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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
東和国編

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第40話 精霊は心に惑う




 ベルガと呼ばれる精霊は、窓から、森の中に蝕の霧と蝕に構成された有象無象がなだれ込む様を眺めていた。

 ここは仲間である絵筆の精霊パレットが作り出した空間である。


 パレットが描く扉によってつながるそこは、今回は東和の国に隣接するようにあるらしく、複数ある窓から自由に外を眺められるようになっていた。

 ベルガは、自分がどうしてここにいるのか知らない。


 この体と意識をくれたリュートの役に立つことが、ベルガの存在意義なのだから、それ以外は必要ないのだ。


 それでも意識があるというのは不思議な物で、ベルガの先輩になるバスタードと手合わせをしたり、屋敷のようなこの空間を歩き回ったり、パレットが絵を描く様を眺めたり、ごくまれに、リュートの弾き語りに聞き入ったり。


 穏やかで幸せな日々だ。


 けれど、ひとたびリュートに願われれば、ベルガは何だってした。


 ベルガは魔術銃の精霊で、誰かを倒すためだけに存在するのだから。

 バスタードとともに、多くのモノを屠り、リュートに褒められるたびにベルガは無性に嬉しくなる。

 ああこのために己は存在していると、実感できた。


 だというのに。


「何を考えている」


 太く巌が話すかのような声を投げかけられてベルガが顔を上げれば、その声にふさわしく堂々とした体格の男の姿をした精霊、バスタードがいた。

 パレットは絵を描いているか、ぼんやりとしているかだし、リュートは方々を飛び回っていて忙しい。


 必然的に彼と顔を合わせることが多いのだが、なんとなく安心するような気がして、よく話すことが多かった。

 いつもと同じく、その背には本体となる肉厚の大剣が背負われていて、見下ろしてくる瞳は思慮深く理知的だ。


 訳もなく責められているような気がして、ベルガは黙りこくる。

 だというのに、彼はベルガが見ていた窓の向こう側を見て続けた。


「助けに入りたいのか」


 自分の思考を見透かされたようで、肩が震えたベルガだったが、首を横に振った。


「リュートは外には不干渉っていったもん。それに、あいつはリュートの敵だ。助ける義理はない」

「敵……? ああ。迷宮で遭遇した魔族がいるのか」


 バスタードが今気づいた様子なのに、ベルガは自分が先走りすぎたのだと知ってかっと頬が熱くなった。

 あの溢れるような蝕を……正確には大地を埋め尽くすような群れを見ていると、ベルガは不安で落ち着かなくなる。


 怖い、と思うのは当然だ。ベルガはリュートからあれがどう言うものか知らされているのだから。


 なのに、そこに迷宮で相対したあの魔族が現れたとたん、ぎりぎりと絞られるような焦燥に変わっていたのだ。


 こんなの知らない。知らないはずだ。

 なのに、いてもたってもいられないような心地にさせられる。


 あの背を守らなければいけないなんて、あり得ないのに。

 だって、あの魔族に出会ったのは一度きりで、敵だったのだ。

 自分の銃を捧げたのはリュートだ。そのはずだ。


 見ることをやめればいいのにそれもできず、ベルガは膝を抱えて、その窓のむこうで雷を引き連れる一体の魔族を見つめるしかなかった。


「ベルガ」


 はじかれたように顔を上げたベルガが振り向けば、そこには淡い髪色に楽器を背負った青年リュートがいた。


「リュート! お帰りっ!」


 それだけで、ぱっと心が明るくなるのだから、きっとさっきのなんてただの気のせいなのだ。

 ベルガは勢い勇んで立ち上がったのだが、リュートが複雑な表情をしているのに戸惑う。


「リュート?」

「気になるの?」


 リュートにも見破られてしまったベルガは、怒られるだろうかと身をすくめてうつむいた。

 だから、彼が、痛みを覚えているかのように同じ窓を見ているのには気づかなかった。


「僕は君に、僕の望みを叶えるのを手伝って、と言ったよ。そのために呼び覚ましたのだから」


 それに同意したから、ベルガはこうして精霊として形を取っている。

 だから首を上下させてうなずいたのだが。


「けど、それ以外については、君が何をしても僕はとがめないよ」


 顔を上げれば、リュートは笑ってもいなければ怒ってもいなくて、ベルガは混乱した。


「で、でも……」

「パレットにあれは描いてもらってる? ならいい。鍵を忘れると帰ってこれなくなるから、それだけは気をつけること」


 じゃあね、とばかりに身を翻して去って行くリュートに、一瞬頭が真っ白になる。


 行ってはいけないと、言われなかった。

