11 ドラゴンさんは考える
こちとら200年物の魔窟を相手取ったこともあるのだ。
たかだか10年間で生まれた魔物の強さなど知れている。
寄ってたかる魔物を魔術とブレスと爪と牙を駆使して消し飛ばし続けると、日が傾くころにはあらかた片づいた。
あー久しぶりに体動かした、と一息ついてそろそろネクターたちに思念話で連絡しようかなあと思っていた矢先、当の本人たちがやってきた。
ネクターは目をキラキラさせ、カイルは顔をひきつらせ、部下の人たちは明らかな及び腰である。
この間でちょっとは仲良くなれたかと思ったんだけど、残念。
ネクターはこちらの兵装なのだろう暗い色の上下に着替えていて、腰には杖を収めるためのベルトを巻き、矢除けのまじないがかけられた皮の鎧を付けていた。
下手すると魔術防御のほうが効率いいから、軽量性重視なんだろうな。
まともに会話をできたネクターの話によると、動かなかったはずのドラゴンが現れた混乱に乗じてすんなり部隊に紛れ込み、魔物狩りに参加しながらカイルに事情を説明したそうだ。
カイルは、国の息のかかった人間がいる中でこれ以上の話は危険と判断して、爆発音が聞こえなくなった途端、偵察を名目にある意味一番安全な場所、つまり私のもとにやってきたのだという。
国軍の人たちの中にはドラゴン討伐部隊に参加したことがある人間もいたらしいけど、私の姿と声を一致させられる人はおらず。一番初めの火柱がばっちり確認されたことで他の部隊が完全に怖気づいていたので、偵察には自分たちが行くという言葉が1も2もなく了承されたそうな。
こんなにすんなり進言が受け入れられたのは初めてだ、とカイルはお疲れ顔である。
しかも街の外壁近くまで断末魔や爆発音が聞こえていたそうで、街の中もこの世の終わりだとパニック寸前だという。それはまあ、命拾ったんだからいいじゃん、てことで私は馬耳東風を決め込みます。
ネクターによって次々に隷属契約が解除され、部下の人たちは疲れも忘れて涙を流しながらお祭り騒ぎだった。
おい、そこの人一応偵察任務中だろ、どーして酒持ってる。
「いろいろ言いたいことはあるが、今回は本当に助かった。感謝の言葉もない」
「私はネクターを助けるためにここに来たからね。お礼ならネクターに言うといい」
「それでもだ。ありがとう」
急に流暢に話し始めた私に驚いていたが、カイルは深々と頭を下げた。
その目に少し光るものがあるのは何も言わないことにする。
「これからどうするの?」
少ししてから尋ねるとカイルは打って変わってにやりと笑った。
「魔術師に対する扱い以外にも現王は悪政を敷き過ぎた。クーデターを起こす算段も付いているんだ。各主要都市にいる仲間たちはこれを機に一斉ほう起する。
俺たちはなるべく王都から離れた場所にとどまる計画だったが、枷の無くなった今その必要もない。魔術師数十人いればどんな警備でも制圧してみせる。今までのフラストレーション全部解消してやるさ」
この国の敵は外にではなく内にいたらしい。
なんとカイル自身がクーデターの主要メンバーの一人なのだという。
一言隠していることをしゃべれと言われれば逆らえなかっただろうに、肝が太いことである。
「私もついていきます。こんなことが二度と起こらないよう、あの術式はすべて消し去らなくてはなりません。レイラインに関する研究も残念ですが、破棄をします」
「いや、それはネクターの知識で補完したら残しておいていいよ。私たちドラゴンについての資料もあればことを起こす気もなくなるだろう」
それに、ネクターが処分したとしても、いつか必ず解き明かすものが出てくる。そこにたどり着くまで、
一体どれほどの犠牲が払われるか計り知れない。
それなら今私の目の届くうちに正確な情報を残しておくのもいいだろう。
「ラーワ、ありがとうございます」
真摯な表情でうなずくネクターのとなりで、カイルがなぜかしみじみとうなずいていた。
「確かに、そうだな。アレを知っていればそうやすやすと手を出そうとは思わないだろう。あの炎、そして特徴的な赤い皮膜。
黒竜殿は約200年前にラジエンダとドーラノーヴァとの国境付近に現れた黒火焔竜なのだろう?」
何その中二病臭満載のねーみんぐ。……だが、すごい嫌な予感がする。
「黒火焔竜?なんですか、それ」
知らなかったらしく不思議そうに問いかけるネクターにカイルは説明した。
「一番最近に確認された竜の通称だ。
ラジエンダとドーラノーヴァは頻繁に戦争を繰り返していたんだが、ある時そこの国境付近に現れたたった一体のドラゴンの逆鱗に触れてたった一夜にして双方大軍を一度に失い、漁夫の利を狙っていた他国に瞬く間に併呑された。
記録によると彼の竜は炎を自在に操り、大地を岩しょうの海に変え、巧みに魔術を防ぎ、精鋭の攻撃もものともせず、悪魔のごとく五万とも十万とも伝えられる軍勢を蹂躙したという。
両国は互いの国を滅ぼす事に執念を燃やし、そのための戦力と物資の提供を属国に強制していたからな。その恨みと解放の願いにこたえてドラゴンが舞い降りたのだろうという話まであるぞ」
いえ、呼ばれた覚えはないんです、が、
………………な、んて黒歴史が残っとるんじゃあああああああ!!!
