第28話 ドラゴンさんの報告会
ネクターは東和独特の紙を広げつつ端的に言った。
『まず、今の時点で、大社そのものを見つけることは不可能という結論が出ました』
『やはりか』
驚くことでもない、とでもいう風に泰然と受け止める帝さんだったが、あんこたっぷりの団子串を持って、かっこつけても意味ないよ。
『分社は全国各地に計七つありますが、そのどこからも大社へのレイライン――竜脈がつながっていないのは、研究室の皆さんの資料で明白でした。念のため、私の有する知識に照らし合わせてあらゆる角度から精査してしましたが、わかったのは、異空間にあるということだけです』
『うわあ……そりゃあわからないのも無理ないや』
『それ、わかったって言いません!?』
私がやれやれと首を横に振るのに対し、カルラさんは目を丸くして身を乗り出した。
いつも冷静沈着になのに、竜のこととなると超熱くなるカルラさんは、熱くなりすぎて見落としているようだ。
『君、忘れてないかい? 異空間の性質を』
『……あ』
ようやく思い至った様子のカルラさんの意気がしぼんでいく。
これに、口元にみたらしのたれがついているよって言ったら、追い打ちだよなあ……。
しょんぼりするカルラさんの横で、帝さんが少し抑え気味にだけど容赦なく言った。
『カルラ、勢い込む前に口元をふけ。そして、二人とも、余はまったくわからぬ。わかるように話してくれぬか』
『あ、ごめん』
カルラさんが顔を赤らめて手ぬぐいで口元をぬぐう傍らで、冷静にうながす帝さんに、私は順を追って説明した。
『異空間、っていうのは便宜上の呼び名なんだけど、この世界であってこの世界ではない。そうだな、この世界を水面とすると、その水面の下に広がっているなんだかわからない空間、というのがあるんだ』
『……とんでもないことを言われている気がするのだが、余だけであるか』
『そうでもないよ。帝さんも空間転移を体験したことはないかい? あれはレイラインっていう異空間の流れに乗って移動しているんだよ』
異空間は独立したものではなく、ひどく曖昧だ。
だからこそ、この現実世界の物理法則も、時の流れにも当てはまらない。
空間転移は、その曖昧な空間を通ることでほぼ一瞬で移動しているのだ。
ひどく曖昧で儚い空間とはいえ、この世界のものというのは間違いないから、魔族やドラゴンは魔法を通じて異空間に干渉することができる。
だけど、
『魔法が使える私達が作り出す亜空間は、専用の異空間のようなものだけど、作った私達でさえ、そこに繋げられるだけで、どこにあるかはわからないものなんだ。他人が作った亜空間に干渉できないのと同じように、テンが維持しているだろう大社のある異空間を見つけるのは至難の業だよ』
レイラインは最も身近にある異空間で、現実世界から入り口が見えたりもするから、感知も干渉も比較的容易だ。
だけどほかの異空間はそもそもどこに入り口があるのかさえわからないというか、そもそもあることすらわからない状態なのである。
ネクターがアール達に施した追跡術式が機能しないのもうなずける。
基本、対象者と地続きの場所にいることが前提だから、違う空間にいるものは補足できない。
たとえるのなら、レイラインが公共のネットワークだとしたら、私達が物をしまうときに作る空間は独立した個人のネットワークだろうか。
相手の許可がない限り、外からじゃどうしたってアクセスできない。
……という説明は、インターネットを知らない帝さんにするには不適切だよなあ。
しょんぼりとしているカルラさんを横目に見つつ、どう教えたものかと考えていると、あごに手を当てていた帝さんが言った。
『錠と鍵のような物か。竜脈は誰でも自由に開け閉めができる扉があるが、異空間とやらはどこに扉があるかわからぬ上、実際に扉があるかどうかもわからぬ』
『そんな認識で合ってるよ』
的確に理解してくれた帝さんに驚きつつも感心していると、帝さんは食べ終えた串を置きつつ言った。
『意外そうな顔をしておるな。ラーワ殿』
『うん、割と』
これ、魔術を納めている人ならなんとかわかってくれるのだけど、世界はこの立っている場所だけ、と思っている人達にとっては「こことは全く違う空間がある」といっても理解してもらえないのだ。
