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15 ドラゴンさんと彼らの日常 上

 

 魔術資材になる薬草や鉱石を、自分で拾ってお土産にしたネクターを国まで送ったあと、私は大陸の端の半径300キロには何もない荒野に移住した。

 必要なレイラインの少なさでは今までで一番のなかなかの難敵だ。しばらくはここに腰を据えることになりそうだな。

 そんな調整の中でも合間を縫って、一か月に一度くらいの頻度でネクター達のもとを訪ねた。


 国内にいたころは飛ぶほうが早かったが、さすがに移り住んだ土地からは遠く、移動手段はもっぱら空間転移だ。

 レイラインや魔力の流れなどの条件によって移動できる距離が極端に変わるうえ、その時、複雑な座標指定をするのだが、計算を間違えると壁に埋まったり目的地の物体を消してしまったりして(周囲が)危ないうえ、王都全体に張られている対魔結界にいちいちこっそり穴をあけて閉じてというのがものすごく面倒なので、出現地点はカイルの家ではなく王都付近の森の中にしてから城壁破りをしている。

 城壁の警備隊はうすうす気付いているみたいで、回数を重ねるごとに警備の人数が増えていたけど、捕まったためしがないから大丈夫!


 ネクターはドラゴンがいなくなったことで経過観測のみになった分室から王立の研究塔に移り、そこにある個人研究室で寝泊まりしている。

 何時どんな人が通るかわからないところを訪ねるわけにもいかないから、カイルの家を待ち合わせ場所にさせてもらい、思念話で連絡を取ることにしていた。

 夜についたりすると朝になるまで酒場をはしごしたりぶらぶらしたりするが、今日は日中に来れたのでそれもナシだ。

 と、いうわけで、本日も楽々と城壁を越えた後、寄り道もなしでカイルの家にお邪魔していた。


 カイルは無事、酒宴の勢いで告白した部下の女性と結婚した。

 なんと一番初めに私に防魔結界のことを聞いてきた女の子である。

 カイルは国内で初の魔術を専門に教える学校を作ろうと奔走しているから、迎えてくれるのはたいていこの人で、いつ訪れても笑顔で迎えてくれるいい奥さんだ。

 まあ、ネクターが毎回ものすごい勢いで杖に乗ってやってくるとなぜか生ぬるい視線で出迎えてくれるのが不思議だが……。


『お久しぶりです、ラーワ』

『やほう。ネクターお疲れさん』


 ソファでくつろいでいる私を認めた途端、ネクターは私を抱き上げふわりと笑った。

 今のブームは人型の私を抱き上げる事らしい。どうも触れられる距離にいるのがいいらしいのだが、私が青年の姿で居る時でさえやろうとするのは不可解だ。野郎なんて持ち上げて何が楽しいのだろうか。


 重かろうとは思うのだが、ネクターの前では子供型は禁止されている。

 ちっちゃくなるのって結構大変なんだけど、紆余曲折あって偶然できた子供サイズの時はいろいろあったからなあ。

 ネクターが挙動不審になって居合わせていたカイルに即座に首根っこをつかまれて別室へ連れていかれていてしまい、おいてかれた私はぽかーんとしたもんだ。

 やっぱロリババアはダメだったかと思いつつもはじめて子供サイズになれた時は面白くて、カイルのお子様たちと遊んだのだが、その時に一緒に誘拐されかけて騒ぎになり散々心配かけた。

 自由に変化できるようになった今でも、たとえ持ち上げられて体重がいくら気になろうとネクターたちの前では自重している。

 …………時々近所の子とサッカーとか鬼ごっことかして遊ぶくらいは見逃してほしい。

 もちろん誘拐犯は組織ごと潰した。お子様たちへの危害は絶対撲滅です。



 ちなみにカイルはその奥さんとの間に、2人子供をもうけている。

 それぞれ剣の申し子とかネクターに匹敵する魔術の天才とか呼ばれているらしい。

 こっそり体が丈夫になるようにとか賢くなるようにとか何重にも祝福を施したのは秘密である。


 だって赤ちゃんの頃、ものすごくかわいくて抱かせてもらったらちっちゃくてふあふあですごく頼りなくて心配になったんだもん!

 だが、あの疑うような視線を考えるにカイルにばれている感は否めない……。

 か、代わりに力に驕らないように騎士道精神は叩き込んだから大丈夫だって!

 人間だったらこうして子供を抱いていたりしたのかなあと、ちょっとしんみりしたりもした。


『今日はどうする?』

『そうですね、半月ぶりに外の空気を吸ったので、城下を散歩しましょうか』

『どれだけ根つめてんのさ……まあいいや。じゃあ、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな? そのあとメイドさんのお店でお茶しよう』



 ネクターは生活に役立つ魔導技術を次々に国に広め、尊敬を一手に集めているようだ。

 軍事魔術の民間転用を進める傍ら人力の機械に魔術を組み込む術式を開発している上、個人の研究も、レイラインとドラゴンの資料編纂もしているというからカイルに負けず劣らず忙しいはずなのだが、私がきたとたんそれらすべてをほっぽりだして会いに来てくれる。