 あんな奴知らない。ベルガの銃を捧げるのは、リュートだ。


 わからない。わからないのに。


『ベルガ!』


 あの声が頭から離れなくて。

 気がつけば、ベルガは目の前の窓を開けていた。











 ベルガが窓から飛び降りたのを確認した後、リュートはぽつりとつぶやいた。


「ただ僕は、君の記憶を奪っているのだけどね」


 自分には後悔をする権利などない。する気もない。それでも滑り出したのは罪悪感だった。


「ずいぶん感傷的になっているな」


 声をかけられて、リュートは隣にたたずむ大柄な剣の精霊、バスタードを見上げた。


「君は僕を恨んでいるかい」

「自分の記憶は、忘れてしまわねば、この姿を保っていられないたぐいのものだったと、その記憶がない今ですら感じている。なくすことで、ようやく安寧が得られていると」

「……そっか」

「自分の剣はお前の力だ。自由に使うといい」


 とんと、背中をたたかれたリュートは、しばしうつむいた後、顔を上げた。


「この騒ぎが終わったらすぐ動けるように準備をするよ。あの子には足止めをしてもらう。あの様子だと、以前に因縁があるみたいだし」


 そう。足止めだ。

 近くで、なおかつ知り合いであれば、気が取られるだろう。

 リュートが目覚めさせたベルガは精霊としての器を強化して、蝕への対策もしてある。


 遠距離での攻撃ができる彼女は蝕を屠るのに適していた。魔族よりもずっと強い。


 ベルガが飛び降りていった場所は、華陽にほど近い分社の一つだ。

 あの竜の仲間の足止めにはもってこいだろう。


 だから、脳裏に亜麻色の髪と黄金の瞳の子供の顔が浮かぶせいではない。

 自分にとって大事な黄金は一つだけなのだから。


「パレットに話さなきゃな。行くよ」

「わかった」


 リュートはもやもやとする気持ちを押し込めて、足早にパレットがいるはずの部屋へ向かった。









 *










 カイルは、美琴とともに禁域の一つにいた。


 分社には結界の要となる「神体」なるものがあるらしい。

 それを壊されなければ、結界は揺らがず、蝕は禁域の外へは出て行かない。

 だが、溢れた蝕はすでに様々な幻獣や魔物の形をとって徘徊を始め、手当たり次第に生ける者を取り込まんとしていた。


 ほかの魔族と守人巫女共々、至上命題は分社を守ること。その一点につきる。


 ラーワ達が大元である蝕竜を倒すまで死守できれば、こちらの勝利というのは非常にシンプルでわかりやすいと、カイルは思った。

 この分社は山間に位置しており、足場は悪いものの、防衛しやすい城の体を成している。


 おそらく、こういった魔物の襲来を予期した上での作りなのだろう。

 カイルが見たのはセンドレ迷宮で見た白い霧だけであり、実体(といっていいものか少々迷うが)をとった蝕……こちらでは無垢なる混沌となった獣たちを見るのは初めてだ。


 だが、つかみ所があり、さらには自分たち魔族が触れても多少は大丈夫になった、というだけ十分だと思うのだ。


「ミコト、右前方来るぞ」

「はいっ」


 勇ましく返事をした美琴は、大社より借り受けた杖に雷電をまとわせて振り抜く。

 瞬間雷電は狙い違わず走り、突進してこようとしていた鹿型の白の妖魔を霧散させた。


「でき、た!」


 達成感に狐の耳をぴんと立たせた少女の黄金の髪には、今焦げ茶色の一房が混じっている。


 魔力を、存在の力を共有した証だ。

 カイルと美琴が交わした契約は、実際にこの国で成されている盟約とはまた違うものだが、蝕に対抗できる術式を使えることは変わりがないため、かり出されていた。


 はじめ、この狐人の少女は白い霧に飲まれ塵となる植物を前に、杖を握りしめて青ざめていた。

 自分で立候補したとはいえ、さぞ恐ろしかろう。

 それでも、彼女はその狐耳を勇ましく立たせ、尻尾を揺らめかせて立ち向かっている。

 この娘は手練れとはいえ新兵と変わらない。


 ……正直言えば、年頃の少女にこのようなことをさせるのは気がとがめもする。


 その分、彼女が良き戦い手となれるよう導いてやるのが、年長者としての義務だ。


「これでわかっただろう。白の妖魔が怖い物なのは確かだが、術を使っている間は、ただの魔物と変わらん。君の技量なら過剰に恐れる必要はない」

「っ!」

「大丈夫だ。取りこぼしは俺がつぶす。思いっきりやれ」


 美琴が再び杖を構えるのに、その後ろ姿に重なる古い記憶を思い出しながら、周囲の魔力を練り上げる。

 そして己の魔法である、雷と風に変えて、二陣が来るのに合わせ一番層の厚い部分の白の妖魔を次々に殴り飛ばしていった。


 白の妖魔も魔物と変わらず、魔力の強いものへ向かってくる性質があるようだ。

 ゆえに妖魔は分社へ迷わず走ってくるし、人よりは魔族である己の方へやってくる。

 自分が引きつけ攪乱している間に、美琴が正確に討ち果たしていけば、なんとかなるだろう。


