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第44話 ドラゴンさんはいちゃいちゃする


 ほっこりほこほこ、お風呂でさっぱりした私は、部屋の前にある縁側に座って、夕暮れを眺めながらぼんやりしていた。


「東和国史上、最小限に抑えられた妖魔災害」になったとはいえ、被害はゼロではなく。


 私が起きてから3日たった今でも非常事態はほどかれていない。

 巫女さん達は家をなくした人たちのために炊き出しをしたり、傷ついた人たちを癒やすための救護所を設置したりして、被災した人たちを受け入れている。

 そういう人的被害もあるし、荒れ果てた森や、白の妖魔だけではなく、魔物の被害でめちゃくちゃになったレイラインの被害も甚大だ。


 そっちの修復なんかは魔族やドラゴンにしかできないんだから、起きた以上、私もそっちに加わろうと思ったんだよ。


 なのにみんなして、「お前はとにもかくにも休め!」って何にも手伝わせてくれないのだ。

 アールにまで「レイラインの修復はぼくに任せてねっ!」って言われてしまって。


 さすがにそれはと思ったんだけど、弱体化しているとはいえ、ドラゴンであるテンが指南役になってやるアールのレイライン調整はそりゃあ堂に入ったものだった。

 どうやらアールがテンに願ったことと関係しているようで。「願い事を聞く」みたいなことを要求して、それでレイラインの調整を教えてもらっている節があるんじゃないかと思うのだ。

 ついでにおじいちゃんもフォローに入るものだから危なげがない。


 それに、テンは魔族達にせっせと指示を出して組織的に修復作業にいそしんでいるから、私がうかつに手を出せないのもあった。

 美琴はほかの巫女さん達とともに忙しそうだし、ネクターは救護所で使う薬の生成を手伝ってるし、私、確かにいなくても大丈夫……。


 まあせめてもの抵抗として、川の近くに大浴場を作ってやったけどな!はっはっは!


 ……んで、避難してきた人たちとともにお風呂に入っていたらみんなに見つかった。


 そしたらアールに泣かれかけたので、今はおとなしく分社の濃い魔力に身をゆだねてお休みしていたのでありました。

 別名、ふてくされている、とも言う。


 お風呂に入ってさっぱりしたけれど、心は寂しい。


 はあーと再び息を吐きつつ、私はさっきのカイルにちらっと聞いた話を思い返す。

 カイルに意識を刈り取られたベルガは、カルラさんに掛け合って融通してもらった封印具をはめて、軟禁中なのであった。


 というか、ベルガ自身があてがった部屋から出てこないのだからしかたがない。

 彼女の本体である魔術銃にも厳重な封印を施して生殺与奪権を握っている状態なのだから、当然と言えば当然だ。


 彼女は間違いなくベルガの魂と魔術銃を核とした精霊だったけど、案の定、私たちの記憶はなく、おじいちゃんとネクターで調べたところによると、彼女に記憶を奪う呪いがかけられていた。

 魂に食い込むほどの深い呪いだから、無理に解こうとすれば彼女自身を消滅させてしまうから、悔しいけれどそのままにせざるを得なかった。


 毎日、暇を見つければカイルが会いに行っているけれど、視線も合わせないらしい。

 私はもちろん、カイルにとってはかなりつらい状況だろうと思ったのだが、当の彼は意外なほどけろっとしていた。


「あの態度、出会った頃のベルガそのままなんだ。記憶がないだけで、あの頃と変わらないんだと思うと、もういっぺん会えたことの方が嬉しくてな」


 だから、ベルガは俺に任せてくれないか。と続けたカイルの意思を尊重して、私もネクターもそっとしておくことにした。

 ベルガから、リュートについて聞けないかなと思うし、私もできれば会いたいけど、たぶんドラゴンってだけで嫌われるだろうしなあ。


「んで、ネクター。そこで何をしてるんだい」


 しょんぼりしつつも、ちらっと振り返れば、障子に隠れるようにして、ネクターがこちらを見ていた。結構怪しいよ?