しかも妙なもんが増えてるし、いらないから、ただブチ切れて暴れただけだから!!
「……若気の至りだ。忘れてくれ」
ごっそり精神ライフが削られた私はかろうじて言うと、カイルは無情にも今ではたいていの国では教訓話として語り継がれている、とあっさり言った。
おうふ、なんてこったい……
「まあそれでなくても、あの場にいた幹部クラスは全員ドラゴンを目撃したからな。
目の前であれだけの数を類焼させずに発火させるなんてどんな人間にもできない。報告が上がればてんやわんやだろう。そんな竜が近くにいるとわかれば、あちらさんも震えあがって出てこないだろうし好都合だ」
恐がられてもうれしくない!
忘れかけていた黒歴史を抉られた私だったが、その後、お酒が入って出来上がっちゃった部下の人たちにも次々お礼を言われたことでちょっと持ち直した。
えーとうん、うれしいのはわかったから、脱ぐのはやめたほうがいいんじゃないかなあ。
部隊に女の子がいるの忘れてない?あれ、もしかしてあそこで高笑いしているのって……
そーっと眼をそらすと、ネクターに話しかけられた。
「ラーワ、このあたりの修復にどれくらいかかりそうですか」
「そうだね、思ったより周辺の魔力も乱れているから短くて半年、というところかな。
だが、土地が安定するにはそれ以上かかる。このあたりが元の穀倉地帯に戻るには100年は待たなきゃいけないだろうね」
「そう、ですか……」
改めて自分のしたことの大きさを感じているのだろうか。
ネクターが珍しくまじめな顔で考え込んでいた。
「……カイル、せめて三か月、いえ一月ほどで決着をつけましょう。私はまだまだラーワのそばにいたいのです」
「動機が不純だが、お前がやる気になったんなら好都合だ。こんなことはとっとと終わらせるに限る」
いやネクターさん。そこはシリアスに決めても意味ないですよ。
どうやらネクターは改革にとことん付き合うらしい。
確かにこのままだとネクターはこの国にはいられないから必然だろうけど、カイルの苦労がしのばれるなこれは。
にしても、ほんとーに稀有な人たちだなあ。私に手伝ってくれって一言も言わないんだから。
部外者っていえばそうなんだけど、大きな力を持っている人には面倒事を持ち込んで良いって無意識に思ってしまうものなのに。
なるべく死んで欲しくないよなあ。
私がほんわかした気持ちになっているのがどーしてわかったのか、カイルが訝しげにしていた。
「何か、言いたい事でも?」
「私のこと名前で呼んでくれないかな」
「なんで、また」
「そういう気分だから、かなあ。もちろん君の名前は呼ばないよ。愛称でも私は君たちぐらい簡単にしばれてしまうから。ちょっとしたお近づきの印ってところかな」
「では、言葉に甘える」
「……ずるいです」
なんか、隣からものすごーく恨めしげな視線を感じる。
振り返ると、案の定ネクターだった。
「私だけの愛称だったのに……」
「君は名前で呼んでいるだろう?それでいいじゃないか『それに、君は私の真名を知っているだろう?』」
後半はちょっとあれなので古代語でいうと、ネクターは即座に機嫌を直してくれた。
あれ、なんで私ご機嫌とっているんだろう?
