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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
東和国編

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第38話 ドラゴンさんと守りたい人々



 このへっぽこ竜なテンには文句を山ほど言いたいが、とにもかくにもこの状況を切り抜けることが先だ。

 私は胸の竜珠を意識して、本性の黒い鱗に赤い皮膜を携えたドラゴンの姿になって反転する。


 幸い、この空間には大量の魔力が揺蕩っているし、蝕の竜もあれだけ凝っていれば当たりやすいし、対蝕用の魔法は十分効くはずだ!


『我呼ビ起コスハ 衰滅ノ焔!』


 定義された魔力は新たな事象として赤々とした炎に変わり、眼前の白い竜へと襲いかかる。

 対蝕用に全力で改良した魔法だ、押しとどめられるはず。


 と、思ったのだが、白い竜がひと吠えした瞬間、魔法が使われる気配がして、空間がゆがんだ。

 すると巻き込まれた炎が一気に消滅してしまったのだ。



 うっそ!?



 驚く間もなく、蛇体をくねらせて突進してくる白い竜を、紙一重でさけてすれ違う。

 冷や汗をかきつつ、身を翻しては襲ってこないことにわずかにほっとしたが、あの消滅現象には動揺するばかりだ。


 一瞬、蝕によって魔術のように消滅させられたのかと思ったけど、それにしては様子が妙だ。

 蝕に接触する前に、急速に炎が消えていったようで。


「うわあっ!?」


 暴れる竜は、今度はテンを追いかけ回していたが、目の前に居たテンの姿が消えたとたん、全くあさっての方へ身体をくねらせていった。

 探すそぶりも見せないところから、どうやら自我はないようである。


 いや、あったらあったで怖いんだけど。


「ひええ、危ない危ない」


 そんな風につぶやきながら、私の傍らに現れたテンに勢い込んで聞く。


「なあ!? 今魔法が消えたんだけど!」

「そりゃあ、あれだね。あいつの周辺の時間がゆがんでいるせいで、魔法が届く前に消滅してるんだよ! さーすがあたし!」

「喜ばないでくれよ!?」

「わ、わかってるから!!」


 割と本気で怒鳴れば、テンがしゅんとするけど、思念話がつながれる気配がした。

 それはネクターからで、ここは大社とは完全に断絶していないのかとどうでもいいことを考えたのだが、焦燥にあふれた思念に一気に緊張した。


《大変ですっ! 東和国内の各地で無垢なる混沌があふれ出したとの報告が続々と入ってきています!》

「なんだって!?」

「なにがあったの?」


 思わず声に出して叫べば、テンが真剣な眼差しで問いかけてくる。

 出し惜しみしてもしょうがないと思念を繋げば、テンは顔色を変えた。


《その混沌があふれたのは分社!?》

《え、ええ分社の禁域を中心にだそうで、今巫女と守人が魔族と共に対応しているそうです》

《っ! 君んとこに全部の巫女を受け入れられるスペースはあるね! あるって言いなさい! 28人と複数人送り込むから! は、門の強度が足りない? んなもんうちの子が強化する!!》


 テンはものすごい剣幕でネクターに矢継ぎ早に言った後、思念話の範囲を一気に広げて、叫んだ。


《あたしの子供達、聞こえているね。封印がゆるんだ。くりかえす、封印がゆるんだ! 大社は放棄するっ。空いている門から直ちに退去しなさい!》


 私も巻き込まれてつながっているから、巫女達がさざ波のように返事をするのが聞こえた。

 それを感じ取っていると、蝕の竜がこちらに気づいた。

 再び蝕の竜が吠えれば、今度は白い霧が固まりとなって襲いかかってくる。


『我求メルハ 破邪ノ盾!』


 私が紡いだ不可視の盾は、今度はしっかり蝕を防いだ。


「テンさん蝕に耐性は!?」

「魔族よりも皆無だよ!!」


 つまりちょっとでも触れたら確実に消滅するってことだね!

 眼下はすでに白い霧の海となっていて、ゆらゆらと上空へ立ち上ってこようとしていた。

 異空間がきしむ音すら聞こえてくるようだ。


 この空間も早々持たない、と思っていると、傍らに浮かんでいたテンの深緑の竜体が消えて人の姿になる。


「跳ぶよ!」


 服をはためかせながら私の背に乗ったテンがそう叫ぶと、視界が揺らぎ、そこは大社の上空だった。

 背後を見ればあの白化した竜はいない。けど、まだ背筋を這うような怖気は続いている。


「あの竜は!?」

「一時的に壁を作っただけ。あそことここは空間的に地続きだから、あれだけ蝕があふれて魔法をばかすか撃ってれば直に来る! その前に全員避難させるよ!」


 言外に込められた手伝えの言葉に否やはない。

 私ははやる気持ちと不安を抱えながらも、広場へ続々と出てくる巫女さん達の元へ降り立ったのだった。





 

