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褐色耳娘さん。  作者: san
13/17

魔王の聖餐(旧 前夜)

やや加筆と修正してあります。

既に一読された方には申し訳ありません。ですが大筋は変えておりませんので何卒ご了承頂けますようお願い致します。


   ―――――――――――――――――――――


PCが大変不安定なため、未推敲+ややエピソードを端折ってありますことお詫び申し上げます。

後日、PCが復調しました暁にはきちんと手直しした上で端折ってあります0.5エピソードめいたものを投稿したいと思います。







 「ふんっ……ぐぐぐぐぐぐ……」  


 「……何をしているのだ、お前は。落ち着きのない」


 「むぐぐぐ……すっ、座ろうとっ……してるんだけど、すげー座りにくいんだ……よっと、はぁはぁ……見ればわかるだ――」


 「全く見えん、生憎とな」


 「………………」


 「何だ。言いたいことがあるならはっきりと言え」


 「……別にィ……」


 「何が、別にィ、だ。冬眠前の欲張りなリスかお前は。ぽんぽんに頬をふくらませおって」


 「しっかりきっかり見えてるじゃねーか! すっとぼけるとかタチ悪いぞっ!」


 「じゃねーか? タチ悪いぞ? ……あのな、お前も今ではブリューチェク家の人間だ。蛮族の冒険者あがりとはいえ口が悪すぎる。大体、年頃の娘の言葉遣いにはふさわしくないと思わんか」


 「だから繰り返しになるけど娘じゃないって! 男だから! そもそも大股開きで胡座をかいてモロパンで座ってる奴に言われたくないぞ」


 「わたしは女である以前に戦士だ。それにここにはお前と殿下しかおらん。下履きのひとつやふたつ見られようが何ほどのこともない」


 「……こ、この……」


 「こら、待たんか、どこへ行く気だ! 首を返せ、首を! ……まったく、口で敵わんからと、子供かお前は」

 

 「うがー! お前なんて、お前なんてうがー!」」


 「あ、あはははー……そ、その、仲良くね? 二人とも」



 旧バストール最新部。執務室と銘打たれた一室にベルナトッド、エステル、ドロテアの三人が仕切り直しとなった月曜報告会にと集まっていた。冒険者たちの襲来に備えての大事な報告会、そう意気込んで臨んだエステルではあったが、些か――と言うには控えめすぎるほど居心地の悪い思いを強いられていた。

 それは立ったままで挨拶もそこそこに口を開きかけたエステルを、主であるベルナトッドが行儀が悪いとたしなめた事から端を発したのであった。



 「気忙しいよ、エステルさん。先ずは座ったら?」



 足の短い黒檀の長机の上に用意されたティーセットの中から『べるなとっど』と書かれた自分専用のマグカップを求めつつ少年魔王が言う。優雅にカップを持ち上げると、立ち上る湯気を形の良いあごに受けながら、エステルに自分の対面につくよう指さした。

 エステルがそこへ視線をやれば可愛らしくクマをディフォルメさせた顔型クッションが置かれている。クマさんのつぶらな瞳と見つめ合うこと数秒、やましいところなどないのに思わず視線を逸らしてしまう大人なエステルである。

 「……これに座れと。一応こんなでも男として百年ほどやや真っ当に生きてきたんですけど」そう胸の内でぼやくエステルだったが、ベルナトッドの要求とあれば無碍に断ることなどできようはずもなかった。

 

 かくして、冒頭のやりとりへと至るわけなのだが――クッションを尻に敷いて座る。たったそれだけの事が今のエステルには大仕事だった。

 その理由は単純にして明快。今、彼が身につけている衣装のせいである。

 大胆に肩を出して、ウェストのあたりで緩やかに絞りつつ膝頭までを覆い隠すスカート部分。朱鷺色の生地が目に鮮やかで、胸元には小さくワンポイントの白ゆりの刺繍が可愛らしい。

 華やかな装いで、それだけなら女性ものの衣服に不本意だが少しづつ慣れつつある今のエステルでもなんとか許容範囲だ。これまた悲しいことに。



 だがしかし――



 上体をややねじって、エステルは忌々しそうに両側面部へと視線を落とした。そこには裾からざっくりと腰骨の下およそ数センチ程あたりまで深く深くふかーく切れ込み――スリットがあり、艶かしいまでに褐色の太腿があらわになってたりもするのだ。

