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結果的にラインヴァルトの予想は当たった―――――。
二キロほど進んだ所で、魔物カテゴリーレベル3に分類する悪魔の群れが、耳障りな金切声と共に近距離から襲撃をしてきた。
完全に不意を突かれたが、分隊の自動火器が火を噴く。
管理職員が放つ自動火器の銃弾が悪魔の群れに掃射する。
悪魔の群れは、様々な姿をしていた。
蒼く照り返す鋼鉄のような皮膚に身体中覆われ、背中に翼を生やした悪魔、
身体が人間で山羊の頭の悪魔、
太った腹を揺らした人間の血の色より赤い悪魔、
鱗を持ち四足歩行の狼の様な悪魔、
黒い光沢を放つ群青色の胴体に、棍棒状の頭殻が前へ大きく突き出た頭で、、甲殻で覆われた頭頂部と同じような形状の逞しい前脚が特徴の悪魔等々・・・・。
「衛生兵!!」
という叫び声が上がる。
手榴弾が炎を噴き上げ、攻撃魔術が炸裂し、重火器類が雄叫びを上げる。
悪魔達の断末魔の絶叫が響く。
「衛生兵!!」
という叫び声があちこちで上がる。
「(こんな予想が当たっても嬉しくもなんともないな)」
ラインヴァルトはそう思いながら、凄まじい激突の真下を突き進み、雑草の細い葉の後ろに倒れ込む。
間一髪、鱗を持ち四足歩行の狼が吐いた黒い霧を躱した。
黒い霧はどうやら特殊らしく、土くれを飛ばし、砲撃でもした様な爆風を起こす。
伏せている大地が地震の様に揺れ動き、吹き上げられた土砂が頭上に降りかかってくる。
さらに負傷者の断末魔と衛生兵を呼ぶ、凄まじい声が上がる。
魔物カテゴリーレベル3以上の悪魔の群れとの交戦の恐怖と絶望は、経験したものにしか理解できない。
ラインヴァルトの近くで、身体が人間で山羊の頭の悪魔が唱えた攻撃魔術が炸裂した。
爆風が殴りつける様に襲いかかり、手足が千切れるのではないかと思うほどの威力だ。
悪魔の群れの攻撃魔術は、彼方に移動していた。
ラインヴァルトが伏せながら付近を見渡すと、辺り一面に倒れている管理職員の姿が眼に映った。
ラインヴァルトは、自動小銃のセレクターをセミオートに切り替えて、引き鉄を可能な限り早く絞り、暗緑色の甲殻を持たない皮膚で太った猿のような悪魔に三連射を開始する。
その悪魔は、仰け反るように緑色の液体を撒き散らして倒れる。
生き残っている管理職員達は、罵り声と怒声を発しながら、悪魔の群れに一斉射撃をしてハチの巣にしていく。
また、機動班は手榴弾を5、6個投げて悪魔の群れを吹き飛ばす。
無線によるラウルフの管理職員の命令で銃撃をやめる寸前、エルフ、ドワーフ、ノームの管理職員がのた打ち回っている悪魔の群れに、弾丸が切れるまで一斉射撃を浴びせる。
やがて上空に冒険者管理局所属の飛龍が集まり始めた。
救護用の飛龍と攻撃支援の飛龍だ。
上空旋回していた飛龍はそこかしこに着陸を始める。
「衛生兵!」
飛龍の翼の羽ばたきの音にかき消される事なく、幾つもの叫び声が響き渡る。
ラインヴァルトは、地面を蹴り、悶え苦しんでいる管理職員達に駆け寄る。
悪魔に負わされた傷口に包帯を巻こうと、包みを半分破りかけた者もいる。
だが、包みを破る事も出来ず、血反吐を吐き、激しい痙攣を起こしながら悶え苦しみ死んでいった管理職員もいる。
「衛生兵っ!」
ムークらしき体格の管理職員が
「噛まれたっ!!」
シャドーエルフらしき管理職員が
「畜生っ、頼む誰か助けてくれっ!」
ドワーフらしき体格の管理職員が
――――悲鳴じみた声を発しながら助けを求める。
フライトスーツ姿のシャドーエルフの医療関係者が救護用飛龍から降り立ち、生き残った管理職員達の負傷者の元に駆け寄る。
ラインヴァルトは、何から手を付けるべきかと考えながら、助けを呼ぶ管理職員や夥しい血の海でどんよりと見開き、不気味なほど静かに横たわっている負傷者を見つめながら立ち尽くした。
