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第32話 ドラゴンさん達のわかったこと



 んで、ほどほどにとネクターが許してくれた日本酒をお供に、情報交換になった。

 カイルは一度、ヒベルニアに戻ってセラムに話を通してくれて、アールと美琴は休学扱いにしてもらったという。


 ミニドラヴァス先輩は、カイルが訪れた時には再起動していたが、本調子ではないらしく、詳しい話は聞けなかったらしい。

 ともかく、大丈夫そうで良かった。


「で、蝕について、わかったのか」

「わりと、重要なところまでは」


 カイルが先を促すように片眉を上げるのに、今度はネクターが口を開く。


「まず、『無垢なる混沌』――蝕が東和で存在が確認されたのは、5000年前。大社の成立と同時期です。蝕は、物理攻撃は無効。魔術も微々たる程度にしか聞きません。唯一の対抗手段が魔法。一筋でも触れれば、人族はもちろん、精霊も、ましてや魔族も消滅します」


 まずは、前提事項の確認、といった具合のネクターの言葉に、カイルはうながすようにうなずいた。


「残念ながら、東和の書物は膨大すぎて一部しかさらえず、その正体は未だ不明です。ただ、専門の研究者でも未だに仮説段階にしかすぎないようでした」


 研究者さんとは、私の蝕に対する感知能力について助言をもらうために、帝さんが引き会わせてくれたのだ。

 彼女の立て板に水のような蕩々とした語りはすさまじかった。

 その研究者さんは、はじめ蝕を魔物と同じようなモノで、自然災害に近いものではと考えていた。 

 けれど私が蝕の現れる前兆として負の思念を感じると言ったら、即座にその説を振り捨てて仮説を立て直すために自分の世界に入っていってしまったのだ。


 結局、有力そうな説は聞けなかったけど。


「ただ、討伐の仕方については、完璧と言って良いほど確立されているんだ」


 目を丸くするカイルに、ネクターが言った。


「東和の民は魔法をその身に纏うことで守り、攻撃手段とすることで、無垢なる混沌に耐性を作っております。そのために必要なのが、魔族との盟約なのです」


 私が彼らの討伐を観察して、ネクターが資料を精査して、二人で考察して導き出した結論だ。

 昨日、大まかにまとめて仙次郎に答え合わせをしたら、正解と白旗を上げられたから間違いは無い。


 ネクターは楽しそうに、早速亜空間から取り出した資料を畳の上に広げた。


「良いですか、この国の巫女や守人が使う、魔族を通した術式は二つあります。魔族の魔力の一部を借りる『神降ろし』。そして、魔族と相互に魔力を循環させ、疑似魔族と言うべき存在へと成り代わる『神憑(かみがか)り』です」


 前者の「神降ろし」は美琴がやっていた魔術で、後者が帝さんとカルラさんがやっていた術式だ。


 神憑りは、魂に直接刻む契約という強固なつながりを通して、契約者とつながることによって魔族の持つ魔法の能力を一時的に使えるようになるのだ。


 もちろん、そんなことをしたって人族が複雑な魔法を使えるわけがない。

 だけれども、”蝕から身を守る”、”蝕を消滅させる”くらいの限定した魔法くらいは使えるのだ。

 さらに負担を減らすために、帝さんはその身に魔法をまとい、さらに武器に付与することで戦っていたのだった。


「とりあえず、神降し、については経験がある。だが、その神憑りってやつには、魔族にどんなメリットがあるんだ。魔族は普通に魔法を使えばあれを消滅させることはできるんだろう」


 カイルのもっともな疑問に、ネクターはよくぞ聞いてくれたとばかりにぎらっと瞳を輝かせた。


「それは、魔族が蝕によって負傷した際、通常の方法では回復できないからなのです」

「どういう意味だ?」

「魔族は魔核を中心に全体の90パーセントを魔力で構成されています。霧状の蝕の場合、それほど深刻なダメージにはなりません。ですが実体化した蝕に攻撃を加えられた場合、触れた箇所から蝕が感染するのです」


