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第23話 一本釣りなドラゴンさん


 刀を腰の鞘に納めた帝様は、髪が元の黒に戻ったとたん、その場に膝をついていた。


『大丈夫かい!?』


 私が一足飛びに近づいていけば、カルラさんに手を添えられた帝様は表情に色濃く疲れを残しながらも、不敵に笑って見せた。


『どうだ、外つ国の神よ。これが我が国の技だ』

『わかったよ、すごかったよ、色々聞かせて貰いたいけど、今すぐ離れて!!』


 たしかに鵺の形をした蝕は消えた。

 でも、私の感じる負の気配はまだ収まっていないのだ。

 意味がわからないという顔をする二人だったけど、カルラさんは一足先に気づいたらしい。

 だが、間に合わない。


 私はとっさに影で鎖を作り出すと、彼らに投げはなってぐるぐる巻きにする。


『ぬ?』

『ひゃっ!?』

「そぉーりゃっ!」


 私は一本釣りの要領で鎖を思いっきり引っ張った。


 ドラゴンの力をなめんなよー!


 彼らが地面を離れた瞬間、そこからぞわぞわと見るだけで悪寒が伴う白い霧状の蝕があふれ出した。


 放物線を描いて飛んでいく彼らは、悲鳴を上げつつも森の方へ飛んでいったから大丈夫!


 ちょっとすり鉢状になっている地形だから蝕が森に行くまでちょっと間があるし、規模自体もセンドレ迷宮とは雲泥の差だ。

 まあでも、蝕は結構な勢いで地面を浸食しているけれどね。


 私は気合いを一つ入れると、周辺魔力を一気に掌握して、レイラインを遮断した。

 魔力の供給を一時的に絶つと同時にレイラインを保護しがてら、純粋な、この世の事象を新たに定義する。


 この程度なら、もしかしたらいけるかも知れない。

 だから私は、把握した魔力を、炎に変えた。


『我求メルハ 衰滅ノ焔』


 私を基点に、生まれた紅蓮の業火は放射状に広がり、今にも広がろうとしていた白い蝕へとぶつかった。

 だけどこの炎は、私が事象から定義した特別製だ。


 少しずつ削られているけれど、それよりもたちまち蝕を押し包んで、炎で染め変えていく。

 私の熱に勝てるものなどいないわ!


 最後の一片まで押し包んだ後、さらに火力を引き上げて燃やし尽くす。

 ぞわりとした悪寒が感じられなくなったのを見計らって、炎を散らした。

 

 ぱっと、炎の残滓が、名残のように淡い光を帯びて風に乗る。

 火の粉ではなく、元の魔力に戻ったものだから、森に飛んでいっても大丈夫だ。

 盆地の平原は残念ながら地面がむき出しになってしまっているが、どこにも蝕の気配はない。


 ほっとしつつ、ネクター達が居るはずの森の方へ戻れば、その場にいた皆さんが勢揃いしていた。

 ネクターはもちろん仙次郎もけがはない。

 家臣さん達や巫女さん達も多少けがをしている人は居るけど、みんな元気そうだ。


 けが人にはネクターが、治癒魔術を使っていた。

 治癒能力を活性化させたり、傷口を滅菌したりするのがこの世界での治癒魔術なんだが、結構難しい術なので、どこへ行っても重宝される。

 警戒している様子だった家臣さん方もずいぶん表情が和らいでいる。

 ただ、私が現れたとたんちょっとさっきまでと漂う空気が変わった気がして面食らった。


 どこか、畏怖というか、目が覚めたみたいな?