ラインヴァルトはすぐそばの負傷した管理職員の傍らに膝をついた。
第三分隊のエルフの女性管理職員だ。
彼女は、喰い砕かれた左腕の様子を自分で見ようと、何度も何度も頭を起こそうとしているがうまくいかない。
そのたびに後ろに倒れ掛かり、ヘルメットを被っていない後頭部が地面にぶつかりそうになっている。
痛みと出血で意識が朦朧としているのだろう。
ラインヴァルトは、エルフの女性管理職員の頭を優しく持ち上げ、傷が本人に
見えてない事を確かめながら、膝に乗せた。
救急セットから包帯を取り出し、傷を押さえている彼女の右手をそっと左手の前腕から引き離す。
負傷した左腕が不自然に動き始める。
めちゃくちゃで不自然な動きだ。
そして痛みのせいで意識が戻ったのか、突然大きな叫び声を上げる。
身を捩って金切声を上げもがいている。
「衛生兵っ!!」
エルフの女性管理職員を押さえながら、ラインヴァルトは叫んだ。
「よしよし、もう大丈夫だ!、しっかりしろっ、別嬪さん」
落ち着かせようと言葉をかけるが、エルフの管理職員は左右に激しく頭を振り
続ける。
ありがたい事に、ジャンプスーツと戦闘ヘルメット姿のムークの衛生兵が駆けつけてくれた。
痛み止めの注射と応急回復魔術を施す間、ラインヴァルトはエルフの女性管理職員の頭を押さえ、励ましの言葉をかけ続ける。
衛生兵がエルフの管理職員を担架にのせたとき、ラインヴァルトはようやくほっとした。
あたり一面に管理職員の装備品が散らばり、無傷の者や軽傷者が大規模交通事故の被害者の様に、ぐったりと地面に座り込み、路面には流れた血が乾いて黒ずんで
いる。
不意に手に付いた血の不快感に襲われ、ラインヴァルトは水筒の生温い水で手を
洗う。
「戦場で、水を無駄にする事が傭兵上がりの嗜みなのか」
その声の主に視線を向けると、ヒギンズという名前の管理職員がやってきて
告げてくる。
彼は、ラインヴァルトと同じ人間種族だ。
「この様子だと支部に戻るんじゃないんですか」
ラインヴァルトは背筋を伸ばしながら、そう応えた。
「そんな事を考えられるのは、まだまだ余裕だという証拠だな」
すぐそばに立っているので、彼の手から滴り落ちる薄紅色に染まった水が、彼の砂まみれのズボンや埃だらけのブーツにかかった。
そう告げ終えたヒギンズという名前の管理職員は立ち去った。
ヒギンズがラインヴァルトの傍に来る直前―――、ラウルフの管理職員がケヒル三等管理職員長とひそひそ声で相談していた。
ラインヴァルトには、もちろん何を話しているのかはわからなかったが・・・。
死亡者は10名、負傷者が17名、そのうち重症者は5名・・・と無線報告で繰り返していた。
その数を繰り返すラウルフの管理職員がケヒル三等管理職員長の姿は、その情報の重みに押し潰さているように見える。
「魔物の撃退数は、70体、撃ち漏らし無し!」
ラウルフの管理職員が数字を繰り返した。
「我が方は、死亡者は10名!、負傷者が17名!、そのうち重症者は5名!、繰り返します!」
ラウルフの管理職員が無線報告で報告していると、ラインヴァルトのいる方向に視線を向けて若干険しい表情を浮かべる。
無線機での報告を終えると、ラウルフの管理職員は、付近一帯を油断なく見渡しているラインヴァルトに近寄ってきた。
「まだ闘えるか、ラインヴァルト」
しっかりした声で尋ねてくる。
ラインヴァルトは、声に出さずに頷いた。
「支部長から緊急連絡だ。ラインヴァルト、これから急遽ポートリシャス大陸湾岸諸国連合が実施するアレトリア島救出作戦に参加する部隊に転属してくれ」
ラウルフの管理職員が低い声で告げてくる。
ラインヴァルトは、一瞬面喰って言葉に詰まった。
「・・・・こちらの方はいいんですか」
ラインヴァルトは尋ねた。
「命令は伝えたからな」
ラウルフの管理職員はそう短く告げると、ゆっくりと立ち去った。