第2話 ドラゴンさんのバケーションな理由
まあ、見ての通り、ヴィシャナ山脈へマルカちゃんを含む魔術機械研究会の面々も招待しているのだが。
その理由は、休暇中にいろんなことがありすぎて、エルヴィーたちが遠出ができず残念がっていたのをアール経由で聞いたからだ。
たしかにヴィシャナ山脈には、二級や一級の強い幻獣がごろごろいるけど、安全面なら私とネクターとエルヴィーに自動でついてくる先輩がいれば問題ないし、温暖な気候で、湖も温泉だから温水プール並みに快適だ。
私たちが居ない間アールがお世話になったことだし、なにかお礼ができればいいな、と思っていたからちょうどいい。
さらに後で人員も増えるから、きっと目は行き届くだろう。
ついでにひ孫と遊ぼうよ!とカイルも強引に引っ張り込んで、こんな大所帯の小旅行になったのだった。
早速着替えた彼らは、湖を全力で遊びまわっていた。
「じゃあ、先輩、行きますよ」
湖に出した船から、身を乗り出したアールが持っていた、人一人が立てそうな大きさの板を水面に浮かべた。
アールが着ているのはセパレートタイプの水着だ。
リグリラお手製のそれは、上着は薄い布地にギャザーが入っていて、動くたびに、ふわっと広がりかわいらしさを演出している。
デニムっぽいショートパンツからのびる白い足もすんなりと健康的だ。
胸元に埋まっている赤い竜珠も、アクセサリーっぽくていい感じである。
持っている板は、エルヴィー達が持ち込んだ遊び道具の一つだ。
表面には塗料で魔術式が描かれていて、水につけてもにじまないように防水加工が施されているのだと、イエーオリ君が言っていたっけ。
「いいか、アール。その遊泳板を動かすのに、魔力は術式を起動させる分だけでいいからな。加速と減速は魔力の増減でできるけど、ブレーキは慣性でしかかからないから気をつけろよ」
「はい!」
一緒に船に乗っているイエーオリ君の忠告にうなずいたアールは、わくわくと表情を輝かせながら、器用に板の上に立つと魔力を込めた。
すると、淡く魔術陣が活性化した途端、板は若干の浮力を持って浮いたかと思うと、急発進する。
アールが器用に板の上でバランスをとって走っていけば、カイルが風を起こして波を作った。
前方に現れる壁のような波にもアールはひるまず、逆に魔力を込めて一気に加速した。
「そーれっ!」
そんな掛け声とともに波を駆け上がったアールは、板ごと空中を舞う。
水しぶきを引き連れて、水着のフリルを遊ばせる姿は、軽やかで水の精霊もかくやという雰囲気だ。
おへそがちらっと見えるのも可愛い。
そうして、華麗に一回転したアールだったけど、着水したとたん、体勢を崩して水面に落ちた。
「アール!?」
同じように遊泳板で水面に浮かんでいたエルヴィーが慌てて近づいていくと、すぐに水面から顔を出したアールはにこにこ笑っていた。
「エル先輩、どうでしたか! ばっちり飛べてました?」
「ばっちりだったけど、あんまり驚かすなよ」
「だってエル先輩がかっこよかったんですもん。やってみたくなるじゃないですか」
再び、遊泳板の上に乗りつつアールが言うのに、エルヴィーはちょっと視線をさまよわせた。
「ま、まあいいんだけど。……そこまで簡単にやられると、俺の立つ瀬がないんだよなあ」
嬉しいような、困ったような苦笑いになるエルヴィーにちょっと小首をかしげていたアールだったけど、水しぶきの音に気づいて、振り返った。
近づいてきていたのは遊泳板を走らせるカイルで、アールよりもずっと滑らかに乗りこなしていたカイルは二人の前で見事に止まった。
彼ももちろん海パン水着である。
恵まれたがたいに細マッチョ何それ、って具合に筋肉もついているから結構見ごたえがあるんだ。
エルヴィー達はノーコメントで。
「へえ、体重移動と、魔力の付与だけで動くのか。イエーオリは良い試験になったから試作品をもう一度加工してくるそうだ。勝手に遊んでくれ、と言われたんだが」
面白そうに魔力を込めたり込めなかったりして、反応を観察しているカイルに、エルヴィーは勢い込んで言った。
「じゃあカイルさん、競争しませんか!」
「ぼくも慣れてきましたから負けませんよ!」
アールも便乗するのに、カイルは愉快そうににやりと笑ってみせる。
「ああ、いいぞ。何なら二人同時にかかってこい」
その挑戦的な言葉に、アールとエルヴィーは顔を見合わせると、闘志をみなぎらせて遊泳板の上に乗る。
「俺は結構これで遊んでいるので、後悔しないでくださいよ」
「絶対捕まえて見せるんですからね!」
たちまち、エルヴィー&アールVSカイルで追いかけっこが始まった。
彼らから少し離れた場所では、いつものミニドラより若干大きくなった先輩が水に浮いて、マルカを乗せていた。
リボンのアクセントがかわいらしい、ワンピース型の水着を着たマルカちゃんは、先輩の背中からそろりと降りる。
その手を、先に水に浮いて待ち構えていた美琴が握った。
ちなみに美琴は、縞柄のタンクトップに一分丈くらいのパンツを合わせている。
水の中で揺らめく尻尾の毛が、何とも涼やかだ。
「まずは、ゆっくり、体の力を抜く」
「ふわふわしてて、こわい……」