 でもその前に、ぶん投げてしまった帝様達の方が気になるんだ。


『帝様、いきなりぶん投げてごめんね。大丈夫だったかい』

『あの程度は問題ない。多少疲れていようが、降り立てる範囲だ』


 と、言うわけで、倒木の一つに座っている帝様に話しかけたのだが、見る限り大きなけがはないし、そう返してくれたから大丈夫なんだろう。


『それはよかった魔族さんも、平気か、い?』

『粋がってた私が馬鹿みたいです。あんなのに比べたら私の邪炎なんて全然へっぽこですもん……』


 ただ、カルラさんの方はすごい勢いで落ち込んで居る様子で、どうしたもんか迷う。


『ええと、魔族さん』

『あ、はい! すみません反省しすぎて聞き逃していました何でしょうか!』


 もう一度呼びかければ、カルラさんに飛び上がる勢いで反応されて逆に申し訳なくなった。

 なんか、いままで出会ってきた魔族とは全然反応が違って調子が狂うんだ。


 だって向こうの魔族はリグリラを代表するような、私を見るなり襲いかかってくるような奴らばっかだったからさ。


『とりあえず、傷は大丈夫かって聞きたかったんだけど』

『ま、魔族の私を心配するなんて何ですか裏がありますか要求されますか怖いですよ!』


 くーるびゅーてぃーな第一印象がどんどん崩れていく、残念な美女さんだった。


 恐れおののいた挙句、全力で身構えるカルラさんに、わははと乾いた笑いを漏らしていると、帝様は気を引くように咳払いをした。


『余はそなたを異国の神と思うておったが、少々様子が違うようだな』

『それはその』

『あれほどの神力を操れる者は余の知るこの国の神々ではできぬ。ましてや現界する以前の混沌を屠ることは、我らでも不可能であったというのに』


 感心の色と、疑念を浮かべる帝様の気迫はそりゃあすごいものだった。

 魔力の感じからして、ものすごく疲れているのはよくわかるのに、それすら意識の外に消えてしまうほどの眼力だ。


 その無言の圧力は、是非理由を教えてくれ、ということなのは明白だ。


 だが、言うわけにはいかない。

 だって巫女さんが居るから、今ここで言えば大社に筒抜けになってしまう可能性もあるのだから。


 というわけで、まだ全力で隠し通そうと気合いを入れ直したのだが。 


『当たり前じゃないですか、我が盟約者。このヒトは私達なんかと比べものにならないモノですよ。なにせ要の竜。あなたたちの言う古き神の一柱なのですから』


 もはや疲れ切った風であっさりと言ってしまったカルラさんに、ちょっぴりしょっぱい気分になった。


 うん、そうだったね。君はわかるよね。

 私の入れた気合いはどこに向かえば良いのだろう……。


 しょんぼりとちょっぴり恨めしい気分でカルラさんを見れば、カルラさんはびくついた。


『な、なんですか。そんな隠されても居ないのわかるに決まっているじゃありませんか』

『そうだけどさあ……』


 こっちにも都合ってものがあるんだよ!


 ちらっと、帝様をうかがってみれば、さっきとは打って変わって驚愕に目を見開いて硬直していた。

 いままでの帝様の態度からすれば、かなり珍しいのではないだろうか。


『真なのか』

『うう……それは……』


 もう完全に確信しているようなものだったけど、未だに認めて良いものか踏ん切りがつかないで居ると、仙次郎が音もなく近づいてきていた。


『ラーワ殿、大丈夫だ。帝と大社は友好関係を築いているが、完全に別の組織だからな。特に師は大社とは少し距離を置いている。師であれば、話しても悪いようにはしないだろう』


 たぶん帝様やカルラさんにも聞こえるように、東和国語で言ったんだろう。

 いままで私は大社と帝がすごく仲良くしているんじゃないか、あるいは、この人自身がアール達拉致の主犯格の一人かとまで考えていたけど、ちょっと事情が違うのか?


 頭をひねって、仙次郎にさらに聞こうとしたのだが、その前に帝様が身を乗り出してきた。


『そなたらは大社に動向を知られたくなかったのか。ならば問題ない。そこにおる巫女達は余の傘下であるし、この場にいるものも特に信頼した者だけだ。今回は余のお忍びであったからな』

『かような危険を伴うお忍びなど、やめていただきたいものですがね!』


 静観していたけど我慢できなくなったらしい家臣さんの苦言にも、からからと笑うばかりだ。


「お忍び」って、確か高貴な身分の人が、周囲に言わずに勝手に出てきちゃう的なことじゃなかったっけ。

 ……だめじゃん!


『さあ、話すが良い。そなたらの目的次第では余が力を貸してやらんこともない。なにせ余はそなたに命を救われた身であるからな!』

『あ、いや、あれはとっさのことで』


 さっきの一本釣りのことを言っているのだと気づいて、恩に着せるつもりなんて一切なかった私がうろたえていると、帝様があきれ顔になった。


『そなた、まことに何も考えずに余とカルラを助けたのか? こういうものは事実がなくとも恩に着せて譲歩を引き出すのが常道ぞ』

『そんなひどいことしないよ!?』

『ひどくはない、ただの駆け引きである。どうせ、宿もあてもないのであろう? 余がそなたの立場であったらそれくらいは要求するわ』

『あ、え、えーと』


 図星だったので言葉に詰まっていると、帝様は腕を組んで傲然と胸を張った。


『安心せい。余にも打算はある。そなたの混沌を感じ取る能力と、そなたの旦那のまじゅつ?といったか、それには大いに興味があるゆえ、利用し合うと思えば良い。言うなれば同盟である』


 ええと、打算ってこんなに偉そうに言うものだったっけ?


『うちの盟約者が偉そうですみません。というか連れて行くんですか!?』


 カルラさんは胃が痛そうにしながら驚いていたけど、その反応が若干失礼の部類に入っていることには気づいていないみたいだ。


 いや、気にしないからいいんだけど。


『こういう性格の人だからな、師匠は。だが懐に入れたものは全力で守る気質の方だ。……少々面白がる、きらいはあるが』


 仙次郎はフォロー入れてくれたけど、目を泳がせたことで台無しだった。


「良いのではありませんか、ラーワ。私は是非にお願いしますという気分ですよ」


 治療を終えたらしいネクターが、私のそばにやってきて言った。


「大社が頼れない以上、白の妖魔を知るためには、別のアプローチを考えなくてはいけませんから。帝の庇護というのはとても有益だと思いますし、実際に術の行使をした人間ならばこれ以上ないでしょう」


 アールを救出するにも、やっぱり情報が集まりやすい場所に居れた方がずっと良いだろう。さらに言えば宿ないし、お金もないし。


『ふむ、言葉はわからぬが、話はまとまったか』

『ええと、じゃあ、帝様。お世話になります』

『くるしゅうない、良きに計らおう』


 ぺこりと頭を下げてみれば、帝様は泰然と応じてくれたのだった。



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