはほんのり笑みを浮かべた。


「なあ、ラーワ殿。初めの頃のあいつは、まるで子供のようにダダをこねたり、急に不機嫌になったり、突拍子もない行動をとったりしただろう」

「ああ、まあそうと言えばそうだったと思う」


 思い当たるいくつかに、遠い目になっている私を見てくつくつとカイルは笑う。


「どうも、それがあいつなりの信頼表現らしい。何をしても大丈夫、とまでは考えて居て欲しくはないが、自分を見捨てないと、受け入れてくれると信じ切っている相手には、まるで子供時代にできなかったことを取り戻すようにそうなるようだ。俺がそれを見始めたのは、出会ってから3年たってからだった」

「…………」

「俺はあなたが羨ましくもあるが、それ以上にうれしかったんだ。

 ネクターはラーワ殿と出会って変わった。言葉は変だが、人間らしくなった。行動も落ち着いた。誰かのためという勘定の中に自分も入れられるようになった。しかもあの無表情なガキが、今では全魔術師から慕われ尊敬される賢者殿だ。

 それでもネクターはどうしようもない馬鹿だし、危うい。それでも一度信頼した相手は裏切らないやつだ。それがどんなに突拍子もない行動でも、何かしらの理由はあるはずなんだ。どうか見捨てないでやってほしい」

「君……」

「俺はきっとどんなに長く生きようとネクターより先に死ぬ。昔は、俺が逝った後どうなるか気がかりだったが、ネクターが俺以上に心を許せる相手を見つけられてほっとしている。そして、あいつを人にしてくれたあなたにとても感謝しているんだ。

 まあ、今のあいつなら心が壊れることはないだろうが、その時はよろしく頼むよ」


 こんなこと、二度と言わないがな、と照れ臭そうに最後の杯をあけたカイルに私はかろうじてそれを言った。


「なにを、言っているんだい? まるで」


 遺言みたいじゃないか。


 そのかすれた声が聞えなかったのかそれともただのフリなのか、その言葉にこたえはなくカイルは微笑を浮かべると。

 途端、ぐらりと体を傾げさせ、そのまま屋根の上に倒れこんで眠ってしまった。

 慌てて転がりかける体を支えて、落ちないように体勢をもどす。

 やはり、酒量が許容範囲を超えていたらしい。

 飲むのを忘れていた自分の酒をなめるように飲みながら、ぼんやりと最近顔の皺が目立つようになったカイルの寝顔を眺めた。


 感謝されるようなことではないと思うのだ。

 確かに、最近のネクターは年齢に見合うような落ち着きが出てきた。

 穏やかに笑うようになった。感情に無理なところがなくなった。

 でも私は何もしていない。ネクターの都合もカイルの想いも何も考えず、私は一緒に居るのが楽しくてそばにいた。それだけだ。

 でも、これからも傍にいるなら考えなくてはいけないのかもしれない。



 人はいつか、死ぬのだから。



 私は酔いつぶれたカイルを自室へ転移させた後も、街が明るく照らされるまで、ずっと空を眺め続けた。















 翌朝、二日酔いに苦しんでいるカイルを一通りからかいつつ、奥さんが出してくれた朝ごはんを食べた。

 カイルは奥さんに呆れられながらも、なぜ飲み過ぎたのかは言葉を濁していたから私も調子を合わせた。


 食べ終わったころ、一旦自分の家に帰っていたネクターが迎えに来たのだが、リグリラのお店で注文したという服を贈られて面食らった。

 服の代金を払ってもらったのはあの一回だけで、しかもその後はなんだかんだと理由をつけられてリグリラに贈られてばかりいるが、それでも値段が普通の服より桁が一つ二つ違うことには気づいていた。


 さすがに断ろうとしたのだが、バロウ国では新年に新しい服を着てお祝いするときその服を家族や親しい人から贈る習慣があるのだと押し切られてしまった。

 まあ、あるもんはしょうがないと思い込むことにして贈られた服に着替えてネクターと街に出た。








 この国の新年は冬の時期に当たるから空気が冷たかった。雪こそちらついていないとはいえ、もこもこに着ぶくれた人達でいっぱいで、いつも以上に人でごった返しているように見えた。

