第21話 ドラゴンさんと現地の人
走っている最中でも、何度か魔術が使われる気配がしたから、かなり激しい戦闘のようだった。
だが、それも無理はないだろう。
まもなく遭遇したのは、黒いよどんだ魔力をまとった魔物だったのだから。
私が無詠唱で魔術を放てばたちまち霧散したが、ほかにも複数のよどんだ気配がある。
東和の魔力が濃いとはいえ、こんなに居るのに気がつかなかったとは不覚だ。
だが、抗戦している人が何人居るかわからない以上、急いだ方が良いだろう。
「先行ってるよ」
「はい」
「うむ」
同じことを考えたのだろう、ネクターと仙次郎の短い了承の声に、私は皮膜の翼を出して、空へ飛び立った。
地上なら仙次郎が早いけど、障害物のない空を飛べる私の方がもっと早い。
魔術の使われた方向へ全速力で向かえば、すぐに木々が途切れて開けた土地があった。
そこに居たのは、両手に余る数の大小様々な魔物と、それに取り囲まれながらも抗戦を続ける人々だった。
死角を作らないようにだろう外向きの円形に組んでいるけど、彼らよりも魔物の方が多い。
バロウでは、直ちに国で討伐対が編成される規模だし、第四階級以上ハンターが複数人かり出される事態だ。
4,5人しかいないのに、どうにかなるレベルじゃない。
だというのに。
「うわあ……」
私は思わず、眼下で繰り広げられる光景を眺めてしまった。
なぜなら、その中にいた一人が異様に強かったのだ。
黒髪の、東和の民族衣装に身を包んだ40代くらいの男性だったのだが、そりの強い細身の剣……有り体に言ってしまえば刀っぽい武器で、ばっさばっさと魔物をなぎ倒して消滅させていく。
刀身が淡く発光しているから、何らかの術が付与されているのだろう。
それにしたって、たった一人でまっただ中に切り込んでの奮闘ぶりはすさまじい上、その表情には余裕があるように思えた。
にしても、わりと高そうな服を着ている気がするんだけど、気のせいかな。
ともかくなんだか仙次郎を彷彿とさせて、つい、介入して良いものかと迷ったけど、けが人や荷物のある場所の後ろに迫るものをみつけた。
皮膜をたたんで急降下しつつ、即座に編み上げた術式を放つ。
『鏡盾!』
古代語で定義された魔力は、強固な盾となって、彼らを包み込んだ。
一拍して騎獣達に襲いかかろうと突進していた魔物を阻む。
だが、魔物がそのまま霧散していって驚いた。
確かに『鏡盾』には、受けた攻撃をそのまま相手に跳ね返す効力があるけど、魔物を倒せるようなダメージにはならないはず。
もちろん、魔力の感じからして、今の魔物はバロウに出てくるものと変わらないように見えたし、どちらかというと体当たりのダメージが増幅されたような印象だった。
もしかして、魔力濃度が濃いせいで魔術が勝手に強化されているのか?
これはちょっと気を引き締めて微調整しないと、事故が起きそうだ。
そんなことを胸に刻みつつ、完全に翼を消して地上に降り立てば、武器を構えたまま彼らは呆然と私を見つめていた。
黒髪に人間の耳の人と獣の耳の人が半々ぐらいか。
彼らの目に入る前に翼は消したから、私がいきなり空から現れたように見えるだろう。
「助けはいるかい?」
まだ脅威は去っていないから、質問される前に問いかければ、彼らは困惑したように顔を見合わせていてしまったと思った。
忘れてた、ここは東和なんだから、西大陸語で聞いちゃだめじゃないか!
