第6話 ドラゴンさんと眠るもの
簡易の契約は今の所、葉っぱを持って宣誓をし、お互いの名前を呼ぶことで成立する。
そして、同じ葉を半分に切ってお互いが持つことで、その葉を持ち続ける限り、あるいは葉が枯れるまで絆が結ばれる仕組みだ。
榛名さんと咲間さんははじめ盛大に遠慮したものの、最後にはちゃんと受け取ってくれて、一時契約を受け入れてくれた。
『すみません、ラーワ様、ネクター様、あくまでこの場限りだとは重々承知しておりますから!』
『いや榛名さん、そう気にされると逆に恥ずかしいかな!?』
榛名さんが顔を真っ赤にしながらそう言うのに、私はその赤さが移った気分で叫んだ。
ネクターと私の盟約のために口づけをかわしたのを見られたせいだ。
物陰に隠れてって言うのも変だし私的にもあんまり抵抗がなかったからさらっとしてしまったけど、改めてこう反応されると気恥ずかしい。
やばい。だいぶ毒されてるぞ、日本人の恥じらい的なものはどこ行った!? ……ってもう彼方だった!
やや気まずい雰囲気の中、こちらも若干顔が赤い咲間さんが、あからさまにこほんと咳払いをした。
『それにしても、なんだか急に身体が楽になった気がします』
『契約したあとの変化でもありますから。やはり、これは蝕の別の形なのかもしれませんね』
応じたネクターは当たり前のように平常運転だ。
知ってた。分かってた。恥じ入ることでもない訳だし、恥ずかしがる私が変なのか……と思うほど普通である。
いや、ネクター並みに羞恥心を忘れてしまったら何か大事なものを失う気がする。
っと、思考がそれたけど、まずは村の状態だ。
一応の対策を終えた私たちは、村の中を歩いていた。
契約をして、さらに私の魔法で蝕を一掃してみたが、重苦しい空気は変わらない。
やはり契約はして良かったと思う。
藁ぶきの家々は街みたいに密集していないから、畑の間にぽつぽつとある感じだ。
けれど、日が高いにもかかわらず、煮炊きの音も、畑に出る人も居ない。生活の気配がない村々の中を歩くのは、不思議な気分だった。
『とりあえず、眠った人たちは、各戸の家に横にしています。一カ所に集めようかとも思いましたが、多すぎて手が回らず……』
咲間さんが淡々と説明をしてくれているが、隠せない悔しさや悲しみやるせなさがにじんでいた。
『とりあえず、村長の家、自分の実家にご案内いたします。一番霧が薄いですし、そこに、今朝もう一人の仲間……籐哉が眠っているので。自分たちが確認した発症者なので何か分かるのではと』
そうして村の一番奥にある大きな屋敷の大広間に、私達は通された。
旅館の宴会場のように広々とした畳敷きの室内には、一面に布団がしかれ、屋敷の住人だろう人種も年齢も性別も様々な人たちが寝かされていた。
咲間さんと同じ狸の人が多いけど、人間もほかの獣人も居る。
一様に、健やかな寝息を立てながら眠る姿は、事情を知らなかったら平和な光景に思えたかもしれない。
けれど、実際に目の当たりにした眠り病の患者達に、私は異常を如実に感じ取っていた。
『汗をかいておりませんね。これだけ暑いさなかですのに』
さっそく患者のかたわらに膝をついたネクターの指摘に、咲間さんが答えた。
『彼らは眠っている姿を確認されてから今日で1週間です。なのに一度も排泄を確認しておりません。水分だけは湿らせた布で取らせていますが……』
『夏場ですから、それでは足りません。なのにこの方達は脱水症状も起こさずに、健康そのものに見えます』
言いつつ、ネクターがてきぱきと寝かされている人々全員の脈を取り、まぶたを開けてのぞき込み、口元に手を当てて呼吸を確かめる。
みんなとても健やかそうに見えるけれど、なんの反応も示さなかった。
そうして、一通り終えたネクターは、杖を構えた。
『眠りよ覚めよ、あるべきことをあるべき時に。目覚』
魔力が杖先に集まり、古代語によって定義された魔力は大広間全体に降り注ぐ。
それは穏やかな意識回復の魔術だった。
けれども私には、その術式が眠っている人たちを素通りしているのがよく見えた。
