第15話 ドラゴンさんは静かに語る
私ががっくりと肩を落としていると、ころころと笑うイーシャさんは続けた。
「うふふ。でも、嬉しいですわ。いつかあなたに会えるかも知れないと、長生きした甲斐があるものです」
ほんのりと頬を桃色に染めるイーシャさんの笑顔は、昔のあの子のまんまで、私もまた嬉しくなった。
ただ、今のうちに言っておかねばと、のほほんとしているネクターを肘でつついた。
「んで、ネクター。そういう関係があるんなら、もっと前に教えてくれたってよかったじゃないか」
「ええとそれは」
目を泳がせるネクターだったが、イーシャさんが割って入ってきた。
「ああ、その点は老師を責めないであげてくださいな。私が言わないでくれとお願いしたのですから」
「なんでだい?」
「先ほども言いましたが、覚えていただけているとは思っていませんでしたし、あなたにお会いしたときに、魔術の研鑽をして、こういう風に成長できたとお礼を言うのを目標にしていましたの。まあ、なにぶん人の身ですからずいぶん時間がかかっちゃいましたけど。あの時は助けてくれて、ありがとうございました」
照れたように微笑みながら再び頭を下げたイーシャさんに、私は思わず顔を赤くする。
昔会った子供が成長したのを見るのって、照れくさい。
でも私のことをはからずとも好意的に覚えてくれているのは、なんともいえず嬉しいや。
「あら、いけない。お客様ですのに席を勧めないでごめんなさいね。お茶とお菓子を用意していますから、まずはどうぞ召し上がってくださいな」
と、促されてソファに落ち着いたのだが、私はそこに用意されたお菓子に目を輝かせてしまった。
「わ、マドレーヌだ、しかもこれ新作じゃないかい!」
「ええ、もちろん本店のものですよ」
「評判がよくて並ばないと買えないっていうから、あきらめてたんだよ! ありがとうっ」
その後イーシャさん自ら淹れてくれたお茶と新作マドレーヌをお供に、会話を楽しんだのだった。
だけど、一通り楽しんだところで、さてと改まった様子でイーシャさんが姿勢を正した。
「私個人でお会いしたかったのはもちろんなのですが、今回は、魔術師長としての私も必要だったのです」
そう、前置きしてから、彼女は私たちに深々と頭を下げたのだ。
「ありがとうございます。国境の魔物の討伐を無事完遂していただいたこと、心からお礼申し上げます」
「ええと、なんの話だい?」
何で今その話が出てくるのかな!?
マジうろたえしつつも白を切ろうとした私に、イーシャさんは顔を上げると、ひたりと私を見つめて言ったのだ。
「ギルドに所属する第五階級”炎閃”ノクト・ナーセが、あなた様の仮の姿であることは把握しております」
「……まじ」
「ええ、まじですわ。魔術師長はギルドに所属する主だったハンターの実力を把握するのもつとめですから。魔物の出現が想定以上の規模だったと報告書より聞き及んでおります。あなた方でなければ生還することはおろか、周辺村落に甚大な被害が及んでいたことでしょう。少しですが、追加報償を出しておきました」
「いや、仕事だったんだから、別にかまわないんだけど」
私はたらりと冷や汗をかきつつそう返した。
なるほど、今回の報奨金がはじめに言われていたより多めだったのは、それが理由なのか。
というか、今回こそはばれない自信があったのに、そんなにわかりやすい変装だったかな……。
落ち込む私に気づいたのか、イーシャさんは慌てて言い募った。
「とは言うものの、私が知ったのはプロミネント老師が訪ねてきてすぐに、黒髪のハンターが活躍し始めたことを結びつけられたからです。陛下の耳にも入れておりませんし、ギルド長も未だにあなたの正体には気づいておりません」
「……それにしても、たったそれだけの情報から自力でたどりつくとは。昔から『ドラゴンさん』関連には執念深いところがありましたが……」
「老師、これはひとえに調査能力と推理力の勝利、ですよ?」
イーシャさんににっこりと微笑まれ、ネクターは微妙な表情で口を閉ざした。
なんか、それで二人の当時の関係性がわかった気がした。