冷や汗をかきつつ、言い直しかけたのだが、その前に、仙次郎とネクターが駆け込んできた。
仙次郎は黒い槍に魔力を走らせ、見事に魔物を霧散させていく。
ネクターも風の刃を量産して魔物をどんどん削っていた。
すぐにあっちも片付くだろう。
それを見た私はほっとしつつ、周囲を警戒しながら見守る体勢をとろうとしたのだが、不意に、仙次郎が愕然とした表情になって足を止めたのだ。
仙次郎の戦闘スタイルは、機動力で攻撃を避けて、槍で一撃必殺を繰り出す、ヒットアンドアウェイだ。
足を止めるのは致命的のはずなのに、魔物に囲まれた中で立ち尽くしている。
まさか、魔物の特殊攻撃を食らったのかと焦りかけた時、傍らにいた東和の一人が呆然とつぶやいた。
『四槍殿……?』
「しそう」という単語の意味がとっさに浮かんでこなかったが、彼らが仙次郎を認識していったのは明白だった。
仙次郎はちゃんと襲いかかってきた魔物は無意識のうちに倒していてほっとしたけど、その視線の先にいるのは、無双していた黒髪のおっさんだった。
おっさんはだめ押しとばかりに、最後の魔物を切り飛ばして霧散させると、その優美な刀を肩に担いで、仙次郎ににっかりと笑いかけたのだ。
『その姿、仙次郎だな! 帰ってきておったか!』
おっさんが迷わず仙次郎の名前を呼んだことにも驚いたけど、仙次郎が周囲にかまわずその場に片膝をつくのは予想外だった。
『長くご無沙汰しておりました、主上』
しゅじょう、とは。
と、聞いちゃいけない雰囲気だけれども、黒髪のおっさんと仙次郎が知り合いだと言うことは理解できたのだった。
『そう堅苦しくなるでない。余は再びそなたと会えて喜んでおるのだ』
親しみをこめて笑った黒髪のおっさん――しゅじょうさん(仮)は、刀を腰の鞘にしまうと、私を振りかえってすたすた歩いてきた。
『そこな娘よ、家臣が世話になったな』
『いや、助太刀はいらなさそうだったけど、無事で良かったよ』
急に声をかけられた私はちょっと面食らったが、そう応じた。
しゅじょうさんは、黒髪を無造作に切り、顔立ちは自信に満ちあふれていて、めちゃくちゃ覇気のある声音で話す人だった。
こう、気っぷの良い兄貴分みたいな。
バロウとは違う彫りが浅い顔立ちは、なんだか地球時代の日本を思い出して、さらに言えば仙次郎と似た雰囲気を持つ人だったから、すごく親近感が湧いて、思わず無造作な言葉遣いになったのだが。
すると、私の背後の人達がざわっとした。
『なんと無礼な! 娘! 仮にも東和の民であるならば分をわきまえよ!!』
ここに飛び込む前に赤い房の部分は消しておいたから、そう考えたのだろう。
目を合わせない限り、瞳の色なんて案外わからないからね。
『無礼はそなたのほうだ、十郎太。黒髪をしておるがこの娘、東和の民どころか、人ですらないぞ』
十郎太、と呼ばれた若い青年が私に怒るのを止めたしゅじょうさん(仮)の言葉に、家臣さんがたがざわっとなる。
というか、家臣ってなんか嫌な予感しかしないぞ……?
早々に看破されてしまった私はしらばっくれようかどうか迷ったけど、しゅじょうさん(仮)に、のぞき込まれてのけぞった。
『ずいぶん意外性のない人選だが、まあそう言うものであろう。歓迎するぞ、外つ国の神にして仙次郎の盟約者よ。余は東和国今代帝である』
『みかど……?』
微妙に嫌な汗が流れ出してきた私は、立ち上がって駆け寄ってくる仙次郎に思念話を飛ばした。
《仙さん確認! みかどってバロウで言う何!?》
《その、帝はバロウで国王と同等の存在でござる》
《……つまり、この国で一番偉い人?》
《そうとも言い切れぬのだが、東和で最も貴いお方の一人でござろう》
すんごく申し訳なさそうな思念を返してくる仙次郎に、やっぱりかー!と声に出して叫ばなかったのは褒めてほしいかも知れない。
東和に来て早々どうしてそんな大物に出会うかな!?
というかちょっとフレンドリー過ぎやしないかな!