 だが、状況は思った以上に厳しい。

 もちろん分社の防衛にはほかの魔族と巫女達もいるのだが、思った以上に動きに精彩を欠いているのだ。


 原因は、慣れない契約だ。


 契約をした魔族は、強制的に人の姿を取ることになるらしい。

 人の一部を反映するための副作用だが、今回初めて契約を交わした魔族達が、慣れない体と弱体化した魔力に四苦八苦しているせいで、うまく連携がとれていなかった。


 兵の練度が足りていない中、実戦に放り出しているようなものだが、戦力がとにかく欲しい中では目をつぶらねばなるまい。

 幸いにも、契約自体は有効のため、今のところ脱落者はいないようだから、時がたてば魔族も人型に慣れて来るだろうが、人のほうの体力が持つか、という問題がある。


 森の中で遮蔽物が多い中、守りに徹しているためなんとかなっているが、白の妖魔以上に黒の妖魔、魔物も続々と現れるため、休む暇がないのが現状だ。

 だから、ましに動けている美琴が前線に出続けているのだった。







 案の定、何度か黒の妖魔と白の妖魔との交戦が続き、美琴は苦しそうに荒く息をつく回数が増えてきた。


 休ませなければ後が続かないだろう。


 だというのに、瞳から強さを失わない美琴に、カイルは麦穂色の女を思い出していた。

 自分が最前線に立っている間は、何があっても後衛を降りようとはしなかった。

 彼女に無理をさせないために適度な配分を覚えて、結果的に円滑に動けるようになったのはいい思い出か。


 つい、口元がほころぶのに気づいて引き締める。

 当時は危なっかしいだの、死ぬ気か!? と怒鳴られたことも数あったが、ネクターかベルガが必ずいたからとれるリスクだったのだ。


 今は、ネクターはいない。ましてや、彼女とは敵対する間柄だ。


 あの時と同じ戦い方はできなくとも、動ける自分が守らなければなるまい。


「カイルさんっ!」


 美琴がすこし血の気の引いた顔で指示したのは、その白い長い巨体をうねらせて虚空を突き進む白の妖魔だった。

 蛇によく似たそれは確かミズチといったか。


 遮蔽物のない空から飛んでこられたら、分社にたどり着くのは容易だろう。

 悪いことに、地上からも複数の白の妖魔が襲いかかってくる。


 遠距離魔法の使えるネクターがいれば、ミズチを任せただろう。

 ベルガであれば……いや、これは考えても意味がない。


 あの高度では、美琴の扱う魔法でミズチに届くか届かないか。

 若干地上の方が到達するのが早い。


 綱渡りになるが、彼女の魔術で気を引いているうちに、地上の白の妖魔を掃討して行くしかない。

 あと一人、手が足りれば。だがないものねだりをすれば死人が出る。


 カイルは覚悟を決め、美琴へ指示を出しかける。






「一斉掃射」






 無数の魔力の光が、すさまじい音を立てて地上をうがった。

 光の雨のように降り注ぐ魔弾は、寸分違わず、地上の白の妖魔をとらえ、消滅させていく。


 それを見たとたん、カイルは魔力を込めて空へ飛び上がっていた。

 一瞬で上空のミズチに肉薄したカイルは、雷をまとわせた杖を全力で叩きつける。


 甲高い衝撃音とともに、霧散したミズチにはもはや興味はなく。


 地上に降り立ったカイルは、同じく少々離れた位置に舞い降りた、麦穂色の髪を結い上げ暗色の衣を纏う娘を凝視する。

 紛れもなく、それはセンドレ迷宮で去って行った自分の妻であるベルガだ。


 あの日から追い求め、幻かと思いすらした彼女が何の兆候もなし現れて、複雑に渦巻いている想いが胸に詰まり、カイルはとっさに言葉が出てこない。

 麦穂色の瞳が、カイルをとらえる。


「ベル……」

「お前なんか知らない」


 呼びかけを打ち消すように重ねられた言葉と冷めた眼差しで、彼女は以前会ったままだと知る。

 だが娘は、魔術銃を無造作に打ち込み、仕留め損ねていた白の妖魔を消滅させた。


「だけど、こいつらは倒す」


 その決意のこもった横顔を見た瞬間、カイルの渦巻く胸中は晴れてしまった。

 あの時、ベルガであれば、地上の妖魔を足止めし、一点突破に長けているカイルが空中の妖魔を討ち果たす時間を作るだろうと、そう考えた。


 今は殲滅になっていたが、あの絶妙なタイミングはまさしく彼女のもので。

 それを実感して、覚えていなくとも敵対していようとも、彼女がここにいることが無性にうれしく感じられてしまったのだ。


「ああ。行くぞ、ベル。背中は任せた」

「っ!? 馬鹿! 突っ込んでいくな!!」


 虚を突かれたように目を丸くしたベルガが叫んでいたが、きっちり魔術銃を構えているのがますますおかしい。


 だが、笑うのは後だ。

 まずは、目の前の白の妖魔どもを一掃することに集中しようと、カイルは自らの魔力を練り上げ突進していったのだった。



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