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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
東和国編

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第22話 ドラゴンさんと白の妖魔


 涙こそ流さないまでも、激情をこらえる仙次郎に、帝さんは鼻を鳴らした。


『ふん。余の度量も見くびられたものよの』


 暫く仙次郎はそっとしてあげることにして、代わりに私が帝様に問いかけた。


『あの。いいですか』

『なんだ、異国の神よ』


 それはもう確定なんだね。まあいいけど。


『とりあえず、なんて呼んで大丈夫ですか』


 遠慮がちに主張してみれば、帝様は、私を面白そうに見下ろした。

 だって、私より確実に頭一つ分以上大きいんだ。

 だいたいネクターと同じくらいじゃなかろうか。


『やはり愉快であるな。好きに呼べ。余に名はないゆえ、縛られることはない』


 んん? 名前がないってどういう意味だろう。

 後で仙次郎に聞いてみようと考えつつ、許して貰ったので考える。


『では、帝様で』

『ついぞ呼ばれたことがない呼び名だが。よいぞ、許す』


 泰然と応じた帝様に、ほっと息を吐いて、本題に入った。


『私達は、東和に目的があってきましたから、あまり時間がかかることは困ります。帝様の「お付き合い」はどれくらいですみますか』


 なにやら思惑があるようだけれど、大社がめちゃくちゃ大事な場所で、帝様も偉い人なのだ。


 つながりがないわけないから、疑ってかかるくらいで丁度いいと思うんだ。

 うっかり仙次郎に、大社と帝様がどれだけ近しいものなのか、聞くのを忘れてしまったから、うかつなことは話さないほうが良い。


 アール達を無事に救い出すためだからね。頑張るよ、私。


『ほう、言いおるわ。なに、大して時間はかからん。我らは妖魔退治に行くところでな、ついでに仙次郎の修行の成果を見せて貰おうと考えたまでだ』


 不穏なことを織り交ぜながら、愉快げに言い放った帝様に、ちょっと首をかしげた。


『妖魔退治は、今ので終わったんじゃ?』

『先のものなどただの雑魚よ。大物は別に――』


 ぞっと背筋が震えた。


 魔物が現れたときから、レイラインは乱れ気味だったけどそうではなく、唐突な消失と魔力異常が辺り一帯に広がっていた。

 それにこの、不安と恐怖と嘆きをごちゃ混ぜにして煮詰めたような感じは、忘れようがない。


 ネクターも周辺魔力の変化には気づいたことだろう。真っ青な顔で周囲を見渡しだした私に聞いてきた。


「ラーワ、どうしました」

「蝕が近くにある」


 顔をこわばらせながら言えば、わかるネクターと仙次郎は即座に表情を引き締めた。

 だけどどうして今ここで!?


 ……ともかく一刻の猶予もない。

 今すぐ場所を特定して、帝様達を安全な場所へ誘導しなくちゃいけなかった。


『帝さ』


 声をかけたのだが、その前に帝様が頭に手をやった。

 かすかに別の気配がするけど、もしかして思念話を受け取っている?


 すぐに会話を終えたらしい帝様は、私を確信を込めて言ったのだ。


『そなた、今気づいておったな(・・・・・・・・)