「ラーワ、なるべく早く革命を終らせてきますので、何も言わずにどこか行ってしまっては嫌ですよ!泣きますよ!」
「俺もお願いする。こいつのやる気のためにもしばらくいてやってくれ」
「あーわかったから。じゃあ二人とも、これ持って行ってくれ」
二人の手のひらに乗るよう落としたのは私の手の甲の鱗だ。
ポケットに入れられるサイズがそこだっただけで特に意味はない。背中になると鱗一枚が新書本サイズぐらいあるんだ。
「それだけで微弱の破邪の効力を持つ。一番大変そうだからね。ちょっとくらいのひいきはいいだろう。魔力を込めれば私に声が通じるから、たまには連絡をしてくれ。―――肌身離さず持っておくんだよ?」
「ありがとうございます!」
「大事にする」
驚愕と困惑に彩られていた二人は、説明を聞くと口々に感謝を述べていびきをかきかけていた部下の人を魔術で吹き飛ばすことで起こし、街へ帰っていった。
にぎやかだなあ。
…………嘘はいっていないもん。
破邪の力を持つのは本当だし。私に思念話が届くのも本当。
私の体の一部だから、そこから目と耳が通しやすくなるって言わなかっただけだもの。
それでもあの二人、あたりさわりのない会話しかしてこないだろうしね。
一度かかわったのだから最後の結末も気になるので、勝手にのぞき見させてもらいます。
……でもやっぱ心配だな、もしもの時の保険でも作っておくか。
ちょっと気難しくなっているレイラインをなだめすかし、とある人物に呼び出しをかける。
意外と早く連絡が付き、夜半に転移術で姿を現したのは豊かな金砂の髪を夜風にたなびかせる豪奢なドレスを身にまとった妖艶な美女だ。不機嫌そうに眉をしかめるその姿も麗しい。
でもこの美女は人じゃない。凝り過ぎてしまった魔力を緩やかに拡散させるために生まれる世界のバランス機能の一つ、魔族なのだ。
『黒熔の、あなたから呼び出すなんてとても珍しいのね。このあたりは人の土地で騒ぎになっていたと思うのだけれど。私の誘いには乗って下さらないのに、人族とはお遊びになるのかしら?』
『もしかして拗ねてる?』
『べ、べつに五十数年音沙汰もなかったのが悔しいわけではなくてよ!』
『ごめんねリグリラ、来てくれてありがとう。やっぱいつ見ても綺麗だね。もちろん本性の羽の生えたクラゲもかわいいけど』
『っ!!褒められて機嫌を治すほど安くはありませんのよ!?』
海でレイラインの修理をしていた時に襲い掛かられて度肝を抜かれたけど、そうじゃなければマスコットにしたいくらいかわいくてきれいだったんだよね。
あっという間に妖艶な雰囲気が崩れ、リグリラはいつもどおり豊かな胸を強調するように腕を組んでふんっとそっぽを向く。
でもちょっとうれしかったんですねわかります。耳が赤く染まっているもの。
これがかわいくて時々けんかふっかけてきても付き合っちゃうんだよなあ。
『で、呼び出した理由は何ですの?』
『今までの勝ち分の支払い代わりにちょっと相談に乗ってほしいことがあってさ』
案の定話の続きを催促してきたリグリラに内容を話すと、了承してくれたがあきれ顔である。
『あなた、ドラゴンにしては本当に変わっていますのね』
『リグリラも人間に混ざって服屋やってるなんて魔族のうちで変わっているんじゃない?』
『ど、どうしてそれを!?』
『え、だって手に指ぬきと針山つけてるじゃん。意外とそそっかしいんだねえ』
『い、いつか絶対あなたに勝ってやるんですから!!!』
その通りのものがついてると確認した途端、ばっと腕を背中に隠して顔を真っ赤にするリグリラはものすごくかわいくて、顔がにやにやするのが止められなかった。
ふと思った。
再戦を挑みに来るばかりだったけど、考えてみればおじいちゃんの次に付き合いが長いんだよね。
他の魔族と違って話をすれば応じてくれるし、こうしてお願いも聞いてくれる。
挑まれることばかり考えて嫌がっていたけど、考え直したほうがいいかもしれない。
『リグリラ、これからも仲良くしてね』
『あ、あなたがそうおっしゃるのでしたら……やぶさかではありませんけれど。
でしたら今度、物理なし魔術オンリーで対戦して』
『それは勘弁』
私が速攻で断ると、思いっきり残念そうにがっくりと肩を落としたリグリラだった。