 こんな中じゃはぐれそうだな、と思った私はネクターの手を取ると、ぴくりと震えたその手の冷たさにちょっと驚いた。


「あの、ラーワ……?」

「つないでいれば、はぐれないだろう。にしてもネクターの手は冷たいね」


 私はあんまり気温を感じないが、ネクターはけっこう寒かったのかもしれない。

 自分の体温を調節して人肌よりも少し高めにすると、ぬくもりを求めるように指が絡んだ。


「ラーワ……それは、反則です…………」


 見上げたネクターの頬は真っ赤になってたから、大丈夫そうだ。

 ネクターの口が動いていた気がしたが、直後に鳴らされた爆竹の音で聞き取れなかった。




 祭りの露店を冷かし、広場でやっていた踊りの輪に加わる。

 サプライズでネクターが魔術で花火を上げるとそこかしこから歓声が上がり、盛り上がりは最高潮に達した。

 もみくちゃにされる前にそこを抜けて、カイルのお子様その一が近衛騎士として参加している出初式を見物するために特設会場へ足を運び、お子様その一の勇姿に拍手を送る。




 そんな感じで楽しんでいたらあっという間に時間が過ぎ、帰る刻限になっていた。



 街並みが夕日の橙に染まる中、今日ばかりは万人に開放されている城門までの道のりを連れ立って歩く。

 まっすぐ前を向くネクターの横顔を、私はそっと眺めた。


 保有魔力量が多いネクターは老化が遅く、出会ってから数十年たっても髪が伸びたこと以外変わらない。

 その証拠と言っては何だが、今でも公式の場でネクターを見て一目ぼれした貴族の令嬢たちからの縁談の話もあると聞く。

 確かに、賢者の正装である金糸銀糸の刺繍が施された袖付のローブをまとい、精霊樹の杖を掲げたネクターを遠目から眺めたときは、中身を知っている私でさえおおと思ったものだ。

 それでも保有魔力量の少ないカイルは最近顔にしわが目立ち始めたから、年は確実に取っているのだ。


 私はドラゴンだ。

 鋭い爪と牙も、紫がかった黒の鱗に覆われた流線型の体も、赤い皮膜も、黄金の瞳も縦に裂けた瞳孔も。今も昔もこれからも変わらない。

 今では結構気に入っているが、こうして明確な変化に気付くと少し寂しいと思う。


「どうかしましたか?」


 私が見上げているのに気が付いたネクターに問いかけられたが、何でもないと返すと、なぜかぽんぽんと頭を撫でられた。


「私はラーワと過ごすだけで何気ない景色さえ輝いて見えます。ですが、沈んでいるあなたを見るととても心配になります。素敵な時間を下さるあなたに、笑顔で居て欲しいと願う私は愚かでしょうか」

「……大げさだなあ」


 切々と訴えられた私は動揺を押し殺して、苦笑を浮かべた。


 確かにネクターは昔ほど極端な感情に走らないようになったが、時々、こうして飛び上がって逃げたくなるような背中がむずむずするようなそういう顔をする。

 いつもならどうしたらいいかわからなくてあわあわするのだが、今日はさらに痛覚と錯覚するような胸の苦しさを感じて戸惑った。


 あえて言葉にするならこれ以上はだめだ、という感覚。

 不意に、朝まで考えていたことが頭をよぎり、私はそれを、出来るだけさりげなく口にした。


「嬉しいけど、そういうことは同族の女の子に言ってあげなよ。いずれ君も結婚するだろう? 子供ができたら私にちょっと抱かせてね」


 会いに行くたびカイルの子供が大きくなり、年を重ねるごとに街が変わるのを見るにつれて、そして昨夜のカイルとの会話で彼らの命には限りがあるのだと、わかっていたはずのことを再認識させられていた。

 友達だからってずっと一緒に居られるわけじゃない。


 なら、彼らの子供なら?


