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第4話 途方に暮れしドラゴンさん




 私が状況を飲み込めずに立ち尽くしている間も、美琴の猛攻は止まらなかった。

 

 体重と落下の勢いを乗せたは一撃を、とっさに荷物を脇へ捨てた仙次郎に短槍で受け止められた。


 鈍い音が玄関ホールに響く。


 険しい顔をした美琴は、無理に押し込むことはせず、力を抜いて地面に着地したとたん、さらに杖を振りぬいていく。

 いつの間にか杖は淡く魔力を帯びていて、何らかの力が乗っているのは間違いない。


 仙次郎は何とかよけたが、風圧が私のところまで来る鋭さだった。


『美琴、ちょっと待ってくれ!』


 その勢いと不穏さに、仙次郎は焦りながらも、狭い玄関ホールでは不利だと悟ったらしい。


 次々と繰り出される杖を後ろに飛ぶことでよけつつ、玄関の扉を蹴破る勢いで開けて、転がるように外へ出た。

 そこでようやく体勢を立て直した仙次郎に、追ってきた美琴は、怒りに満ちた表情でようやく口を開いた。


『……東和を出て行って5年です。どこをほっつき歩いているかと思えば、こんなところで美女相手に鼻の下をのばしているだなんてっ。こんなものを兄と呼んでいたなど末代までの恥です。せめて私が引導を渡してやります!』

『いやせめて話を聞いてくれ!』


 焦る仙次郎の言葉も無視して、美琴はさらに魔力を練り上げる。

 独特の構成の仕方はたぶん東和の魔術なのだろう。


 だが、その時黒い鞭が飛んできた。


 美琴は追尾してくる鞭を避けたが、発動させようとしていた術式は不発に終わった。


「そこの狐娘。断りもなくわたくしの物に手を出さないでくれまして?」


 私と一緒に外へと彼らを追ってきていたリグリラは、そう言って美琴に微笑みかけた。


 だけど不機嫌さMAXの、不穏に満ちた笑みだ。


 止められた美琴もいらだちのままにリグリラをにらんだが、はっとしたように目を見開いた。


荒御魂(あらみたま)!? 仙にいまさか』

『いや、彼女はその、話せば長くなるんだが――』

「わたくしのわからない言葉でしゃべらないでくださいまし」


 おろおろとする仙次郎が説明しかけたのをぶった切ったリグリラは、愕然とする美琴に言い放った。


「あなた、何やら用がある様子ですけど。仙次郎はこの首、この体、この魂に至るまで、すべてわたくしの物ですの。手を出すのなら、わたくしの許可を取ってからになさいまし」


 そうして、仙次郎の元へ歩み寄ったリグリラは悠然と見せつけるように、仙次郎の首をなでて婉然と微笑してみせたのだ。

 その仕草から立ち上る艶めいた色に、美琴が真っ赤になった。

 黄金色の狐耳も尻尾も一気に逆立つ。


『な、な……』

『確かに俺はあんたの物だけど、それは語弊が……ないな。や、美琴、ちょっと落ち着こう。な?』


 しどろもどろになる仙次郎だったけど、律儀に言い切れないでいるせいで、どんどん墓穴を掘っている。

 案の定、美琴は真っ赤になった顔のまま、目をつり上げると、指を突き付けた。


『なんと、破廉恥なっ……っ! 不潔、です!!』

「あら、この程度は普通のことですのに、ずいぶんと(うぶ)なお子さまですこと。自分のものだったわけでもありませんのに」


 わなわな震える美琴に、リグリラはさらに仙次郎の腕に胸を押しつけるように絡めて、ふふんと笑う。


 リグリラ、言葉はわからなくても、ニュアンスはわかってて火に油注いでいるね……?


 私が若干あきれつつも、なんとか割って入ろうとしたのだが、リグリラの勝ち誇った笑みに、美琴の目が完全に据わった。


『……祓い給え 清め給え 守り給え (さきは)え給え』


 起動呪文を詠唱した瞬間、あたりの魔力が尋常じゃない濃度で渦巻き始める。


 その不穏な気配は明らかにまずいのだけれど、初めて見る術式で咄嗟に手が出せない。

 変に介入したら、美琴にけがをさせてしまうかもしれないのだ。

 

 髪が揺らめくほどの魔力をまとった美琴は、勢いよくその場に杖を突き立てると、朗々と謳いだしたのだ。


『かけまくもかしこき 雷を司りし和御魂(にぎみたま)一柱(ひとはしら)カイル・スラッガートに 仕えつとむる天城美琴の名において 請祈願(こいねが)い申し給う』


 その魔術詠唱を聞いた瞬間、仙次郎は驚愕に目を見開いた。


『神懸かりの儀式!?』


 焦ったようにつぶやいた仙次郎にリグリラが訝しそうにしたとき、湖の方からカイルがやってきた。


「おい、嬢ちゃん呼んだか……て、は?」


 不思議そうにしながらも陸に降り立ったカイルだったけど、緊迫した様子の仙次郎と詠唱まっただ中の美琴を目にして立ち尽くした。

 そんなカイルを射貫く視線でとらえた瞬間、美琴は杖を掲げた。


『今一度この身柄に宿りて 諸々の禍穢(わざわいけが)れを打ち祓えし 浄め(はら)ひの神業を分け与え給えと恐み畏み申すっ!』

「ちょっと待て早まるな嬢ちゃ――うわっ!!」


 祝詞が完結したとたん、爆発的な魔力の奔流が生まれたかと思うと、焦るカイルから雷にも似た魔力が放出されて、美琴の体に宿った。


 ようやく正体がわかった、召喚術式だ。


 カイルがタイミング良くというか悪くというか来たのは、美琴がカイルに思念話で呼びかけていたからなのだろう。

 にしても格上の相手から能力の一部を譲渡してもらうなんてすごい技術な気がするよ!?


