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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
東和国編

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第39話 ドラゴンさんと抗う人々


 帝さんがゆっくりと歩いてくるのに、私は驚いて目を丸くした。


『君、戻ってなかったのかい!?』

『戻ったぞ。だが今を逃せば、大社の神と話す機会は二度と巡ってこぬと思ったからな。最低限の指示だけ飛ばし、戻ってきたのだ』


 平然と言う帝さんは直ぐさま、黒い瞳を怖いくらい真摯に引き締めてテンを射貫いた。


『大社の神よ、確かに、柱巫女の意義はわかった。だが、先の発言はいただけぬな』

『なんだよ?』

『我らだけでは処理が追いつかない、というくだりだ』


 そこで一呼吸を入れた帝さんは、未だに虚空へ浮かぶ画面をにらむように眺めて続けた。


『神よ、噴出地点はこれですべてか』

『そうだよ。そもそも禁域はどうしても封印が薄くなる場所だから、分社があるんだ。一番に混沌が氾濫する』

『つまりは、通常と変わらぬと言うことだな。なら行ける(・・・)

『……なんだって?』


 いぶかしげな声を上げるテンに、高速で算段したらしい帝さんは怖いくらい真剣な眼差しで言った。


『大社の神よ、この場は各地の分社の門へつながっておるのだろう。ならば大社を経由して各地へ向かうことも可能だな。城にいる契約を成した守人と巫女をここから送り込む。道を開いてはくれまいか!』

『はあっ!?』

『すでに神々と盟約を成した守人と巫女は、城へ集まるよう通達は出している。さらに、試験的にであるが、神々との仮契約を結ぶ術式を取り入れた。大社の巫女たちも戦力として数えれば一日は持つ!』


 その力強い返答にテンはあっけにとられていた。

 にらむように射貫いた帝さんの背からは、ゆらりと燃え立つような気迫がみなぎっていた。


 そう、あきらめるものか、という強い意志が。

 けれどテンはぐっと険しい表情でにらみ返した。


『一日? それだけ持たせてどうするんだい。あたしが封じた無垢なる混沌は膨大だ。5000年前に滅し切れなかったものを、まさか、つきるまで戦い続けられるとは思っていないだろう?』


 平然と、いっそ冷徹なまでに言い切るテンだったけど、その瞳には苦渋が見える。

 それがわかっているように、帝さんはひるまず言った。


『だが、それだけあれば、また別の策を講じることができよう?』

『そうだよ。それだけあれば、私が君に体を貸して封印しなおすことも。―――あの蝕を倒すことだってできる』

『えっ……』


 目をまん丸に見開いて私をみるテンと真琴に、私は覚悟を決めて続けた。


『私はドラゴンだ。同じ種族なんだから元から魔法が使えるし、魔力の相性だって問題ない。なら真琴よりもずっと適役だ。……というかさ、テンさん、あの白い竜は君にとってもイレギュラーなんだろう? 今までと同じ手で納められるのかい』

『……っそ、れは、』


 目をそらしたテンは言いよどんだけど、その反応で怪しいことはわかった。


『テンさん、私はすごく君にわだかまりがあるけれど、ドラゴンとして蝕の存在を放ってはおけないし、仙さんや美琴の故郷である東和のことは結構好きだ。だから、全面的に協力するよ』

『助けて、くれるのかい?』


 面食らった顔をするテンに、私はわざとらしく腕を組んで、言ってみせた。


『終わったら、蝕について、5000年前に何があったかも、きりきりはいてもらうからね?』


 それから「世界を救ってみないか?」という言葉の意味も。


『それに、ある意味チャンスだよ。だってあの白い竜はどう考えても封じた蝕の根幹になるものだろう。倒せば、大半の混沌が消滅する。それならいっそのこと、今すべて解決しちゃおう』

