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褐色耳娘さん。  作者: san
15/17

対魔剣士戦






「予定変更だ! この女は俺がもらう!」



 開戦直後、いの一番に飛びかかったのは『双刀』ディマジオだった。

 彼らしい時の声をあげて女魔剣士の頭頂――サーリット目掛けて双刀を振り下ろす。狙いは脳震盪による昏倒、そして捕縛だ。手加減もしてある。

 

 しかし威力を落として精度を上げた一撃は、持ち主の狙い通りに女魔剣を打ち据えることは出来なかった。

 ガキンと火花だけは派手に散らして双刀が石畳に食い込む。

 


「なんだと!?」



 「なぜ今の必中の一撃が当たらない!?」苛立ちを隠そうともせずにディマジオは目を剥く。彼以外であれば自意識過剰とも取れるが、品性はともかく戦士としての能力は間違いなくバストールでも屈指である。

 その彼があの距離を、しかも女魔剣士の意識が一瞬エルハートに向いたその瞬間を狙って放ったにも関わらず、かすりもしないとは! 

 百歩譲ってスタン狙いは失敗したとしてもありえない不手際だった。

 

 ディマジオが屈辱に歪めた顔を上げたその先で、女魔剣士がシミターを抜き放っていた。エルハート同様、刀身に淡い燐光がまとわりついている。

 そこで彼はさらに信じられないものを目の当たりにすることになった。連動して動いた二人の戦士たちの連撃が、彼同様に空を斬っていたのである。

 二人の戦士の技量をディマジオはよく知っている。自身に及ばずとはいえ、やはり有数の剣士であることには疑いようがない。


 それなのに、である。

 二人の斬撃は女魔剣士の躰から、あろうことか三十センチ以上も離れた空間をなぎ払っていた。



「どこを狙ってやがる! 揃って寝ぼてけやがるのか!」

 

「喚いてる暇があったら動け! 時間を稼がせるな! 己が何を相手にしているのか忘れたか!」

 


 ガッガッと石畳そのものを削り取る勢いで快足を飛ばしたタワーシールドが、味方の失態を非難するディマジオの横を駆け抜けた。

 「はぁっ!」と短い雄叫びと共に突き出されたのはハンドスピアだ。カミーロ愛用のその切っ先には返しがついておらず、一見して鋼の爪楊枝のようである。突いて、引き抜く。慰労なくその動作を繰り返せるかに重きを置いた造りだ。

 重装備に、全身を覆うような巨大なタワーシールドはいかにも鈍重である。一つアクションを起こすにも体力の消耗がつきまとう。ならば大盾越しに最短距離と最小時間で打撃を加えることによって、継続的に敵の注意を引きつけるこそ肝要である。

 それ以外のことはパーティにいる他の誰かがやってくれる。タンクである彼に課せられているのは、あくまでも敵に決定打を与えることではないのだから。

 ロールプレイを確立させ、それを徹底した彼にはいつしか『塔の騎士』という二つ名と、少なくない評価と信頼が寄せられるようになっていた。

 

 しかし、やはりカミーロも女魔剣士をとらえることはできなかった。確かに貫いたと思って見ても、ふと気づけば自慢の槍先はその影にすら触れさせてもらえないのだ。キツネにでもつままれた思いだった。

 「なんだこれは!?」と困惑する戦士たちに思わぬ方向から応えが返ってきた。

 女魔剣士の襟元を飾る漆黒のサーキュラーケープにピョコりと小さな三角突起がふたつ生えていた。

 金地に黒でグルグルとうずを巻く奇怪な瞳のえらく不格好な黒猫がいつの間にやらそこにいて、そいつがやけに人間じみていやらしい笑みで「ししし」と戦士たちを嘲り笑っていた。



「ケット・シー!? 厄介な!」 


  

 エルハートが吐き捨てた。

 

 ケット・シー。『金星猫』とも呼ばれるどこまでも小面憎い猫の姿をした闇の精霊だ。いたずら好きが都度に有名で、その能力はうずまき状の瞳に向かい合った者に錯覚を抱かせることができるというものだ。

 要は光の反射角を意図的に操作して視界に結ばれた映像を歪めたり、見えにくくするのだが、これがために戦士たちは尽く空振りに終始してしまっているのである。傍から見ればそれがよくわかる。皆、明後日の方角に向かって剣を突き出しているのだから滑稽極まりない。 

 それがケット・シーの生来の防衛本能に根ざす能力であるがゆえになお質が悪い。主に命令されて能力を行使しているのではなく、自発的に『自分のついで』に主を守っているわけで、召喚者は維持コストさえ払い続けていらればフリーハンドが得られるのである。



 ――だろうなとは思ったわよッ!