 嬉しい反面、何度かカイルにけしかけられてネクターを迎えに行ったときに見た研究室の人の恐怖の表情を見る限り、ネクターが抜けるとかなりヤバいのではないかと思うが、


『私、ラーワが来るとき以外お休みを頂いていませんから!』


 と、やたらさわやかな笑顔で言い切られるとそりゃどうもと応じるしかなく、遠慮なくひっぱりまわすことにして、ネクターの手料理を食べたり、一緒に城下町見物に出かけたり。

 まったりしたいときは荒野に招待して、竜体のまま一日中術式の構造の話をしてのんびりすることもある。

 と、いうかそれが一番多かったりする。


 ネクターはいまだに自分から会いに行くことをあきらめていないみたいだ。

 高速移動が無理だと結論づけたあとは、もっぱら私のやった空間転移のほうを研究しているらしい。

 こればかりは教えられないのだが、ネクターは一人で完成させるつもりみたいだからありがたいような申し訳ないような気分である。人間じゃできないことがわかっているだけに、ね。




 方針を決めたところでネクターと街に出た。

 街中は長い圧政を吹き飛ばすように、にぎやかな活気にあふれている。

 人の多さに比例して商人も多く流入しているのだろう。

 両側に石造りやレンガ造りの建物が立ち並び、石畳で舗装された広い道路ではたくさんの露店売りが立ち並んでいて、串焼き肉やパン、軽食を食べつつ店を冷やかしながら歩くのは楽しい。


 いまでこそ普通に歩けるけど、まだほころびを修復していた頃の城下はデンジャラスだっなあ。

 治安が悪くて、よく強盗とか人さらいとか変質者に出くわしたもんだし、なぜだか知らんが王様に異様に気に入られていて、私の美女顔の人相書きが街中に出回っているのである。

 見つけたら直ちに知らせるようにと王様の勅令が出されていて、目撃情報があるや否や王城の役人が飛んでくるのだ。


 一度黒に赤の混じった長髪のままのんびり歩いていたら警邏隊に囲まれてガチでビビった。その時は思わず転移術で逃げてしまい、後でネクターたちが結界の修復に大わらわだったそうだ。


 本当にごめん! そのあとちょっと結界を強化しておいたから許して!!


 まあ、警邏隊に囲まれたのはその一回だけで、それ以降はおまわりさんの前を通っても職質されることはないけど、最近では行く度に年齢と性別を適当に変えていた。



 そんな布告も下町まで行けばあってないようなものらしく、いまだに人相書きが貼られているものの、通報はされたことはない。

 むしろネクターのほうがよほど知名度は高く、特徴的な髪に気付いた人たちに結構声をかけられるのだ。


「おお、賢者様じゃないか、あんたの開発した自動着火装置のおかげで助かっているよ!」

「おいおい賢者殿よ、相変わらず食ってるのかわかんねえ細いなりしてるじゃねえか。そうだ、このあいだあんたと一緒だった兄ちゃんにはたちの悪い酔っ払いを追い払ってもらって助かったんだよ、今度よってくんな! サービスするからよっ」

「あらまあ、賢者さま、この間は迷子になっていたうちの子を送ってくれてありがとう。息子もあのお嬢さんのおかげで恐くなかったと言っていたわ。これ、うちの人気商品なの。良かったら食べてね」


 時々ネクターへの好意のおこぼれでおいしいおもいができるのも楽しいが、革命直後はまだ魔術師に対する偏見があったのにここまで距離が近づいたのかと思うと感慨深い。


 あの地力向上術式による魔術災害は国によって隠蔽され、原因不明の魔力過多による魔物の大量発生ということになり、ネクターの開発した術式も”なかった”ことになった。

 その点は特に異論はない。だって個人的報復はしたし。

 開発したのはネクターと魔術師たちだが、責任をとるべきは指示した人で、元国王や前魔術師長達は軒並み粛清されている。せっかく変わろうとしているこの国を、いたずらに騒がせる必要はない。

 だが、ネクターは牢屋に放り込むより研究室に閉じ込めていたほうが有益だ、という政治的判断が下されたことにかえって責任を感じ、あの術式で出た被害を贖えるよう直接街を歩いて市井の声を聞いて回り、本当に必要なものを開発するために日夜研究に励んでいる、と私はカイルから聞かせてもらった。

 ネクターは私の前ではそんなこと一言も言わないから。

 そういうカイルも、軍役だけではない魔術師の活かし方を一生懸命模索しているのを私は知っている。

 だから、きっと彼らの変化は君たちの努力の結果なんだ。


「みんないい人たちだね。魔術師が歩いていても普通に接してくれるようになった」


 しみじみ思いながら、奥さんにもらったピザを二つに折って焼いたような軽食をほおばりながら現代語で言ったのだが、となりで同じように食べながら歩いていたネクターが苦笑していた。


「違いますよ。彼らが声をかけてくれるのは、あなたがいるからです」

「え、なんで? 毎回年齢も性別も違うし、ぶらぶらしてるだけなのに。顔を一致させられる人なんていないだろう?」


 まあ、歩くついでに乱れているレイラインをちょこちょこ整えたりはしているけれども、そんなの人間にはわからないし、目に見えた効果なんてないしなあ。


「きっと彼らは君たちが平和のためにどれだけ頑張っているのかがわかってるんだよ。人気者だねえネクター」

「いえ、それはむしろ……まあラーワがそれでいいんでしたら」


 ネクターが嬉しいような困ったような顔で何を言いよどんだのかは結局わからなかった。





 

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