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12 幕間: 会議室は恐慌に踊る

別視点、流血表現があります。ご注意ください。

 




 おかしい、こんなはずではなかった。


 バロウ国王は、混乱と恥辱と理不尽さにいらだつ表情を隠す余裕も当に捨て、魔術による光球で照らされた広大な会議の間の中、日が完全に落ちた今も終わらない今後の対応に関する喧々諤々の会議を、一番高い位置に据えられた玉座から睨み付ける。


 たった一か月前のことだ。


 未熟な魔術師どもに魔物であふれかえった穀倉地帯を取り戻すよう命じたのは。

 それがなぜ、隷属の契約が無効化され反乱軍に加わっている?

 更には各主要都市で一斉に反乱がおき、今まさに王都目前まで迫っているのだ!?



 大使として使いに出した官僚が持ち帰った反乱軍の要求は国王自身が退陣し、傍系もいいところの男児を王に据えることである。

 怒りと屈辱のあまり、その大使はその場で切り捨てた程だ。


 許せなかった。


 飼い犬風情にかまれる形になったことが。何より尊いこの身を引きずり下ろそうとするのが。


 幸い、国王自身に倒れられては困る何人もの高官がいる。

 いまだ国に忠誠を誓う軍勢も多く、そのほかは貴族たちの私兵で数を補い、城門を閉めることで王都に立てこもり徹底応戦の方向で会議もまとまろうとしていた。


 だがどうしても心もとなく感じる。

 何せ国の魔術師のおよそ三分の一、それも軒並み実働部隊の精鋭が寝返っているのだ。

 今まで戦になれば軍役魔術師を出すだけで事足りた。それが使えないのである。

 改めて兵法をひっくり返す羽目になるとは思わなかった。


 市井では魔物被害の増加は国の陰謀によるものだという噂まで流れている。



 魔物被害の増加が、地力上昇魔術式のせいだと?



 穀物の収穫高が上がるのなら魔物被害が増加するくらい構わないではないか。たかだか村一つなくなった程度で中止すべきなどと、たわごとである。

 そもそも魔術師長が持ち込んだ安全な術式だという触れ込みではなかったか。

 ただこちらの命令に従って化け物を討伐していればよかったのだ。そうすればドラゴンなどに食い殺されずに済んだものを。


 そもそもおかしくなったのはあの地にドラゴンがやってきてからだ。

 あれで魔術師を大量に出す羽目になり、魔物の討伐が追い付かなくなったのだ。




 いや待て、ドラゴン?



「そうだ、ドラゴンを反乱軍にけしかければ良い」



 突然の王の発言に会議が止まった。



「陛下、それはどのような」

「報告が上がっていただろう。ドラゴンが大森林から離れ穀倉地帯で目撃されたと。獣の理由はわからぬが動くことができるのだ。魔術でもなんでも投げつけて反乱軍のただ中まで誘導して暴れさせればいい」

「ですが陛下! あれは、我らでは及ばぬほどの化け物ですぞ!? 言葉をしゃべったという証言も上がっております!知能がある相手にそれは……」

「言葉がしゃべれるなら好都合ではないか。

 しかもあのドラゴンは伝説の黒火焔竜だというではないか。宝物でも食物でも生贄でも報酬を約束して働かせればよい! 我らの国を散々荒らしまわったのだ、それくらいの要求は聞いてもらおうではないか」