 こんな衣装でクッションの上に座ろうとすれば、横でしれっと涼しい顔で胡座をかいているドロテアよろしく――ちなみに彼女は濃紺の色違いのものを着用中――下着がちらちらコンニチワ状態なこと請け合いだ。

 自分は男だと言い張る以上、ドロテアに倣って豪快に座るべきなのかもしれない。だが今のエステルにはそれをベルナトッドの見ている前でやり遂げる度胸はないようで、クマのクッションを前におろおろと逡巡しているというわけなのだった。

 エステルが勘弁して下さいと哀願混じりにベルナトッドを見やれば「ん? どうしたの? 早く座りなよ」とばかりの無邪気なニッコリ笑顔。「もしかして、わざと!? わかっててやってるの!?」と涙目のエステルの横でドロテアが背中を丸めて忍び笑いをしていたりもする。      

 

 ちなみに日替わりで用意され、その品揃えに定評のある(誰から?)このブリューチェク家制式制服(まじで!?)の正式名称なるものはベルナトッド曰く『ちゃいなどれす』と言うそうである。

 余談ではあるが旧バストール最新部の魔王の居住区画にいる間は制服の着用が義務付けられており、先日は『せぇらぁ服』、先々日は『なーす服』などという呼称のハレンチ極まりない衣装だったりもして、エステルとしては割と本気で実家に帰ろうかと荷物をまとめかけちゃったりもした。

 

 ともあれ、いつまでもまごまごと立ち尽くしているわけにもいかない。今日のエステルは格別に忙しい。冒険者たちが望まぬ来客といえど客は客、後がつかえている状態でこうしている一分一秒が惜しいほどだ。

 「ええい、ままよ!」エステルは意を決すると、背筋も伸びやかに慣れない正坐でもって会議に臨むしか道はないのだった。

 

 こうして少々ばたつきはしたものの、無事開かれた月曜定例報告会のその内容といえば、物資搬入にまつわる目録の確認と受領手続き。その他には現バストールだけに留まらず大陸中央部における周辺各国の情勢や、場末の酒場で交わされる噂話など、ありとあらゆる情報をエステルというフィルターを通してベルナトッドの耳に入れることになるわけだが、これらついては取り立てて語るべき何物もない。

 問題はやはりというべきか、六人編成のパーティが三つ、最大十八人にもなろうかという冒険者たちの団体での襲来についてであった。それも恐らくは技量に未熟な者は少なく、現バストールで望めるだけの腕っこきを集めてやってくると予想される精鋭だ。

 

 この事実を知らされたベルナトッドからそれまでの柔和な笑みが消えた。軽く下唇をかんで伏し目がちにカップの中へと視線を注いだまま、一言も発しようとはしない。言葉にこそしないものの明らかに態度に不快感がにじみ出ている。

 だが幸いな事にエステルの主は耳障りの良いことだけに耳を傾けるような人物ではなかった。どのようなものであれ事実は事実、知らぬ存ぜぬを貫いて済ませられるようなことでもない。何らかのリアクションを起こす必要がある。「それでエステルさんはどうするつもりなの?」と訊ねるベルナトッドに、エステルははっきりと抗戦する旨を主張した。


 相手が悪い。今回に限り門を抜かせる――正直に言えばその案が真っ先に脳裏に浮かんだ。毎度毎度、冒険者たちが今回のようなフルメンバーの高い戦力を揃えられるとは到底考えられない。一定の成果が上がれば、冒険者たちは満足してバストールへと帰っていくのではないか。

 今回だけだ。ベルナトッドと共に身を隠して嵐が過ぎ去るのを待てばいい。そんな淡い期待がエステルの胸中を焦がしている。

 しかし――いや、駄目だと、エステルはすぐに頭を振ってその甘い希望的観測をねじ伏せた。こうだったらいいな、と自分の願望を根幹に作戦を立てるバカなどエステルの知る限り墓の下にしか存在しない。常に最悪な状況でもそれでも何とか……を最低ラインに想定すべきだというのがこれまで何とか冒険者として生き抜いてこれたエステルの基本指針である。