 キィン、とミスリル銀の刃同士が硬質な残響音を響かせて弾け合う。螢光が舞うサーリットの下でダークエルフは薄く笑い、ハーフエルフは悔しそうに歯噛みした。

 カミーロに合わせる形で突っかけたが、結果はご覧の通りだった。猫の目が効力を発揮する対象は一度に一人。だから戦士として優秀なカミーロのハンドスピアには幻を突かせ、自分の未熟な剣は手ずから跳ね返してみせたわけというだ。

 「予想はついてたけどむかつくー! こいつ!」と、それがわかるだけにエルハートは内心穏やかではいられない。

 

 その間も空いた左手が忙しなくヘカーテのうずを巻くムカデ紋を描き、呪を紡ぎ続けている。

 さすがは件の魔剣士か。一時の事とはいえ、その技量は一流の戦士たちの猛攻を捌きつつ、集中を乱さずに魔術を構築していくなど生半な腕前ではない。パーティ一同は敵ながらあっぱれと賞賛せざるを得なかった。


 更に魔王のガーディアンはそれだけにとどまらなかった。


 スペルキャスターが魔術を実戦投入する際に留意している点があるのだが、それは素早く、精度の高い呪文を編み上げることに尽きる。

 そのために、安全な場所に身を置くことによって、精神の集中を邪魔されずに詠唱を完遂するのがベストであるとされるわけだが、そんなものは刻一刻と変化する戦場においてはあくまでも理想でしかない。

 だからこそ魔道士たちは生き残りをかけて、長い年月の末に詠唱術とも呼べる技を編み出してきたのだった。


 その筆頭は『ファストキャスト』。素早く詠唱を行う技で、魔術を実戦投入する際には必須スキルであるとすら言われている。威力や精度を犠牲にしてでも即時発動を狙った『無詠唱』や『詠唱破棄』などもここに含まれる。

 次に『ダブルキャスト』。詠唱を任意の箇所で一旦打ち切って、別の呪文を移行、以後交互に繰り返すことによって二つの術間に連携を持たせる技だ。手練になると三重、四重にも同時並行作業できる豪の者が存在するが、要求される難易度は当然跳ね上がる。

 

 そして最後が『ダミーキャスト』。最も狡智に長けた技である。

 スペルキャスターたちは、編まれた呪詛や事前動作で相手がだいたいどの術を使うかを予測立ることが可能だ。当然、手の内が読まれれば対抗策がとられてしまうわけだが、それを防ぐために編み出されたのがこれである。

 つまり詠唱の中に意図的な無駄を織り交ぜて偽装し、相手の混乱を誘うもので、騙し合いの要素が非常に強い。奸智の成すところである、そう言って毛嫌いする輩も大勢存在する。



「――で、なんなのこのクソダークエルフ! ダミーだらけじゃない! ダミーが多すぎて本体を探るどころか呪文を完成させる気があるのか疑いたくなるわ!」



 「なんて性悪女!」エルハートは音高く舌打ちをした。

 いちいち付き合ってられないと、直情型の彼女はあっさりと戦法を切り替えた。元々、正面突破、一極集中が身上の彼女のこと。相手に応じて、というのが苦手を通り越して苦痛にすら感じて堪らないのだ。

 ミスリル銀製のショートソードを手にしているように、彼女も女魔剣士と同じく本来アウトレンジを得意とする精霊魔術を生業にしている。だからこそ相手の手の内も読めるかと、術士でありながらよく見える前線の一端を買って出ていたのだが、パーティにとって不幸だったのはこの少女にそのような繊細な作業は不向きなことだった。 


 かくして早々に任務を放棄したハーフエルフの少女は前線を戦士たちに押し付けて身を翻した。

 後方に詰めているヌーカー、古代魔法の使い手であるローブ姿の優男に駆け寄ると、少々遅まきではあったが当初予定していた術を発動させるために詠唱を開始したのだった。

 朗々と古代ルーン語を歌い上げるローブ姿と肩を並べて、ミスリルのショートソードを突き出して左手で素早く宙をなぞってゆく。描かれているのは斜線と曲線が乱雑に交わる風の魔神ジニーの紋だ。


 ちらり、と前線を確認すればカミーロを中心にディマジオと二人の戦士が再アタックを試みていた。

 並みの術士ならとうに決着はついているだろう。だがあの小癪な女魔剣士は別格だ。大盾のカミーロを巧みに障壁化されてしまっているために、追撃も散発的なものに終始してさしたる効果はあげられそうもない。

