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第17話 ドラゴンさんと白い巫女さん

 

 ヴァス先輩から連絡をもらってすぐ、家に帰って待っていれば、アールと美琴、ヴァス先輩とともにやってきたのは、東和の衣装に身を包んだ女の子だった。


 白い髪に白い獣耳をした彼女は、年はこちらの人には若く見えるかもしれないけど、たぶん20歳を少し超えたくらい。

 間違いなく、美琴のお姉さんである真琴だろう。


 何から何までしろづくめ、というのにも驚いたけど、彼女から感じる魔力量にも驚いた。

 人間時代のネクターと同じくらい、もしかしたらそれ以上かも知れない。

 ネクターの髪の先が薄紅色に染まっているみたいに、あまりに魔力が多いと、外見の色彩に現れるのだ。

 彼女の白い髪と、鮮やかな赤い瞳は、身のうちに抱える膨大な魔力の影響だろう。


 さらに彼女から漂う不思議な気配に面食らった。

 近しいような、どうにも覚えがあるような感じなんだけど……もちろん彼女と会ったのは初めてだし。


 首をかしげていれば、白い髪と狐耳の女の子はすいと頭を下げた。


『お初にお目にかかります。竜神様。わたくしは、東和にて、大社の巫女をしております、天城真琴(あまぎまこと)と申します。美琴が大変お世話になっております』


 きれいに背筋を伸ばした彼女が、白い髪を揺らして頭を下げるのに、ちょっと不思議な気分を味わう。

 その不思議がどこから来ているのかはわからないのだけど、ともかく丁寧に挨拶をされたので、私も東和国語に切り替えて応じた。


『初めまして、美琴のお姉さん。私はラーワ。もう知って居るみたいだけど要の竜で、アールの母親だよ。君はなんて呼んだ方が良いかな』


 顔を上げた真琴は、私が東和国語を話したのに驚いたらしく目を見張っていたけれど、ほんわりとほほ笑んだ。


『真琴と呼び捨てでかまいません。美琴のお姉さん、というのは非常にときめきますが、どうぞお好きにお呼びください』


 物腰の丁寧な子だなあと思った矢先にそんな風に言われて、ちょっと面食らう。

 と、同時に不思議な感覚の正体に気づいた。


 そうか、彼女には美琴のように過度にへりくだった態度がないんだ。


『わたくしも、ラーワ様とお呼びしてもよろしいでしょうか』

『かまわないよ』


 しかも、「白い獣耳と尻尾の少女」という特徴は、イーシャの言っていた夢の中の獣人と同じものだった。

 偶然にしてはできすぎていると思いつつ、居間に移動して向かい合わせに座れば、絶妙なタイミングで、ネクターがお茶を持ってきた。


『初めまして、美琴のお姉さん。私はネクター。彼女の夫で、アールの父親です。お昼は食べていらっしゃったとのことですので、お茶をどうぞ』

『気を使っていただき、ありがとうございます』


 ぺこりと頭を下げる真琴のそばで、私がネクターに視線を送れば、ネクターも目顔で応じてくれた。

 ネクターも気づいてる。これは、聞くべきことが増えたなと思っていると、真琴が少し赤らんだ頬に手を当てていた。


『まあ、本当にご夫婦でいらっしゃるのですね。しかもこのような要の竜がいらっしゃるとは思いませんでした。しかもお二方も、さらにお子様までいらっしゃるなんて』


 真琴が感心する視線の先には、ミニドラなヴァス先輩とアールが居る。

 そういえば、送ってきてくれるとは聞いていたけど、エルヴィーのそばに居たがる先輩がまだいるのは珍しいなあ。


 《先輩、送ってきてくれてありがとう。もし戻りたかったらここは気にしなくて良いよ》


 思念話をつなげてみれば、先輩は間髪入れずに応じてくれた。


 《否、エルと約定をかわしたため最後まで見届ける。我も懸念があるため傍観を願う》

 《気になるんなら、全然かまわないけど》


 先輩の何だか形容しがたい不安のようなものが伝わってきて、少々戸惑いつつも思念話を終える。

 すると、ネクターが不思議そうに真琴に尋ねていた。


『真琴さんは、ほかに要の竜をご存じなのでしょうか』

『ええ、我が国にいる神々からも、文献などでも少々』


 曖昧に言葉を濁したみたいだけど、気のせいかな。

 問いかえすかどうか迷っているうちに、我慢しきれなくなったように美琴が身を乗り出した。


『お姉ちゃん。どうして急にバロウに来たの? しかも着の身着のまま、お金も持たずにどうやって!』

『あら、金子(きんす)はきちんと持っていたのですよ』

『東和のお金じゃ意味ないですよ?』

『まあ、わたくしだってそれくらいわかります。なのでお金に換えられるものをちゃんともってきたのですよ』


 心外そうに頬を膨らませた真琴が袖から出したのは、いくつもの魔石だった。

 色彩や透明度、内部で揺らめく光の感じからしてとてつもなく高価だろうというのは明らかだ。

 これだけあれば半年以上遊んで暮らせることだろう。

 自慢げな表情をした真琴だったけれど、美琴は半眼になった。


『お姉ちゃん、それできちんと売ったの?』

『そういえば、どちらで交換すれば良いのでしょう?』


 はて、白い髪を揺らして首をかしげた真琴の反応で、私は彼女の性質がなんとなく理解できてしまった。

 うん、ちょっぴり天然が入っている子なんだな。


『やっぱり……よくこちらまで来れましたね』

『美琴はそう言いますけど、わたくしだって、やればできる子なのですよ! こうして美琴にも会えましたし! 目的も達成できそうなのです』


 ……たぶん自分でそう言っちゃう子はとっても残念なのだと思うよ?