一応カルラさんと盟約をかわしているようだから、魔術に関して全く無知、というわけではないだろうけど、それにしたってあっさり納得してくれたのは意外だ。
『帝、というものは国のありとあらゆる事柄について判断を下さねばならぬからな。必然広く知識を持つことになるのだ』
『まあ、面白そうなところに偏るきらいはありますけど、一応この人、脳筋じゃないのですよ』
『言いよるわ』
カルラさんの毒舌に、帝さんが眉を上げて笑みを浮かべた。
確かに、暇を見つければ仙次郎を鍛錬に付き合わせているから、武芸寄りの人だとは思っていた部分はある。
けど、書類には自分できっちりと目を通すし、わからないところがあれば、提出した人や専門家を呼び出して徹底的に聞き取るところも何度か遭遇していた。
人の上に立つって言うのも、すごく苦労があるんだなと思ったものだ。
『ともかく、非正規の手段での侵入は不可能と理解してください』
『よかろう。外から乗り込むのはあきらめる。だが、余らが目指す場所には、きちんと鍵付きの扉がついておるぞ』
帝様が、にやりとしながらもう一本ごま餡の串を持った。
それで3本目だったと思うけど、まだ食べるのか。
『ええ、私達でもそちらを主軸に考えておりました。どこに存在しているか曖昧な大社ですが、全国に七つある分社には、大社へ続く門があります。そこを開くことができれば乗り込むことは可能です。ただ』
『分社はたくさんの守人や巫女が守っていて、たどりつけたとしても、門を開けられるのはあの竜と選ばれた巫女だけだから、外から入る方法を考えていたんじゃないですか……』
テンションがめちゃくちゃ下がっているカルラさんは、今度は緑色の団子を手に取っていた。
私からするとヨモギっぽく見えるそれは、どうやらそんな感じの香りの良い草が使われているらしい。
甘い物に癒やしを求めているのかも知れない。
『ですので私達が考えたのは分社の”門”の構成術式だけを再現して、簡易の門を作れないかと考えました』
『それはとうに試しましたよ。ですが門の術式には固有の魔力波が登録されていて、魔力波が合わなければ、魔力量が足りていても起動しないのです』
『ええ、資料にもありました。起動できるのは大社の神と呼ばれる竜と、柱巫女のみだと。ですが、ちょっとラーワに確認したかったのですよ。これが門に使われている術式図の模写なのですが、見ていただけませんか』
やさぐれるカルラさんを気にした風もなく、ネクターは私に術式図を差し出した。
巻物状のそれを見るのに苦労したけど、術式は円柱状の立体物に刻まれた物らしく、起動したときに現れる世界の理についても、わかる範囲で描写されていた。
すごいな、これ、ちゃんとその図式がなにを意味しているか理解して書いてある。
人が実感を持って理解するのは難しいものだから、もしかしたら魔族が協力しているのかもしれない。
ふむふむ、術式の構成は空間転移に近いのかな、あ、でも使用者が限定されていて、これを抜いて術式を構築し直すことができないように組まれてるっぽいな、わあえげつない。
だけど、この限定の仕方って、むしろ事故を防ぐための安全対策のように見えなくも……?
と、そこまで考えたところで、あれ、と首をかしげた。
『なあ、たぶん私、これ起動できると思うよ』
『………………は?』
『というか、これ再構築した覚えがあるんだけど?』
『偽りはないか』
琥珀の瞳がこぼれんばかりに目を見開くカルラさんと、怖いくらい表情を真剣にした帝さんににらまれてちょっとひるんだけど、こくこく頷く。
ネクターはほっとしたとでも言うように緩く微笑んだ。
『私一人では確証が足りませんでしたが、やはりこれは、センドレ迷宮の封印室にあった術式ですね』
『うん。こっちは解きやすいようになっているけれど、あっちの異空間に蝕を封じていたものと手順としてはそう変わらないと思うし、この魔力波指定も竜には甘く仕立ててあるからごまかせると思う』
というより、権限保持者に竜が入っているように思えるんだけど。
いや、ここにいる竜がテンだけだったから、竜だけの指定にしたのかも?