 さらに言えばその元冒険者であるエステルは彼らの本性を熟知している。冒険者なるものは欲深い。一度味をしめれば、必ずまたやってくる。そしてその都度、見てみ見ぬふりをして門を抜かせるわけにもいかないだろう。二度、三度と回数を重ねるたびに彼らの欲求はエスカレートしていき、奥へ、さらに奥へと財宝を求めて分け入るのは必定だというのに。

 

 それとエステルは脳裏に冒険者の酒場で出会った煌めく黄金色の髪をもつハーフエルフの少女を思い描いた。ほんの短い接触であったにも関わらず、なぜか彼女のことが強く印象に残っている。

 エルハートと言ったか。これは勘でしかないないが、彼女の求めるものは財宝にはない気がした。不敵に微笑む薄氷色の瞳が捉えているものとは、もっと別のものではないだろうか。

 もしそうだとすれば尚の事、大正面門以前に彼女たちを撃退する必要があるようにエステルには思えて仕方ないのだった。

 

 このようにハーフエルフの少女と冒険者という、二つの危険な組み合わせの事を考えれば考えるほどに抗戦以外に選択肢がないようにすら思えるエステルである。

 それに事はそれほど単純でもないしな、とエステルは魔王の元に参じて間もない、ひと月ほど前に明かされたベルナトッドの秘密について想いを巡らした。

 未だ互いにいらない気を遣いあう、気心が知れたとまではいかない間柄だった頃。彼の可愛い白金の主は連日のように二人きりで話し合う機会を望んだ。他愛もない話にはじまり、旧帝国のことやブリューチェク家のこと。大貴族であったこと。エステルが精霊魔術師と知るや得意の魔道にまで話の内容は及んだ。全ては今は遥かに失われた昔語りではあったが、ベルナトッドはこのダークエルフの従者との間を時間を積み重ねるのではなく、この瞬間の言葉で埋めようと夜毎の話会を求めたのだった。

 一方のエステルの方はというと、この文字通り人外の美貌を前にすると考えもまとまらずにろれつも回らないという、風邪にもにた症状に悩まされる事を嫌ってややもすると倦厭気味であった。あったが、任務を含めて今後のことを考えればベルナトッドとは早急にでも良い関係を築く必要性に迫られていたために、それこそ歯を食いしばって彼の申し出を努めて受けるようにしたのだった。

 

 こうして努力の甲斐あったか、驚くほど短期間で二人が公私ともに信頼しあえるような関係を構築しつつあった、そんなある夜のこと。

 自分が仕える事になったベルナトッドがあの『三賢人』の一人なのだと知ったエステルは、以前よりは垣根が低くなった、そんな自覚もあったのだろうが藁をも掴む思いで自らの秘密を打ち明けた。自分は男なのだと。今はこんな姿だが、これは宵闇の女王ヘカーテのもたらした呪いのせいでこうなっているのであって、決して本意ではない。できれば戻りたいのだとエステルは訴えた。

 これで気味悪がられても仕方がない、覚悟のうえだ。だがあわよくば、男に戻れないにしてもその手がかりなり何なり得られるのではないか、そう考えての事でもあったのだがそんなエステルのあては外れることになった。

 「残念だけど、ボクにはどうにもできそうもないかな」そう前置きしたベルナトッドは、エステルの身に起こった変化についてわかりやすく説明してくれた。

  


「宵闇の女王ヘカーテは精霊王オベロンの后、夜とカゲロウを象徴とするティタルニアの化身のひとつ。つまり、精霊界を支配する強力な六柱の王の一角なんだよ。で、エステルさんの場合なんだけど、今ある女王の影響力を払拭しなくちゃ呪いを退けることはできないんだ」



 宵闇の女王本体は精霊界にあって、彼女の愛し児の烙印を受けたエステルは常にそのヘカーテの残照を受け止める、いわばアンテナのようなものだ。四六時中強力な影響下に置かれており、性別は大きく陰の方向――女性側に傾き、のみならず女王を信奉する民ダークエルフへと変貌を遂げているわけだ。 

