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13 ドラゴンさんは暗躍?してみた










 新王軍はネクター達が参加してから一か月半くらいで王都および王城を制圧、新国王が擁立されクーデターは成功したようだ。

 それだけ国民や、魔術師たちの不満が蓄積されていたということだろう。


 減少傾向にあるとはいえ魔物被害への対応や、戴冠式に残党狩りなどクソ忙しかろうに、クーデターに成功した、という鱗を介しての報告から半月もしないうちにネクターとカイルはそろって元ほころびの中心地へやってきた。

 あ、やっぱり移動手段は杖なんだ。

 まだ周辺には生存競争に打ち勝ったちょい強めの幻獣や撃ち漏らしの魔物が跋扈しているが、二人にかかれば大した障害でもないのだろう。


「…………ひどいです、ラーワ」


 罪人服とは雲泥の差がある丈の長い軍服のような上着はファンタジーゲームの魔法使いみたいでかっちょいいのだが、なぜだかネクターは恨めし気に見上げられ、私は戸惑った。



「えーとなにか悪いことしたかい?」

「胸に手を当ててよーっく考えてみろ」



 持参した敷物を地面にしいてどっかりと座ったカイルの、ものすごくこちらをとがめるような視線に首をひねってみるが、鱗で盗聴まがいのことをした以外は特にないんだけど。

 私の態度にこれを聞いてもか、と言わんばかりにカイルは話し出した。


「……新王軍との交渉期間中のとある夜、王城で前国王を含む重要人物たちが会議中の部屋がいきなり強力な魔術結界によって封鎖されたそうだ。

 封鎖は数十分で解除されたが、警備の兵士が目撃したのは、そろって恐怖に身を震わせる大臣たちの姿だった。中には公にはできないような醜態をさらしているものもいたそうだ。

 彼らが言うには、突然ドラゴンだと名乗る女が窓から侵入してきて自分以外の人間を全員血祭りにあげたというのだが、どこにも血痕はなかった上、その場にいる全員生きていることは確認されている。

 集団で幻覚を見せられたということでその下手人を探しているが、いまだに捕縛できていない。

 まあその後権力に固執する奴らがなぜか我先にと王座や要職を辞していったから大量の戦死者が出かねない徹底交戦が回避されて、無血開城になったのはありがたかったんだが……」

「血が無駄に流れなかったのは良かったじゃないか。何か問題が?」


 疑わしげなカイルの視線からそっと顔をそらすと、ため息をつかれた。

 私、名乗ってないもーん。あちらさんが勝手に合点したんだもーん。


「問題なら大ありだ、ラーワ殿。暫定政府の幹部たちがその女が今回の魔物災害の平定の対価に王を含む国の首脳陣の首を望んでいるという元国王らの証言を憂慮している。

 このまま自分たちが王座や要職に就いた場合、ドラゴンに食い殺されなければならないのかと真剣に悩んでいるんだよ。復興計画も手が付けられてない状況でな」


 ふーむ、確かにそれは困ったな。

 たかだか幻覚で見た証拠の無い証言が、そんな大真面目に受け取られるとは思わなかったよ。


「上層部にはラーワ殿が人語を解する竜であると認知されているが懐疑的なものも多い上、人以上に知能のある生物だと理解していない節がある。

 実際に会話をした俺たちはあなたが話の通じる相手で、あなたの意図を理解できるが、実際を知らない人間にはわかりようがない。

 とりあえず、兵を差し向けて追い払うことはないだろうが、先走ったやつがあなたにどんな無礼を働くかわからん。だから先んじてあなたの話を聞きに来たってわけだ」


 確かに、ちょっと近づいただけで死亡確定の生き物が、言葉が通じて安全ですよと言われてもはいそうですかと納得できないか。むしろ、そんなことするんなら早めにどうにかしちゃいたいとか思いそう。

