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10 ドラゴンさんは友達(決定!)の友達を助けに行く

 この世界は地球より広い。

 ドラゴンの翼で全力で飛んでも球形をしたこの世界を一周するのに3日はかかる。

 さらにネクターを乗せていることを考えれば全力を出すわけにもいかず、目的地であるおじいちゃんの精霊樹が生えているヴィシュヌ山脈のふもとについたのは丸2日後のことだった。


『おじーちゃーん!!!』


 飛んでいる勢いのまま目の前に着地を決めた私に木精のおじいちゃんは私でも抱えきれないほど太い精霊樹から出てきて、出会った時と変わらない白髪に褐色の肌をした美老人の姿でニコニコと迎えてくれた。


『おお、溶岩の黒竜か。久しぶりだなあ。うむ? 人の子を連れているのかい』

『そうなんだ。はじめてまともな友達!』

『おやおや、そりゃあよかったねえ。

 金紫のは強烈じゃったからのう。人の子であるならいきなり襲い掛かることはないか』

『リグリラは、ほらあれだから…………ほんとあの時はごめん』


 あれは追い掛け回されるのに嫌気がさしておじいちゃんに慰めてもらいに行った時のことだった。

 どうやって捕捉したのかリグリラが乗り込んできたんだけど、私より強そうなおじいちゃんに目の色を変えたんだよね。

 瞬殺されてたけど。

 そのあとドラゴンが魔族ごときから逃げ回ってどうする!! って発破掛けられて、おじいちゃんを審判に初めてリグリラとガチンコ勝負したんだった。

 あの時だったなあ、私、結構強いんじゃねって気づいたのは。


『構わぬよ。お前さんが楽しそうで何よりじゃが、まさかその慌てようで顔を見せに来ただけではあるまい』

『じつは、私は案内役なんだ。詳しいことは彼に聞いてね』

『ほう、では人の子よ。儂に何ようかな』


 強行軍に息も絶え絶えで顔を真っ白に、でもなぜか満足そうに私の背から降りてきたネクターは、おじいちゃんに見つめられたとたん、ピンとばね仕掛けのように背筋を伸ばして緊張した。

 ぎくしゃくと右腕を後ろに回して左拳を腹部に当てて頭を下げる。


『は、初めまして精霊樹の木精さま。私、魔術の探求者、ネクターと申します。

 今、私の友人が窮地に陥っておりまして、その助力に行くための杖を得たく、厚かましいと思いつつもその御身の一枝を頂きたく参上した次第でございます。

 ラーワのやしない親様でいらっしゃるとうかがい、ぜひともお話をお聞かせ願いたく思いましたが何分危急差し迫っておりますので、腰を落ち着ける間もないことをお許しください』


 すうっ、とおじいちゃんの深緑の瞳がすがめられた。

 それだけであたり一帯の魔力濃度が上がり、それがすべてネクターにかかる。

 一気に血の気が引いたネクターだが、それでもぐっとその場にとどまった。


『おぬし、二つ名は』


 ネクターはちらりと傍らに立つ私を見てから、おじいちゃんをまっすぐ見つめて言った。


『故国では破壊の賢者と。ですが、今は黒竜の友人と名乗らせていただきたく思っています』

『……ふうむ、今日の人族の間では失われておろう古代語がこれほど堪能とは珍しい。良いぞ、ちょうどいい枝ぶりのものを持ってゆくといい』


 そういうが早いか重圧が霧散し、魔力濃度も元に戻った。


『は……?』


 道中話をしていたとはいえ、やっぱり人の間では伝説級だった精霊樹の木精相手に交渉しなければならないという重圧にいっぱいいっぱいだったネクターは、あっけなく出された許可に明らかに頭が追い付いていなかったので、代わりに私が聞いた。


『ありがたいけど、そんなに簡単でいいの?』

『なあに、お前さんが連れてきたんじゃ。性質も申し分のない人間なのだろう?この地の気に充てられていないだけで魔術的な能力も十分じゃ。

 それにの、昔はここまで自力で材を取りに来るものがおって杖を通して外界を楽しむこともできたが、ここ数百年それもなくて退屈しておったところでな。渡りに船というやつなのじゃよ』


 ふぉふぉふぉとおじいちゃんが笑うと、精霊樹からふわりと魔力をまとった枝が落ちてきて、ネクターは慌てて受け止めた。ネクターの肩程はあるそれにはいまだ青々とした葉が付き、そのまま使ってもよさそうなくらいまっすぐでちょうどいい太さだった。

 明らかにかなり良い枝をくれたのがわかる。魔力との親和性の高さに私もネクターも息をのんだ。



『その枝はまだ生きておっての。細くわしとつながっておる。葉が青い限り自発的に魔力を集め、お前さんの助けになるじゃろうて。

 ほれ長居している暇はないのじゃろう?問題を片づけたらまたそこの黒竜と一緒においで。今度はゆっくり話をしよう』

『…………このようなすばらしいものをありがとうございます。木精さま。ラーワの好意を無にしないためにも、精一杯のことをします』

『ありがとう、おじいちゃん。お土産話沢山持ってまた来る!』


 お礼を言った私たちは近々再会する約束をして穏やかに笑うおじいちゃんに見送られる。



 また2日かけて海を渡って帰ってくると大森林は恐ろしいまでに静かで、もう一刻も猶予もないことを肌身に感じた。

 ネクターはさっそく杖の調整と加工を行い、丸一日かけて完成させた後、探査魔法でカイルの魔力波を感知した場所まで大急ぎで飛んだのだった。





 ************





 ネクターによると、そこは術式を展開した穀倉地帯からは少し離れた場所で近くに大きな街があり、そこを最終防衛ラインとして守備をしているのではないかという。


 上空を大きく旋回して様子を見ると予想通り、縄張り争いにあぶれたらしい魔物が大挙して押し寄せてくるのを国の軍隊らしい人間の集団が街を背にバリケードを仕立て食い止めようとしていた。