 その呪いを排除するにはヘカーテと同等かそれ以上の何らかの属性の庇護を受ける必要があるという。そこでベルナトッドでは女王の力に抗しえないのかと問えば、結論から言うと『今のままではならない』となった。

 戦闘力などという巷に溢れる得体の知れない曖昧なものではおよそ語れないが、この場合、重要視される両者の属性としての闇の力は拮抗していると見ていい。むしろ、実体がこの物理世界にあるベルナトッドの方が優勢であるほどだ。

 しかしヘカーテにはエステルとの間にチャンネルが継続的に開かれているのに対してベルナトッドの方は何もない。このアドバンテージを覆そうというのは容易ではなく、何がしかの起爆剤なるものが必要不可欠で今のままの条件ではどうしようもないのだ。

 

 また、残念な事にそれは本人の預かり知らぬうちに証明されてしまった事実でもあった。

 これはベルナトッドが事前にアトロから得た情報に基づいた上での追確認として行った実験結果なのだが、エステルの身体は完璧に魔王の毒を退けてみせたのだ。

 臣従の儀式と称してエステルの肌へ直に口をつけてみたものの、精神の高揚と僅かに体温の上昇が見られるだけで一向に身体的変容を伴う吸血症を発症しなかったのである。有名な逸話だが、吸血鬼に噛まれた者は同じ吸血鬼へと変貌するはずなのだ。それが魔王ともなれば感染力は生半ではない。

 しかしエステルはそうはならなかった。これはなぜなのか。

 ベルナトッドの所見はこうである。


 

「エステルというコップにボクの毒を注いだとしても、後から後からヘカーテの毒が注ぎ込まれている限りどうにもならないよ」



 ゆえに現状ではエステルを元の男の身体に戻すことはできないのだと。

 これは魔王ベルナトッドのそばに今の身体のままで在り続けることが可能だという事実を求めての実験であったのだが、同時に図らずもあの魔王の影響すら受け付けない事を証明もして見せたわけでもあるのだ。


 それを聞かされたエステルは項垂れた。身勝手ではあるが、魔王へ寄せる期待が大きかっただけにうまくいかないとわかった時の落胆は大きいものになった。

 長い耳が垂れて、見るからに肩を落としたエステルを見かねてベルナトッドが慌てて取り繕う。

 

 

「だ、大丈夫、大丈夫。子供が魔王になる世界だもの、女の人になっちゃう男の人もそう珍しくないかも? ――あ、えーと……むしろ男の娘とか流行っちゃうかもだし。むしろ、アリだと思います!」 


「あ、いや、ま、その……そうですね……(別に慰めて欲しいとか同情をかいたいとかじゃないんだが……しかも妙な方向に応援されてるっぽいし。つーか、なんだその男の娘ってのは)」


「ま、まあその程度の事なら心配しないで。きっと何とかなるよ――うん! ……多分。………………なるといいね(ぼそ)」


「だといいんですが(投げた!? 今、明らかにさじを投げましたよね!?)」


「ええと……――そ、そうだ! それに呪いを受けているのはエステルさんだけじゃない、ボクもなんだし。だからね? 元気だしていこ?」


「ああ、そうなんですか。ベルナトッドさまも呪いを……って、えぇぇぇっ!? 呪い!? 魔王に!? 魔王にかけられる呪いってどんな強力な……あ、あー、もしかして、勇者にかけられた封印の?」


「(あ、食いついた)――違うよ。ボク自身は勇者に何もされてない。そうじゃないんだ、ボクにかけられている呪いってのはね……」



 ベルナトッドが明かす魔王をも冒す呪いとは吸血鬼が背負っている血塗られた性、吸血行為にほかならなかった。

 始まりの吸血鬼ベルナトッドは不老不死者――ノーライフキングであるにも関わらず命をつなぐための栄養補給が必要なのである。

 というのも、吸血鬼とは超越者の中で最も自我と欲望に忠実な存在であると言われている。それゆえに肉体の檻に囚われ続け、その時間の経過で朽ちてゆく自身を維持し続けるために、吸血という不老不死者にはあるまじき摂食行為が必要不可欠となっているのだ。