 なんかもう確信されているようなのでしらばっくれるのはあきらめて言った。


「あれはレイラインに穴をあけたことと、私に攻撃を仕掛けたことに対する個人的な報復のつもりだから。

 今から立つ国王や政府には一切興味はない。まあ、一石二鳥を狙ったことは否定しないけど」


 王都までたどり着いたというからどんなところか興味がわいて鱗からのぞき見したら、会議中でみんなして葬式みたいな顔で全面戦争もやむを得ないか、とか言ってるんだもん。

 そりゃ聞いちゃったら知らんぷりはできないよ。


 幸いにもその場で首謀者の名前はほとんど聞き覚えられたから、幻術使って隔離して、一人ずつ名前で縛って破ったら痛覚付の悪夢を見る程度のゆるい契約をしたのだ。

 幻惑と夢は私の専門だし更に夜なら無敵である。できないことなど何もない。

 あ、もし退陣しなかったら悪夢のレベルを引き上げて、それでもダメだったら契約を履行するために首を刎ねに行ったけどね。


 人間ひいきはしない主義です。

 それでも、ね、



「―――流れる血は恨みの量でもあるんだ。それは少なければ少ないほどいいと、思ったんだけど。

 むしろ君たちに迷惑がかかったようだね」


 ショボーンとしていると、カイルは慌てたように訂正した。


「いや、そうじゃない。

 実際ラーワ殿の出現で俺たちは大いに助かったし、その考えにも同意する。問題はこいつなんだ」


 カイルが見るのは当然ネクターだ。

 ネクターが問題ってどういうことなのだろう。

 すると最初の発言から終始無言だったネクターのぼそりとした独り言が聞こえた。



「人型に変身したラーワをはじめてみたのが私じゃないなんて―――羨ましすぎますあのくそ大臣ども」



 ……あれ、なんか落ち込むところが違いませんか、ネクターさん。

 カイルにもその声が聞こえたのだろう。重いため息をついていた。


「むしろ、あなたが人化して現れたらしいと聞いてから、こいつがこんな具合で拗ねて使いもんにならん。どうにかしてくれっていうのがここに来た理由の一つだ」


 どうやら私が原因らしいし、でもなんとかってどうすれば?

 とりあえず、頭にキノコを生やす勢いで膝を抱えていじけているネクターにそっと顔を寄せてみる。


「ネクター?」

「……わかっていますよ。あなたに他意はなく、私たちを助けようとしてくださったことも、これが私のわがままだってことも。ただあなたに手をかけさせてしまったうえ、貴重な変身を見られる機会を逃してしまったのが悔しかっただけです」


 よくわからないが、学術的興味を満たす機会を逃したってことなのかな。

 それなら簡単なんだけど。


「ネクターこっちみて」


 私が自分の魔力を圧縮して人型に変化したのを、ネクターはぽかんと口をあけて見つめていた。

 後ろでもカイルが唖然としているのが見える。



「ずいぶん、素早いものなのですね。もっと何かしらの準備が必要なのだと思っていました」

「私の体は魔力のかたまりだから、一番取りやすい形はドラゴンだけれど、外観を比較的自由に変えられるんだ。

 ただ、小さい体になればその分魔力も濃縮されるせいで、漏れる魔力が濃くなるんだ。そうすると、魔力抵抗の低い生き物には害にしかならなくなる。人間なんて人型の私を見ただけで気絶するよ。

 私はあんまり繊細な魔力制御は得意じゃないから今まであきらめていたんだ。だけど、君との会話でヒントを見つけてつい最近、完全に魔力を抑えて人化ができるようになったんだ」


 デフォルトのドラゴン状態だと平気でできている魔力の調整が、体を変化させた途端ダダ漏れになるのだ。

 それで一度そこら一帯の動物を気絶に追いやったことがあって以来ご無沙汰だったんだけど。


「つまり、ドラゴンの姿を変形させて人型に見せているのですね」


 微妙に違うんだけど、まあいいか、とネクターの確認にうなずいた。


 ネクターが私の鱗を魔力供給に使うという言葉に逆もできるんじゃないかとピンときて、自分の鱗を何枚かを魔術で珠にして一時的に魔力を預けるという荒業で何とか普通の人間が気絶しない程度の魔力に抑えることに成功したんだ。