カイルの下についていたのがちょっとわかる気がするよ。
しみじみ眺めていたら、イーシャが再び私を向く。
そのまなざしは、さっきと打って変わって威厳に満ちたもので、自然と背筋が伸びた。
「その後、ヘザットのメーリアスで起きた災害について、何があったかお聞きしてもよろしいでしょうか」
やっぱり、聞かれるか。と深い納得の想いで彼女の言葉を受け止めた。
なぜなら、私は本性の姿でヘザットの王宮へ舞い降りた。
ヘザットがそれを隠していても、隣国であるバロウが察知しないわけがないだろうし、さらに言えば、それをメーリアスでの騒動に結びつけるのは簡単だったに違いない。
「国防を担う立場から、同じことがバロウで起こりうる可能性を検討しなければなりません。ですが、これはあくまで非公式の私的な会談です。私が知ったとしても、それを伝えることはありませんし、あなた様がこちらで生活していらっしゃることは、たとえ陛下にでも漏らしたりはいたしません」
「そこまで気負わなくていいよ。ここは君が住む国なんだから。守りたいと願うのは当然のことだし、詳しく知っている人に、聞いてみようとするのは自然だろう」
なんだか思い詰めている風のイーシャが心配になって口を挟めば、彼女は淡い瞳を和ませた。
「ドラゴンさんに助けられた者としては、当然の思考なんですよ? 私は魔術師長ですが、ドラゴンさんの味方でもあるんです。だから老師、そんな怖い顔しないでくださいな」
いたずらっぽく微笑むイーシャの言葉に、えっと傍らを見れば、気まずそうな顔をしているネクターがいた。
「その話を持ち出すとわかっていたから、今会わせるのは嫌だったんですよ……」
「まあそう言わずに。元師長から頼まれた調べ物も上がっておりますから、つなぎをお願いいたしますね」
元師長というのが一瞬誰かわからなかったけど、カイルのことだと思い至って意外に思った。
「カイル、君に会いに来ていたのかい?」
「ええ、数週間前にふらっといらっしゃいまして。変わらずずけずけと指図して飛んでいってしまいましたわ。文字通り」
イーシャは微笑んでいたけど、あんまり目が笑っていなかった。
でも一度死んだ人がいきなり会いに来たのに驚きも何もない感じに、面食らった。
「……驚かないのかい? というか、疑わなかったのかい?」
「もちろん驚きましたよ。でも疲れたような顔で『なんだかんだで魔族になった』と言われてしまえば、ああ、ドラゴンさんがらみだったのね。と納得してしまいましたわ。疑うのもばからしいですね。だって元師長も何にも変わらないんですもの」
今度こそ、おかしそうにころころ笑うイーシャに、私は喜んでいいのか、不本意さにしょげた方がいいのかよくわからなかった。
ただ、すごい謎な納得なされ方だけれども、ほっとしていいのは確かだ。
ともかくカイルがイーシャに会いに来たという数週間前は、丁度ヘザットから帰って来た頃と重なる。
つまり、あのあとすぐにカイルは行動に起こしていたのだ。
「そのとき、元師長からいくらか聞きましたが、古代神竜であるあなた様から、直接見解を聞きたいと考えました」
「人工魔石に関しては、だめだよ」
一応、念を押してみれば、イーシャはほんの少しだけ息を詰めて、こくりと頷いた。
「ええ、わかっております。元師長にも釘を刺されましたわ。私たちの間者もそれについては一切忘却しておりますし、研究の発展にかけますわ」
知っていたことは否定しないイーシャに、ネクターがちょっと苦々しい顔をしていたけれど、私の方を向く。
その薄青のまなざしでどうするのかと問いかけられた私は、うなずいて、イーシャに顔を戻した。
「それが、希望の見えない話でも、覚悟はあるかい」
「ええ」
真摯なまなざしのイーシャに、私は片手を差し出した。
まずは見て、感じて貰った方が良いだろう。
なんだか長い話になりそうだった。
9月より火曜日と土曜日更新にいたします。
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