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第34話 ドラゴンさん達は動き出す


 ご飯を食べた翌朝、帝さんに協力する旨を告げて、さっそく門の準備にとりかかった。


 カイルはだいぶ魔族の体に慣れたのか二日酔いもなく、宣言通りネクターがトラウマになっている術者さん達のもとに赴いて、ネクターの緩衝材兼通訳として動いてくれた。

 割と強面な部類に入るカイルだと余計委縮するんじゃと、一抹の不安はあったのだが、術者さん達はかえって魔族であるといわれて納得していてさ。

 術者筆頭の桐島さんは引きこもり部屋から出てきてくれて、がっつりカイルになついていた。


 いや、60代のおじいさんなんだけどね。よっぽど打ちのめされたらしい。

 カイルのでっかい背中に隠れつつ、ネズミの丸耳をぴるぴる震わせながら、苦笑するネクターと応酬を繰り広げる桐島のおじいちゃんは名物になっていた。


 門を作る場所は、華陽の外れにある屋敷をまるまる一つ使っている。

 何かあったときに、お城の中でやっていたら被害が広がる可能性があるからだ。


 ちなみにリグリラは仙次郎とのデートで、東和の衣装を一式そろえてご満悦だった。

 さらにこちらの魔物討伐を見たがったものだから、喜々として仙次郎へ同伴ついでに妖魔を殴り飛ばしている。

 東和の魔族との力比べをしているのはあれだけど、けっこう東和を満喫していて、帝さんは助かっているって苦笑していた。


 ただ、例年よりも魔物と、白の妖魔の出現率が高いようなのが気になるらしい。

 対応できているのが幸いだが、帝さんは各方面への対応でかなり忙しそうだ。

 門の準備はネクターと術式に触ったことのある私を中心にやっていて順調だが、帝さんとカルラさんが険しい顔で話し合っているのを見ると、決め手になるようなものが欲しいのだと感じていた。


 だから、私とネクターは帝さんに、例の話を提案してみた。

 十分に前置きして、あくまで可能性の一つとして。


 帝さんは数十秒黙考した後、ゆっくりと目を開けるとちょっと険しい顔になっていたのだが。


『かような切り札を用意しておったか。なかなかやりおるな』

『怒らないのかい?』

『何をだ? そなたは解決策を提示した。受け入れる受け入れないは別として、ならばねぎらいこそすれ、無為に怒鳴るのは下衆の極みであろう』


 そういうものだろうか。

 私が首をひねっている間にも、帝さんは早いもので隣のカルラさんへ話しかけていた。


『受け入れられる形を模索する必要があるが。カルラ、神々に連絡はとれるか』

『活発な時期ですから三分の一くらいならすぐに……ってやるんですか!?』


 帝さんに声をかけられて、ようやく意識を取り戻したカルラさんはついで驚愕に目を見開いた。

 全身で驚きをあらわにする彼女に、帝さんはいかめしく言った。


『「触れれば死ぬ」を解決できるのであれば画期的だ。受け入れるのかは当人達次第。変化におびえているばかりでは何もできぬのだからな』


 ただ、そこで帝さんはちょっと悩みこむ風になる。


『だが、その前に、契約に適した触媒が必要か。そちらの選定をするとなると少々早計か。だが、なるべく早く試験的に実行したいものだ』

『試験的に、でしたら』


 唐突にネクターが自分にかけていた隠匿術式を解除すれば、亜麻色の毛先に薄紅が戻った。

 同時に、精霊の気配も元通りになったネクターは、亜空間から自分の杖を取り出してみせる。


『私が協力できるかと思います。より適した資材を見つけるつなぎの分くらいは提供いたしますよ』


 だけど、カルラさんはもとより、帝さんまで目を真ん丸に見開いて固まっていた。

 その様子からするに、ネクターの術式は全くばれていなかったらしい。


 さすがネクター!


