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第13話 ドラゴンさんは楽しみにする


「え?」


 私がちょっと驚いて、美琴を見れば、彼女は自信に満ちた表情で狐耳をぴんと立たせていた。


「姉の真琴が、大社勤めの巫女なのです。私が、姉に事情を話して、教えてもらえるようにします」

「東和国内の道案内も、美琴がいれば大丈夫でござろう。それがしは行かれぬゆえ、な」


 ちょっと寂しそうな顔をする仙次郎に、リグリラは少し眉を上げたけど何も言わずにワインをちびりと飲む。

 そこら辺の機微は、私にはどうしようもない。


 それに、このとんとん拍子で段取りが進んでいく状況に驚いていたから、触れる余裕もなかった。


 なんだか至れりつくせり感が半端ないのだけれど。


「いいのかい? 美琴」

「はい。ラーワ様には、お世話に、なりました、から。私で役に立てることなら、なんでも」


 まなざしに宿る真摯さにはちょっと驚いたけれど、話がスムーズに運ぶのならありがたいばかりだ。

 さすがに何でもはいらないけどね!


「ありがとう、すごく助かるよ」


 それでもお礼を言えば、美琴はほんのりと頬を染めてはにかんだのだが、すぐに表情は引き締められた。


「出発はいつに、なりますか」


 今にも東和に行かんばかりに勢い込む美琴にくぎを刺す。


「落ち着いて、急ぎってわけじゃないから」

「世界の、存亡に関わること、ですから、急ぐのは当然だと、おもいます!」


 真顔で言われてしまえばそうなのだけど、東和国は海の向こうにある島国だ。

 私は行ったことがないから空間転移は使えず、移動は翼が頼りになる。


 船よりも速いとはいえ泊まりがけになってしまうし、東和に着いたらついたで、スムーズに話がすすんでも、一日で終わるとは思えない。

 とはいえ、私の心情的にも、なるべく早く行きたいのは本当なのだが。


「美琴、もし今すぐ行ったとして、単位落とさないかい?」


 とたん目を泳がせる美琴の素直な反応に、やっぱりと思い苦笑した。


「焦らなくていいよ。確かに、蝕の謎を解き明かすのは急務だけど、今すぐ世界が滅亡する心配はない。それに君が落第するのも気がとがめるから、無理のない範囲で早い時期にしよう」

「でも」

「それに、美琴が一緒でも、いきなり大所帯で行ったらお姉さんを驚かせてしまうだろう? だから、先に手紙で行くことを知らせてからがいいんじゃないかなと思う」


 言われて初めて気がついた様子で、美琴がまぶたを瞬かせると、しんなりと狐耳が伏せられた。


 納得してくれそうな様子とはいえ、さくさくと勝手に話を決めてしまったが、ほかのみんなはどうなんだろう?


 伺うように見渡してみれば、真っ先にネクターがうなずいた。


「私は行きますよ。東和の文化も、魔術体系も是非知りたいものですから!」

「うん。だろうと思った」


 そもそもネクターについては、ついてこないとも思っていなかったし。

 対してカイルは、ちょっと決まり悪そうに自分の焦げ茶色の髪をかき回していた。


「……まあ、俺が作った学園に通う生徒を、落第の危機にさらすわけにはいかないからな」


 心情的にはそうだろうな、と思いつつ、引っ込められるほどの心の余裕があるのに少しほっとした。


「俺も時期が合えば同行したい。少し、独自に調べようと思っているから、予定が決まったら声をかけてくれ」

「了解」


 そして問題は、と並ぶリグリラと仙次郎を見れば、曖昧な表情を浮かべた仙次郎は緩く首を横に振った。


「それがしは同行できぬゆえ、ご遠慮申す」

「わたくしはそもそも行く理由がありませんわ。東和に興味もございませんし、勝手にどうぞ」


 そっぽを向きながらワインを傾けるリグリラに、仙次郎はちょっぴり嬉しそうな残念そうな複雑な表情になる。


 まあともかくこれで決まった、と私は再び美琴を向いた。


「じゃあ、次の長期休暇、夏休みに東和に行けるように、お姉さんにお願いできるかな」

「もっと、早くでも」


 私は、まだ申し訳なさそうな顔をする美琴をのぞき込んで言った。


「君は、こっちに来てから一度も東和に帰ってないだろう? 久々に帰るんならのんびりしたくないかい?」


 美琴は、ぴん、と耳を立てて驚きをあらわにしたかと思うと、狐耳を伏せてうつむいた。


「ありがとう、ございます」


 ほんのりと、頬を赤く染めた美琴から了解もとれて、私は不謹慎ながらもわくわくする気持ちが抑えられない。


「よし! じゃあ気は早いけど、夏休みは東和に旅行だ!」


 拳を突き上げる私に、ネクターがほほえましそうな顔をする。


「楽しそうですね、ラーワ」

「そりゃあもう! 仕事を抜きにしても行ってみたかった場所だからね。未知の料理に、民族衣装。楽しみなことはたくさんだよ!」


 言っていることは嘘じゃないのだけれど、多分に占めているのは期待である。

 西洋風文化に転生してしまった日本人なら、誰でも思うであろうあれを!

 

 そう、ご飯にお醤油にお味噌汁、素晴らしき茶色いご飯たちのことだ!

 前世では何とも思ってなかったそれらも、今となっては懐かしい味なのである。

 あんこなんて、アンパンでしか味わわなかったけど、おはぎもお団子も食べられるものなら何をしてでも食べたい!!


 うずうずとしてしまう私に、面食らった様子だった仙次郎はほんのりと心配そうに言った。


「その、ラーワ殿、食についてはでござるが、こちらと全く違うのは請け負うが、主食が全く違うものゆえ、少々戸惑うやもしれぬ」

「なに?」

「米飯でござるよ。丸のままの穀物を炊きあげたものにござる」

「むしろ食べたっ……」

「さらに醤油と味噌を使って味をつけたものが大半で……と、なにか言ったでござるか」


 その説明に私のテンションは最高潮に達したんだけれども、寸前のところで押さえ込んだ。


 あぶないあぶない。

 この世界ではまだ一度も食べたことがないんだから、知っていたらおかしいんだった。

 ましてや同じものとも限らないし。

 ……同じだといいなあ。

 

 あふれかける唾液を飲み込んでいれば、仙次郎は不思議そうな顔をしたものの、不意にしょんぼりと耳をへたらせた。


「うむ、ひさびさに思い出したら、恋しくなってきてしもうた。こればかりは忘れられぬでござるなあ」

「わかる……おにぎり、たべたい」


 つられてしょんぼりとした美琴は少し、迷うように黄金色の尻尾を揺らしたかと思うと、仙次郎を見た。


『夏休みに帰ったときには、味噌と醤油とお米、持って帰ってきてあげなくもないです』


 東和国語で紡がれた言葉に、仙次郎の狼耳がぴんと立ち上がった。


『本当か美琴! それはありがてえ!』


 わかりやすく灰色の尻尾が揺れているのに、美琴がつんと、すましながらもどことなく嬉しそうであるようなのと、リグリラがちょっと面白くなさそうな顔をしていたけど、それはともかく。


 こうして、夏休みの予定が早くも確定し、なかなか内容たっぷりな春休みが終わったのだった。


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