なんかもう、早々にテンのところへ私の存在がバレる予感しかしないんだけど、記憶消して逃げようか。
というか、この人私のことを仙次郎の盟約者って……?
わからないことだらけとはいえ、自己紹介されたんだから、し返さなきゃだめだよな。
ぐるぐる考えつつも、私は帝様とやらを見上げた。
『はじめまして、東和の帝様、私はラーワ。予想の通り人族ではないですが、仙さんの友人です』
せっかくやった隠蔽だけれども意味がなさそうなので、赤い房を戻して自己紹介すれば、帝様は驚いたように目を見開いた。
ついでに背後にいる家臣さんの気配が変わってちょっぴり怖い。
『驚いた。外つ国の神にもかかわらず、余に敬意を払うのか』
……そこに驚くのかい?
え、つまり家臣さんがたが黙り込んだのは、下手なことをいって不興を買わないようにしようとしてたと?
というかいつ爆発するかわからないから怖がってたみたいな?
なんか非常に不本意だけども。
『ええと、たくさん居る人々を一つまとめる役職は、とても責任重大で、大変なお仕事ですよね。それに敬意をはらうというか。丁寧にするって普通のことじゃないですか』
あ、でも魔術師長のイーシャははじめのインパクトのせいで、完全に崩れてたなあ。
少々反省しかけていたら、なんか帝様に信じられないようなものを見たような眼差しで見下ろされていた。
『仙次郎、外つ国の神とはこれほどまでに話の通じる神ばかりなのか』
『ラーワ殿が、特別なんですよ。俺の見つけた人は、魔族らしいひとでしたから』
『うむ? 盟約者ではないのか』
仙次郎の説明に、帝様はおやっと眉を上げた。
のだけど、それは私も聞きたい。
『ええと、仙さん、そもそも盟約者ってなんだい』
『神々と心を通じ対等と認められたときのみ結ぶ、縁のことだ。有り体に言えば、伴侶のことだな』
仙次郎は東和国語になると、言葉がざっかけない感じになる。
その変化もちょっとおもしろいなあと思いつつ伴侶……あ、夫婦のことか。ってええ!?
そこで、ようやくこの帝様の勘違いと、さらに彼が仙次郎の事情を知っていることに気づいたのだ。
『なかなかかわいらしい美人だと思うのだが。そうか、違うかならば……おうっ!?』
王様とはいえかなり親しい感じらしい二人に驚きつつも、ちゃんと説明せねばと思ったのだが、その前に後ろから、ぐっと引き寄せられた。
『お初にお目にかかります、今上帝よ。私は彼女の伴侶でございます、ネクター・フィグーラと申します』
穏やかな声音で自己紹介をしたネクターだったけど、見上げた表情に若干の警戒が混ざっているのに気がついた。
いや、そんなに目くじら立てずとも、きっと冗談だっただろうし。
それにしてもネクターの腕に囲われる形になった私は少々気恥ずかしいのだが、帝様はネクターを見るやいなや、ぱあっと表情を輝かせたのだ。
『おお! そうであった。仙次郎は外つ国の民をつれていたよの。ほうほう、獣耳がないというのにこの色鮮やかな髪に、面立ちの違うことよ! さらに瞳に色がついておる! 全て文献通りだな!』
そうして、ためつすがめつ見ながら子供みたいにはしゃぐ帝様に、ネクターは私を囲ったまま困惑していた。
とりあえず、ネクターの「普通の人のふり」はバレていないみたいだからよかったけど、完全に珍獣扱いだ。
『さきの術もこちらでは全く見ぬものであったなあ。これは留学から帰ってくる者達が楽しみだ』
『主上……』
帝様が自分の世界に入っていってしまいそうでどうしようかと思ったけど、仙次郎が遠慮がちに声をかけたことで引き戻されたようだ。
と、いっても帝様はなぜか仙次郎を恨めしそうに見ていたけど。
『他人行儀に呼ぶでないわ。守人は解任したが、師弟の契りを断ち切った覚えはないのだぞ』
『もったいない言葉です』
あくまでかしこまる仙次郎に、帝様はすごい勢いですねていた。
愛嬌があるけど、さっきの無双っぷりを見た後だけにギャップがすさまじい。
『まったく、頑固者めが。では詫びついでにそこな友人と共に、余に付き合え』
『へ?』
だが、続けて当然のごとくそう言われた私達は、面食らった顔をしていたと思う。
家臣さん達も血相を変えた。
『主上、素性も知れぬ輩を同行させるのですか!?』
『素性なら知れておる、仙次郎の友だ』
『で、ですが、四槍殿は一度東和を離れた身でありましょう。よりにもよって今、この禁域にいるのは怪しすぎます!』
きんいき?という、知らない言葉に内心首をかしげたが、家臣さんの一人が食い下がった言葉には、本人だけど全力で同意するよ!