魔法は厳密に指定すれば余分な魔力消費が抑えられるけど、融通がきかせづらくなるから、さじ加減が難しいのだ。
『本当にできるのですか!? 魔法を得手とする魔族と人族の術者が総出で構築しても起動できなかった術ですよ!?』
『いや、さすがに一回起動すれば確実にテン達に気づかれるから、ぶっつけ本番だろう? 安全を考慮して術式は練り上げないといけないし、これだけの規模だと魔法陣を物体に刻まなきゃならないから、すぐには無理だよ』
『だが、できるのだな』
図面があるとはいえ、術式も複雑に構成されていて、即席で構築起動ができるような物じゃないのは確かだけど、じっくり練り上げれば、やってやれなくはない。
だから、帝さんの念押しに、ちょっぴり胸を張って見せた。
『一応私、若いけど、ドラゴンだからね』
ただ、すこし引っかかるのは、なんでセンドレ迷宮では封印に使われていた術式を出入り用に使っているか、なんだけど。
まあ、これを創り上げたときにはそういう術式の構築が流行っていたのかも知れないし、考えすぎかな。
それよりも、大社へ乗り込める手がかりができたことを喜ぼう。
『場所と必要な資材があれば提供しよう。ラーワ殿、ネクター殿、門を創り上げてはくれまいか』
そう願ってきた帝さんには、さんざん利用させて貰ったとはいえ、その迷いのなさに面食らった。
『なあ、帝さん、いまさらだけど、良いのかい? これって不法侵入になると思うんだけど、見過ごした上に協力して、大社と喧嘩することにならないかい?』
こっそり別の入り口を作って、勝手に乗り込むのだから、これは、明らかにモラルに反する行為なのだ。
私達は別にかまわない。だって東和に住んでいる人間じゃないのだから、アールと美琴を無事に救い出せるのならどんな風に思われたってかまわないし、最悪そのまま西大陸に逃げれば良い。
だけど帝さんは文字通りこの国のトップだ。
この一週間、彼を観察していたけれど、王様としてはすごく優秀な人に思えたし、少しいたずらっけがあるとはいえ、大社との仲をあえて悪化させるようなことに協力する理由がわからない。
それなのに、なんか、罠でもあるんじゃない?と思うくらいには好待遇で、その座りの悪さを、仙次郎の帝さんへの信頼と、「大社に思うところがある」と言うのが気になって今日ここまできたのだった。
『そういえば、時が来れば話すと言うたきりであったか』
はたりと思い出した様子の帝さんにちょっぴりがっくりきつつ、うなずいた。
『そろそろ話してくれたって良いんじゃないかい? 私達は被害者家族と言えなくもないけど、あなたが何をしたいのかわからなくて気味が悪いんだ』
そばに座るネクターと共に見つめている中で、帝さんは串に刺さっていた最後の団子を、口に入れて咀嚼する。
それを飲み込んだ後に、帝さんはゆっくりと言った。
『余は、大社とは友好な関係を築きたいと常に思うておるぞ。だが、向こうがちいとばかし薄情なものでな。話し合いに行きたいのだ』
ようやくそれらしい目的を聞いたが、違和感がありまくりだった。
これだけ大々的に侵入計画を推進しておいて、理由が話し合いに行きたい?
『僭越ながら、仮にも国の最高権力者であるあなたが、会いたいと言って拒否できる者がいらっしゃるのですか』
『やはり、そちらではそういう物なのか』
ネクターが硬質な声で問いかけるのに、帝さんは苦笑しつつ、続けた。
『大社の巫女、柱巫女と大社の神はこの余ですら会えぬのだ。いにしえよりのしきたりとしてな』
すこしの悔しさと、悲しみのようなものがにじんだ帝さんの表情に、とまどって私とネクターは視線を交わしたのだった。