ネクターも分かっていたのだろう、難しい顔で考えていたかと思うと、ふと、雨戸の開け放たれた縁側へと出る。
そこには日よけ代わりだろう朝顔に似た植物が幾本も、竹のような棒を伝って花を咲かせていた。
『どうやら、人間だけではないようですね。植物も、似た症状になっているようです』
『えっ。そうなのですか』
榛名さんが驚いたように目を丸くして近づいていく間に、朝顔へ触れたネクターがこくりと頷く。
『先ほどからひどく静かな理由がようやく分かりました。植物たちの声はおろか、精霊たちの声も聞こえません。著しく生命活動を落としている……いわば仮死のような状態になっているようです』
ネクターの言葉で、私もようやく、違和感に思いいたった。
ここでは分社の近くではうるさいくらいに鳴いていた、蝉っぽい虫の鳴き声がしないのだ。
『ということは、森の中の動物も……うわっ!』
言いかけた咲間さんが、驚いて身体をびくつかせた。
私がいきなり魔力を放出して探索の手を伸ばしたせいだろう。
榛名さんも尻餅をついてしまっている。ちょっと申し訳なかったな。
けれど、村から近い山のほうまでおおざっぱに探ることができた。
『生き物の気配がひどく薄くなっているよ。これだけ緑豊かな山ならもっとうるさいくらい賑やかで良いはずなのに、まるで何も居ないみたいに薄いし、魔力の流れも鈍くなっている』
人が足りないのと、あちこちで蝕に喰われたレイラインがあることで、私ですら今の今まで気付けなかった。
私もしゃがみ込んで、眠っている一人にそっと触れて、体内魔力を調べてみた。
この世界に存在しているものならば必ず保有している魔力の流れだ。
無機物なら無機物の、生き物なら生き物特有の魔力の流れがある。
ネクターの言うとおり、魔力が著しく停滞していた。
詰まっているのではなく、全体的に流れが鈍っている感じだ。限りなく死に近いくらい。
『人だけではなく植物や昆虫類まで被害が広がっているとは……』
榛名さんと咲間さんが衝撃を受けて青ざめていた。
それこそ白の妖魔と引けを取らない災厄をひしひしと感じているのだろう。
実際、これはあるいは蝕よりも厄介な事象だ。
私の心に冷たいものが滑り落ちてくる。
この光景は、おじいちゃんが話してくれた5000年前の出来事によく似ていた。
まるで、あきらめて覚悟を決めろと、言われているような気分になる。
『……もし、白い霧が原因の病だとしたら』
ぽつりと、榛名さんの声が響いて、全員が彼女の方を向いた。
『治す、手段は、ありません、よね』
布団に横たわる人々を見下ろす榛名さんの横顔は、諦観に満ちていた。
最前線で戦っていた巫女だから理解してしまうのだろう。
蝕はすべてを無慈悲にさらってなかったことにしていく。
そして、東和では蝕を”倒す”方法は確立されていても、蝕によってなくなったものを”治す”方法は見つかっていない。
彼らが眠っている原因がこの薄もやのような蝕なのだから、彼らは一生このままなのだ。
勝手に拳に力が入る。痛みはない。それでもぐずぐず悩んでいる暇はなかった。
『ひとまず、薄いとはいえ、この蝕からはなれよう。今は大丈夫でも、このまま居れば、君たちもいつ眠ることになるか分からないから』
私の言葉に、ネクターが応じた。
『そう、ですね。それに目覚めないとしても、なるべく早く白いもやのない場所に移動させた方が良いでしょう』
『じゃあ、とりあえず準備が終わるまで、蝕を阻む結界を……』
言いかけた矢先。
『ふ、うぁあ~あぁ。よく寝たあ。というか、まだ眠いぃ……』
そののんきな声に、その場に居た全員が振り返る。
大広間の一番端っこに寝かされていた大柄な青年が、眠たげに目をこすりつつも身を起こしていて、不思議そうな顔をしていた。
『……て、あれなんでみんなそんな辛気くさいの? てかなんでこんなところで寝てんの俺』
『と、籐哉くうぅうんんっ!』
『わっなんすか榛名さんっ!?』
起きなかったはずの人が起きた。
とたんに飛びついた榛名さんを受け止めながらも混乱する青年に、私とネクターは驚きに顔を見合わせたのだった。





