【ハロウィン番外編】ドラゴンさん、ハロウィンに挑む
突発で書きましたハロウィン短編です。良く間に合った。
時系列はバロウ国に遊びに行ってた頃、ラーワが自分の気持ちに気づく前の話です。
だって、もらえるお菓子がうらやましかったんだ(まがお)。
バロウ国では収穫の時期になると、悪魔が人里に降りてきて悪さをするという逸話がある。
彼らに、穏便に帰ってもらうためにおもてなしをするのにちなんで、子供達が悪魔の扮装をして、家を訪ねてお菓子をもらうお祭りがあるのだった。
それを聞いたときはハロウィンじゃんって思ったよ。
まあともかく、偶然ハロウィンの時期にバロウの首都に遊びに来た私は、子供達が方々の家を回ってお菓子をもらい歩く姿ににやけるばかりだったのだ。
ふと、マドレーヌのお店を通りかかったときに、その看板を見つけてしまうまでは。
「本日悪魔の扮装で来店したお子様には、ハロウィン限定マドレーヌを差し上げます!」
隣には、ご丁寧にかぼちゃの形をした超可愛いマドレーヌが描かれていて。
ごきゅり、と喉が鳴ったのは仕方がないと思うのだ。
すんごく欲しい。めちゃくちゃ食べてみたい。
けれど、看板に燦然と輝くお子様限定の文字。
ただ、私が編み出した幼女化によって、これはすぐに解消できる。
あとは500歳越えの年齢で、大人げなくもらいに行くことに対する良識とかそういうものをねじふせればいいのだが。
問題は、お店に入っていく子供達には必ず大人がついていることだった。
これは確実に子供一人だと目立つやつである。
そりゃそうだろう、こういうお店に来れるお客さんは富裕層が多いから、そういう子は一人で外出させないものだ。
目立つのはよろしくない。非常によろしくない。
けれどもはやあきらめるという選択肢はなく、めまぐるしく頭を回転させた私は、覚悟を決めたのだった。
すべての準備を終えて、胸を高鳴らせながら来店した私は、意気揚々と陳列棚へと歩いて行った。
店員のお姉さんが私を見下ろして、ほほえましそうに表情を柔らかくする。
「いらっしゃいませ、どれにするかな?」
彼女の目には4歳くらいの女の子が映っているのだろうから当然だ。
ふっふっふっ。私の幼女の扮装は完璧なのである。
ハロウィンの扮装は、以前リグリラからもらっていた猫っぽいフードを羽織ることでばっちりだ。
どっからどう見たってお子様にしか見えない!
誇って良いのか分からないけど!!
ともかく店員さんの対応に満足した私は、陳列棚の中から本日の選ぼうとしたのだが、誤算に気付く。
背が低すぎて、商品が見れない、だと……!?
この姿で行動することが少なく、さらに必ず子供に見えるようにと年齢を引き下げたのが徒になった。
足先がぷるぷるするまで背伸びをしても、かろうじてケーキ達の影が見えるだけ。
くう、もう2,3歳大きくしていれば、と半泣きになった矢先、ふわっと身体が浮いて、おしりの下に腕が入れられた。
眼下にあるのは色とりどりのお菓子達だ。
「これで見えますか」
「ありがと」
横を見てお礼を言えば、毛先が薄紅に染まった亜麻色の髪をゆるく編んだネクターが、薄青の瞳を和ませていた。
訂正、全力でとろけさせていた。でれっと。超でれっと。
「さあ、どれでも好きなのを選んでくださいね。なんなら端から端まで全部でもかまいませんから!」
ううむ、カイルから全力で彼の前でのお子様化が禁止されていたのがよくわかる。
早まったかもしれないと若干顔を引きつらせつつ、早く選ばねばと素早くピックアップを始める。
すると、この不穏な気配に気づかない店員さんが、私に話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、太っ腹なお父さんで良かったわね」
瞬間、ネクターの気配が変わるのが分かった。
「おとう、さん……!」
「おねえさん、これとこれとこれ、二つずつお願いしますっ。あと」
表情を輝かせて震え始めるネクターに、不穏な雰囲気を感じた私は、店員のお姉さんに全力でお願いする。
そして、大事な合い言葉を唱えた。
「いたずらされたくなかったら、わたしをもてなしてください!」
店員のお姉さんが、にっこりと笑みくずれたことで、私は勝利を確信したのだった。
やたらと生ぬるい店員のお姉さんの視線に耐えて、限定かぼちゃ型マドレーヌを手に入れた私とネクターは意気揚々とお店を後にした。
「手に入って良かったですね」
「最高だよ! 付き合ってくれてありがと、ネクター」
「あなたのためでしたら全く! むしろご褒美ですから」