早くも体をこわばらせて泣きそうになるマルカちゃんだったけど、ふいにきょとんとした。
「あれ? 足がつく?」
立ち上がったらしく、胸のあたりまでしか来ない水にマルカちゃんが戸惑っていると、同じように立ってみた美琴が気づいたように先輩を見た。
「もしかして、ヴァスが、やってくれた?」
「肯定。一時的に足場を構成した」
うなずいたヴァスは、マルカに首をもたげて言った。
「水への恐怖は溺死の可能性を想起することが原因。我がいる限りその可能性は微細であると提言する」
「うん。ありがとうっヴァス、わたしがんばる」
ぱっと花が咲いたように笑ったマルカちゃんに、先輩はどことなく嬉しそうだった。
そんな感じで湖を満喫する彼ら彼女らを、私が岸辺に置いた椅子に座ってほのぼのと眺めていると、ネクターが水着に着替えて戻ってきた。
トランクスタイプの水着だから上半身はよく見える。
知っていたけど、ネクターって理系の割にはちゃんと筋肉があるんだよなあ。
「とりあえず、この周辺に二級以上の幻獣が入ってこないように、結界を張りなおしてきました」
「ありがと、ネクター」
ネクターは嬉しそうに頬を緩ませると、私をまじまじと見る。
「やはり、よく似合っていますね」
その視線が、私の水着を楽しそうに眺めるのに、ちょっと照れた。
「いや、その……うん。結構気に入ってる」
私もリグリラが以前にくれた水着を身につけていた。
アールと似たデザインになっているのだけど、私のは丈が短めで谷間が見える仕様になっていて、胸の中央に埋まった赤い竜珠がアクセントになっている。
下も腰に巻くタイプの薄布がセットになっていて、大人っぽくも可愛い感じに仕上がっていた。
さっきも面と向かって褒められて照れたんだが、ネクターの薄青の瞳には称賛の色しかないから、やっぱり何度言われてもうれしいものだ。
まあ、自重せずに眺められるものだから、恥ずかしいのだけどね!
「カイル、そこそこ楽しそうで、よかったね」
ちょっと耐え切れなくなった私は、ネクターの気をそらすために話題を振った。
視線の先では、エルヴィーとアールと、イエーオリくんまで加わって、カイルを捕まえる鬼ごっこが繰り広げられていた。
さすがに、遊泳板の制作者だけあって、エルヴィーもイエーオリくんも取り回しがうまくて、カイルに迫っていける。
だけど、この短時間で、カイルは遊泳板のコツをつかんだらしく、サーファーも真っ青なテクニックで逃げ回っていた。
波に乗らなくても走るんだから、スケートボードのほうが近いのかな。
アールも魔術を使ってトリッキーに仕掛けるけど、それもきれいにいなしている。
そんなカイルの表情は、ヘザットから帰ってきた時よりいくばくか明るいように思えた。
「そうですね。ヘザットから帰ってきたときには、少し心配でしたから」
「無理もないんだけど、ちょっとね」
あの「蝕」の事件の後、カイルは目に見えて沈んでいた。
ベルガが精霊として目覚めていただけでなく、リュートに自らついていったのだから当然だ。
だからカイルは、一通りの騒動が終息に向かおうとするさなか、ベルガの行方の手掛かりを探すため、ヘザット内に残る、リュートたち精霊の足跡を手当たり次第に追っていたのだ。
もちろん私たちもできる限り探索の手を伸ばしていたけど、カイルの鬼気迫る様相には少し危ういものがあった。
結局、ヘザットでリュートたちへの手掛かりらしい手掛かりはつかめず、思いつめたカイルが当てもない探索に出ようとするのを引き留めるために、今回の旅行へ強引に引っ張り込んだのだ。
あのままの勢いでいっても、いい結果にはつながらないと思ったから。
エルヴィーやマルカちゃんと過ごせば少しは気がまぎれるかも、と思ったのだけど、完全にとはいかないまでも、少し緩んだ表情は、息抜きになったみたいでほっとした。
「ラーワ、私がここにいますので遊びに行ってもかまいませんよ」
ネクターが申し出てくるのにちょっと考える。
たしかにあの遊泳板は私もやってみたいし、思いっきり泳ぎたいけど。
「でも、そろそろだと思うからさ、待っていようかと思って。それからでも遅くないかなあと」
「そうでしたね。なら、一緒に待ちましょうか」
納得した顔をしつつ隣に座ったネクターに、ちょっぴりうれしい気分になっていると、湖から美琴が上がってきていた。
「あれ、美琴どうしたの?」
ぶるっと、尻尾を震わせて水けを切った美琴は、私が荷物番をしていた杖を腕に抱えた。
いちおう危険地帯だから、念のために杖とか武器とかは手の届く場所に置こうね、とエルヴィーの銃や、カイルやネクターの杖も置いてあったのだ。
ただ、イエーオリ君のおいていった、一見しただけではなんだかわからないものがすっごく気になるんだけど……いじってないよ?
「そろそろ、温泉、入ろうかなって。でも用意を、忘れたから、取りに行く」
私にそう返した美琴の表情は、抑えきれない期待に染まっている。
うんうん、楽しみにしてくれて嬉しいよ。
「そっか、じゃあ私もいったん戻ろうかな」
「では後で」
ネクターに荷物番を任せて、私は美琴と連れ立って別荘のほうへ戻っていったのだった。





