第1話 ドラゴンさんとお祭り準備
あけましておめでとうございます。
最終章「原初の竜編」開幕です。
私はドラゴンである。
友達が欲しくて新歓コンパに行く矢先、バナナの皮ですっころがって死んだあげく生まれ変わっちゃった、元女子大生なドラゴン様である。
……何も言わなくて良い。めちゃくちゃ間抜けだって言うのは私が一番分かっているから。
しかも追い打ちをかけるように、生まれ変わったこの世界で、ドラゴンが最強とはいえぼっち上等な種族で泣いた。火山が噴火するくらい泣いた。
けれども私は頑張った。すんごくすんごく頑張って、友達はもちろん、大事な人も可愛い子供まで生まれた。
何で生まれ変わっちゃったんだよこんちくしょう! と半べそだったのも昔のこと。
今は、守りたい人が沢山いる。失いたくないものもいっぱいできた。
だから願う。
なるべくなら、この今が長く続きますように、と。
*
『アールさん。そこは、ひい、ふう、みい、で九十度身体を回します。ちょうどテンと真逆です』
『はいっ』
分社にある板張りの広間で、白の髪と狐耳の真琴がぴっしりと指摘すれば、アールははきはきと返事をした。
二人とも、分社の巫女達が普段着にしている、緋色の袴と白い小袖姿だ。
アールは亜麻色の髪と緋袴の裾をさばいてステップを決めた。
真琴の表情が柔らかくなるのに、アールは額に大粒の汗を滴らせながらも達成感に満たされる。
その隣では、黄金色の髪の美琴が容赦なく、テンに檄を飛ばしていた。
『テンさん、腕はきっちり伸ばさなきゃだめですよ』
『わ、分かったよみこっちゃん』
10,11歳くらいの外見年齢になったテンは美琴に若干ひるみつつも、おとなしく言われたとおりにしていた。が、ちょっと動きはぎこちない。
『では二人とも、もう一度合わせてみますよ』
『『はあい!』』
真琴の号令で、アールとテンが所定の位置につき、手に持っていた鍔に鈴のついた短剣――矛鈴というらしいを構えた。
すかさず私は平べったい箱にラッパ状の物体がついた魔道具……ありていに言えば蓄音機に似た機械にそっと魔力を送る。
少しのノイズのあとに、雅やかな笛の音が聞こえてきた。
それに合わせて、アールとテンが手首をひねればしゃんっと鈴が鳴り、矛鈴の柄から長く伸びる、色とりどりの布を揺らめかせながら舞い始める。
「アール……」
真剣な面持ちで習った振り付けをこなしていくアールに、私のとなりに居るネクターが早くも涙ぐんでいた。
「ネクター、魔鎮祭までまだ1週間はあるんだよ」
「わ、分かってますっ」
ちょっと気恥ずかしげに小声で言い返してくるネクターに、ふふふと笑いつつ、私は一生懸命舞うアールに魅入った。
アールとテンが練習しているのは、巫女達がつかう術式の一つ”神楽舞”だ。
なんで二人がまじめに学んでいるかと言えば、1週間後に催される魔鎮祭の舞台で、真琴を含めた四人で舞うことになったからだった。
白の妖魔による大災害が起きて、私が目覚めてから数日が経っていた。
復興は未だに続いているけれど、私たちがお世話になっている分社の周りの村落は、徐々に普通の生活に戻っている。
確かに、分社は人里からは離れた場所にあり、妖魔に直接襲われた人たちが少なかったとはいえ、一番復旧が遅れているのは分社だというのは驚異的なことだ。
という訳で帝さんは、復興の次の段階として、魔鎮祭を執り行うとお触れを出した。
白の妖魔が出現した地域の分社では、討伐のあと必ずやる儀式で、張り巡らせた術式を、巫女達が舞うことで活性化させて、淀んだ魔力を浄化するのだという。
人族が魔力を整えるとかびっくりなんだけれども、そこでちょっと問題が起きた。
六つの分社に必要最低限の大社の巫女を配置した結果、私達のお世話になっている分社で舞える巫女が足りなくなったのだ。
舞うと同時に細密な魔力操作をしなければならないから、大社の巫女でないと舞えない。
ほかの分社での儀式を終わらせた巫女さんに来てもらえば良いのだろうが、同時期にやるからこそ、最も効果があるのだという。
うん、わかる。魔力の流れを活性化させるにはそっちの方が良いもん。
美琴が死ぬ気で思い出すことで一人補充できるとはいえ、あと二人足りない。
どうしたものかと分社の人々が悩む中で、真琴が言い出したのだ。
『アールさん、舞ってみませんか』って。
なんでも、大社に居る間、アールは巫女達から一通りの作法や技術を教えてもらっていたのだという。
その中には舞の練習も入っていたから、いけるのではと話を持ちかけてきたのだ。
舞の振り付け自体はそれほど難しくなく、問題は魔力操作の方だから、ドラゴンであるアールならできると踏んだらしい。
確かに私たちは、ある程度復興するまで東和国に居ようと思ってたし、シグノス魔導学園はすでに長期の夏休みに入っていて、幸か不幸かそれほど急いで帰らなくても良い。
だから、魔鎮祭はめどとしてもすごく良いな、と思っていたところなので問題はなかった。
けれど、巫女でも何でもないアールに降って湧いた話に、私とネクターがとまどうのは当然だろう?