『そう、か。そうであるな。ただの人が竜神の伴侶となれるわけもなし、か』

『ネクターは元人間だから、その認識は間違いじゃないよ』

『人の身であの真理をのぞき込んだというのですか!?』


 カルラさんの琥珀の瞳が驚愕に見開かれれば、ネクターはなぜか照れた顔をした。


『すべて、ラーワと共に過ごすためですから』


 今度こそ絶句するカルラさんの横で衝撃を受け流すように大きく息をついた帝さんは、私の隣にいるネクターに感嘆のまなざしを向けた。


『いやはやすっかり騙された! だが、その心意気、思い切りの良さは誠によい!』


 額に手を当てて、心底愉快そうに言った帝さんだったが、ふいに真顔になる。


『で、余への切り札として隠していたそれを今、明るみにして何を望む?』


 衝撃を受けたのも本当だろうに、それを受け流して真理を突くのはさすがとしか言いようがない。

 私も、最後まで隠し通すつもりだったから、こうしてネクターが明かしたのには内心驚いていたりする。


 どういう意図があるんだろうと伺ってみれば、ネクターは薄青の瞳を帝さんに負けず劣らず真剣にして言った。


『門の維持に関して、協力者の魔族に任せる方針で進めていますが、それを私にしていただきたいのです。妻の帰る道を守るのは、夫の役割でありますので』


 きりっとした表情で宣言したネクターに、私は顔が赤らむのを抑えきれなかった。


 嬉しいけども、なんでそう堂々と言っちゃうかなあ!?


 案の定、帝さんが一拍置いて爆笑する中、私はすさまじいいたたまれなさに縮こまったのだった。






 さっそく準備のために、カルラさんとネクターが退室していくのを見送った私は、いまだに笑いの発作が収まらないらしい帝さんをにらんだ。

 だが、帝さんは、応えた風もなく目じりににじんだ涙をぬぐうとしみじみと言った。


『いやあこれほど愉快なことも久しぶりだ! にしても困ったぞ。これで、余の懸念がほぼ解消されてしもうた』

『ならよかったんじゃない?』


 もともと、私達には使いようのない方法だったわけだし。大半はネクターの功績だしね。

 と思ったら、なんだか呆れた顔をされた。


『そなたは技術と情報の価値に疎すぎるな。余の民であれば褒美を取らせるのだが、不敬になると悩んでおるというのに』


 悩んでいるという割には態度がでかいけどね。


『んーと。一番簡単なのがあるんじゃない?』


 ちょっと期待を込めてみれば、帝さんはちょっと目を見開いたあと破顔した。


『そうであったな。礼を言う。ラーワ殿。あとでネクター殿にも言おう』

『どういたしまして』


 くしゃりと目じりにしわを寄せて笑う帝さんに微笑み返したのだが。

 今回の蝕の出現の仕方が常とは違うらしい、というのに、一抹の不安がよぎる。

 とはいえ、門は急ピッチでくみ上げられて、一週間ですべての準備を終えて当日を迎えたのだった。







  *







 門を設置した室内で、ネクターの確認の声が響いた。


『急造のため、安全に門を通れるのは二度のみ。行って帰ってくるだけです。さらに門は一度つながりが切れてしまえばラーワ以外につなぎ直すことが不可能のため、接続したままで行きます。よろしいですね』