『そなた、なかなか良い提案をするな』


 とりあえず帝さんに肩をすくめて見せて、私は呆然とするテンと真琴を見つめた。


『ねえ、少なくとも、真琴を殺さないですむ手立てはできたよ』

『わたくし、は……』


 どう反応していいかわからないとでも言うように、ぼんやりと赤い瞳をまたたく真琴はふいに離れた美琴を戸惑ったように見ていた。

 美琴は涙を服の袖で拭うと、決意を宿して宣言した。


『私だって、巫女です。私も、契約してくださる方ができました。だから、東和を守る盾となれます。お姉ちゃん一人には背負わせません』

『……っ!』


 そうしてカイルの傍らに立った美琴に、真琴はこらえきれなかったように顔をゆがめてくずおれる。

 真琴と美琴のやり取りを見ていた帝さんは、テンに向かって言った。


『そなたがどれほどの労力を裂き、涙をのんでこの地を守護してきたかは柱巫女の話で理解した。――だが。人とて、いつまでも同じままではないのだよ』


 すうと、息を吸った帝さんは、ふてぶてしく口角をつり上げて笑って見せた。



『あまり、東和をなめてくれるなよ』



 呆然とするテンは、激情をこらえるように下を向いていたかと思うと、顔に手を当てて空を仰いだ。


『ああ……もうっ。だから大好きなんだ君たちが!』


 うれしくてたまらないとばかりに漏らされた声はどこか湿っていて。

 けれど私たちを向いた彼女は憑き物が落ちたような様子で、不敵に微笑んでいた。


『5000年の後回しに、けりをつけよう。君たちの考えを聞かせてくれないか』


 



 *





 以前、私たちが帝さんに提案したのは、魔族と人との一時的な契約だ。


 蝕を倒すには、協力しなければならないが、それ以外にも制約が生まれる盟約はひどく重く、さらに神聖視されている。それが、盟約をしようとする者がひどく少ない理由だ。

 けれど、この東和の魔族達は、多かれ少なかれ東和が好きで残っているし、人にも魔族と共に生きることに抵抗はない。


 だから蝕を倒す、その一点だけで共闘関係を築くための、一時的な契約方法を提案したのだった。

 ネクターが成長させた精霊樹の葉を触媒にして、その葉が枯れるまで、あるいは用をなさないほど粉々になるまでの契約だ。


 もちろん、魂に結んだ盟約よりはずっと軽く、人が魔法を使えることはないし身体能力が上がることもなく、魔族が人の魔力を手に入れることもできない。

 それでも、蝕に耐性をつけるには十分で、そうすれば、魔族は魔法を振るえばいいし、守人なら対蝕用に鍛造された武器を、巫女ならば最高の結界術がある。


 けれど、それは、魔族と人の強い絆を大事にする東和の考えに反することでもあって。


 だけど、帝さんがひそかに未契約の魔族、人の双方に提案した結果、魔族の八割が守人、巫女と仮契約をしていた。

 魔族は八百万(やおよろず)とはいかないまでも数百は居る。その八割だから、7つある分社に分散させても十分戦力がいきわたった。


 すごい、ことだと思う。


 だって、魔族が、一時的とはいえ、自分たちより弱い人と、肩を並べることを自ら選んだのだ。

 百年では変わらずとも、数百年あれば魔族ですら変わる。


 テンが、5000年かけてつなげてきたことは、確かに実を結んでいたのだ。


 そうして、帝さんの指示のもと、強化した華陽の門から、続々と各地の分社へ肩を並べて消えていく魔族と東和の人たちを、テンはぐっと何かをこらえるように見つめているのが印象的だった。








 *







 ぴしり、と大社の空に亀裂が走って、障壁がもう保たないことが知れた。

 真琴と大社の巫女たちが”門を”開き、指示を受けた魔族と守人、巫女たちがそれぞれの戦場へと向かい終えたところまで保ったのが、幸運だったのだろう。


 けれど今も蝕が溢れて各地が寸断されたような状況になっている中、この通り道が使えないのは大きな痛手だ。

 それでも万が一のことを考えれば仕方がないと、被害が広がらないように門を閉じようとしたが、その前に、白と毛先に薄紅を乗せた亜麻色の髪が門をくぐってきて、同時に大地へ杖をつく。


 詠唱はすでに唱え終えていたのだろう、たちまち強固な対蝕の結界が水の門を押し包むように展開された。

 来るとは思っていなかった私とテンは驚いて、そろってネクターと真琴を見た。


「ネクター!? 君はむこうで魔族たちの簡易契約をサポートしているんじゃ。そもそも門は!?」

「必要分の精霊樹はおいてきましたし、門の管理はほかの巫女に任せてきました。それに、ここを閉じれば蝕を倒した後、どうやって現実世界に帰還するのです? 再び空間を開けるだけの魔力が残っていない可能性も考慮しなければなりません」