……あ、別に、性別が女性じゃないといけないとかはないらしい。大社の巫女が女性ばかりなのは、テンの趣味だったらしいし。をい。
まあともかく、だってその話をされた時点で準備まで1週間だ。いくら簡単でも形にするのはすごく努力が必要だろう。
だが意外なことに、アールはすんごくやる気だった。
「ぼく、やりたい。頑張ってみたい」
「いいんですよ、ほかの方法を考えることだってできるんですから」
「ううん、ぼくが、助けたいと思ったからやりたいんだ」
その時のアールの眼差しはしっかりと意志の重みがあって、強い声音で言い募られたネクターは軽く息を呑んでいた。
なんだか、知らない間に急に大人になったような心地がしてちょっと寂しくなるけれど。
適任なのは確かで、私たちの心配だけで、アールを引き留めるのは良くないことだ。
「とうさま、かあさま、良い?」
「わかったよ、でも無理だけはしないこと」
「うんっ! ありがとうっ」
金の瞳を不安そうにしながらおずおずと問いかけられて私が承諾すれば、アールはたちまち花のように表情を明るくした。
そういうわけで、アールが舞手に決まった横で、真琴がにっこりテンにほほえみかける。
『アールさんが大丈夫でしたら、もう一人はテンが適任でしょう。頑張りましょうね』
『うぇっ、あたし!?』
『当然です、この神楽舞は4人必要なんですから。竜脈と霊力の流れはあなたが一番知っていますでしょう。今からやれば大丈夫ですよ。ずっと観てこられたのですから?』
『観るのとやるのとでは全然違うと思うんだけど!』
確かにいきなりやれ、と言われれば戸惑うし不安になるのは当然だと思うのだが、それにしては妙にうろたえている気がしておやっと思う。
そんなテンに、今まで黙っていた美琴がじと目を向けた。
『テンさん、まさか、初心者のアールが頑張るのに、この国の守護者だったあなたがなにもしないんですか?』
『うぐあっ。で、でも、今回舞うとしたらあれだろう?』
『はい、天絶舞ですね。物語調で覚えやすいですし、何より妖魔討伐の折に必ず舞うこととしたのはテンでございましょう?』
『いや、そうなんだけどね。めっちゃ覚えがあるけどね。あたしが舞ったら超笑われそうと言うか……いや、わからないか……?』
ぶつぶつ独り言を漏らしながらぐずぐずと渋るテン(外見10歳児)に、真琴が赤い瞳を残念そうに伏せた。
『神楽舞の衣装は、テンに似合いそうだと思ったのですが、だめでございましょうか』
『あっう、うんいやだめではないのだけれど!』
慌てたように言い募って了承を示したテンに、真琴がほっと微笑んだ。
『嬉しゅうございます、民衆へテンを自慢するには、ちょうど良い機会ですもの。かわいらしい稚児の衣装を用意してもらいますね』
『う、え、あ、そうなるの……』
テンはうきうきとする真琴へ、なんとも言いがたい目を向けつつもあきらめていた。
なんか、テンが真琴に対して態度が変な気がするんだけど、こう、距離を測りかねているというか、何というか。
ただ、私もそれほど彼女たちの関係を知っているわけじゃないし、真琴がすごく自然だから、これが彼女たちの距離なのかもしれない。
まあともかく、そうして、真琴と美琴にアールとテンは神楽舞の猛特訓となり、私とネクターは復興のお手伝いの合間を縫って稽古を見学させてもらっているのだった。
*
午前中のお稽古が終わると、真琴とテンは当日の術式の調整があるからとその場で別れた。