 が、成果はそう芳しくない。

 二三人でかかってようやく一体を倒せるレベルの魔物を地の利もくそもない平原で相手をせざるを得ないのもそうだが、せっかく数人がかりで範囲攻撃を仕掛けようとしているっぽいのに、一か所に魔物を誘導するおとり役の兵士らしき人影がうまく役目を果たしていないのも良くないようだ。


 あ、また魔物が一体抜けられた。

 だけど後ろに控えていたらしい魔術師のはなった雷撃であっという間に消滅する。


『いました、カイルです!!』


 ネクターが古代語で叫んだのを風精が伝えてきた。

 私もわずかな魔力波で確認する。生きてたようで良かったが、にしても困ったな。あそこにいるのがすべてカイルの味方だとも思えない。

 そうするとうかつにネクターを下すわけにも行かないし、さてどうするか。

 と思案していたのだが。



『ラーワ、ここまでありがとうございました! 行ってきます!!』

『え、わちょっとお!?』



 止める間もなく、ネクターはさっと杖にまたがると私の背から落ちて、というか滑空してカイルのもとへ飛んでいってしまった。

 え、杖ってそんな風に使うの!?



 ああもうしょうがないなあ。



 私はため息をつくと周囲一帯の人間に声が聞こえるように風精を飛ばした。



「とりあえずそこにいる君たち、巻き込まれたくなかったらそこを動かないで」



 ちょっぴり気迫を乗せたから、がきんっと音を立てるように小さな影がいくつも停止するのを目の端で確認して、魔術式を展開。

 魔力を火精に変じさせ、その周辺の魔物だけを個別に一斉に発火させて核ごと燃やした。


 一応魔力波で区別していたが、炎が消えた後で人間は巻き込まれていないことを確認して、ネクターとカイルにだけは状況説明の為に同時に思念話で話しかけた。


 《では、私はほころびをふさぎに行くよ。数時間くらいでいち段落つくと思うから、それまで踏ん張りな》

 《ありがとうございますラーワ!》

 《おいっこれ黒竜殿かというかネクターなんでいる!?》


 多少慣れた様子のネクターの安定した意識にカイルの動揺した思念が混ざる。


 無事たどり着いたネクターがカイルに蹴り飛ばされているのを遠視で眺めてちょっと笑ってから、私はほころびの中心へ向かった。







 **********







 中心に近づくにつれ穀倉地帯だったという平原は見る影もなく踏み荒らされ、先ほどとは比べ物にならないおびただしい数の魔物で埋め尽くされていた。

 よく見るとところどころ樹木型の魔物も誕生しているようで、妙におどろおどろしい質感のそいつらはその根でからめとったレイラインから魔力を吸い上げ、枝葉から放出していたりする。

 ほころびの中心らしきところからは五分に一体くらい新たな魔物が生まれているが、そばにいた同胞に食われていた。


 規模としては小さいが、どうりで調整結果が芳しくないわけだ。これ私がいなかったら一か月くらいで魔窟化してたぞ。

 距離が若干離れていたとはいえ気づかなかったことに反省。


『……では、教訓生かしてやりますか』


 私は、ほころびを中心に半径一キロメートル圏内を物理結界で封鎖し、さらに防魔結界を重ねがけした。


 閉じ込められたことに気付いた魔物がわらわらとやみくもに結界に体当たりするグロテスクな姿に微妙に引く。

 と、とっとと焼いちゃおう。


 くみ上げた魔術式に(したが)って魔力は大量の火精へと変じ、古代語によって定義され発動した。


火炎爆裂(フレアバースト)


 瞬間、結界内を焔の奔流が荒れ狂い、閉じ込められていた魔物は塵一つ残さず焼き尽くされた。

 それでも勢いは衰えず結界の上部を突き破り、巨大な火柱が立ち上る。


 あー魔力濃度が高いから制御が甘くなってたかー。

 まあ類焼はないからよしとしよう。ネクターの魔力制御を観察したおかげだね。


 障害を一掃してぽっかりと空白地帯になった中心に降りたって、私はほころびを観察した。

 と言っても、レイライン自体物理的に見えるものではないので、傍から見ればぼーっと目の焦点が合わないヤバい人なのが悩みどころである。


 うっわー思いっきり亀裂に成長してるなあ。開けて維持に使っていた術式は丸ごと吹っ飛んでるのね。


 そうこうしているうちに結界内に入っていなかった魔物がもろくなっていた結界を破り、我先にとほころびの中心や高魔力生命体である私に殺到して来るのをまた閉じ込めて燃やし、ほころびの中心に魔力の流出を遮断する私特製結界をかける。

 人でも寄ってたかれば壊れてしまうくらいにはもろい上、循環経路も阻害してしまうから長く使うには適さないが、応急処置にはもってこいだ。


 今回これだけの魔物が発生したのはこのほころびからの魔力供給のせいだし、供給がなくなれば弱い魔物はそれだけで消滅したり弱体化するからネクターたちも少しは楽になるだろう。


 下準備を終えた私は、ほころびの上に陣取り、いまだうじゃうじゃする魔物たちににやりと笑ってやる。


『さあおいで。循環に返してあげる』




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