「あなたがおとなしく休んでいるか、監視しているのです。私は救護所の夜勤がありますので、夕飯後にはアールが参ります」

「もう大丈夫だって言ってるのに……」

「大浴場を使ったあと、倒れかけたのはどなたです」


 はい。私です。

 アールを産んだときとはまた違う魔力の枯渇状態で、どうにも加減がつかめないんだよなあと思っていると、ネクターが隣にやってきて座った。


「いよいよ、わかるのですね」

「うん」


 テンと、おじいちゃんはこの事態がある程度収まったら、きちんと話してくれると約束してくれた。

 話してしまうのであれば、一度にしてしまった方が手間は省けるだろうと。


 ただ、おじいちゃんがあのタイミングで東和にやってきたのは、リュート達を探してだと言っていた。

 テンも、東和の蝕の封印がほころびるタイミングが早すぎる、と漏らしていたし、今間違いなく何かが起きようとしていて、一番状況を知っている二人だと思う。


「不安ですか」

「まあね。でも、きっとなんとかなるよ」


 心強い友達と、何より頼りになる伴侶がいるのだから。

 大好きな誰かがいれば、頑張れる。素直にそう思えるのだ。

 けれど、ネクターは薄青の瞳に決意を宿して言ったのだ。


「私ももっと、知識を身につけましょう。あなたを守れるように」

「十分だよ。あのときも、ネクターがいなかったら、私はテンと同化していたんだし」

「リリィさんのように、強さでドラゴンであるラーワを超えたい、というわけではありませんが。蝕竜の討伐は、あなたにすべて押しつける結果になりました。あなたと対等でいたいという気持ちがあるのに、守られてばかりで情けないです」


 苦笑するネクターが表情を曇らせるのに、私は戸惑った。

 ネクターが情けないって思ったことは一度もないし、私の心を引っ張り上げてくれるのはいつだって彼だったから、守られてばかりなのは私のほうだと思っていたからだ。


 今回の大社へつなげる門作りだってほとんどネクターが陣頭指揮を執っていたし、新しい魔族との契約形態も彼が見つけたようなもので。正直もう、ネクターに魔術の技術力では及ばない。


 さらに言えば、先の蝕竜戦だってネクターが門を守りに来てくれなければ私は帰ってこられなかったし、そもそも言葉でつなぎとめてくれなければ、今の私は居なかったわけで。


 私、かなり頼りきりだったなあとしょんぼりしていたくらいなのだ。

 けど、今、ネクターがこぼした想いは、私が感じていたものと変わらなくて。


 なんだ、同じことで悩んでいたのか、と気づいたらなんだか心がすごく軽くなってしまった。

 と同時に無性におかしくて、思わずくすくす笑っていると、ネクターに不思議そうな顔をされた。


 ごめんね、ちゃんと説明するから。


「仙さんとリグリラみたいな関係になりたい、って言っているようなもんだなあと思ってさ。私たちにはきっと無理だし似合わないよなあと」

「そんなことは……ありますか?」

「あるある」


 あの二人は、”強くなる”という同じ目標に向けてお互いに切磋琢磨し合う関係だ。

 それはそれで素敵なものだけど、私たちになんとなくしっくりこない。

 そう言えば、ネクターは目から鱗が落ちたような顔をしたあと、おかしそうに笑い始めた。


「ラーワを超えようとは思いませんと、私自身が言ってましたのに。なんで気づかなかったんでしょう」

「私はネクターも同じことを考えていたのかあとびっくりだよ」


 私は驚いた顔をするネクターをのぞき込んで、続けた。


「だからさ、得意な分野で補い合うってのはどうだい」

「?」

「ネクターはネクターのできるところ、私は私のできるところで守り合うんだ。きっと私たちにはそれがしっくりくる。少なくとも、お互いの心を守るのはお互いにしかできないだろう?」

「そうですね」


 肩の力を抜いたネクターは、薄青の瞳を和ませてくれた。


「それがあなたを補うことになるのであれば、これからも、私にできることを最大限にすることにいたしましょう」

「私も私にできることを最大限にやって、これからも君たちを守っていくよ」


 そうして見つめあったのだけど、なんだかまじめに言うのがおかしくて、吹き出してしまった。

 しあわせだなあ、としみじみ思っていると、こほんと改めるようにネクターが咳をした。


「まあ、ともかく。約束、まだ、果たしていただいてないのですが」


 約束? と頭に疑問符が浮かびかけたが、蝕竜を倒しに行く前に言ったことを思い出す。

 そういえば、そんなこと言ったなな。


「約束、しましたよね?」


 念を押すように言ったネクターは夕日に照らされて全体的に赤みがかっているのだが、頬がちょっと色が濃い気がする。

 いつも思いっきり押してくるくせに、こういうときは照れるんだ。


 うちの旦那は、かっこいいくせに妙なところでかわいくなるのが反則だ。

 ちらり、ちらりと左右を見て、ちょろっと気配を探っても、周囲には誰もいない。


 ネクターは期待を込めた眼差しで見つめてきている。


 約束はもちろん、喜んで守りますとも!


 私は縁側に置いてあるネクターの手に自分の手を重ねて指を絡めた。

 ちょっと驚くネクターと距離をゼロにして、そっと額に額を寄せて、鼻をすりつける。


「ありがとね、ネクター」


 それからごめんね。

 後半は、心の中でだけつぶやいて、私はネクターと存分にいちゃいちゃすることにしたのでした、まる。
















 夜も更けた室内で、横で眠るアールを起こさないように細密な幻影を作り、そっと抜け出した。

 それくらいの魔力は回復していたから助かった。


 ……どうやって回復したかを聞くのは野暮だよ?