 特にポイントゲッターのディマジオに徹底して猫をぶつけられているために、折角の戦士たちによる半包囲からの波状攻撃というアドバンテージがほとんど無効化されてしまっている。

 

 とにかくあの猫が邪魔すぎる。

 いつかは捉えられるかもしれないが、あからさまにのらりくらりと時間稼ぎされたままで事が推移するのはよろしくない。

 ダミーが多すぎて本命の呪文がわからない現状だが、どんな性質のものかは測りかねるが、これまでの動きから罠が準備されていると考えるのが妥当である。

 で、あるならば、可及的速やかに猫を無効化するのが最優先事項であるはずだ。



「でもこれならばどう? 『くさはらをたゆたい渡る小さきものたち』よ!」



 そも、古代魔法の使い手を筆頭に、精霊魔術師などの強力な打撃魔法を操る者と対峙した際の初手というのはほぼ二択であると言われている。

 今回のように戦闘開始直後に距離を一気に詰めて近接戦闘へと雪崩込んで、うやむやの内に首級をあげてしまうというものがひとつ。

 上手くハマれば瞬殺を期待できるが、アウトレンジの死守はスペルキャスターにとって生死を分かつラインであるためにそう易々と思い通りに事は運ばせてもらえない。


 そこで第二の選択肢、古来より陳腐とまで言われたほどに使い古され、且つ、例え失敗しても一定の成果が期待できる方法。

 それが詠唱の中断、ないしは阻害を狙う戦法、『ジャマー』である。

 

 雄々しくエルハートの唇より漏れでた力ある呪を受けて、風の魔神ジニーの紋がより輝きを増していた。エルハートの呼びかけに応じたのは目に鮮やかな青藤の衣を纏った少女、ジニーが眷属シルフェである。

 シルフェたちは大地に咲き誇る様々な花々を象った妖精たちだが、エルハートは中でも特にこのラベンダーを宿星にもつ個体を好んで用いた。その限りなく青に近いヴァイオレットの妖精がもたらす効力はただひとつ――それが魔封じ。あるいは沈黙をもたらすもの。

 それが決まればどんな罠を用意していようが関係ない。魔法さえ封じてしまえばいくら猫があるとは言え戦士を揃えた分、地力の差で難なく押し切ってしまえるだろう。

 召喚された風の精に満足げに頷くと「ゆけ!」の号令もろとも女ダークエルフへと差し向けた。 


 ――ところが、再びエルハートは地団駄を踏むことになった。



「ほら、出番だぞ。『いと冥き楼閣の女主、籠女よ籠女』」



 待ってましたとばかりに女魔剣士の術が発動する。忽然と彼女の足元の影の中から飛び出したのは、黒と赤の斑模様の巨大女郎蜘蛛である。

 小さな胴体と、アンバランスなまでに節くれだって異様なまでに細長い脚を目いっぱい広げると、がばりとシルフェに取り付いて銀糸を吹き付け、たちまち簀巻き状にしてしまった。

 


 「アトラク=ナクア!? 『トラップスペル』とか! どんだけ性格歪んでるのよ、もう!」



 精霊魔術にはそれぞれ特性がある。わかりやすいものを挙げれば、火は物理的な攻撃手段が多彩で、土は堅牢さそのままに身体能力の強化等に秀でている。

 では闇属性はと言えば――使い手自体が限られるため、マイナーであまり知られていないのだが――機能低下デバフに代表される呪詛に長じており、今目の前でしてやられた『トラップスペル』などがその最たるものだったりする。

 その用途は蟻地獄のようなもので、この場合、飛んでくるであろう魔術の類いを読みきった上で影の中に伏せさせていたのである。

  

 エルハートが頭をかきむしって悔しがるもすでに後の祭りだ。

 闇蜘蛛に囚われた以上、シルフェを即時解放しなければ手遅れになる。獲物を巣穴へと持ち去ってしまうのだ。そうなってしまうと術者との誼が永遠に失われてしまい、二度と呼び出すことはできなくなる。

 断腸の思いでエルハートはシルフェを風の精霊界へと送り返した。辛うじて奈落の谷行きにはならずに済んだようだが、これであの女ダークエルフに対してシルフェは使えまい。一度つばをつけた獲物を再び逃すほど、あの貴婦人は甘くはない。