大事に握ったかぼちゃ型マドレーヌにほくほくしていた私だったが、ネクターの異様なハイテンションにはちょっと引く。
と言うか、まだ私はネクターの片腕に抱えられたままだ。
「なあ、下ろしてくれても良いんだよ?」
「いえいえ、今の私はあなたのお父さんですから。役目は果たしますよ。なんだか変な気分ですが、胸の奥がほわっとしますねえ」
まあ、幼女の足と大人のネクターの歩調が違いすぎるから、移動にはちょうど良いけど。
すれ違う人からも、微笑ましげな視線が向けられている気がするのが、なんだか気恥ずかしい。
保護者役をお願いするに当たって、カイルにはすげえ半眼向けられそうだし、ベルガは、訪ねてくるハロウィンの子供達の応対があるから申し訳ないし、リグリラも似たようなものだ。
結局、会う約束をしていたネクターに頼むしかなかったのだった。
カイルに見つかったら怒られそうだけど、ばれなきゃ良いのだばれなきゃ。
でもさっきからにやにやしっぱなしのネクターを見ると、すんごく心配になってきた。
うっかり自慢でもするんじゃないだろうか。
悩んだ私は、手元にあるかぼちゃ型のマドレーヌを紙袋から取り出すと、ぱかっと二つに割った。
「ネクター」
「なんですか……むぐっ!?」
ネクターがこちらを見た瞬間に、限定マドレーヌの半分を口に押しつけた。
目を白黒させながらも反射的に食べるネクターに、私は満足して表情を引き締める。
「カイル達には内緒なんだからね、ネクター」
とりあえずの賄賂を渡して釘を刺せば、ネクターの白い頬が赤く染まった。
おや、なんか思った反応と違うぞ?
けれども一瞬の硬直の後、首がもげそうな勢いでうなずいてくれたので大丈夫だろう。
私も限定マドレーヌをむぐむぐしていれば、気を取り直したらしいネクターがこほんと咳払いをした。
「ラーワからいただいてしまいましたから、私からも一つ、悪魔さんに貢ぎ物をいたしましょう」
言いつつネクターが提げていた鞄から取りだしたものに、私は目を丸くした。
「それ私かい!?」
ネクターが取り出したのは、デフォルメされたドラゴンだった。
黒と赤が褐色がかっていることや棒についていることからして、たぶんお菓子か何かでできているのだろう。
「ええ、チョコレートで作ってみました。ハロウィンの気分だけでもと思いまして用意してみたんです」
「すごいよ、すごすぎるよネクター」
チョコレートになったドラゴンは、だいぶかわいらしくなっているけれど、確実に私だと分かる感じにはもはや驚きの声しか出なかった。
お菓子作りの腕を磨いているのは知っていたけどね、芸術面にも才能あるんじゃないかい?
「では、悪魔さん、どうぞお納めください」
「ありがと、う……?」
ネクターのかしこまった声音にはっと我を取り戻した私は、反射的に、差し出されたチョコレートを受け取ろうとしたのだが。
なんと、腕が短くて微妙に届かなかった。
あとすこしで包まれた薄紙に手が届きそうなのだけれども、うっかり身を乗り出せば、身体が転がり落ちかねなくて思い切れない。
おのれ、幼女の体めえええ!
妙に悔しくなった私は、なんとしてでも手を届かせようと、片手でネクターの肩をつかみ、ふんすと指先を伸ばした。
けれども、あとちょっとのところで、チョコレートなドラゴンはすすっと逃げてしまう。
……逃げる?
「ふふっ」
「ねーくーたーぁー?」
頭上からおかしくてたまらないといった感じで吹き出だす声がして、ようやく意地悪されているのだと気がついた私は、恨めしく振り仰いだ。
のだけど。
「すみません、あなたが可愛かったものですから、つい。はい、どうぞ」
目の端をほのかに染めて、破顔しているネクターの薄青の瞳が驚くほど柔らかで。
「っ!?」
「どうしました、ラーワ」
「なんでもない、ありがと」
一瞬硬直した私に、いぶかしそうな顔をするネクターに早口で言って、チョコレートを受け取った。
なんか、妙な感じに心臓が動いた気がした。
いや、気のせいだ。私の身体はかりそめなんだし。
それでもなんだかネクターの顔が見れなくて、私は猫耳フードをかぶれば、悲鳴のような声が聞こえた。
「気分を害されましたか!? ご、ごめんなさい、つい出来心だったんですっ!」
そうじゃないんだけどうまく言葉にできなくて。
涙目で謝ってくるネクターになにも言えないまま、私は猫耳フードをかぶり続けたのだった。
その後、大号泣したネクターが、止めるまもなく私を抱えたままカイルん家に突撃して、二人してカイルに怒られたのは余談である。





