第17話 ドラゴンさんは会議中
「お、お、お初にお目にかかります! 黒竜様。私はハインベルト十二世と申します。このような事態に陥っておりますが、お会いできて光栄でございます。さらには栄誉ある……」
「ああ、良いから良いから、初めまして、私はラーワだ。よろしくね」
私は目をきらきらさせながらひざまずかんばかりに頭を下げる働き盛りの男性の、まだ続きそうな言葉を遮った。
勝手に顔が引きつるのはしょうがない。
彼はバロウ国の今代の王様だ。イーシャから聞いて覚悟していたけれども、本当にドラゴンフリーク残ってるんだな……。
「さあ、陛下、黒竜様を困らせてはいけませんわ」
バロウ王のとなりにいるイーシャもやんわりと王様を誘導していた。
そうして広間にある円卓の一つへ案内したのだが、円卓の一つについて、すでに席に座っている一人を見つけたとたん、バロウ王の顔に仮面が降りるのを感じた。
「これは、ヘザット王。病に伏せっていたと聞き及んでおりましたが、この場で相まみえられて何よりでありました」
「バロウ王。ずいぶんと慕っておられるのですな。普段は見られない姿に驚きましたぞ」
忌々しげにしているのは恰幅の良い体格に、豊かなひげを蓄えた男性、ヘザットの国王だった。
ただ二月くらい前に出会ったときより、おなか周りが痩せた気がする。
バロウ王は動じた風もなく、胸を張った。
「当然です、かの竜は古くには我が国を救われた大恩人であると、先々代より言い伝えられて参りましたから」
うわあ、ヘザット王の顔に「あの竜に……?」って書いてあるよ。まあ彼にとってはめちゃくちゃとばっちりで念押ししちゃったからね。
と言うか、私でも分かるぞ。この会話を言葉のままに受け取っちゃいけないの。
ぴりぴりした雰囲気に引きつりそうな顔をなだめていると、背後の扉が開いた。
振り返れば、そこに居たのは、東和の正装に身を包んだ帝さんだ。
『遅れてすまない、ラーワ殿。こうして話すのは久方ぶりだな』
『来てくれてありがとう、帝さん』
『なに、世界を救うという大義に一口噛めるついでに、向こう側の王に会えるなぞそうそうあるものではない』
いつもの人を食ったような調子で唇の端をあげた帝さんが円卓を見回せば、ヘザット王もバロウ王も表情を改める。
さすがに、王様らしく奇異な視線は表に出さないか。
ただ、そのとなりにいた白い髪に白い狐耳の真琴を見るなり、二人の王は奇妙な顔になった。
真琴のほうは少し狐耳を動かすだけで平然としていたが、バロウ王もヘザット王も既視感を覚えているけど、なかなか声をかけられないで居るような感じだ。
それでも失礼になりそうだと声をかけあぐねているようだ。
すると、気づいたらしいイーシャが、こそりと私に話しかけてきた。
「もしかしてあの娘、例の陛下の夢に出ていらっしゃった方では」
「悪気があったわけじゃないから、見なかったふり、してくれないかい」
以前、イーシャに相談された王様達の夢に出てきた少女は、本人にも確認を取ったところ、やっぱり真琴だったらしい。
その当時、テンもこれほどの規模ではないけど、蝕の封印がほどけ始めているのに気づいていたから、蝕の出現に対する忠告をしに行ったそうなのだ。
ついでにどれほど蝕について知識が残っているか確認もしたそうで。
「そういたします。あの少女の忠告のおかげで、蝕の流出の際も、王は必要以上にうろたえずにいられましたから」
イーシャがそう言ってくれてほっとする。
ここはリュートの創り上げた屋敷内の一室だ。
一番公平で、どこからでもアクセスしやすいと言うことで、リュートに頼んで貸してもらった。
今ここには世界中の代表に集まってもらった。
見渡すだけで知り合いが沢山居るのは、私の関わりがあって、蝕に囲まれてもなお眠らなかった人たちばかりだからだ。
この2日、方々へと訪ねて、説明して回り、お願いを了承してもらった。
帝さんが席に着いたところで、カイルとネクターに目配せをする。
私達は、これから、世界を救うための会議を始めるのだ。
話すのは私、と決めていたから、円卓の最後の席に座った私は、席を見渡して言った。
「皆さん。私の呼びかけに集まってくれてありがとう。まずは手元に配ったヘッドセットを頭に装着してくれるかい」
彼らが私の見よう見まねで、マイク付きのヘッドセットを装着したのを確認したところで、古代語で話した。
『私の言葉が分かるかい?』
今、彼らの耳元では、彼らの言語で私の言葉が理解できていることだろう。
全員がそれぞれに驚く中、バロウ王が感心の声を上げた。
「言語変換の魔道具ですか! これは素晴らしいっ。古代魔道具でしょうか」
「いいえ陛下、こちらは魔道具を経由することで皆さんに思念を伝えている状態でしょうね。魔道具自体は今の技術ですわ」