 よくここまでたどり着けたなあと、私はしみじみと考えていたのだが、美琴がいぶかしそうにする。


『目的とは、何なのです?』

『ええ、まさに。それなのですよ。美琴、仙次郎には会えましたか?』


 改まったその問いに、美琴は黄金色の耳をぴんと立てた。

 とたんにそわりそわりと落ち着かなくなる美琴の様子で、真琴はある程度わかったらしい。


『会えたのですね?』


 ふんわりと微笑んだ真琴にじっと見つめられた美琴は、あきらめたようにこくりと頷いた後、上目遣いに見上げた。


『お姉ちゃんはなぜ、仙にいをあんなにあっさり送り出したのですか』

『だって、勧めたのはわたくしですもの』


 さらりととんでもないことを言った真琴に、言葉のわからないアールとヴァス先輩以外の私達は絶句した。

 美琴なんて黒目がちな瞳がこぼれんばかりだ。


『ほんとうなのですか!?』

『ええ、だってあんまりにも悩んでいたものですから、それならとっとと探してきなさいとおしりを叩いてやりましたの』

『お姉ちゃんはそれで、良かったのですか?』

『婚約のことを言っているの? それなら正式な合意もなかったのだから、関係ありません。仙次郎は私にとっては兄弟……そうね、わたくしのほうが年下だけど、弟みたいなものですもの。だから、大陸へ送り出したのです。ただ、あなたの想いに気づかずに先走ってしまったと、あとで少し後悔したけれど』