『かまわん。皆の衆この短期間でよくぞやってくれた』


 術者達に、ねぎらいの言葉をかける帝さんは、東和の正装に身を包んでいた。

 それらは十分に重量のあるものだが、武器のたぐいは一つも帯びていない。

 持ち物は同じく正装をしているカルラさんが持つ、一抱えある風呂敷包みだけで、ぶっちゃけ刀すら帯びていない。


 ちなみに私も似たようなものだけど、魔法も魔術も使えるから、丸腰の帝さんとは雲泥の違いだ。


『その、帝さん。本当にそれで行くのかい?』


 さすがに心配になって聞いてみれば、帝さんは毛ほども気にした風もなく言った。


『今から交渉事へゆくのだ。敵対するわけではない』

『……いや、私は思いっきり殴り込みに行くんだけど』


 片や帝さんは平和的交渉に、片や私は武力行使も辞さない感じで喧嘩を売りいく。ぶっちゃけ矛盾した組み合わせなのだ。

 今更だけど一緒に行っても良いのかな?と考えていると、帝さんはなにを今更と言わんばかりのあきれた顔をしていた。


『そなたが大社の神を抑えているうちに、巫女達を懐柔するのだ。なんら問題なかろう? ついでに完全に押さえ込んでもかまわんぞ』


 思いっきり利用されていたとわかったところで、がっくり肩を落とした。


『それでも、私は、この国の神さまにはならないよ?』


 この際だ、先に言っておけば帝さんはちょっと目を見開いた後、いたずらがバレた子供みたいな顔をした。40代のおっさんなのに、これがまた魅力的に見えるから困る。

 あ、でも、結構魔術的な研鑽を積んでいるみたいだから実年齢はもうちょっといっている可能性があるんだ。


『だいぶこの国に傾倒してくれているように思えたのだがなあ』

『この国は好きだよ。好きだけれども、故郷にはできない。この国の人々を一番に考えることはできないんだ』


 私はドラゴンだ。ドラゴンだけれども、帰るところはネクターとアールの元で、大事なのは私の手の届く友人達だ。だから、帝さんやカルラさんのような気持ちで、この東和を守ろうとは思えない。

 もし、アールと東和のどちらかを選ばなきゃいけなければ、私は確実にアールを選ぶだろう。


 けれど、最終調整をしていたネクターが心配そうな顔でちらちらとこちらを見ていた。

 帝さんの思惑に気づいた時に、事前にきっちり意思表示していたのに。心配性なんだからなあ。


 だから、私はネクターの憂いを払拭するために明るく言った。


『なにせ、私はかわいい子供と、素敵な旦那の方が大事なんだ。あきらめてくれよ』


 あ、ネクターってば耳を真っ赤にして調整の速度上げた。

 はっはっは! ……時々ちょろくて大丈夫かって心配になるよ?


『のろけおって。せっかく、神々に新たな竜神の出現を周知させたところなのだがな』


 釘を刺してみれば、やっぱりか。

 仙次郎やリグリラから、やたらと魔族の間で「こちら側にいる要の竜」が話題になっていると聞いて、おかしいなあと思っていたんだ。

 街中でも、なんだから妙に竜についての話題が飛び交ってたし、カイルも作為を感じると言っていたから、今回鎌をかけてみたのだ。


 たぶん、大社の神様、テンが悪神だった場合を考えて私を代わりにしようとしたのだろう。

 大社が帝さんに黙って誘拐なんてしているところからして、限りなく黒に近いグレーなわけだし。


『そなたは弱い者に頼られれば否とは言えぬ気質だと思うておったが。まあ、あわよくばであったゆえ、適当に流してくれ』


 詫び入れもせずにしゃあしゃあという帝さんには、怒る気にもなれなかった。

 この強かさと抜け目なさで、魔族達と渡り合ってきたのだと思うと、やっぱりすごいものがあるし。


『まあ、とりあえず、今この場ではきっちり共闘するよ』

『おうとも』


 だからため息をついて言えば、にっかりとわらった帝さんが隣に居るカイルを見上げる。


『そなたも、よろしく頼むぞ』

『まあ、あなたの思惑はどうあれ、任された役目はきっちりこなそう』

『きっちりではなく全力でお願いしますよ!』


 身を乗り出してきたのは、ちょっぴりぴりぴりしたカルラさんだ。

 今回、門をくぐるのは、私と、帝さんとカルラさん、そしてカイルだ。

 本来は三人の予定だったのだが、別行動をする私のほかにもう一人護衛をつけたいと家臣の人々が主張したのだ。

 