と思っていると、仙次郎が驚きに目を見開いたのだ。
『ここは禁域なのですか!?』
思わずと言った風に問いかけた仙次郎に、帝様はにやりと笑った。
『おう、禁域だ。そして、当代柱巫女が戻ってきた同時期に、そなたがここに居るのは無関係ではあるまい』
帝様が確信めいた表情で問い返してきて、こわばった表情になった仙次郎に、私とネクターはそくざに思念話を向けた。
《仙さん、きんいきって?》
《禁域は、魔力の濃く魔物の出没する危険な地域として、大社が立ち入りを禁止した地域のことにござる。たいていそこには大社から管理を任されて建立された分社もある。そして分社がある場所は大社とも気脈がつながっていると言われているのだ》
《つまり、空間転移の暴発に巻き込まれて飛ばされてくる場所としては、とても理にかなっているというわけですね》
ネクターが補足すれば、仙次郎は肯定したのだけど思念はなんだかすぐれない。
《祝詞で、まさかと思うておったが、真琴が柱巫女となっておったとは》
柱巫女、と言うのが特別な地位であることは仙次郎の思念で伝わってきたが、帝様がもっと気になることを言っていたので、おいておく。
柱巫女が真琴のことなら、真琴はすでに大社に戻ってきているのだ。
帝様は一体どこまで知っている?
私が若干警戒度を上げていれば、帝様は眉を上げた。
『ふむ、その表情、やはり無関係ではなさそうだの』
『主上、もう一度お考え直しを!』
家臣さんの一人が言いつのるのに、だが帝様は毛ほども揺らがず鼻を鳴らしたのだ。
『ここに、こやつがいるからこそだ。我らの目的を達するためには、情報はいくらでも欲しいもの。それにの、この仙次郎がおめおめと何もせずに帰ってくるわけがなかろう。こやつの一本気さを忘れるでない。明かす気がなければ、余が問いただそうと頑として口を割らぬであろう』
傲然と言い放つ帝様には、家臣さん方は早くもあきらめムードだ。
仙次郎が、ちょっと言葉を詰まらせているのに向け、帝様はにやりと笑う。
『で、あろう? 我が弟子よ』
そのどうだと言わんばかりの笑みは、人なつっこくて、人を惹きつけてやまないような魅力にあふれていた。
カリスマって、こんな感じのことを言うのかも知れないなあ。
『故郷を捨てた身であるにもかかわらず、そこまで慮ってくださるのはありがたい。です、が……』
たぶん、仙次郎は私達の目的が、わりとこの国のデリケートな部分に触れるから、言い出せないのだろう。
『何を言うておるか、余はそなたを放逐した覚えはないぞ。武者修行ついでにおなごを探しに行くというから、渡航許可を出しただけである』
あ、うん。本当に知ってたんだね。
さらに言いつのろうとしたのを遮り帝様にそう言われて、仙次郎は灰色の尻尾を震わせた。
もしかしたら、知り合いに会ったら、ののしられるくらいは覚悟していたのかも知れない。
正直、故郷を持たない私ではそのあたりを実感することはできないんだけど、仙次郎が心の底から安堵しているのはよくわかったのだった。