 細かい魔術の得意なリグリラに助言をしてもらったりして、その実験に付き合ってもらったんだ。


 珠は赤ん坊のこぶし大で胸の中央に埋まっている。

 しかも服を一緒に作り出すことはできなかったから、リグリラからもらった服というかドレスを変身と同時に亜空間から体に転移させる術式をくみ上げる羽目になったが。

 今の私はあの時の夜色ドレスである。


「……私、ラーワの役に立ちましたか」

「うん、すっごく」

「なら、良かったです」


 肯定するとネクターは嬉しそうに笑った。

 なんだかわからんが、機嫌が直ったようでほっとする。


 ネクターは立ち上がって人型になった私の傍へ来ると、ちょっと戸惑ったようだった。


 確かに今の私は数百年以上前とはいえ、黒に赤が混じったパンク風の長い長髪と金の瞳以外は馴染み深い生前の女子大生の姿をしている。

 ごく平均に近い日本人女子の私と、細身とはいえ白人男性に近い体格をしているネクターは身長の差が20センチ以上あり、ドラゴンの時とは完全に目線が逆転していた。

 そもそも三階建てのビルぐらいあるドラゴンが大きすぎるんだよな。


「人型の時のラーワはかわいいんですね」


 大きさのこととはいえ、うれしいことを言ってくれるじゃないか。

 ちょっとにへらと笑っていると、


「絶世の美女はどこいった……」


 私に近づいてその姿を眺めていたカイルが心底残念そうにつぶやいたのに言い返す。


「忘れたのかい? 私の本体はドラゴンだ。

 人間の男は美人に弱いから、効果的でより恐怖感が増すだろうと思ってああいう風にしただけだ。一番力が安定しやすい体格がこれだけれど、そもそも性別もないんだよ?」


 実際は、せっかくだからと絶世の美人にしてみたら、中身が自分だと自覚しているだけに鏡で見たとき違和感ありまくりで気持ち悪くなったからなんだけど。なじみがあるだけに安定しやすいのも確かだ。

 というより今ではドラゴンのほうが楽だったりもする。

 ドラゴン以外の体だとすっぽりと布袋被せられているようで、支障はないけどあんまり長くしていたくない。こういうところの感覚は変わったなあ。


 それにあれはあれで結構大変だったんだ、主にリグリラの演技指導が。

 もっとあでやかに妖艶に微笑むってイイ女の言葉遣いって何、首級をあげるときはもっと無邪気に喜ぶってなんて無茶ぶりですか!?

 一晩みっちり美女らしい立ち振る舞いとやらを叩きこまれてトラウマである。

 まあ、皆様の反応を見る限りものすごく効果的だったようだからいいのだけど。

 美女ってあんなに疲れるものならいいもん、普通で。


「それにしたってもったいない」


 それでも未練たらしいカイルにちょっとムカッと来た。

 体内の魔力を意識して覚えている美女顔に変えた私は、微妙に魔力制御を甘くした絶世の美女モードでカイルの頬に手を添えてにっこりと笑いかけてやる。


「こちらの私がそんなに好きならこのままでいてあげるけど、どうする?」


 跳ね上がった魔力濃度に顔を真っ青にしたカイルが勢いよく首を横に振った。

 わかればよろしいと元の顔に戻しカイルの頬から手を放そうとすると、なぜかその前にネクターに手を取られて握られた。


「私はどのラーワも好きですよ」

「そ、それはどうも?」


 なんでだろう、妙に目に圧力を感じるんだが。上から見下ろされるせいかなあ。

 落ち着きを取り戻したカイルが妙な顔をしていたが、コホンと気を取り直したようだった。


「さっきの話の続きなんだが、実はドラゴンを口実に使って集団幻覚を起こしたのがネクターではないかという人間が出てきている」


 なんですと?