魔道具に指を滑らせながら言った、イーシャの言葉とおりだ。
言葉がわかる人が通訳をする案もあったんだけど、ここに居るだけで西大陸語、東和国語にドワーフ語にエルフ語まであるものだから、思念話でやった方が早いと言うことになったのだ。
けれど、直接思念話をつなげるのは彼らに負担がかかりすぎるから、受信機としてヘッドセットを作り、私が全部の思念をまとめて送受信することで、”言葉の意味が分かる”状況を作り出しているのだった。
まあ、理屈はどうあれ。
「みんなの言語を統一するために用意したんだ。ちなみにこれの制作者は、そこに座っているイエーオリ君とヒベルニアの学生達だよ」
ネクターもカイルもうならせる機械の腕をもつ彼にアイディアを伝えて、エルヴィー君達に突貫で作ってもらったのだ。
たった3日しかなかったにもかかわらず、よくやってくれたと思う。
一斉に視線をくらったイエーオリ君は硬直していた。
何で彼がいるかというと、まあ驚いたことに代表者の身内だったからなんだけど。
「……なんだと」
ヘッドセットをしげしげと眺めていたのは、ひげもじゃのがっしりとした体格をしたドワーフの男性だ。
彼は、私が管理していた知行地の近くにあった村の代表だった。
影響が色濃い場所だっただけに、眠らずにすんでいたのをカイルに説得してきてもらっている。
……私は一度狩られかけたので、彼に鋭い視線を向けられるたびにびくびくしてしまうのだが。
そんな髭もじゃのずんぐりとした体格のドワーフの代表は眼光鋭くイエーオリをにらんだ。
「こいつの設計をしたのはてめえか」
「そ、うです。中の術式彫刻も俺がやってます」
震え上がりながらもうなずくイエーオリ君に、ほんわりとした口調で話しかける人が居る。
「あらあらまあまあ、イオ君ってばそんなことを学校で習ってたの? すごいわねえ」
彼の隣に座っているのは、眠っていなかったエルフの代表さんであり、イエーオリ君のお母さんだった。
イエーオリ君のお母さん達は、森から森へと渡り歩く放浪の民で、人里へは音楽と舞の巡業を行うのだという。
まったく接点がなかった彼女たちがなぜ起きていたかと言えば、その。
私とネクターのなれそめ的なやつをはじめとする、私をモチーフとした劇や音楽を盛んに興業していたから、のようだ。
そう言う影響でも起きている人はそこそこ居て、総勢百人と少しくらいが、今ヒベルニアの近郊にキャンプを張っていた。
イエーオリ君と様子を見に行ったら蝕に呑まれる寸前で、慌てて避難をさせたにもかかわらず、代表をしているというイエーオリのお母さんは、こんな感じで終始のほほんとしているのだった。
けれど、なぜかドワーフとエルフはお互いに気にくわないらしく、見知らぬ人同士でも好き好んで同席しないらしい。
ぴきっとドワーフの代表の顔に青筋が立ったのを見たイエーオリ君が、注意を引くように声を上げた。
「そ、それがなんでしょうか!」
「……なんでもねえ」
それだけ呟いてドワーフの代表が黙り込むのに、イエーオリ君が息をついて座り込む。
ごめんな、イエーオリ君。エルフの人で一番話が分かりそうなのは君だけだ。
初っぱなから大丈夫かな、と不安になりつつも、言葉が無事に通じたことで話を始めた。
「まずは自己紹介を。私は『溶岩より生まれし夜の化身』。ラーワと呼んでくれたら嬉しい」
水を向ければ、一人一人簡単な自己紹介をしてくれた。
今この場に居るのは、バロウ王と魔術師長のイーシャ、ヘザット王と補佐官の人。東和の帝さんと真琴。ドワーフの集落の長と、エルフと民の代表と、息子のイエーオリ君。
そして、最後に心底嫌そうに口を開いたのは、老人のような目をしたやせぎすの青年だった。
「……グストゥ。何の因果か魔族の代表だ」
がたりと、西大陸側の何人かが驚愕にのけぞった。
代表するようにバロウ王が叫ぶ。
「ま、魔族までいるのですか!?」
「何にもやる気はねえよ。俺はそこの竜に契約を結ばされてるからな」
興味なさげに頬杖をつくグストゥ、と名乗った魔族の気のない返事に私も付け足した。
「大丈夫、私が居るから何もさせないし、私は世界中の生物に協力してもらわなきゃ、乗り越えられないと思っている。だから受け入れて欲しいとは言わないけど、黙認をして欲しい」
「ですが……」
バロウ王がためらう中、涼やかな声を上げたのは真琴だった。
「お初にお目にかかります。ぐすとぅ様。西大陸の八百万の一柱にお会いできましたこと、嬉しゅうございます」
丁寧に頭を下げるのに、帝さん以外の円卓の面々が驚いた顔をするなかで、真琴は続けた。
「ですが、そのお体は人族のものお見受けいたします。それが魔族であってもなお、眠られていない理由の一つでございますね」
