1 ドラゴンさんはぼっちである
私はドラゴンである。
縦にさけた瞳孔が美しい金の瞳に、ワニのような鋭い牙。
頭部から背筋に沿うようにたてがみが生える長い尾を従えた流線型の体は、
紫がかった漆黒の固い鱗に覆われ、頭部には二本の角。
そして赤い皮膜の翼で空を自由に駆る姿はまごう事なきドラゴン様である。
名前は生まれた時から知ってるが、長ったらしいので省略する。
ヴィ、何とかといわれる世界で一二を争う標高の山が噴火した時の溶岩からおぎゃっと生まれた私は、自分がこの不安定な世界を支えている魔力の循環を守り整える役割を担っていることをすでに知っていた。
と、同時に生まれる以前、人として生きていた”わたし”時代のこともまるっと覚えていたりした。
私はドラゴンである。
その前は地球という世界の「女子大生」だった。
…………なんで生まれ変わってんだこんちくしょ―――――!!!!!!
*********
取り乱してしまった。申し訳ない。
ただ、生まれ変わる直前の記憶が大学生活2か月目にして偶然誘われたどこだかの新歓コンパの為に気合入れておしゃれしてさあ行くぞ戦場へ!!と慣れないヒールで歩いていたところにバナナの皮をふんですっ転がったというまことに情けない末期だったのだ。
高校から一人遠くの大学へ進学したことでそもそも希薄だった交友が完全に断ち切れ、おりしも一人暮らしを始めたばかりで圧倒的な孤独としゃべる人がいないさみしさに打ちのめされた”わたし”は、友達の重要性に改めて気付き、交友関係を作ろうと決意した。
そしてあの新歓コンパは、友達欲しさに何とか溶け込もうと努力するも実を結ばない中、ようやく見つけた光明だったのだ…………
たとえ数合わせでもいい、態の良い合コンでもいい。
友達まではいかなくても、せめて学部の人に知り合い欲しかったんだようぐす。
生まれた直後こそ”わたし”の記憶と混乱して周囲の山まで大噴火するほど叫んで泣いてしまったが、”わたし”は爬虫類が特段嫌いだったわけでもないし、この世界では最強とうたわれるドラゴンに生まれ変わったことは数百年もたった今ではもう禍根はないのだ。
……基本他種族とかかわらないぼっち種族だったからってないったらない。
魔力循環の守護といっても、レイラインと呼ばれる空中地中問わずちょっと魔力の流れを見てめぐりが悪いなーというところをせっせと歩き回ったり、流れを滞らせているいろんなものを物理的または魔術的に取り除いたりするだけの簡単なお仕事だった。
だがドラゴンとしては生まれたて、しかも前世の知識が邪魔をして本来取り込むべきだったドラゴンの知識の吸収が不十分だった私は途方に暮れた。
魔力ってなに、このこんがらがった綾取りの紐みたいなのってどうほぐせばいいの!?
木精のおじいちゃんがいなければ今でもへっぽこドラゴンだっただろう。
精霊樹と呼ばれるすごい木の精霊である御年うん千歳のおじいちゃんは、本来相性の良くないマグマの中心で泣きべそをかいていた私に声をかけてなだめてくれた上、この世界で生きるための知識を何十年もかけて丁寧に教えてくれた。
『なあに、久方ぶりに話のできる御仁に恵まれたでの。年寄りの暇つぶしだと思って付き合ってくれたらいい』
何でもないように言われたが、その知識が調整にどれほど役に立ったか計り知れない。
もう出会いも何もないじゃないかやけくそだ職人技的完璧な調整してやんよ!と、天に誓った。
……そこ、まだこだわってるじゃないかとか言わない。ブレス吐くぞ。
というわけでこの世界では最強(らしい)ドラゴンの鋼鉄ボディとハイスペックスキルを駆使してレイラインを整え続けた結果、向こう1000年くらいは循環に不備が出ないレベルにすることができた。
わーぱちぱち!