『っ!?』


 どちらなのかわからなくて、とっさに問い返せないでいる間に、帝様は家臣さん達を振り返って怒鳴る。


『向こうに白の妖魔が現れた! なるべく光石(ひかるいし)は拾っておけ! これから腐るほど必要になるぞ!』


 一斉に動き出す家臣さん達を眺める帝様に、私は慌てて声をかけた。


『君たちだけで、しょく……白の妖魔を倒しに行くのかい!? 前言撤回だ、私達も同行する』

『そなたらの目的は白の妖魔であったか』


 実際はそれも、という具合なのだけど、こくりと頷く。

 理解の色を浮かべた帝様だったが、先ほどの泰然とした雰囲気から打って変わり、光るような鋭さを帯びた。


『余もそなたに興味が湧いた、が。過度な心配なぞいらん。人数は……まあ少々心許ないが、すべはある。多少は仙次郎から聞いておろう』


 その気迫に少し圧倒されていれば帝様は、悠然と唇の端をつり上げて見せたのだ。


『ついてくるが良い異国の神よ。我らの妖魔退治、とくと見せてくれよう』





 *





 帝様と家臣さん達と共に、私達が森の中を走れば、すぐにたどりついた。

 だって、この嫌な感じの濃い場所へ進めば良いだけなのだから。


 そこは山と山の間にある盆地の草原だったが、そこに広がっていた光景はすさまじいの一言だった。


 真っ白い上着に、緋色のゆったりとした袴みたいなものをはいた女性達はたぶん巫女だろう。

 維持する女性達は苦しそうだったが、盆地を囲むように結界を張り巡らせていた。


 だけど、半透明で、かすかに光をおびるその結界は見ている間にも揺らいでいる。

 内側から体当たりをして大暴れしているのが「白の妖魔」だろう。


 形的には、先ほど遭遇した鵺だと思う。


 小山ほどの大きさをした奇怪な獣だったが、全身が白い霧状のなにかで構成されている。


 センドレ迷宮に蔓延した霧状の蝕は見えなかったけど、その鵺は間違いなく蝕だった。

 結界越しなのに恐怖と怒りと悲しみが伝わってきて、肌が粟だつ。


「本当に、出るのですね……」


 呆然とつぶやくネクターの気持ちはよくわかる。

 私もちょっと、半信半疑だった部分はあったのだ。


 あんな災厄がそうぽんぽんでてくる訳がないと思っていたのに、規模は何分の1でも、確かにそこに蝕は存在していた。

 ともかくどうにかしなきゃいけない、と一歩踏み出しかけたのだが、その前に手で制された。


 その手の主は帝様で、私が思わず立ち止まってしまった間に自分が進み出ると、矢継ぎ早に周辺にいた家臣さんたちに指示を出していく。


『巫女達、よくぞしのいだ! 余の合図の後に結界をほどけ。光石で魔力補給を! 皆の者、露払いを頼むぞ!!』

『はっ』

『仙次郎! たかが五年で忘れたとは言わせぬ!』

『承知!』


 仙次郎が反射的にといった具合で応えると、槍を一振りして魔力をまとわせる。

 身体強化の短縮術式だといっていた、淡く肩に入っている入れ墨のあたりが光を帯びていた。


『我が国の秘技を外つ国の者へ見せるのは、余が知る限り初めてだ。よく見ておれ』


 こんな場合なのに、私たちに向けてにやりと自慢げに笑った帝様は叫ぶ。


『来い! ”カルラ”!』


 瞬間、帝様の傍らに転移陣が現れて、そこから現れたのは魔力からして、魔族だった。

 顎で切りそろえた白銀の髪に、褐色の肌をした流麗な面立ちの女性の姿をとっている。


 眼鏡が印象的なその女性は、紫の着物を揺らして舞い降りると、琥珀の瞳に非難を込めて帝様をねめつけた。


『カルラではなくカレイラヴィレルですよ。わが盟約者……というか、なんてヒトと一緒に居るんですか!?』


 怜悧でひんやりとしたクールビューティーだと思っていたのだが、彼女は私を見るなり顔を引きつらせてのけぞった。


 あ、うん。全く隠していないし、魔族ならわかるよね。


 かろうじて震えていないけど、かなりひるんで居る様子のカルラさんに、帝様はちょっと驚いたように眉を上げた。


『その神を知っておるのか』

『……神、ええ神でしょうね。まあ良いです。あなたが死ぬ可能性が限りなく低くなったということは喜ぶべきことです』