 つまり彼の辿りついた不老不死の方法とは先ほどの例えを借りるなら、肉体というコップによそから頂戴した命という名の水を注ぎ続けるということにほかならない。この世にエサとなる人間がある限り、魔王ベルナトッドには永遠の命が約束されているという塩梅である。

 

 ではその手段はというと、吸血鬼はその牙でもって被害者から血液や生気、命そのものを吸いあでてしまうというのが一般的だ。当然その親分格であるベルナトッドにもそれがあてはまるが、その能力は通常の吸血鬼など足元にも及ばないほど飛躍的に向上されている。

 直接接触を必要としない、ベルナトッドを中心に放射線状に広がって闇属性ならざる者の生気を奪い尽くす能力――『範囲エナジードレイン』、それが彼のナイフとフォークであり、最大の武器にして絶対不可侵の障壁の名前であった。

 まるで呼吸をするかのように他者の命を奪うこの能力のためにベルナトッドの周囲に生あるものは存在せず、またアトロを通じて闇属性持ちの女性――総じて女性の方が闇属性への耐性も親和性も高い。ダークエルフとなれば尚更――を従者に求めたほどである。

 

 さらに魔道士であった魔王ベルナトッドはそれだけの効果にも満足できず、より効率よく広範囲から生気を奪う術を編み出していた。

 旧バストール遺跡群のあちこちに魔法珠を設置し自分との間に回路を繋ぐと遺跡中の生気を集めることに成功したのである。



「旧バストールは魔王ベルナトッドが用意した大きなアリジゴクなんだ。餌である財宝に釣られてやってくる人間が魔物と戦い、罠にかかり、時には財宝を巡って争い合って命を落とす。その生命のきらめき全てが魔王の餌食になるんだよ」



 その秘密をベルナトッド自身の口から知らされた時、エステルは驚愕もしたが同時に得心がいった。 

 

 なぜ勇者に敗れた魔王が封じられている場所であるにも関わらず人間の出入りが基本的に自由であったのか。なぜことさらに人間を惹きつける財宝を配置するのか。

 なぜ旧バストール遺跡群の外へと魔王の魔物が溢れ出ないのか。なぜわざわざ誰でも入り込み易いように、敷居は低く、奥に向かうにつれて魔物が強力になってゆくのか。

 

 その答えの全てはベルナトッドが語った通りである。領主である魔王の不老不死を支えるために全てが仕組まれたものであったのだ。

 魔王ベルナトッドがこの世界に有り続けるためにはその一連の流れが必要なのだ。人が生きるために他の生命を糧とするように、同様に不条理なこの世界で生き足掻いていたのである。

 

 確かに生きるために、食事をするために行われる殺生と、代償行為であるとはいえ他人の命を掠め取るという魔王のを同等に比較するというのはどこか違うのかも知れない。道徳的に考えれば明らかに後者の方がおぞましく感じられるのが真っ当だ。

 ――それでも、とエステルは思う。

 強引だがそれも人間側の視点に立って見た世界での話であるとも言える。当然、視点が変われば世界も変わるはずなのだから、導き出される答えも違うはずなのだ。

 大体がそも人同士ですら互いに、直接的でないにしろ間接的に生きていく上で誰かの足を踏みつけ、頭を押さえつけてでも這い上がらねば生きてゆけないのではないだろうか。

 故意ではないと言い訳をしてみしても、結果を見れば他者からそしりを受けてしまう、それだけの事を恒常的にやってのけているのが人なのではないだろうか。

 で、あるならば、いったい誰がベルナトッドの思い悩んだ末に辿りついた今を非難できよう。

 少なくともエステルには無理そうだった。自分の所業を棚上げに「お前のやっている事は非人道的だ。だから飢えて死ね」などあまりに自分勝手な言い分ではないか。


 

 「――テルさん? エステルさん? どうしたの、大丈夫?」


 

 名前を直近から呼ばれてエステルは、はたと顔を上げた。気遣わしげにこちらを伺うベルナトッドに「失礼しました」と軽く頭を下げてみせた。その様子にどこか安堵したように微笑み返す白金の少年を見てエステルはわからなくなる。

 五百年前、自らの不死の軍勢をさしまねいて帝国の辺境にあったバストール公領を力ずくでもぎ取った魔王。勇者によって封印された今もなお、魔境、旧バストールを支配下におき幾万の魔物を従える闇の御子。