とは言ったものの、ヴィシャナ山脈付近だけでも100年もかかってしまったのだ。
『生まれたてにしては上出来じゃよ』とおじいちゃんは言ってくれたが、おぼろげながら他の”仲間”たちがどれほどめんど…げふんげふん難しい調整を行っているか知っているのでこれからも精進である。
しかし、ここが終わったからと言ってのんびりしていいかと言えばそうではない。
他の土地にはまだ問題が山積みだからレイライン整備の仕事は終わらない。
5000年もたてば一所にとどまる許可が世界から下りるらしいのだが、おそらく世界中のドラゴンの中で一番若く、ペーペーの私は容赦なく転勤である。
こうして私は生まれて100年たったある日、
おじいちゃんとの別れを惜しみながらも生まれた土地を離れたのだった。
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旅立った当初は期待していた。
おじいちゃんはこの世界にもたくさんの知的生命体がいると教えてくれたから、前世で果たせなかった友達を作れるんじゃないかって。
基本食事も睡眠も必要ないためやることと言えば、木が何本あるか数えるとか、何時間後に雲が発生するか予想するとか、おじいちゃんに教わった魔法を研究するぐらいしかない。
一人遊びは嫌いじゃないがぶっちゃけ暇だ。ひじょーに暇だ。
話し相手になってくれる人いたらいいなあと胸を躍らせていたのだが。
その期待が破られたのは生まれた山を去ってから数度目に移り住んだ土地でのことだった。
移り住んだのは、広大な荒野だった。
何度かの実践でコツをつかんでいた私は、徐々に循環を調える時間を短縮することに成功していて、そこは魔力が枯れているだけで、他の土地からちょっとバイパスを作るだけでよく50年もかからずに終わりそうだと見込んでいたのだが。
枯れた土地の中心地に居座って傍から見ればぼーっとしているようにしか見えなくてもせっせと仕事にいそしんで十数年のある日、魔力を渡して監視を頼んでいた精霊たちが人族の大群が両端からやってくると知らせてきた。
それを聞いて私は能天気なことにちょっと不思議に思うだけだった。
ちょっと考えればどうしてこんなところにわざわざやってくる理由だとか精霊たちの困惑した空気の意味もわかっただろうに、お爺ちゃんと別れからまともに話せるものに出会ってなかった私は会話と娯楽に飢えていてもしかしたら話ができるとワクワクしていたくらいだった。
それが群れではなく武装した軍であるというのに気付いた時にはすでに彼らは戦争をし始め、彼らがバカスカ魔術を打つたびに今まで整えた魔力の流れがしっちゃかめっちゃかになっていくのを私はあっけにとられて眺めた。
後で知ったのだが、あの辺りは人間の大国同士が接した国境線で、毎年のように戦争を起こす両国の激戦区になっていた。その多大な影響によって枯渇状態になり、その土地での魔術使用がほぼ不可能な状態になったせいで結果的に休戦状態になってたのだそうだ。
そこにのこのこやってきた私が霊脈を回復させて大地に魔力が戻ったことを確認した両国が、我先にと領土侵攻を図ったというのが今回の戦争理由だった。
とにもかくにも十数年間コツコツ調整してあと一歩のところで終わりというところで台無しにされた私は即座に戦争の真っただ中に突っ込んでおじいちゃんからならった人語で語りかけた。
『てめぇらとっとと止めねえとぶち殺すぞゴルラァぁ!!』
……頭に血が上っていたのだ。そこら辺は察してほしい。
だが彼らは戦争をやめようとはせず、あまつさえ私に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ドラゴンだ、ドラゴンが出たぞおおおおおお!!!」
「これぞ好機っドラゴンを討ち果たしたとあれば末代までの栄誉となろう!! きゃつらに手柄を立たせてはならぬ! かかれい!!」
魔術でパコパコされ、剣や槍や投石でぶすぶすされる。
そんなものねずみに体当たりされているようなもんで屁でもないが、もともとなけなしだった理性はそこでブチ切れ、その後はおっしゃかかってこいやと両軍合わせて十数万ぐらいを相手に大乱闘である。
若いとはいえ公式チートのドラゴンなめんじゃねえよとばかりにおじいちゃんの教えをフルに生かして大暴れした私は、彼らが這う這うの体で逃げ帰る後姿を勝利の咆哮をあげて見送る段になって気が付いた。
私が初めに語り掛けた時、彼らからの返事はなかった。
と、いうか彼らの内で交わされている言葉がひとっつもわからなかった。
……あれ、言葉通じない?
*********
『ぐふっ…それはね、あなたの使っている言葉は千年ほど前に廃れた古代語ですのよ?
