15、5話的な。つけるとするなら『小心者エステルたん頑張った』で。
割烹に書きました通りにございます。申し訳ありません。
正面には『塔の騎士』カミーロがタワーシールドを全面に押し出して油断なく寄せてきている。
右手にはここまでの失態を雪がんと鬼気迫る表情の『双刀』ディマジオ。左手のスペースを埋めるのは徒党を組む二人の戦士コンビ。
いずれも望めば一足飛びで白刃を撃ち交わし合える距離にまで詰められてしまっていた。
その背後を透かして見れば、もう三人武装した戦士が迫り、その左右からこちらの後背を扼すべく軽装のスカウトたちが回り込もうとしている。
更にその奥にはエルハートたち、魔道士連中が無傷で控えているのだ。
翻って自分は古代魔術師の手によって魔法の使えない静寂エリアに追い立てられている。
魔剣士と恐れられていたとしても、それはあくまでも精霊魔術が使えた上での話だ。手にした白銀のシミターだけでどれほど勇戦しようと一人相討ちに持ち込めれば良い方だろう。
万に一つも勝目はない。普通ならそう考える状況である。よしんば降伏したとしても、待っているのは間違いなく『双刀』によって弄ばれる未来だけだ。情婦ならまだしも下手すれば使い捨てられるかもしれない。そんなもの元男、将来的にもきっと男――としては断固として御免被りたい。
万事休す。絶体絶命……にしか見えないだんろうな。けど……
しかし、エステルは仮面の下で笑みを咬み殺すのに必死だった。
なぜならここまではほぼ筋書き通り……いや、出来過ぎなのかもしれない。正直、怖いほどだ。
元来、エステルは物の見方も考え方も徹底して現実的である。ともすれば悲観的であると言ってもいい。「なんとかなるさ」ではなく、「どうしよう、心配だ」が常の気質である。
「夢がない、花がない、熱くないの三拍子そろい踏みだな、お前というやつは」とかつての髭面の同僚には事あるごとに小馬鹿にされていたほどの筋金入りだ。
だからこそ、エステルは戦いに臨んでは万端抜かりなく準備計画するし、もしやがあっては取り返しがつかないと考える。臆病であるがこそ、慎重の上にも慎重を期すのだ。
反面、受動的で積極性に欠けてチャンスをしばしば逃したりもするのだが、今回に限ってはそれがトラップやカウンター技に長ける闇属性魔術との相性もあって、ここまでは功を奏していた。
そのエステルが陥ったこの窮地である。
動揺する女魔剣士も擬態に過ぎず、表情を閉ざして本心を悟られないよう努めていた。胸中では逸る心を必死の思いで押さえつけながら。
さて、そうこうしている間にも半包囲の輪は完成しつつあった。
今は歪なアルファベットのCであるが、遠からずOになるだろう。その時が魔宮の守護者が正義の軍門に下るときである。
それでも、これまでの経緯から戦士たちに勇んだ様子は見受けられない。半信半疑ながらもここが局所であると判断したのか、エステルを囲む男たちの瞳にも決意に似た強い光が見てとれた。
あのディマジオがあの男に似合わず、飛びかかりもしないでにじり寄ってきている。勝利を確実なものにしたいのだろう、よほど懲りたとみえる。エステルのお株を奪う慎重さだった。
――でも、あともうちょっと! 我慢のしどころだぞ、ふんばれ、オレ!
自身を叱咤激励し、一歩、また一歩と歩を重ね、じりじりと後退するエステルだったが、ついにその時が訪れた。
全ての前衛、戦士たちがエステルに引きずられて前進し、半包囲網が楕円に伸びたその形。それは彼に似合わず、それでも必要と危険を冒した最後の綱渡りを無事に渡り切った瞬間でもあった。
脂汗を滲ませ、周囲を盛んに見回して逡巡している風を装ったエステルの演技が最後にこの陣形――前衛を可能な限り惹きつけ、それでいて後衛を遠ざけた、前後をはっきりと分けたこの形を呼び込んだのである。
無音の世界で彼は誰の耳に届くことはない快哉の声を上げた。肩をいからせ、その豊かなまでの双房をさらに誇張するかのようにそらす。そして、サーリット越しにもわかる不敵な表情。
我ながら底意地悪い顔してるんだろうな、と、口角が釣り上がるのをエステルは我慢できなかった。そして我慢する必要も無かった。
その豹変ぶりに取り囲む戦士たちの足が止まった。またしても罠か、と警戒したのだろう。それは正解であったが、手遅れでもあった。
男たちの目の前で、エステルは手にしたミスリル銀のシミターを勢いよく石畳に突き刺した。
それがあらかじめ二人の間で決められていた合図だった。
エステルの白桃のような瑞々しい唇が動いて、新しい主のもとで誼を通じた友人の名を紡ぐ。
「ドロテア、お待たせ。出番だよ」――と。
こうして反転攻勢の狼煙は上がった。
それは冒険者たちにとっては悪夢の始りでしかなかった。