 そのどちらもが目の前に座す少年のことを指すのであり、大の大人でも彼の名を耳にすれば子供の頃に聞かされたおとぎ話が蘇って身を縮めるほどの恐怖の対象であるはずなのだ。

 その証拠に自ら他人の命を奪う吸血鬼になることを望んでおき、それだけに満足できずに攻め落とした旧バストールをねずみ捕りに仕立て上げた張本人である。


 そのはずなのだが……現実はどうだろう。

 勇者に気取られる事を危惧して遺跡の深くに身をひそめ、決して外の世界へと打って出ようとはしない。封印されているのを良いことに、傾向としては内向きが加速しているようにすら見える。

 今でもその気になれば一年と経ずにこの広大な大陸の半分を手中に納める事もできるのだろうが、そうはせずに人間の―― 一介の商人であるアトロのいいように飼い殺しにあっているようなものだ。それはアトロにとって、ひいては人類にとっても魔王に覇気が見受けられないというのは幸せなことなのだろうが。

 果たして本意であるのか、それとも何か深い考えでもあるのか。相手が相手なだけに、真意のほどが奈辺にあるのか、考えれば考えるほどにわからなくなる。エステルの知る、今そこにいる少年はあまりにも全てにおいてちぐはぐすぎるのだ。

 だからその迷いがこのままでいいのかだのと現状と未来への不安に直結して、他にもあれこれ後ろ向きな思考へと飛び火していってしまう。

 噂通りの残虐で、冷酷無比な魔王ベルナトッドであった方がいっそ仕えるにあたっては単純にことが運べたかも知れない。だがそれではアトロとの間に友誼を結ぶなど望むべくもないだろうし、今の自分がここにあるはずもない。何より世界の半分以上が彼の手に落ちていないと言い切ることができそうにない。

 

 

 ああ、もう埓のあかないことを。進歩のない――

 


 軽く頭をふったエステルは、思考の袋小路にはまりつつあるのを嫌って一端リセットすることにした。再び背筋を伸ばしてまっすぐに溶鉱炉の魔眼に正面から相対する。

 エステルは決めたはずだったではないのか。暫くはこの白金の少年に請われるままの今であろうと。それが表面上でもアトロの依頼になるわけだから。そして、それがどの程度の期間に及ぶのかはわからないが、エルフである自分にとっては少々の回り道でしかないのではないか、そうも思えた。

 自分が今そうしたい、そう思って進んだ先で望まぬ結末を迎えようとも、それはそういうものであろうという諦観もある。多少、殺伐としていないでもないが、この世界で極貧から冒険者として成り上がった彼には別段不思議な考え方でもない。それに、道中で幸運にも過ちに気づくことがあれば軌道修正を試みるチャンスも得られよう。

 少なくとも今のベルナトッド少年は噂されるほどの邪悪で危険な存在には見受けられない。であるならば、精霊魔術師エステルは騎士ドロテアと肩を並べて魔王ベルナトッドのために働くという人生も面白いのではないだろうか。

 


 やると決めたなら徹底的に、だな。中途半端が一番良くないか

  


 愛する主のためならたとえ火の中水の中。理屈も道理もいいからとにかく猪突します――そういう忠臣タイプを一番バカにしてたんだけどな、とエステルは自嘲した。しながらも自らを省みるにそうあろうとする自分がいて、それに心地よさを感じているのもまた事実である。

 また、冒険者たちが襲来する今はそれをこそ求められているような気がするとは、これまた世の中はなんと皮肉に満ちていることか。エステルにはそう思えて仕方がない。


 不釣り合い、不整合の塊にしか見えない魔王ベルナトッドではあるが、彼の愛しい主であるには違いない。ならばその従者としてのエステルが取るべき行動は、主の身の安全は勿論、その命を継続するために必要であるならばドロテアに倣って剣となるのもやぶさかではない。

 そう、例え相手が現バストールの住人で、元冒険者仲間の同僚であったとしてもだ。 

 決意を固めたエステルの金色の瞳に迷いはない。しっかりと前を見据え、迫る決戦を前にベルナトッド、ドロテア両名に自らが立案した作戦を披露するのであった。






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