 精霊魔術師であるエルハートも、相手が闇属性の使い手であるという知識が頭の片隅にあった。と、いうことはそのやり口も、だ。

 ただ、女ダークエルフにこれでもかとしてやられて、冷静さを大きく欠いてしまっているのだ。そのために攻めが単調になってしまい、注文通りに動いてしまっている。

 その点で言えばディマジオたちも目を血走らせながら、雄叫びをあげて馬鹿の一つ覚えに突進を繰り返しては猫に躱されているので大差はない。

 開幕での戦士たちの速攻も、魔術師によるジャマーも常套手段だが、それだけに読まれやすい。だからこそ何がしかの工夫が必要なのである。


 だが、幸いな事にそれをきちんと理解している者がここにいた。

 エルハートの横で同時に詠唱を始めていた口数少ない古代魔術師がそうだった。

 ともすれば敵方の狙い通り、膠着状態に陥りそうな現状にも焦ることなく、淡々と冷静に積み上げて魔術を完成させたのである。

 

 「don't make a sound」大きな声ではないが、確りとした発音で彼は古代の言葉――ルーン文字の最後の一節を読み上げた。

 それは擬音で表わすなら「パキン」であろうか。目に見えるはずがないのだが、その場の空気がたしかに凍りついたのである。

 先程までこの空間を制していた剣戟の音も、呪詛の声もない。優男が渾身の力を込めて放った古代魔法『静寂の呪文』は、女魔剣士の周囲を、決して狭くはない範囲をただ無音の世界にと変えることに成功したのだった。 

 

 それまで笑みすら浮かべていた女魔剣士から余裕が消えた。

 ケット・シーをつなぎとめるために唱え続けていた呪詛も、この静寂の呪文のせいで途切れることになった。「なー」とひと鳴き、寂寞すら漂わせて黒猫の姿が揺らぎ、かき消えてゆく。

 それをローブの下から見届けた優男は小さくガッツポーズを作った。それはこの戦闘が始まって初めての冒険者側の有効打であった。


 何が起こったか理解しきれていない仲間たちに魔道士は命令を発した。「静寂の呪文です! これで猫は消えました! その女をそこに押しとどめてください!」と。

 精霊魔術師の沈黙の術とは違い、古代魔術師のそれは対象者にかけるものではなく、指定した範囲を半ドーム状の遮音力場で覆うものである。それだけにレジストされにくく、『トラップスペル』にもひっかかりにくいという利点があるもが、その効果はあくまでも指定範囲に留まるものでしかなく、一歩でも範囲の外に足を踏み出せばその限りではないのだ。

 

 はじめこそ手を止めてしまった戦士たちだったが、それも束の間。流石は現バストールの精鋭である。

 魔道士の意図を正確に理解して、戦士たちは魔剣士を逃すまいと等間隔で広がって半包囲を再構築させていった。


 この段になってようやく心にゆとりを取り戻せたか、エルハートはキャスターたちの護衛のためにと、中衛で待機させていたサブタンカーを含む三人の戦士に前進を指示した。 

 一人の敵に必要以上の数で殺到しても同士打ちの危険性が増すし、連携の難易度も跳ね上がる。あくまでもケースバイケースではあるのだが、あの小狡い女ダークエルフ相手に次のチャンスはいつ訪れるか知れたものではない。必ず討ち漏らす事ないよう、ここが正念場との判断である。

 そしてここに集った面子にいちいちそれを説明する必要もなかった。中衛の戦士たちは目だけで合図を交わし合うと、そばに控えていた四人のスカウトたちも伴って動き出した。


 これで順に女魔剣士に肉迫するのはカミーロ、ディマジオに戦士二名。後詰にサブタンカー含めた戦士三名。完全に包囲下に置くべく戦場を迂回して影から殺到するスカウト四名。

 それから距離を空けて、エルハートが護衛も兼ねた後曲に古代魔法の使い手に『秩序ある男神』の神官ジャン=ルカとサブヒーラーの四名という布陣になった。

 

 形だけ見れば絶対の布陣。

 もはや趨勢は決したかに見えるのだが、当の本人たちは自らの勝利をなぜか信じる気にはなれなかった。







ネコのモデルはチェシャ猫。精霊の真の名は『すねこするは鳴らずの妙技』。

エステルはこの年老いた彼女にベタなことに「アリス」と名づけてたりもする。

ちなみに能力の元ネタはディスプレイサービースト。


闇蜘蛛はまんまです。面目ない。

シルフェも同様。ただし、ラベンダーの精を選んだのはまんま花言葉から。てへぺろ。

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