魔鎮祭まで一週間だからいくら練習しても足りないってのもあるんだろうけど、割と予定を詰め詰めでやっている。
「かあさま、とうさま、どうだった?」
「また上手になったねえ」
まだまだ元気があるらしいアールが快活に駆け寄ってくるのを受け止めて、亜麻色の髪を撫でてやった。
実際、魔力操作は私だってできるから代われないかと思ったけど、あの振り付けを今から覚えるのは無理だ。子供の吸収力はすごい。
ネクターも汗取り用の手ぬぐいを渡しつつ言う。
「ええ、美琴さんや真琴さんに後れを取らずによくできてましたよ」
嬉しそうに笑うアールのとなりに美琴が並び、西大陸語で言った。
「アールは、物覚えが良いから、助かる」
「あーうん、テンは割と大変そうにしてたからねえ」
今の体格じゃ見栄えが悪いからと、ほかの分社の竜珠をもらって10歳児になったテンは、美琴にせっせとしごかれている。
物覚えは悪くないんだけど、急激に成長した身体のバランスがうまくとれないようで、音楽とのタイミングが微妙にずれるのだ。
まあ、何度も繰り返せば必然身体になじむだろうが、割と美琴も真琴もスパルタだからなあ。
身体に慣れるまでは苦労することになるだろう。がんばれ、テン。
密かにテンの健闘を祈っていると、思いっきり身体を動かして腹ぺこな美琴とアールは、どこでお昼ご飯を食べるか相談していた。
そんなさなか、広間に、柔らかい緑の香りが流れてきた。
「おや、ちと遅かったようじゃのう」
ひょいと、顔を見せたのは、白い髪とひげをした木精のおじいちゃんだった。
フィセル、という名前を知ったあとでも、結局はおじいちゃん呼びのままだ。
今日も白い髪とひげに褐色肌のしわも麗しいおじいちゃんに、アールが喜色を浮かべた。
「おじいちゃんっ、見に来てくれたの?」
「おう、アール坊の奮闘ぶりを応援せぬ訳にはいかんじゃろう」
「じゃあじゃあ一緒にご飯行こうよ。縁日の屋台の人がね、もう来てるらしくて、みこさんと一緒に行こうって言ってたんだ」
声を弾ませるアールの提案に、美琴は狐耳と尻尾を戸惑いに揺らした。
「あ、私は別に……ほかで」
「ええ、だって、屋台のご飯全部制覇しようね、って言ってたじゃないですか」
美琴が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてうつむくのに、私は同情した。
見てくれも結構威厳のあるおじいちゃんが力ある精霊だと知った美琴は、もの凄く畏敬の念を抱いているらしく、顔を合わせるたびに緊張に身を固めるのだ。
さらに、乙女心と相まって、そういう人に庶民的な屋台飯に付き合わせたりとか、ましてや食べ物を制覇する姿、だとかは知らせたくなかっただろう。
けれど、おじいちゃんは完全に狐耳を伏せて恥じ入る美琴に柔らかく声をかけた。
「お嬢さんさえよければ、このおいぼれも同席させてもらえないかの」
「いえ、ですが……」
話しかけられた美琴はびくっとして言い返しかけたが、くうっとなかなかに良い音がした。
もちろん、美琴の腹の虫である。
「大事なお役目の待っているお嬢さんを、腹へらしのままで置いておくわけにもいかぬでの」
かあっと頬を赤く染める美琴が小さくうなずいたことで、私たちは、外の出店に繰り出すことになったのだった。
この章は、毎日更新でまいります。
更新をお休みするときは、前日にお知らせするつもりです。
最後までドラゴンさんをよろしくお願いいたします。





