表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/185

第19話 ドラゴンさん、踏ん張る


 私は収まらない頭痛にまとまらない思考を、唇をかみ切る痛みで無理やり引き戻して叫んだ。


「アール、ちゃんと助けるっ」

「かあさまっ!」


 全身をあきらめて、魔法が使える程度の魔力領域だけを整えた私は、テンさんの構築した魔法陣に干渉した。

 余裕しゃくしゃくだったテンさんの顔が、初めて動揺に染まる。


「えっあ、わちょっと!?」 


 慌てながらも主導権を取り戻そうと手を伸ばされるが、私もありったけの思考領域を裂いて、術式を読み取って邪魔をした。


 空間転移は繊細な術式だ。

 魔力供給が足りないだけで不発になるくらいだから。

 

 とはいえ、テンさんがあきらめて次の術式をくみ上げたらおしまいだから、不発にできてもいやがらせぐらいにしかならないだろう。


 でもこのまま黙って見送ったら、一生後悔する!

 その一心で転移陣を阻んでいれば、ふと視界の端に薄紅色に染まった亜麻色の髪が揺らめくのが映った。


「かあさま、待ってるからっ!」


 その時、アールの瞳からこぼれた涙が魔法陣に落ちた。


 瞬間、魔法陣に膨大な魔力が流れ込み、いびつにゆがんだ魔法陣が膨張した。


 予期せぬ魔力の供給で、魔法陣が暴走し始めたのだ。

 魔法陣は私たちまで飲み込んで、起動しようとしている。


 私は不測の事態に、妨害の手を引っ込めて魔法陣を整えようとしたが間に合わない。 

 大慌てのテンが、アールと美琴をかばうように抱えなおしたのを見た気がする。

 だが確認する前に私の視界は反応光で塗りつぶされ、強制的に転移させられるのを感じていたのだった。








 *







 誤作動を起こした空間転移でも、移動時間は一瞬だ。

 空間転移の感覚が途切れたと思ったら、私は地面に投げ出されていた。


 柔らかい落ち葉の感触と、濃密な緑の匂いでそこが森の中だと悟る。

 空間転移の誤作動で一番怖いのは、転移の後に現実世界に戻れるかだけど、それは回避できたらしい。


 あたりに木漏れ日が差し込んでいることから、日中のようだったが、時間がたっていないとほっとするのはまだ早い。

 なぜなら、時間を無視して空間をつなげる、ということは、移動にかかわる時間もゆがめているということなのだから。


 まあ、それを今考えても仕方がない。


 まず始めたのは、周辺のレイラインの把握だった。

 あたりの魔力の流れに少しでも覚えがあれば、大体の位置はわかるのだが、残念ながら私の知る魔力の流れは一切ない。

 空気の匂いも知らないものだ。

 

 その代わり、ネクターと仙次郎の魔力波が近づいてくるのを感じた。


 迎えに行くために私は立ち上がろうとしたが、貧血のようにくらくらしてまた座り込む。


 さっき無理したつけが、ちょっときているようだ。


 仕方なくその場で体内魔力の乱れを整えることに注力していれば、風を引き連れて現れたのは仙次郎だった。


 その背に負われているのは、え、ネクター!?


「ラーワ! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だけど、なんで背負われているんだい」


 そう返しつつ目を丸くしていれば、ネクターを下して槍を持ち直していた仙次郎が言った。


「ネクター殿はラーワ殿の居場所がわかったのでござるが、少々魔力酔いにやられていたようでな。早く移動できるそれがしが運ぶという折衷案だったのでござる。ネクター殿程度であれば問題ないゆえ」