 そうして、外に出た私は、静かに翼を出して、分社の裏手にある鎮守の森へ飛び込んだ。少し進めば、テンの竜珠が使われた要石が納められたほこらがある。

 巫女でさえ、日々のおつとめ以外には不用意に近づかない場所で待っていたのは、主である緑髪を背に流すテンと、木精のおじいちゃんだった。


 相変わらず、テンは子供の姿のままだったけど、3日もたてばけっこう慣れる。

 アールなんて、妹ができたみたいに構いまくっていてちょっとびっくりしたもんだ。


 ともかく。

 そう、私は日中に、この二人から思念話で、話すことがあると呼び出されていたのだ。


 もし、テン一人に願われていたら、私はネクターに話しただろう。

 けど、おじいちゃんが、私だけに話したいと言ってきたのだ。


 思慮深いおじいちゃんがそう結論づける何かがあったのだろうと思ったから、私はこうして一人で来ていた。


「で、二人とも、何を話してくれるんだい」


 とはいうものの、私はある程度用件に見当がついている。

 きっと、テンと同化しかけたときに垣間見た、あの白い竜についてだ。

 おじいちゃんが同席する理由まではわからないけど、ドラゴンだけで解決したほうがいいことなら、私にだけ、声をかけるのもうなずける。


 腕を組んで問いかければ、要石に座っていたテンが、ひょいと地面に降り立った。

 ほんわりと宵闇に輪郭が浮かぶテンは幼い外見でも、いやだからこそひどく幻想的だ。


 精霊の本質を隠していないおじいちゃんも同様だけれど、人あらざるものという雰囲気がする。

 まあ、私も仲間と言えば仲間なんだけどね。


「フィセルがさ、まずは君に話をしなきゃいけないって言うからね」


 なんだか、歯切れの悪い物言いだなと思いつつ、柱に背を預けていたおじいちゃんがゆっくりとこちらを向くのに視線をやった。


「そうじゃなあ。お前さんとは、もうずいぶんな付き合いになるのう」

「なんていったって、生まれたときからになるからね」


 私が火山の中心でえぐえぐ泣いているところに、おじいちゃんがなだめに来てくれたのが出会いだった。

 そこから、この世界のことや、魔術や言葉を丁寧に教えてもらったのだが、もう、五百年以上になるのかと思うと感慨深い。


 おじいちゃんなんて呼んでいるけれど、この世界で親に当たるのは間違いなくこのヒトなのだ。


「おじいちゃんが偶然生まれたての私を見つけてくれなかったら、今の私はなかったよ。ありがとう」


 今更感はあるけれど、この際だからと言ってみれば、おじいちゃんの柔和な表情が少しだけ崩れた。

 悲しみの方向に。


「昔から、わしはお前さんに謝らねばならぬことがあるのじゃよ」

「なに?」

「わしは、お前さんがあそこで生まれることを知っていた」


 意味がよく飲み込めなくて、目を瞬かせていれば、おじいちゃんはそっと私に近づいてくる。

 そうして、私の頬に手を添えた。

 悲しみと後悔に沈むおじいちゃんは続ける。


「なぜならば、お前さんがこの世界に来てしまった原因が、わしにあるのだからの」


 私は、真っ白になった。

 もしかしたら別の意味かも知れないと聞き返そうとしたけれど、おじいちゃんのまなざしには有無を言わさない雰囲気があって、否応なく理解させられた。


 おじいちゃんは私が転生者だと知っていたこと。

 その原因がおじいちゃんだったことに衝撃を受けて、うまく考えられなかった。


 なんで、いまさら、その単語が出てくるのか。


「弟子にも話しておらぬと感じてはいたからの。そしてわしの予想とは正反対にこの世界を好いてくれた。じゃからこそお前さんの判断にゆだねられておる」


 私が絶句している間も、おじいちゃんは言葉を続けた。

 痛みと苦しさを押し殺すような、平坦な声音で。


「世界に崩壊が迫っておる。そして、それを止められるのはお前さんだけじゃ」





 ドラゴンに生まれ直して数百年。

 前世のことなんて、記憶の彼方に飛んでいたけれど。

 根深い何かが、あったようでありました。


これにて東和国編は完結となります。

なるべく早く続編をお届けできたらと思っておりますが、気長にお待ちいただけたら嬉しいです。

感想、コメント、いつも有難く読んでおりました。

ひとまずのご愛読ありがとうございました。


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