ゲホゲホゲホ!! 魔術言語としては便利ですので、わたくしは知っていますけどゴホッ栄枯盛衰の激しい人族の間ではとうに失われていますの。
―――それよりも黒熔の。もうワンラウンドヤりませんこぐがげブホッッ!!!!!』
『よくわかったよありがとーリグリラ。とりあえず眠っとけ』
よく殺し合いを挑みに来るなじみの魔族に肉体言語を使って聞いたところによると、おじいちゃんが知っていた言葉は地球で言うところの平安時代の漢語のようなものらしい。
うん。だってうん千歳だもんね。
ここ数百年人が来たためしがないって言ってたもんね。
私はなんかハアハア言いながら迫ってきたリグリラを宙の彼方へ投げ飛ばした後、その場で地面に手をついた。
出来れば、今の言語がよかったよおじーちゃん。
それにしてもリグリラ。
見た目だけは極上のばんきゅっばん的美人なのになー……
その事実が分かった後も、私は人族との交流をあきらめきれないでいた。
会話できる生き物探せばいいじゃないと思うかもしれない。
確かにこの世界には人間のほかにも知的生命体はいる。
だが、おじいちゃんのような会話のできる高位精霊はめったにいるものではないし、魔族と呼ばれる種族もいるにはいるが、リグリラを代表とするように皆さん超好戦的で、私を見るなり拳で語り合いたがるのでよっぽどでなければ全力で遠慮したい。
魔力の循環は流動的で繊細だ。
一度整えても何百年もたてばメンテナンスが必要だし、そのくせ滞りができたまま放置すれば冗談ではなく世界が滅びる。彼らが暴れるたびに崩れたソレ治す身にもなってほしい。
……ぶちのめしたくなるだろう?
私は平和主義者である。むやみやたらと拳と爪を振り上げたくない。
魔獣でも電波的なものを飛ばせば意思疎通は可能だが、ぶっちゃけ敵意があるかないかぐらいの超原始的なもので私の求めているものではない。
言葉が通じなくても、人族のほうがまだ希望があるのだ。
ドラゴンの生はほぼ終わりがない。
世界から分けられた分体みたいなものだから、それこそ粉々になるほど肉体に損傷を受けるか、自分で消滅を望まない限り死なない。
生まれで個性は出るものの、子孫を残す必要がないから基本他者に対しての興味も薄く、個体によっては他の種族との交流がないまま世界に還るものもいるくらいだ。
確かにドラゴンの役目は魔力循環の管理と守護。
種族としてはそれが正しいのだろう。
でもそんなの嫌だ。
だって"わたし"は一人が嫌で自分を変えたくて、一生懸命恐いのを乗り越えてコンパに行こうとしていたのだ。
孤独から抜け出すためにあがいて死んだ私がぼっち万歳種族になったからってその夢がなかったことにしたくない。
性別ないから恋人はなしだとしても、ぜってー友達になってくれる誰かを見つけるんだ。
そのためにはまず現代語を覚えるぞ、おー!!
と、夕日に誓っては見たものの、道のりは大変険しかった。
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この世界は(ドラゴン基準で)できたてほやほやで魔力の循環を支えるレイラインと総称される霊脈気脈地脈が未熟だ。
やるべき土地は山ほどあり、世界はおっそろしく広い。
ぼんやりと仲間のドラゴンがいるのはわかるから、彼らとかぶらないように手分けするのだがそれでも手が回らないため、自然と優先されるのは循環の要になってる場所や、先の荒野のような枯渇し早急に手を打たねばならないような土地である。
ゆえに私が居を構えるのはヒマラヤ級の山脈の頂上や、深海の底、一日中砂嵐の吹く砂漠のど真ん中、などという前人未到どころか生存不可能領域ばかり。
人との接触が圧倒的に少なかった。
たまに辛うじて人の分け入れる地域で調整もする時もあったが、彼らは人間だろうが獣人だろうが森人だろうが地底人だろうがドラゴンの私を見るや否や真っ青な顔をして逃げ出すか、目をぎらつかせて攻撃してくるかなのである。
「ヒッヒイイイイイイイイ!!!!」
「どうかお見逃しをどうかお見逃しを!!!!」
「かあちゃん、かあちゃあああ嗚呼んん!!????」
「くうっおれが時間稼ぎをしてやるっ! てめえらとっとと逃げろ!!」
「なんで!! この任務が終わったら
あたしとずっと一緒に居てくれるって言ってくれたじゃない!?」
「……幸せになれよ」
「あんたああああぁ―――!!」
言葉がわからなくてもなまじ魔力を通してニュアンスは伝わってしまうだけにやるせない気分になる。
私、何もしてないのに……
恐慌状態になっている彼らからどうやって学べというのか。
『無理かもしんない』
何とか殺さずに気絶させた彼らを転移魔法で人里近くにおくるうちに私の心は見事にくじけ、しばらくは極地を中心に回ることになる。
それが変化したのは木精おじいちゃんと別れてから300年たったころだった。