 カルラさんの腕がただれたのなんてかわいいモノだったのだ。

 ちょっと前に粋がった魔族が、蛟型の無垢なる混沌に挑んで、蝕に取り込まれて行くさまを見たときは正直ぞっとした。


 本性に戻って大暴れする魔族は、魔族と盟約した守人が倒していたけど、魔核も砂になって消滅してしまっていた。


「だいたい面積で言って、20パーセント触れれば、急速に浸食していきます。基礎の部分を切り離せなければ1分ほどで白化……蝕の一部となって暴走するようです。ですが、人と盟約し、盟約者の情報を一時的に反映することで、耐性がつけられます」


 実際に試したくはないが、どうやら魂を持つ生物は、触れたところが消滅するだけで済むらしい。

 もちろん全身が呑まれてしまえば変わらないが、囓られただけで呑まれて魔核が崩壊するのと、傷つくだけでは雲泥の差だ。


 魔族は譲渡した分だけ能力が制限され、副作用で体が人型になるが、それでも自分の固有の魔法はばんばん撃てる。

 要するに人族は魔族の力を得て、魔族は人族の耐性を得ている。

 相互で助けあう関係になるのだった。


 というか、この国にできあがっている蝕に対抗するためのシステムがすごいのだ。

 成立させるための価値観が浸透しているし、この国の人々の表情は驚くほど明るい。


「東和では、魔族が居なければ魔物や蝕の討伐はままならないが、魔族は蝕に呑まれないために人族が必要か。それで、これほど魔族と人の距離が近いのに、トラブルが少ないんだな。この契約法はどうやって創り上げられたモノなんだ」


 感心するカイルに尋ねられて、私は少し複雑な気分でためらった。


「大社の神が伝えたことになっている。つまり、テンだ」


 カイルが驚いたように目を丸くするのに、ネクターがさらに付け加える。


「ここまで発展、浸透させたのは間違いなく東和の術者達ですが、ひな形は大社の成立と共に伝えられたと古文書に記されておりました」

「なあ、そのテンってやつは、聞けば聞くほどこの国の守護をしているように思えるんだが」


 おもわず、と言った風のカイルだったが、大社の巫女が生け贄に捧げられているらしいと言う話は事前にしていたから急いで言葉を次いだ。


「ああわかっている。が、どうにも腑に落ちなくてな」


 あごに手を当てて悩み込むカイルに、私は否定も同意も返せなかった。

 私も腑に落ちなさは覚えている。だけどこれは、カイルが感じているもやもやとは違うのだ。


 けれど、うまく形にできず、結果的に黙り込んでいると、その気配を感じたのかわからないが、カイルが話題を変えた。


「それにしても、今のは機密に近いところなんじゃないか。よく調べられたな」

「隠されたらさすがにきつかっただろうけど、いくらでも実際に使うところを見れたし、帝さんは惜しみなく資料を読ませてくれたからね」


 確かに大社の秘儀にあたるものだったが、帝さんは独自に研究改良を進めさせていて、その研究について閲覧を許可をしてくれた。

 まあ、一番は、ネクターが仙次郎と美琴の術式である程度東和の術式について理解を深めていたおかげなんだけど。


「正直言うと、そこまで貴重な術だとは考えていなかったんだと思うよ」

「……なるほど。この国は少し前まで鎖国状態だったんだもんな」


 こういう国家の事情的なものには慣れ親しんでいたカイルは、私の一言で理解できたようだ。


「この国の連中にとっては『魔族との共存』も『蝕の出現』も普通のことだ。だからそれを前提として考える。西大陸では魔族が悪であることも、蝕という概念がないことすら理解の外のことだったんだろう」


 まさにその通りだ。

 ただ、帝さんがすでにそのことに気づいていてめちゃくちゃあくどい顔をしているのに、カルラさんが天を仰いでいたから、どうなるかわかんないけど。

 そのあたりから、帝さん、蝕とか、東和の魔術式の開示に積極的になったんだよなあ。


 帝さんはその場の勢いでバカなことをするような人じゃないから、大丈夫だとは思うけど……だいじょうぶだよね?