「あれは召喚術式を応用した能力譲渡でしょうか!? 東和の魔術はおもしろいですねっ! ぜひお話を聞かせていただきましょう」


 いつの間にか私の傍らにやってきていたネクターが、爛々と薄青の瞳を輝かせていた。

 いや、確かにちょっと見たことないタイプの魔術ですごく気になるけれども!


「さすがに止めなきゃ」

「魔術的なパスをつなげることで、スムーズな意思の疎通や魔力の譲渡だけでなく、魔族の性質の複写まで可能にしているのでしょうね。あの様子ですと、ほぼ魔族と同等の出力を出せるのかもしれませんね。人族にとってはまさに福音といえる術式でしょうが、魔族側のメリットは何でしょうか……ともかく今の術式はメモしなければ」 


 ああもうネクターは通常運転だね!


 そんな感じであわあわしている間もばちっと雷光を身にまとった美琴は、少々苦しげな顔をしながらも仙次郎をにらみつけて飛び出していく。


(めっ)します!』


 雷光を引き連れて、いつもの美琴からは考えられない速度で肉薄する姿は、戦闘中のカイルと重なる。


 そうして振り下ろされたまさに光速の一撃を、仙次郎は槍で受け止めた。


 のだが、今度は即座に振り払うと、立ち尽くすカイルを振り返って怒鳴ったのだ。


『てめえ、うちの妹になに手を出してやがんだ!!』


 見たことないほど激高する仙次郎に私はびっくりしたが、文句を付けられたカイルも同じだ。

 東和国語はわからないだろうけど、その雰囲気で怒りを向けられていることはわかったのだろう。


「い、いやちょっと待て! 俺はこの嬢ちゃんに助けてもらった時にした契約を履行しているだけで……」

『そうです、私がどのような神を奉じようと仙にいには関係ないのです!』


 しどろもどろになるカイルに仙次郎が場も忘れて詰め寄ろうとしたが、美琴が食い気味に割り込みながら、さらに攻撃を繰り出した。

 仙次郎は美琴の高速で繰り出される雷電と杖の猛攻をさばきつつ、普段から考えられないほど荒っぽい口調で彼女に言い返す。


『降ろすんなら女神にしろって言っただろっ、何でよりにもよって野郎なんだっ』

『私はもう神を一人で選べる年齢に達してます! それに仙にいだって、あんな、い、色っぽい美女の荒魂に見入られてるじゃないですか!』

『それにしたって、大社の巫女の立ち会いの下で吟味を重ねて契約するのが常道だろう!? 軽々しく(ちぎ)りを結んで、そもそもどうしてこんな遠くまで一人で来てる!? 巫女になったんならお勤めがあるだろう!?』

『軽々しくなかったですし、巫女としての責務は留学が決まったときにすべて免除が認められてますっ。でも仙にいは全部ほうり出して出て行ったじゃないですか! どれだけ()り人たちが困っていたと思うんです!?』

『それはっ……』


 初めは余裕があったのに仙次郎は、だんだん美琴の剣幕に押され始める。

 美琴は雷を引き連れて容赦なく攻撃を加えながら、怒鳴った。


『知ってますよ、運命の人を探すんでしょう!? でも帰ってくるって思ってたのに、気配すらなかった! 守り人の矜持を忘れたのですか! お姉ちゃんを支えてくれるって信じてたのに!!』


 その目尻にたまる涙に気づいてしまった仙次郎が、息をのんで立ち尽くす。


『仙にいなんて、だいっ嫌いです!!!』


 そう叫んで美琴が振りかぶった杖を、私は背後からつかんで止めた。

 うわ、かなりびりっとくるな。


「美琴、ちょっと落ち着こうね」

『っラーワ様!? ふにゅっ』


 愕然とする美琴の肩に手をおいて、強制的に使っていた術式を無力化した。


 美琴がまとっていた紫電が霧散する。


 おおざっぱにだけど、なんとかどんな術式かはわかったから、魔術式に供給されている魔力の流れを断ち切ったのだ。


 一気に力が抜けて、杖から手を離して崩れ落ちかける美琴を片手で受け止める。


 ふいーっと、息をついた私は、いつの間にか、こちらに来ていたけど、なにがなんだかわかっていないアール達に、顔をこわばらせる仙次郎。

 むっすりとしているリグリラにほっと息をついているカイルと、どこからともなくノートと筆記具を取り出して記録をとっているネクターを見渡して、一言。


「とりあえず、話をしよっか」


 それが一番だと思うんだよ。



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