 唯一無二の帝だから当然だけど、最大戦力である東和にいる魔族は、ほぼ全員テンとの不可侵の契約によって手が出せない。

 カルラさんは帝さんの護衛としてついていくけれど、不安が残る。

 なら、不可侵の契約をしていない魔族であるカイルに、白羽の矢が立ったのだ。


 カイルならテンにも真琴にも顔を知られていないから大丈夫だし、美琴とアールがそこに居たらすぐにわかるから、一石二鳥の人選だった。


 私達の目的は三つだ。

 一つ目は帝さんの交渉をつつがなく進めること。

 二つ目はアールと美琴を取り戻すこと。

 三つ目はテンに会うことだ。


 本来はアールと美琴を取り戻すまででよかったのだが、少し、予定変更していた。

 疑問に思うことが多すぎるからね。


「カイル、後は頼みましたよ! 私が行けない分アールをお願いしますね!」

「それがしからもたのむにござる」

「ちゃんと取り返してくるさ、安心しな」


 真剣な表情をしたネクターと仙次郎に、口々に言われたカイルはそう応じていた。


 ちなみにリグリラは直接乗り込む組に加われなくてすねて、今この場にはいない。

 いや、だって、出会い頭に遠慮なく喧嘩ふっかけそうで怖いんだもの……。


 ただ、残ってもらいたい理由もちゃんとあって、ネクターは門の維持で手いっぱいだから、仙次郎や帝さん直属の術者がいる中でも、こちら側の守りが薄くなるのだ。

 信頼して頼めるのはリグリラだけだと、昨晩拝み倒したんだけど、屋敷の何処かに気配がすることからして、待機してくれているようだ。


 安心しつつ、そうして準備が整った中、私達は門を設置した部屋へ入った。

 少しひんやりとした室内には、板張りの床から壁から天井まで、びっしりと東和の呪文字を刻み込まれていて、その中央にあるのは水盆だった。

 四角形で、一抱えほどはあるそれには透明な水のようなものがたたえられている。


 だけどそれは本物の水ではなく、魔力が可視化されるほど凝縮されたものだった。

 急造にしてはなかなか良い感じの出来である。


『3人とも、心の準備は良い?』

『いつでもかまわん』


 ドラゴンに魔族二人に人間というパーティで挑むのに、一番堂々としているのが人間の帝さんって、ほんと笑えるなあ。


 おかしく思いつつ、私は水盆の枠に手を添える。

 ちらりと部屋の外側にいるネクターへ目で合図を送ると、水盆を通して術式を起動した。

 水盆の魔力の水に独りでに波紋が刻まれ、一気に床、壁、天井に刻まれた術式が活性化して光を帯びる。


 よし。私の魔力波でも問題なく起動できた。

 後はこの門を在るはずの大社の異空間へ超えるだけ。

 私の意識には膨大な世界が広がっているが、門に刻まれた地図と発信器のおかげで迷わない。



 見つけた。



 黒髪に混じった赤が魔力で光を帯びていたが、かまわず私は、起動の言葉をつぶやく。


『開け』


 とたん。水盆にたたえられた水が勢いよく立ち上がった。

 暴れていた水壁の表面はだんだんに静まり、向こう側に庭のような風景と青空が広がる。

 ここは室内だ。青空なんて在るはずがない。


『つながった!』


 カルラさんが歓声の混じった声を上げるのを聞きながら、私はネクターに視線をおくる。

 杖を構えたネクターは、すかさず私からコントロールを受け取った。


 一瞬水壁はゆらいだが、今も青空が見えたままだ。


 固唾を呑んで見守っていた術者達から、小さく歓声が上がるが、すぐに収まる。

 だって本番はこれからだもん。


 一番に入るのは私だ。何があってもとりあえずは生きていられるからね。


 ふうと、息をついて立ち上がった私はネクターをふりむいた。


「じゃあ行ってくる」

「ご武運を」


 その声を胸に、私は水壁をくぐったのだった。



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