第31話 ドラゴンさんの決めたこと
その後、東和国語をマスターしたカイルとリグリラに、今までの経緯と大社へと乗り込む算段について大まかに説明した。
聞き終えたカイルは、すっごく頭の痛そうな様子で帝さんに頭を下げた。
『うちの馬鹿が迷惑をかけた……』
『かまわん。ともかく余らは大社へ乗り込もうとしておる。急務は門の構築だ。そなたらを頭数に入れても良いのだな』
ネクターが東和の術者連中を使い物にならなくした、の下りには少々帝さんは顔を暗くしたが、ともかく二人に問いかける。
すると、リグリラとカイルがそろって私に視線をやってから言った。
『わたくしたちはラーワのために来ましたの。あなたのためではありませんわ』
『ああ。だが、それがあの子達を取り戻すためであるんなら、聞こう』
『その意気やよし。これでだくだくと従うものであれば、信用できぬ。友のためと言うのであれば納得もできる』
うむ、と満足そうにうなずいた帝さんは、詳しい話は明日にしようと、提案してきた。
『そなたらで積もる話もあろう。余もそろそろ時間切れであるからな』
そうして帝さんは去り際に、仙次郎を向いた。
『仙次郎よ、まだ盟約をなしておらぬとは予想外だ。とっととやることをやるが良い』
『余計なお世話です!』
『余計な世話にもなろう。今回はそなたを思いっきり頭数に入れておったのだからな! ここでは試合うてはおらんのだ。もしかすればもしかするぞ』
仙次郎の例の約束を揶揄した後に、帝さんはカルラさんの転移陣で消えていった。
嵐のような帝さん達に残された私が息をついて、のびーっと畳に寝そべれば、カイルがいぶかしそうにした。
「未だに化かし合いの最中ってやつか」
「いや、そうでもないよ。もう彼に協力するって言うのは決めているし、実際に彼のおかげでめどが立ったんだ」
「……いいのか?」
カイルが念押しをしてくるのに、首をかしげる。
「なにがかい?」
「あいつは、真性の王で、政治家だ。国民ではない俺たちを利用する気は満々だし、隠していることがまだあるだろう。その上で話に乗るのか」
おそらく、帝さんより長く、魔術師長として政治に携わってきたカイルが言うのだから、間違いは無いだろう。
私はもう一度考えてみる。
「うん。乗るよ」
目線だけでカイルが理由を促してくるのに、私は今まで帝さんから感じたことを話す。
「帝さんは、全力で東和国の人を守ろうとしているのは本当だと思うんだ。でなければこれほど手間暇をかけて大社の巫女を救おうとはしないと思う」
さっき、大社を暴きたいと語ったときの帝さんの熱は嘘ではなかった。
だから、そこは信じて良いし、それに。
「それにあの人、バロウの魔術師を救おうとしていた君と同じ顔つきしてるんだよ。だから大丈夫かなあって」
「そ、うか?」
面食らった様子のカイルが、横に視線をやれば、ネクターもうなずいた。
語ってくれた帝さんは百十数年前、魔術師たちのためにバロウを変えようとしたカイルの姿にそっくりで。
「確かに私達にまだなにか隠している気がするけど、それは私達も一緒だし。彼が国を守るためにやっているのなら、私はアールと美琴を守るためにやるだけだ」
「……わかった。なら付き合おう。ミコトは仮にも俺の契約者だからな」
居心地悪そうな表情をしていたカイルだったが、最後は同意してくれた。
カイルは、あの温泉旅行中にミコトと再契約していた。
一方的にカイルが搾取する関係ではなく、相互で助け合うような対等な関係だ。
あ、ということはもしかしてカイル達にも使えるのかなあ。
「その様子だと、おまえ達の隠していることって言うのは、さぞや面白いことのようだな」
「大したことじゃないよ」
まあ、ばれていないのをいいことに、ネクターは人間で通しているけれど、あれを明かすんならネクターのことも同時に話さなきゃいけないだろうしなあ。
カイルのじと目に、私とネクターが曖昧に笑っていれば、リグリラが動いた。
「ねえ、仙次郎。去り際に言っていたのはどういう意味ですの」
「どれのことでござろう」
「東和の術式は東和で真の効力を発揮する、とか言ってたじゃありませんの」
むすっとしながらも、紫の瞳は真剣に見つめられた仙次郎は動揺しつつもうなずいた。
「その。それがしの使う強化術は、己の身のうちに宿る魔力を練り上げて行使するものにござる。だが、もう一歩先に、周囲の魔力を動かし、力とする技があるのだ。それが東和の守人の奥義として扱われておる」
取り込んで変換する労力をすっ飛ばして、周辺魔力を動かして行使することで、魔族にも劣らない力を行使することができる。