 矢継ぎ早に言ったネクターの顔が険しく、薄青の瞳を曇らせているのに、少ししゅんとする。

 テンの依り代になって混沌に飲まれた竜……蝕竜を倒してくるって勝手に決めてしまったからなあ。


「……怒ってる?」

「怒ってはいません。ただ、あなたが蝕を倒しに行く、というのはそれしかないとわかっていても、手伝うことのできない悔しさはありますよ」 


 恐る恐る聞いてみれば、ネクターは正直な胸の内だろうことをぽつりとつぶやいた。

 やっぱりと思っていると、彼は少しだけ表情を緩ませて続けた。


「ですが、私にはできないことです。ならば、私ができることで、あなたを支えましょう」


 隣で、東和の呪文字がきざまれた杖を立てる真琴も、緩やかにと微笑んだ。


『わたくしとて柱巫女、常とは違うお役目なれど、東和を守るお役目は果たして見せましょう』


 その表情は、すこし複雑そうだけど、どことなく明るいように思えた。


 とうとう空の亀裂が決定的なものになり、白い霧があふれ出してくる。

 声なき声とともに、あのこちらの心まできしむような、ぞわっとした感じがいっそう強くなった。


 溢れる白い霧がぶつかっても、ネクターと真琴の結界は小揺るぎもしなかった。


 これほど頼もしいものはない。


 カイルと美琴、リグリラと仙次郎も、それぞれ戦場へ行ってくれていた。

 ネクターは対策をとっていかなかったリグリラと仙次郎を案じていたけれど、私は知っている。


 二人がすでに契約をしていることを。

 二人がそろっていなくなって帰ってきたことがあってさ。手合わせしに行ったんだろうと思っていたんだけど、二人の……特にリグリラの雰囲気が変わったことがあったんだよね。

 ものすごく落ちついたっていうか、距離が近づいたっていうか。

 それでこっそり聞いたら、数分黙りこくった後、「引き分けですわ」って!


 ひきわけ。つまり、勝負がつかなかった、ってことだ。


 すごく悔しそうな雰囲気を装っていたけど、リグリラはものすごく嬉しそうだった。

 ちょっと、いや、かーなーり見たかったけど。これは二人の大事なコミュニケーションの一つだし、特別なことだから恨み言はなしだし、むしろ手放しで祝福したい。


 まあ、ともかく。今大事なのは、背中はきっと大丈夫だってことだ。


 頼もしさにうれしくなりながら、私は厳しく表情を引き締めて、結界の維持をする超かっこいいネクターに近づいて、頬に唇を寄せる。


「っ!?」

「行ってきます。帰ってきたら口にちゅーしようね」


 人差し指を唇に当てて、してやったりと微笑んでみせれば、ネクターはそれでも術式は乱さなかったけど、悔しそうに顔を赤らめていた。


「約束ですからね! 後でやっぱやめたはなしですよ!」


 やけっぱちなるネクターかわいい。

 うはは、すっごく元気出た!


 その隣で真琴がまあって感じに顔を赤らめているのは、ちょっとやっちゃったな感はあるものの、これくらいの役得はあっていいだろう。


「まったく、見せつけてくれるなあ。いいもんね、いいもんね、後でまこっちにもふもふさせてもらうもんね!」

「旦那がいる特権だからね。さあ、来なよ」


 テンが妙に悔しそうにするのに、そう返した私は両手を差し出す。

 神降ろしという大仰な術式を使わなくても、同族である私たちなら、ドラゴンネットワークをつなぎ直すだけで事足りる。


「行くよ」


 テンが私の両手に自分の手を重ね合わせて、額を合わせた瞬間。

 私の精神にテンの意識がすべり込んできた。


 精神体なのに未だに圧倒されそうな魔力を有している彼女に、一瞬、混じり合いかけるけれど、あらかじめ用意しておいた意識の壁を立てて事なきを得る。

 でも、長くこのままでいると、いろいろ筒抜けになるのは明白だ。


 《短期決戦だ。準備はいい?》

 《もちろん》


 とうとう亀裂から顔を出した蝕竜をにらみつけ、私はドラゴンへ戻ったのだった。



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