 あくまでも当然のこととして話す国王の、瞳に宿る狂気の色に気付いた高官の一人は辛うじて悲鳴を飲み込む。


 だが、曲がりなりにも国王の下知である。


 その提案に沿う形で話を詰めていかなければならないが、相手は幾千の兵士を相手にびくともしない化け物である。そんな相手に誰が進んで会いに行きたがるだろうか。

 ごくりとつばを飲み込み、互いの出方をうかがうように重苦しい空気が流れる中。




 不意に、さらりとした夜風が室内に流れた。



「こんばんわ、良い夜だね」



 艶やかな女の声に、室内にいた者全員が窓のほうをむいた。


 そこにいたのは、その場にいる誰もが一瞬見とれるほど美しく、あでやかな女であった。

 いつの間にか開け放たれた一つの窓の欄干に、優雅な夜色のドレスをまとって座っている。


 肌は白く、唇は赤い。


 腰に届くように長い黒髪にはところどころ鮮やかな赤が混じり、さながら丹精を込めて織られたヴェールのようにその美しさを引き立てていた。


「だッ……!」


 我に返って外にいる兵士を呼ぼうとした大臣の口が、女にその金の瞳で一瞥を向けられたとたん、縫い付けられたように開かなくなった。

 魔術師長でさえ辛うじて察知できたほどの高度で素早い魔術操作である。


 しかもその切れ長のまなざしを独り占めした大臣に嫉妬した何人かが、勇気ある大臣の行動を非難するように睨み付けていた。

 尋常ではないその女に見とれながらも、国王はたかだか女一人に気圧されたことが我慢ならず、精一杯の威厳をもって問いかけた。


「貴様は何者だ。ここがどういうところかわかってきておるのか」

「あなたこそ、私に話があるんじゃないの?」

「…………まさか大森林のドラゴンか!?」


 国王の指摘に周囲の人間も信じられないと言いたげにざわついたが、女がよくできましたと言わんばかりに微笑んだことで確信に変わる。


 だが、女のまとう圧倒的な気配に少なくともこれは人間ではないと理解したが、この中に直接ドラゴンと相対したものはいない。

 本来の姿を報告の上では読んでいたが、この場にいる男たち全員、この美しい女がたった一人であれだけの損害を出したとはひどく現実味がわかなかった。


 そのため国王は、ここまで誰にも気取られずに進入してきた手腕と一瞥ひとつで魔術を使うことだけを評価し、女の形をして言葉が通じるのなら好都合だと認識した。


「ちょうどいい、貴様に頼みがある。其の強大な力で今王都のすぐそばにまで迫っている逆賊を片づけろ」

「へ、陛下!!」

「成功した暁には宝物でも何でも貴様の望みのものをとらせる。そなたを妾にしてやってもよい。忌々しい魔術師どもを一掃してくれたらな」

「くふっ」



 可笑しげに笑うその声が癇に障った国王がいらだたしげに問いかける。



「なにがおかしい」

「だって、あなた私のところにたくさんの兵士を送り込んだのに、それを棚に上げて使おうだなんておかしくって!あれとても鬱陶しかったんだよ?」

「それこそ貴様が勝手にわが領地に住み着いたからであろう。それを不問にしてやる上、褒美をやろうというのだ。法外であろう?」

「なるほどね。じゃあ――――」



 女は魅惑的に微笑んで、言った。





「ここに居るすべての人の首をちょうだい?」






 その場にいる全員、何を言われたかわからなかった。


「今日はね迷惑料を貰いに来たんだ」


 さらりと衣擦れの音をさせて立ち上がると、女はゆっくりと歩き出す。


「な、何を…………」


 いうのだ、と続けようとした国王だったが、女の鋭い気迫に気圧されひっと息をつめる。


「ねえ、わからないのかな。私、あなたたちの無礼に怒っているんだよ?

 困っているようだったから、たくさんちょっかいを出してきたのを水に流して、魔力の流れを抑えて、あふれていた魔物を全部掃除してあげたのに、この国の人ったら私に全然お礼を言ってくれないのだもの。

 ヤになっちゃったから勝手に貰っていくことにしたんだ。それが、この国の偉い人の首」


 さらりと玉座の前で止まった女は国王を覗き込むと、無邪気に笑った。


「ね、ハインベルト11世さん?」


 王にはその笑顔が獲物を狙う化け物にしか見えなかった。

 その目は雄弁に語っていた。

 お前たちに逃げ場はない、と。




「ヒ、ひああああああああ!!???」




 その笑顔が見えた一人がその重圧に耐えきれずに扉に走ったが、ノブをまわしても扉は空かず、完全に閉じ込められたことを物語るだけだった。




「逃げちゃだめだよ? ギルム魔術師長」




 女はたった一回の跳躍で涙を流しながら扉をたたき続ける魔術師長のもとへたどり着くと、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった魔術師長ににっこりと笑いかけ、手刀を一閃。


 瞬間、噴水のように立ち上がる血しぶきを全身に浴びながら振り返った女は、魔術師長の首を抱えながら、部屋を見渡しうっとりと笑う。




「つぎはだあれ?」




 そこからは、酷く現実味が薄かった。


 女に名を呼ばれたものが次々に手刀一つで首をはねられ血しぶきが舞い、また一人、また一人と動くものが減る。


 そして響いていた悲鳴と絶叫が消え、広かった部屋の天井から何からがすべてが赤く染まるころには、動くものは床にへたり込む国王一人となっていた。




「さあてと、臣下が終わったら最後は王様だよね」




 女が刎ねた首を無造作に床にころがし、鼻歌交じりにこちらに歩いてくるのに王は声にならない悲鳴を上げ、頭をフル回転させる。

 これしかないと王は最後の気力を振り絞って叫んだ。



「ま、まて!私はもう王ではない!!」



 女は面食らったかのようにきょとんとして立ち止った。


「どうして?」

「さ、先ほどの会議で、余はすでに退陣することが決まっていたのだ! 今の王は王都のすぐそばまで来ている逆……新王軍の中にいる!」



 とっさの思い付きである。もし女が会議内容まで聞いていたとしたら簡単にばれる。

 だが、女は確認するように言葉を紡いだ。



「じゃあハインベルト11世はもう王様じゃないんだね」



 その異様な圧力から逃れたい一心で国王は肯定した。



「そ、そうだ。ゆえに余を殺しても意味がないのだ」

「何だ。残念」



 女が心底残念そうに振り上げていた手を下したのを見て、国王はほうっと安堵の息をつく。

 これで命を拾えば、あとはどうとでもなる。

 そう思った矢先、すいっと女の美しい顔が目の前に迫り、総毛立った。

 煌めくような黄金の瞳の瞳孔は、異形を表すかのように縦に裂けていた。



「しょうがないから、帰るけど。次、私が来たときそこにいたら――――――」




 覚悟、してね?




 自身から何とも言えない独特のにおいの液体が流れた事すら気づかなかった。

 震えながらがくがくと何度もうなずく国王に満足そうに微笑むと、女は興味を無くしたように離れ、窓枠から軽やかに身を投げ出す。

 途端、ばさりと大きな羽音とともに巨大な影が窓前面に広がり去っていった。


 国王は薄れる意識の中で自身の流した液体の匂いを感じ、ふと思う。





 これだけ部屋が赤いのに、血臭がしないのは、なぜだ?

 その問いに答えを出す前に、国王の意識は途切れた。









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