 *




 巫女さん達の行動は迅速だった。

 手荷物は最小限で、門の開いた庭へ慌てず騒がず、でも速やかに集まっていた。

 見慣れないはずのドラゴンの私が近づいてきても、少し驚いただけで騒がない。


 その中に頭一つ分背が高いカイルの姿を見つけたのだが、なぜかその傍らでは美琴と真琴が言い争っていた。

 いや、正確には黄金の髪に耳を膨らませた美琴が一方的に語気を荒げるのに、真琴が静かに首を横に振る、と言う感じだ。


 一体どうした、と私が人の姿でそばに降り立てば、美琴が悲鳴のように叫んだ。


『なぜ、お姉ちゃんは残るのです!? 早く行きましょう?』

『それはできないのです』


 諭すように言った真琴は、私とテンの姿をみとめると、丁寧に頭を下げた。

 その表情はいっそ場違いなほど静謐で、この世のものではないようで、少し息を呑む。


 傍らにいたカイルを見れば、そっと教えてくれた。


「アールは先に向こうに行かせた。ネクターが面倒を見ているはずだ。だが、ミコトの方はそこのマコトともめて立ち往生しているんだ」

「ありがとう、君は」

「ちょっと、な」


 言いよどんだカイルが見るのは美琴だ。無理ないだろう、保護する予定だった子をおいてはいけないだろうから。

 その気づかいに感謝をしつつ、アールがすでにむこうにいることにほっとしたけど、私はうすうす真琴がここに残ると言っている理由に心当たりがあった。


 案の定、真琴はテンに歩み寄ると問いかけた。


『テン。状況を教えてくださいな』

『まず、要の結界が崩れた上、あたしの実体を取り込んだ竜が異空間で暴れている。それに伴って、各地の封印も緩んで黒と白の妖魔が生じているだろう。かつて無い封印のほころび方だ』

『つまり、再封印が必要なのですね』

『……ああ。そうだ』


 苦渋に満ちたテンに、真琴は淡く微笑むと、両手を自分の胸に押し当てた。


『では、わたくしの身体を使ってくださいませ。柱の儀を今ここに』


 その言葉に、周囲を囲んでいた巫女達の反応はそれぞれだったけど、みな穏やかな受け入れるような雰囲気だった。

 きっと、すでに別れは済ませていたのだろう。


 だけど、そこに飛び込んできたのは黄金色の髪と、狐の尻尾を揺らめかせる美琴だった。

 真琴へと駆け寄った美琴は、泣きそうに顔をゆがめた。


『なんでですかっ。お姉ちゃん。どうして受け入れられるのですか! それを、受け入れたら、お姉ちゃんは……っ』


 そうして美琴は言葉を詰まらせてしまったけど、私は、それで彼女がすでに柱巫女の本当のお役目についてすでに知っているのだとわかった。

 真琴は、すこし目を見開いて驚きの表情を浮かべたけど、愛おしげに目を細めた。


『わたくしは柱巫女。テンを受け入れられる巫女は、わたくししかいませんもの。それに、今やらねば東和は絶えます』

『っ!』


 彼女をそれ程知らない私でも驚くような怜悧な表情で告げた真琴に、美琴が息を詰めれば、テンが無造作に片手をふるう。

 すると、虚空に複数の画面のようなものが浮かび上がり、映像を映し出した。


 そこには、おびただしい量の白い霧と、蝕で構成された獣たちが大地を埋め尽くさんばかりに溢れている。

 各地のリアルタイムの状況なのだろう。センドレ迷宮以上の状況に私は息をのんだ。


 呆然と画面を見上げる美琴にテンは言った。


『これだけの規模になってしまうと、とてもじゃないけど君たちだけじゃ白の妖魔の処理は追いつかない。もう一度、封印を再構築しないといけないんだ。巫女なら、わかるね』


 声をなくす美琴に、真琴はふんわりと微笑んだ。


『あなたと、東和の平和を守れるのでしたら、これ以上ないほど名誉でやりがいのある、大事なお役目ですよ』


 柔らかく言い聞かせる真琴に、美琴はしゅんと狐耳をしおらせた。

 わかってくれたと思ったのだろう、真琴は少し寂しそうにしながらもほっとしたように息をつく。

 そして見計らったように、まだ残っていた巫女さん達が美琴の肩を抱いて、連れ出そうとした。




 けれど。その手が届く前に、美琴は一歩真琴へ踏み出した。




 彼女は幼い子供のように、真琴の巫女服を握りしめる。




『……いやです、いや』




 真琴は、赤い瞳を見張る。

 黒い双眸から涙をあふれさせながら、幼い子供のように首を横に振った美琴は、激しい感情を顕わに叫んだ。



『お姉ちゃんがいなくなって成り立つ平和なんて、全然幸せじゃありません!!』



 逃がさないとばかりに抱きつかれた真琴は、途方に暮れたように呆然としていた。


 そうだ、そうなんだ。これは、そんな理屈で納得できるようなものじゃない。


 きっと、物わかり良く納得して離れるほうが、東和の民としては正しくて、褒められることなのだろう。

 でも、どんなきれいなご託を並べたって、たとえ本人がそれを受け入れていたって、大事な人が居なくなるというのは、たとえようもなくつらいことなのだ。


 真琴の表情が初めてゆがむ。

 彼女は、その意思を固めるためにどれだけ泣いたのだろう。どれだけ苦しんで、どれだけ悩んだのだろう。


『美琴……』

『なにか、ないのっですか! ほかになにか……っ』


 嗚咽を交えながら言いつのる美琴の背後に、大きな人影が立った。


『よくぞ言った、天城(あまぎ)の次女よ』


 それは、冠を脱いで、正装を少々着崩した帝さんだった。


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