 すごい頭が痛そうに手をやっていたカルラさんは、極力私を見ないように、帝様に手を添えた。


『ともかく。我が盟約者よ、今回の望みはあれを片付けることですね』

『ああ、対価に余の半分をそなたに貸そう』

『では私の半分はあなたに』


 厳かにつぶやいたカルラさんは、帝様の左手の甲に唇を寄せる。

 すると口づけられた手の甲に魔族の契約紋が現れ、刹那、カルラさんから魔力があふれ出した。


 魔力は手の甲を通じて帝様に流れ込むと、彼の黒髪をひと房、銀色に染め上げる。

 その顕著な変化に目を奪われかけたが、帝様からカルラさんへ流れていくなにかに釘づけになった。


 収まった魔力の中で銀に変わった髪をかき上げた帝様は、私たちを見るなり言った。


『では、そこなふたりも露払いを頼むぞ』

『え』


 と、思ったところで、私は背後や周囲から近づいてくる不穏な気配を悟って振り返る。

 森の中から現れたのは無数の黒い魔物だった。


『あの白の妖魔に惹かれて、黒の妖魔も集まってくるのだ。余が白を相手にしている間に、黒を近づけさせるな』

『盟約者、なにを』

『主上! 結界が壊れまする!』


 風精で飛んできた巫女さんの悲鳴のような報告に、私の声は遮られた。


『よし、参るぞ、カルラ!』


 ともかく言うだけ言った帝様は、とんっと軽く地を蹴った。

 それだけで大地がえぐれ、体は壊れかける結界のそばまで飛んでいってしまった。

 さっきもすごいと思ったけど、段違いの身体能力にあっけにとられる。


『ああもう全然聞かないんですからっ。魔物をお願いいたしますよ、要の竜! ですが魔力濃度を下げないでくださいね! 私が死にます!』


 嘆くカルラさんは私にそう言うと、帝さんを追ってかけだしていった。

 そんなカルラさんもさっきとはなにかが違うのだが、一体何だ?


『どうしますラーワ』

『とりあえず、目の前の魔物をなるべく早く倒した後、帝様達の助勢に行く!』


 カルラさんのお願いはよくわからなかったけど、とりあえず魔力を遮断しちゃいけないのは了解した。

 ネクターに聞かれた私はそう答えて、森からやってくる魔物達を相手取るために、炎ノ剣を生じさせたのだった。








 帝様が飛んでいってすぐ、結界が壊れた。

 どれだけ防いでいたのかは知らないけど、蝕を押しとどめられるだけの結界を張り巡らせていた彼女たちの技量もすさまじい。


 結界を壊した鵺は、一番近くに居た巫女に襲いかかろうとした。

 寸前で間に合った仙次郎がかばい、その爪を槍で受け止めたが、蝕の霧に触れたとたん、槍の紋様が明滅する。


 波のように押し寄せてくる魔物を捌いていた私は、それに気づいて走ろうとしたのだが、均衡が崩れ去る前に、その脇に肉薄した帝様が刀を一閃した。

 鵺は寸前に飛びすさったが、その脇腹に刀傷が走っていた。



 そう、走っていたのだ(・・・・・・・)



 帝様は。魔法しか効かないはずの蝕に物理攻撃を通していた。


 身体能力は先ほどよりも数段上がっていたのは気づいていたが、それにしたって理屈がとっさにわからなかった。


 傷は見ている合間にふさがっていたが、ダメージは感じているようで、鵺はターゲットを完全に帝様へ移している。


 ちょっと驚くことが多すぎて追いつかないけど。


 あれ、物理で殴れるの?

 何で仙さんの槍みたいに、刀が蝕に飲み込まれないの? 


 考えたところで、刀に魔力が乗っていることに気がついた。

 術式のようなそうでないようなあいまいなやつだ。


『さあ来るが良い。我が国を(おびや)かすのであればそれ相応の覚悟があろう?』


 予備動作なしに襲いかかってくる蝕は声なき咆哮を上げると、霧状の蝕をまき散らした。

 仙次郎は巫女を抱えて後退したから難を逃れたが、帝様はもろに浴びていて私は真っ青になる。


『帝様!?』


 思わず叫んだ私だったけど、魔力の渦巻く気配と共に銀の炎が蝕を焼き尽くした。

 それはカルラさんがはなった魔法で、薄れた蝕の中から、鵺と帝様が飛び出してくる。


 ほぼ無傷の帝様がなで切りにすれば、鵺がまた苦しげに身をよじった。


 反撃の隙を逃さないためにあえて避けなかったのか?