 彼らの血脈はうまくすればずっと続いていくだろう。ネクターがいなくなっても、子々孫々(ししそんそん)を見守っていける。

 それが一晩考えて出した結論だった。


 それに、ネクターは大きな魔力を持っていても、人間なのだ。

 確かに恋人ができたとしたら、今までのように会うというわけにはいかないだろうが、人の幸せを味わう権利を私が潰すわけにもいかない。

 なに、月に一度が年に一度になったところで、ドラゴンの私にはそう変わりがない。

 少し寂しいが仕方ないと、なぜかざわつく胸にふたをして、固まりかける表情筋を叱咤して笑みを浮かべながら「そういう子、いないの?」と聞こうとすると。



 いつの間にか、ネクターが横を歩いていなかった。

 振り返ると、立ち止まったネクターが何か言いたそうに私を見つめていた。



「どうかした? ネクター」

「ラーワ……」

「何だい?」

「私は、今でもあなたの友人ですか?」

「当たり前だよ。それ以外に何があるんだい?」




 ほんのちょっぴり嘘をついた。




「…………そう、ですね」



 ネクターの浮かべた笑みが、なぜか泣き出す一歩手前に見えた気がした。





























 その数か月後、荒野でレイラインの修復をしていると、ネクターが鱗を経由して話しかけてきた。


『ラーワ、少し旅に出ます。連絡がつかなくなるかもしれませんが、心配しないでくださいね』


 そんなこと言ってきたのは十数年来はじめてだったので、少し驚いた。


 《わかったよ。でも、どこに行くんだい?》

 《…………必ず帰ってきますから》



 それを機に、ぶつりと思念話が切れ、違和感があったもののそれっきりだったのだが。





 さらに数か月後、久しく使われてなかった鱗から思念話がつながれ、カイルから一報が入った。


 《ネクターが行方不明になった。居場所を知らないか》















 **********


















 約一年前、私と別れた直後からネクターは個人の研究室にこもる事が多くなり、ある日、ふらりと旅支度をして出かけていったそうだ。


 私が結構頻繁に荒野に誘っていたから、ネクターの消息が不明になることはそれほど珍しいことではなく、研究所内も落ち着いたものだったが、事前連絡もない上ひと月たっても帰ってこなかったのを訝しんだカイルがネクターの個人研究室を改めたことで事態の異変に気が付いた。

 いつもは雑然としている室内が綺麗に整頓されているうえ、ドラゴンとレイラインについての資料が完全にまとめられ机の上に置かれていたのだ。

 慌てて権力を駆使して捜索すると、なんと国外へ出た形跡があるとわかって上層部はもしや亡命かと躍起になって探しているという。


 手を尽くしたが見つからず、こうして最後の心当たりである私に足跡を追ってもらおうと連絡してきた、ということだったが、そんなもの初めの一言からとっくにやっていた。





 だけど。





 ネクターの魔力波を追うことはできないが、私の鱗を持っているのなら世界の裏だろうとわかる自信があったのに、鱗の気配が、世界から消えていた。


 鱗には持ち主の生命の危機を一度だけ肩代わりする魔術を組み込んであった。




 もしかしてそれが、発動された?





 急に足下が崩れ落ちたみたいだった。

 全身に冷水を浴びせかけられたような恐怖に何物にも動じないはずのドラゴンの体が震えた。




 まさか、ネクターが、死んだ?

 わたしの知らないどこかで?!




 《っ落ち着け、ラーワ! あの馬鹿が何を考えて出ていったかはわからないが、鱗の反応が消える理由はほかにないのか?》

 《で、でもそんなこと思いつかないよ》



 あるとすれば、鱗程度の微弱な魔力がかき消されるほどの濃密な魔力が凝っている場所だけど、そんなの海の底か魔窟化した大地とかもっぱら生存不可能領域だ。

 それを話すと、カイルは少し考えるように沈黙した。


 《…………少なくとも杖は持って行っているんだ。魔術のつかえるネクターにかなうやつはそういない。あいつのサバイバル能力は知っているだろう?あなたに必ず帰ると連絡しているのなら、ネクターはそれを守る為に何でもする。

 きっと連絡があるはずだ。案外、あなたのところへ向かっているかもしれん。こちらも探してみるから、あなたは落ち着いてそこで連絡を待っていてくれ》


 鱗がセーフティ代わりになっているとはいえ、私の乱れた思念はさぞきつかっただろうに通信を続けたままカイルは私をなだめ、ようやく落ち着きを取り戻した私はせめて余裕を作ろうと笑みを浮かべた。

 自分でもぎこちないとわかっていたが、カイルには見えないからいい。


 《何百歳も年下の君に慰められるとはね》

 《俺も、ドラゴンのあなたをいさめることになるとは思わなかった。くれぐれも、軽率なまねはしないでくれ》


 そう釘を刺されたものの、ただ待っていられるわけじゃないかと即座に探しに出る気満々だったのだが。

 荒野に引っ張ってきたレイラインにようやく魔力が通り循環が復活し始めたところで予断を許さず、それを放り出すわけにもいかなくて、言葉通りじりじりと待つ羽目になった。


 生きている間はいつでも会えて、別れるときは別れの言葉を言えるものだと思い込んでいた。

 感じていた安心感はこれほど儚い幻想だったのか、と今更気づいた。


 毎日が不安で怖くて、ドラゴンになって一日がこんなに長く感じたことはなかった。



 明日はどうだろう、あさっては?

 カイルから定期的に知らされる捜索結果はそう芳しくなかった。

 唯一、他国の港で船に乗ったことが確認されたのみだ。

























 1年たち、2年が過ぎて、3年目に国は捜索をあきらめた。

 ネクター一人で魔術は何百年も進んだ。

 それが他国に流出することを恐れていたわけだがその形跡も見られず、何より消息が完全に断たれていたことが彼を多少なりとも知る人間たちに害がないと判断された、らしい。

 今後も継続的に捜査はされるが、もう大規模な捜索はないだろう。


 一度だけ進展がないかと尋ねるためにカイルの家へ行ったときにそう知らされ、申し訳ないとカイルに謝られても大丈夫、といえるくらいには落ち着いたふりはできるようになっていた。


 振り返らなかったから、私の後姿をカイルと奥さんがひどく痛々しそうに見ていたことには、気づかなかった。










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