 私は地味に心配になっていたが、ネクターは別のことを考えていたようだ。


「ただ、白の妖魔の出現が、また報告されているのが気になりますね」

「そういえば帝さん、言っていたね。出やすい時期ではあるけれど、この頻度では珍しいって」


 おかげでかなりの頻度で神憑りの術式を見られたんだけど、絶対的に盟約をしている巫女と守人が少ない中で疲労が蓄積しているのも、懸念要素だったりする。


「今盟約を交わしているのは何組なんだ」

「そんなに多くはない」


 王都には、土地柄のせいか、帝さんたちを含む両手に余る数の盟約を交わした巫女と守人がいるが、一つの都市に一組いればいいほうだって言っていた。

 具体的に言えばセンドレ迷宮規模の蝕の氾濫が起きたとき、総出でかかって何とかおさめられるか、と言うくらいだろう。

 結界とやらがほころびれば、センドレ迷宮以上と予想されるから、帝さんも術者達も足りないってわかってて、なんとか解決策を作れないかと頭をひねっていた。


 西大陸の魔術を学ぶのに熱心なのも、きっとそれが一つの理由なんだと思う。

 この東和にいる魔族は確認されているだけで三桁ほどだというから、大半の魔族は盟約者を持っていない。


「そこを解決できれば、それなりの恩を着せられそうだな」


 何気なく言ったカイルは、私とネクターがちょっと顔を見合わせたのを見逃さなかった。


「お前らの隠していることはそれだったか」


 まあね。もしもの時の交渉材料として考えていなくもなかった。

 それはもう杞憂になったから、いつ提案してもいいんだけど。ちょっと迷ってる部分もある。


 なにせ、これは文化の違いでもあるんだから。


「で、なんなんだ、その解決策ってやつは」

「それは――……」


 私たちが語れば、カイルは厳しそうに眉間にしわを寄せた。


「たしかに、それは西大陸の人間からすれば、普通のことだし、画期的だろう。だが、ミコトのあの反応からして、この国では契約と言うものは神聖なものとして扱われているだろう。受け入れられるのか」

「それが懸念ではあります。ただ……」


 ネクターが言いよどむのはわかる。あの帝さんなら、何とかしてしまいそうな感じはあるんだ。

 あいまいな表情で微笑みあう私たちに、カイルは肩をすくめた。


「そっちの判断はお前たちに任せる。今俺がやるべきは、ネクターがつぶしかけてる術者たちのケアだろうな。これから“門”ってやつを作るんだ、やる気出してもらわないと困るだろ」


 味が気に入ったらしく、カイルが清酒っぽいお米からできたお酒をちびりと傾けながら言うのに、ネクターが心外そうな顔をした。


「いえ、私は特に何も……」

「お前に中途採用者教育を任せた時の地獄絵図よりは、ましだといいんだがな」

「東和の一流の術者さん達だから、気骨はあると思うんだけど」

「むしろ実力差がわかっちまうからなあ。折れてねえといいなそれ……ネクター、その現場、明日っから俺もついてくからな」

「まったく信用ありませんね?」

「あると思ってんのか、魔術馬鹿」


 ネクターの言い分を完全にスルーするカイルはだてに長い付き合いじゃない。

 そんな気やすい応酬に、私はからから笑いつつ、来る時を見据えながらも、ゆっくりとお猪口をかたむけたのだった。


ドラゴンさん東和国編の発売日が11月15日に決まりました。

活動報告にて、表紙イラストの公開をしております。

これからもドラゴンさんをよろしくお願いいたします。

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