それが、初めて会ったときの帝さんが使っていた技の正体であり、カルラさんの「私が死にます!」の言葉に関連することでもあったのだった。
「だが、それを使うには、身のうちの魔力と自然の魔力を順応させなければならず、さらに一定の魔力濃度が必要なのだ」
「つまり、バロウでは本来の力を発揮できなかったと?」
リグリラが柳眉を潜めるのに、仙次郎は至極まじめに首を横に振った。
「手を抜いていたことなど一度たりともござらんし、それがあったとしても、リグリラ殿に勝つにはまだまだでござる」
「でも、使っていませんのね?」
ぐい、と燃え盛るかのような熱を持った紫の瞳に気圧された仙次郎は、ただ無言でうなずく。
「……ふうん」
するとリグリラは、そのまま彼の腕をとって玄関へ歩き出した。
「リグリラ殿、どちらへ!?」
「先から、ラーワの服が気になって仕方がありませんの。せっかく東和に来たのですから、街へ服飾文化の取材へまいりますわっ。先にいたのですから、案内なさいな」
「それはつまりでぇとというやつでは」
「つけをきっちり払っていただくだけですの! 金銭は全部あなた持ちですわよ!」
帝さんは、私達にきっちりお給料を渡してくれているけど、使う場所が少ないから、仙次郎は一週間かそこらでもそれなりに貯まっているはずだ。
「ああ、ラーワ。わたくしの力が必要なときはおっしゃってくださいましね」
私へそう言い残すと、思いっきり仙次郎の腕に抱きついたリグリラは、スキップしかねない浮かれた調子で去って行ったのだった。
おいていかれた私たちは、なんだか微妙な気分になりつつ顔を見合わせた。
空はすでに暗い。
「あーじゃあ。せっかくだし。ご飯でも食べに行く?」
提案すれば、ネクターもカイルもうなずいてくれたのだった。
華陽の夏は暑いけど、夕方はずいぶん涼しい。だから日のある日中よりも、日が陰った夕方から夜にかけてのほうが人通りが多い。
そのおかげで、まだ空いている店も多く、外食産業が盛んなので、夜になっても移動式の屋台は沢山立ち並ぶし、店先の提灯に明かりがともり、いたるところからおいしそうな匂いがしてきていた。
とりあえず、カイルの服装をどうにかしようと古着屋に行って一式見繕ったら、ヤーさんっぽくなったけどマシになった。
……ましだとおもいたい。
んで、よく行く近くの飯処に飛び込んで、ご飯とお酒を楽しんだ。
「この、箸ってやつは厄介だな……」
「どうぞ、カイル。早々にあきらめてよいと思いますよ」
箸でご飯を掬うのに悪戦苦闘するカイルへ、ネクターが同志を見つけたような表情で亜空間から出したフォークを差し出した。
ネクターもはじめこそ頑張ろうとしていたけど、いまはもうあきらめている。
フォークでなんとか食べられるようになったカイルが、バロウとは全然違う一汁三菜の味付けに目を白黒させながらも食欲が衰えていないようなのにはほっとしつつ、私もせっせと堪能する。
だってさ、おかずはほぼ和食だったんだ!!
ところどころ、これ中華じゃない?という餃子っぽいものやチャーハンっぽいものもあるが、大体は和食である。醤油味である。米食である。
約500年間食べられなかった米食に、私の心は踊りに踊って、三食きっちり食べていた。
ほんと、ドラゴンでよかった。きっと人間だったら確実に太っていた。
ただおかずは全体的に茶色い色合いなので、ネクターははじめおののいていたけど、出汁の味には感嘆していた。
今日のナスっぽいものとみょうがと菜っ葉ぽいものの炊き合わせに、澄まし汁。お漬物に焼き魚に幸せを感じていると、隣のネクターが不思議そうな顔で見ていた。
「やはり、ラーワは箸の扱いが上手ですね」
あ、それは私もびっくりした。箸を使っていたのは前世の話なのに、案外思い出すものだなあと。
「それに、あまり食事に抵抗がないようでしたし」
「うーん。そうかなあ」
それは、昔を思い出すからなんだけど、かなり面食らっているカイルを見ていると、ネクターが不思議に思うのも無理ないか。
実は、ネクターに私に前世がある、とは話したことはない。
特に話す必要がなかったことでもあるからなんだけど、一から話すと、ネクターが薄青の瞳をギラギラ輝かせて、全部話すまで解放してくれなさそうだから思いっきり避けてたのもある。
だってネクターの興味が満たされるまで、絶対1日じゃ終わらないだろう?
「とりあえず、おいしいものは正義だし! なあ、お酒頼んでもいいかい?」
いつかは話してもいいのかなあと思いつつ、今はあいまいにごまかすことにしたのだった。