 申し訳なさそうに眉を寄せた真琴に、気づかれていたことを知った美琴は顔を赤らめていた。


『私に留学を勧めたのは、それが理由ですか』

『それは、またちょっと違うのだけれど』


 真琴が困ったような顔をしたが、それも一瞬で、彼女は美琴の手を取った。


『美琴、わたくしはね。目の届く全ての人と、手の届くだけの大事な人に幸せになって貰いたかったの。その筆頭が、あなたと、仙次郎だったのですよ』


 赤の瞳を細めて穏やかに微笑む彼女に、美琴は息を呑んだ。


『だからできれば、仙次郎にも会えたらと思ったのだけど……あら?』


 真琴が不思議そうに小首をかしげたと同時に、膨大な魔力の気配がした。

 美琴も気づいて不思議そうにしている。

 場所は転移室からで、この華やかな魔力はリグリラのものだ。


 と、言うことは。


『ちょっと待ってて』


 私がみんなに言い残して転移室へゆけば、案の定、そこに居たのは仙次郎だった。

 見ている間にもう一度、魔法陣が彼の頭上に現れて、黒い槍を落としていく。


「いらっしゃい。というか、その様子だと、リグリラにたたき出されてきたみたいだね」

「お邪魔するにござる……。うむ、自分以外の女のことを考えるくらいなら、とっとと断ち切ってこい! と怒られてしもうた」


 何とか槍は受け止めたものの、魔力の反応光にまみれて痛そうにしていた仙次郎は、かなり決まり悪そうに頬を掻く。

 だけど、すぐに真顔に戻ると立ち上がって歩み寄ってきた。


「ラーワ殿、今、真琴はどちらに?」


 私は話を聞いてすぐ、真琴がこちらにいることを、リグリラ経由で仙次郎へ知らせていた。

 せっかく知り合いが来ているのなら会えたら嬉しいんじゃないかなあと思ったんだが、彼は示しがつかないからと固辞したのだ。

 だけど、リグリラは舌打ちせんばかりの思念を返してきた。


『ラーワ、後で送りますから、めんどくさくなくなるまで帰らせないでくださいまし』


 いやあ、大変ご立腹な感じでぶつっと切れたのだけど。

 たぶん、合わせる顔がないと言いつつ、少々未練が残っている仙次郎への、リグリラの気づかいの仕方なのだろうなと思ったものだ。……ええと、たぶん。

 で、こうして説得されて、仙次郎は来たということだろう。


 彼は彼で頑固だから、リグリラはどうやったのかと思ったのだけど、その説得の仕方は仙次郎が腹を痛そうにさすっていたので、大方察してしまった。


「真琴なら、居間にいるよ」

「かたじけない」


 扉を開けて促せば、仙次郎は断りを入れると、珍しく私に先んじて居間へ向かった。

 やっぱり、それだけ気になっていたのだろう。


 遅れず私もついていけば、ちょうど三人が顔を合わせたところだった。

 美琴がそれほど驚いていないのは、うすうす気づいていたからかもしれない。

 一方の真琴は、現れた仙次郎に目を丸くした後、ふんわりと微笑んでいた。


『久しぶりです仙次郎。あなたにまで会えるなんて、わたくしの運もなかなかのものね』

『真琴は、相変わらずだなあ』


 どっと安堵の息をついた仙次郎の、灰色の尻尾が嬉しそうに揺れていた。

 私も知らせたかいがある。


『仙次郎、運命の人は見つかったようですね。ずいぶん気が安定しています』


 真琴にそう言われた仙次郎は、虚を突かれたように顔を上げたが、すぐに気恥ずかしそうな表情に変わった。


『ああ、見つかった。ありがとうな』

『なら、よかったです』


 真琴は嬉しそうに笑ったのだが、これが素なんだろうなとわかるような肩の力の抜けた表情だった。

 私もネクターも、言葉がわからなくても雰囲気で察したアールも、一様にほっとした。

 それで考える余裕が出てくると、頭をもたげてくるのは、東和行きのことについてで。


 もともと、彼女に「無垢なる混沌」について聞いて、あわよくば資料を閲覧させて貰おうという計画だったわけだから、本人が居るのなら、直接頼めるチャンスでもある。

 だけど、美琴達は三人でそろうのは何年ぶり、というやつだ。

 積もる話もあるだろうし、お願いをする前に思い出話に花を咲かせて貰ったほうがいいだろう。


 ネクターとアールに思念話で私の考えを送れば、同意を返してくれた。

 こういうとき、意思の疎通が一瞬で終わるから、思念話って便利だよなあ。


『にしても、真琴の思いつきは突拍子もなかったが、今回はいつにもまして唐突だったなあ』


 というわけで、退室する機会をうかがっていたら、仙次郎が袖に手を入れつつ、しみじみと言った。

 言葉は茶化すような軽いものだったけど、仙次郎が結構まじめに心配しているのはすぐにわかる。


『そうですよ、お姉ちゃん。大社のお役目がつらかった、というわけではないですよね?』


 美琴にまでおずおずと聞かれた真琴は、ちょっと意外そうに眉を上げた。


『いえ、大社のお役目が嫌になったことなど一度もありませんよ。まあ少々特殊ですし、微妙なときもありますけど』

『微妙、です?』


 言葉を濁した真琴は、仙次郎と美琴の表情が不安そうに変わるのに苦笑していた。


『大丈夫です。今回は、二人が元気にやっているのを確認したかったのですよ。十分達せられました。だってみるからに楽しそうですもの!』


 晴れ晴れと笑う真琴に、二人は気恥ずかしそうに耳をぴこぴこ動かしていた。

 その様子を満足げに眺めていた真琴だったけど、不意に立ち上がった。


『さあ、わたくしの(うれ)いはなくなりました。本来の目的を果たしましょう』


 そうして彼女は白い髪を揺らして歩いて行き、壁に立てかけていた杖を手に取る。

 すると、流れるような動作でこつりと、杖で床をこずいたのだ。


 刹那、膨大な魔力が真琴のうちからあふれ出すのにあっけにとられた。

 手に持つ杖に魔力が走り、柔らかく微笑むようだった真琴の顔から表情がそぎ落ち、赤い瞳が鈍く揺らめいた。



『かけまくもかしこき 東和の守護者たる 螺旋を描く嵐の刻よ

 汝に身を捧げし柱巫女 天城真琴の名において 請祈願(こいねが)い申し給う

 今一度 我が身柄を用いて その神威を表したまえ』


 以前美琴が使った召喚術とよく似た、だけど所々少しちがうその詠唱が終わったとたん、強烈な魔力の反応光があふれた。

 何が起きようとしているのかわからないまま、まぶしさに目をかばう。


 反応光は一瞬だけですぐにやんだが、気がつけば未知の魔力が室内に現れていた。


 視界がちかちかするけれどなんとか確認すれば、そこに居たのは、真琴とは似ても似つかない女性だった。


 まず背格好が違う、まとう魔力の色が違う。

 彼女が無造作に頭を振れば、地球とは違うこの世界でも異質な、鮮やかな深緑色の髪がざあっと流れる。

 意志の強そうな太い眉に、どこか異国調の面立ちは快活さにあふれていて、顔立ちは恐ろしく整っていても、雰囲気だけで惹きつけて離さないような人なつっこさがあった。


 すんなりとした肢体を包んでいるのは、東和の民族衣装だったが、真琴が着ていた白い衣よりもずっと華やかでしゃれている。

 野生を謳歌する優美な獣のような、強さとおおらかさ、気品と朗らかさが同居していて、美女、というより美人といった方が近いような感じだった。



 そして、なにより。



 愉快そうにきらめく瞳は、金色(・・)だった。



『わははははっ。ありがとまこっち! じゃあちょっくら悪事を働こうか!』


 ぐっと伸びをしたその女性は、呆然と立ち尽くす私達に、楽しくてたまらないといった雰囲気でにっかりと笑いかけてきたのだった。



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