「おそらくこのことに関して罪に問われることはないし、むしろ功労者ということになるのだろうが、安定しない政府をいまだひっくり返そうとする人間も居る今、改革派に犯人がいるのはまずいんだ。

 さらにネクターは隷属契約の解放者として魔術師からは好意的に受け入れられているが、今回の魔術災害の原因人物として良い感情を抱かないものも多い。それに一応冤罪を課せられてドラゴンの巣へ送られた恨みという動機もある。限りなく黒に近い灰色ってことでこいつが微妙な立場に立たされているわけなんだが……」

「ですから以前も言ったよう、私はラーワのもとに残ります。一番戦力が必要な場面は終わったでしょう? 国は変わったのですから私はもう必要ない。これからたっぷりラーワと過ごすんですから!!」

「……という具合に、本人が地位に頓着していないから実害には至ってないが、本気で対応策を考える事態になっている。―――ネクターお前はこれからの国に必要な人材なんだよ。

 軍事魔術の民間転用を進める部署を作った時、内情を一番よく知るお前がいなきゃ始まらないんだ。魔物侵入を感知する監視魔術や情報伝達に関する改良版術式を作るんだろ? しかも、ラーワ殿に頼まれたレイラインとドラゴンについての資料編纂に手を付けてすら居ないじゃないか」

「……いずれきちんとやります。ですが、ラーワは今現在ここにしかいないんです。そばにいられる時間を大切にしたいんですよ」

「ネクター、君は人間なんだから自分の住む場所は大事にしたほうがいい。それに私は一度別れたら会わないというほど薄情ではないつもりだ。人化の術も手に入れたし、ここを離れても君に会いに行くよ?」


 人に紛れれば、ちょっと会いに来るくらいは問題あるまい。

 ネクターを諌めると、なぜか怒ったような悔しいようなきっとした顔で私を見る。


「いえ、ラーワばかりに会いに来させるなどできません。何とかしてみせます」

「え、そうかい?」


 まあ、一応国にとどまる気になったようだからいいか。

 でもこのままじゃネクターが国に居づらいんだよね。うんよし。


「じゃあ行こうか」


 突然いっちにーさんしと準備体操をし始めた私に二人は面を食らっていた。


「行くって、どこへ?」

「王城だよ。君が仲介してメッセンジャーになるより私が直接行って話せば手間が省けるだろう?」

「いや、それはその通りだが」

「っていうのはついでで、私はネクターの作ったご飯が食べたい」

「腕によりをかけて作ります!」

「食い気のほうが優先順位高いのか…………わかったよ案内すればいいんだろ」

「うん、よろしく」


 嬉々とした様子のネクターとげんなりしていたカイルが敷物をたたんでしまったのを確認し、その間に術式の計算と準備運動を終えた私はつま先でとんと地を蹴る。

 途端、そこを起点に転移用の魔法陣が浮かび上がり、起動準備に入った。


 空間転移(テレポート)って一度試してみたかったんだ。

 長年の課題だった周囲を巻き込まないで対象物だけっていう指定が難しかったんだけど、人型だと操る魔力量が制限されてかえって細かい操作がしやすくなったからイケると思うんだ。


 目をむいてその魔法陣に組み込まれた術式を読み取った二人は正反対の反応を示した。


 すなわちネクターは大喜び、カイルはこれから起こることに関する絶望で。


「空間転移術式ですかっ古文書に記述はありましたがまさか本当に存在しているとは!!」

「じゃあ二人とも私と手をつないだら頭をからっぽにしてね。それから魔法陣からはみ出さないように。手足ちぎれるから」

「ちょっこのまま王城内へ転移す―――!」

「じゃあ、『発動』」


 カイルが何か言いかけていたがスルーして、私はうきうきと転移術を発動させたのだった。







 

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