「なるほど……その様子だと、仙さんは大丈夫そうかい」


 普通に走っているから問題ないのだろうけど、念のために聞けば、仙次郎はとたんに渋面になる。


「それがしは鍛えておるゆえあれしきのことは問題ない。ただ、魔術で動きを封じられてしもうたのは痛恨であった」 


 仙次郎が今にも腹をかっさばかんばかりに後悔しているのは、痛いほどよくわかった。

 まさに私がそうだったから。


 ネクターが、心配しすぎて胸がつぶれそうな表情で私の傍らに膝をついた。


「ラーワ、本当に大丈夫ですか、真っ青ですよ」


 そういうネクターこそ、顔は紙のように白い。

 とっさに手を取れば、未だに体内の魔力循環がめちゃくちゃに乱れているのがわかった。

 触れた肌を通して魔力を整えれば、ネクターはほうと、息をついた。


「ありがとうございます、ラーワ」

「いや、こちらこそありがとう、だよネクター。アールと美琴にパスをつなげてくれただろう?」


 ネクターは私が転移陣に干渉している刹那の間に、アールと美琴に対して、位置と様子がわかる監視術式を飛ばしていたのだ。

 魔力を乱されていたにもかかわらず、あれだけ精密な術式を編み上げるのはしんどかっただろうに、そこをやり遂げてくれたのは感謝しかない。


 感嘆のまなざしを向ければ、ネクターは力なく首を横に振った。


「いいえ、おそらく、あのテンという竜には気づかれていました。その上で二人に対する術式を見逃されたのです」


 その言葉に私と仙次郎は息を呑んだ。

 私にしたってそうだ。

 ドラゴン同士の力関係は拮抗していて、身体的、魔力的な個体差というのはほぼないけど、長い年月をへた経験値の差というのはどうしても出てくる。


 つまりテンは、間違いなくドラゴンで……悔しいけど私よりも技術的には上の存在だった。

 そんな彼女の意図は全く読めないけど、術を見逃した理由はたぶん。


「少なくとも、美琴とアール殿に危害を加えるつもりがない、という意思表示でござろうか」


 険しい顔をした仙次郎の言葉に私もうなずいた。


「それと、東和に来い、というのもだ」


 彼女がとった行動は全部悪事そのものにもかかわらず、まったく敵意も悪意も殺意も感じなくて油断してしまった結果、――アールと美琴はさらわれた。

 守れなかったのだ。


「ラーワ、落ちついてください」


 苦しそうなネクターの声にはっと我に返れば、視界に入る私の髪が、赤々とした炎をまとっていた。


 私の感情に合わせて熱を発していたらしい。

 一気に頭に上っていた熱が下がり、逆に真っ青になる。


「ごめんッネクター! 大丈夫だったかい!?」


 ネクターは樹木の性質を持っているから、熱にはものすごく弱い。

 うっかり燃やしてしまっていないかうろたえつつ確認しようとすれば、ぎゅっと抱き寄せられた。


 まだ私が発していた熱は冷め切っていないから、ネクターには熱いだろうととっさに離れようとしたら、強く、腕に力を込められた。


「大丈夫です。アールと美琴さんは無事ですから。今は焦らずに、方法を考えましょう」


 低く、ささやくようなその声音に押し込められた悔恨に、はっとする。

 悔しいのは苦しいのは、私だけじゃなかった。


 ほんの少し安堵して、頭の中が冷静になる。


 私は抵抗するのをやめる代わりにネクターの背に腕を回した。


「うん。そうだね、ネクター」


 今は突っ走っても、良いことなんてない。

 深く息をつけば、ネクターは微笑んで額に口づけてくれた。

 それがくすぐったくてやり返そうとした矢先、


「……その、お二方。それがしは、いったん席を外した方が良かろうか」


 遠慮がちな仙次郎の声が聞こえて、私はぴきっと固まった。


 見れば少々顔を赤らめた仙次郎が気まずそうに狼耳を伏せていて、私はずさっとネクターから離れた。


 ああもう嬉しいけどちょっと残念って顔しないでくれるかなネクター!?


「いやいや大丈夫だから、こっちこそごめんな!?」

「いや、それがしも冷静になれたゆえ、問題ないでござる」


 息をついた仙次郎はきりりと顔を引き締めた。


「真琴がなぜあのテンと名乗った者を寄りつかせたのかはわからぬ。だがそれがしの家族が迷惑をかけたのだ。償いも含め、力の限りアール殿の奪還に助力させてくだされ」

「助かります、仙次郎さん」


 ネクターがほっとしたように言うのに、私も同じ気持ちだった。


「アール達がどこにいるかわかるかい?」 


 余波で巻き込まれた私たちが無事だから、大丈夫だろうとは思いつつ、少し心配になって聞いてみれば、ネクターは集中するように目を閉じる。

 毛先が薄紅に染まった亜麻色の髪が宙に揺らめき、魔力の気配がしてすぐ、ネクターは少し驚いたように目を開いた。


「術式が不完全なせいか、大まかな距離と方向しかわかりませんが、同じ大陸にいるようです」

「と、いうことはここって、東和国内かい?」


 こうして私たちが無事に転移した以上、テンたちも問題なく転移を終えているはずだ。

 そして、彼女たちが転移しようとしていたのは東和国だったわけで、それで同じ大陸にいるのなら、東和国である可能性は非常に高いだろう。


 仙次郎が狼耳と尻尾の毛を逆立たせて驚きをあらわにする。


 図らずとも敵地兼目的地に来てしまったのは衝撃だが、かえって好都合かもしれない。

 当てにしていた真琴と美琴が居ない上、敵地に乗り込んでいる今、東和国を知る仙次郎が居てくれるのはありがたいんだけど。


 ちらっと、仙次郎をうかがってみれば、ふかく息をついたところだった。


「うむ、それがしとて、覚悟は決めておる」

「ええ、それにやることは変わりませんしね」


 ネクターが薄青の瞳に揺らめくのはかすかな怒気だ。

 自らを悪役、と評したテンの目的は謎だ。 


 はからずとも敵地に乗り込んだ今でも、やることは一つだ。


「絶対、二人を無事に取り戻そう」


 ネクターと仙次郎がそれぞれうなずくのを見ながら、私は固く拳を握ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