「……ふん、ただ、しかたなく昔の失敗を精算しているだけだ」
グストゥ――真名を、グストゥグセスという彼は、百年と少し前に、人間の召還に応じた末、その人間の肉体から出られなくなり、バロウで人間達を操って、少年少女の魂の魔力を食らっていたのだった。
そのまま人間の肉体から出られないまま、私が真名を縛って罰として命じた「魔物を狩る」というのを守り、今の今まで生きてきたらしい。
幼い頃のイーシャを誘拐した首魁なのだが、お互いに顔は知らないから、申し訳ないけど黙っている。
知らせないほうがいいことっていうのはそれなりにあるものだ。
「ですが、いまのあなた様からは良き波動を感じます。過ちを悔いて生きてきたのでございましょう」
「そうよお、グスちゃんは楽しく舞台を見てくれるしねえ」
「うっせえアイーハナ!」
のほほんと続けたエルフの代表に、顔を赤らめてグストゥが怒鳴った。
実は、エルフ達が無事だったのは、負の過去とはいえ、私と深く交わったグストゥが人間の肉体のおかげで希有なほどの蝕への耐性をもっていて、エルフのキャラバンを守り続けていたからもあった。
西大陸の魔族が残っていたのは、私に挑んできた奴らをグストゥが回収してくれたおかげでもある。
今シグノス平原ではそんな魔族達と、エルフのテントが隣り合っており、毎日どんちゃん騒ぎになってて混沌としているのは置いといて。
そうして集まった西側の魔族は100に行くか行かないか。
ちなみにこれは、私がちぎっては投げちぎっては投げした魔族の数とほぼ変わらない。
……なにもいうな!
「面白いものだな、人の姿をした神々は我が国にも居るが、人の肉体を持った神がおるとは」
帝さんが愉快そうに呟き東和国側が平然としているのに、バロウとヘザットの王様達は信じられない様子だったけど、内心はどうあれこれ以上は言うつもりはないらしい。
自己紹介が終わったところで、私が目配せをすれば、ネクターは仕込んでいた術式を起動してくれた。
円卓の中央に浮かび上がったのは、世界地図だ。
けれど、緑の大地と、青い海。それが一気に白く染まる。
「現状は、事前に話したとおりだ。みんなの話と、私の仲間達の調査によって、現在地表の8割がこの白い霧、蝕に呑まれている。今生きて活動しているのは、ここに居るみんなと、みんなの国と村の人だけだ」
重い沈黙があたりを満たした。
すでに、こうして活動できていることが神の干渉への耐性を持っているから、彼らには、事前にほぼ、隠すことなくすべての事情を話してある。
口火を切ったのは、ヘザット王だった。
「にわかに信じられないが、この状況は、世界を創造した神の意志であるのだろう。要の竜すら従える強大な存在に、我ら人が何をできるというのだ」
もっともな意見だと思った。
誰がどう見ても絶望的な状況で協力してくれると、事前に約束してくれていたとしても、怖じ気づくのは当然だ。だけど。
「私はドラゴンだけれど、一人でできることは限られている。だから君たちの助けがどうしても必要だ。世界のためなんて大仰なことを考えなくって良い。君たちが生きるために、大事な場所を守るために力を貸して欲しいんだ」
ここに居る全員に協力してもらえばわずかでも生き残れる可能性があると、ネクターやセラムやイーシャ達が寝ずに試算してくれた。
方法は見つかった。
私ができてやるべきはなのは願うこと、説得することだ。
ヘザット王とそのとなりの補佐官さんの空気が変わる。迷うような踏ん切りがつかないような。
だからさらに説得するために、私が口を開き駆けたのだが、帝さんが出し抜けに言った。
「我らは、我らの生存のために、そなたへ力を貸す。いや力を貸す、と言うのもおかしかろう。これは誰のせいでもない、災害のようなものなのだからな。我らで解決に乗り出すのは当然であろう」
「助かるよ、帝さん」
「なに、何もできぬ間に呑まれた国々を思えば、我らは幸運だからな。西大陸で数少なく残った国であるからには。かなりの戦力となろう」
いや、ヘザットは実際にはリュートに良いようにされたあげく、とばっちりというかたまたま私との縁ができただけなんだけど。
帝さんの有無を言わせないような迫力に私が黙っていれば、ヘザット王はごきゅりとつばを飲み込んだあげく、ぎこちなく頷いた。
「む、むろんだ、ヘザットはこの未曾有の危機に逃げるようなことはせぬ」
ヘザット王は完全におとなしくなった。
続けてバロウ王も頬を紅潮させて宣言する。
「我が国とて、ドラゴンさんに受けた恩をお返しする機会に恵まれたのです。全面的に協力いたします」
「ありがとう」
話を進められるのはうれしい、と私は本題に入ることにした。