 でもどうして蝕の中で生きていられるんだ!?


『全く脳筋ですか馬鹿ですか、いくら大丈夫だからってダメージがないわけではないんですからね!』

『それよりもカルラ、余ごと焼くとはどういう了見であるか!』

『それくらいあなたなら平気でしょう!?』


 ぎゃーすぎゃーすと夫婦喧嘩みたいに言い合いながらも、絶妙な連携で蝕と化した鵺を圧倒していく彼らには、呆然とするしかなかった。

 カルラさんの編み上げる銀の炎の魔法が蝕の霧を焼き尽くすのはわかるけど、帝様の刀は確実に蝕にダメージを与えているし、なにより、帝様は蝕に触れても消滅していない。


「帝様の全身をカルラさんの魔力が覆っていますね。ただ覆うだけではなく内側からなにかを引き出しているようにも思えます。魔術、ではありませんね」


 魔物をなぎ払いつつ、ネクターが驚くのに、私も一体燃やし飛ばしながらうなずいた。 


「うん、帝様がまとっているのは魔法だ」


 というか、そう考えるしかない。


 帝様は、魔法をその身にまとうことで、蝕に対抗しているのだ。

 でもどんな種類のものであれ、ただの人が魔法を使うなんてことができるはずがないのだが、さっきのカルラさんが口づけた契約紋を通じてなにかしたのだろう。


 ただ、カルラさんの方にもなにかが流れていっていた気がしたのだが……。


 それはすぐに知れた。

 カルラさんが蝕の霧に触れたとたん、反発するようにはじかれたのだ。


『カルラ! そなたは不用意に近づくな!』

『問題ありません』


 強がってはいるけど、カルラさんは腕を押さえている。

 衣が破けてむき出しになった腕は、まるでやけどしたようにただれてしまっていた。

 呑まれていないのも驚くべきことだが、平然としていた帝様とは雲泥の差だ。


 もしかして魔族の方が、蝕に対して弱い?

 それはおいといて、とりあえずこの魔物をどうにかしなければ。


 後から後から押し寄せてくる魔物だけど、森の中だからうかつに大規模魔術を使えば、森ごと消滅させてしまうし家臣さん方を巻き込んでしまう。

 鵺を中心に空間を遮断して、魔力を制限すれば楽だろうけど、カルラさんの「魔力を遮断するな」という言葉が気になって、二の足を踏んでいる。


 あ、でも、これならいけるか?


「ネクター! 一気に畳みかけるよ、他の人をよろしく!」

「了解ですっ」


 すぐさまくみ取ってくれたネクターが風精を飛ばすのを感じながら、私は地面に――正確にはその影に剣を突き刺した。


影踏(シャドウバインド)!』


 古代語によって定義された魔力は、剣を中心に複数に枝分かれした影となって走って行き、次々と魔物をとらえていく。

 ただ、『影踏』には相手を拘束するだけの効力しかない。


 窒息させられる術はあるけど、魔物には効かないからなあ。

 だから、大方の魔物をとらえた私は剣の柄をにぎり、今度は魔法を編み上げた。


『我求メルハ 破邪ノ熱』


 魔力は影を走って魔物にたどり着き、炎の華を咲かせた。

 灼熱の炎は一瞬で魔物を焼き尽くして消えていったから、森にも飛び火はしていない。


 まあ、もともと魔物だけを焼き尽くす炎だったから大丈夫だろうけど、熱が伴うからなるべく対象を制限したかったのだ。


 魔物はあらかた消滅したのを確認して、私は再び帝様とカルラさんの方を振り返る。

 盆地の中央には今まさに、蝕となった鵺に、最後の一太刀を振り下ろす帝様がいた。


 太い首を落とされた蝕は、白い霧状の体を霧散させていく。

 だが、断末魔の代わりとでも言うように、ありとあらゆる負の感情が濁ったような思念が発散され、意味がないと知りつつも耳をふさいだ。


 でも、本当に、倒したのか。ただの人族が、あの蝕を。


 その事実に呆然としながら、私はカルラさんと帝様にむかって駆けだした。

 

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