第9話 とある双子の結末
『俺、ずっと捜して……』
"一夜"は最後まで言いきることができなかった。"千夜"の後ろに、何か黒い影が潜んでいるのに気付いてしまったからだ
『"千夜"……お前、後ろ……』
『え……? 後ろに何が……』
"千夜"は、真っ青な顔で自分の背後を指差す"一夜"に導かれるかのように、振り返った。
そこにいたのは――
***
「「……」」
この俺、姫宮一夜は、双子の兄千夜と共に呆然としていた。原因は兄貴がクラスメイトの高橋から買った(?)ゲームのせいだ。
「ねぇ、一夜……どうする?」
「……」
兄貴は助けを求めるかのように、困ったような目で俺を見た。しかしながら、俺にはどうしてやることもできない。
とりあえず俺は、兄貴からコントローラーを奪い取って操作を始めた。兄貴は文句も言わず、ただ俺の動きを見ているだけだった。
この微妙なタイミングで、このゲームの全容が見えてきた。
俺と兄貴が気になっていた謎の黒い影の正体。それは、
「しっかし驚きだよねー。まさか(ゲームの)黒幕が高橋さんだったなんて」
兄貴は先程の驚きからやっと立ち直ったのか、緊張感の欠けた声を出した。(ゲームだから緊張感など大して必要じゃない。)
まぁ、兄貴の意見はもっともだ。俺ですら予想外な結果に行き着いたものだから、始めは呆然としていた。
一体何があったのかというと――
***
そこにいたのは、全身真っ黒な着物を着た、虚ろな目の少女だった。年齢は"千夜"たちと同じくらい。黒髪のおかっぱ頭だが、手入れされていないのかボサボサだ。
その少女は、手に血で赤黒く変色した包丁を持っていた。少女は包丁を持った手を振り上げて――
『『……うっうわあああ!!』』
"千夜"と"一夜"はあまりの恐怖で悲鳴をあげた。そして同時に少女から逃れようと走り出した。
***
ここでストーリーモードからプレイモードに切り替わる。読者諸君には分かりづらいだろうが、このゲームの黒幕は件の高橋だった。クラスメイトである俺たちにはすぐ分かった。
まさかあの女、自分をゲームの中に登場させるとは……一体何を狙ったんだか。ウケ狙いってやつか? それとも……兄貴狙いか?
余談(?)だが、高橋は兄貴に惚れてる。もちろん当の兄貴は気づいていない。兄貴にこんな馬鹿馬鹿しいゲームを与えたのも、おそらく兄貴の気を引くためだろう。
「高橋さんってこういう趣味だったんだね……なんか怖くなってきた」
憐れ高橋。お前の努力は兄貴をドン引きさせる結果を招いてしまったぞ。
兄貴はひきつった顔でゲーム画面を見ている。俺はそんな兄貴を尻目にゲームを進行させた。
とりあえずあの高橋から逃げるしかないな……。
***
「高橋さん」
「あれ、姫宮くんおはよう」
翌日。兄貴と俺は、珍しく朝早くに登校した。理由は高橋に朝一番に会うため。高橋はうちのクラスじゃ一番早く登校するからな。そのため、教室には俺たち三人しかいない。
高橋は珍しく朝早い俺たちに驚いた様子だったが、若干嬉しそうな表情も見せた。おそらく、俺がいなかったらもっと喜んでいただろう。
兄貴は高橋の喜びに気づかないまま、神妙な面持ちで口を開いた。
「……昨日、僕たち、この間高橋さんからもらったゲームをやってみたんだ。」
「ああ、あれね! どうだった? 感想聞かせて」
高橋は嬉しそうに期待を込めた目で聞いた。
――何でそんなに楽しそうなんだか……。
俺は兄貴がこれから高橋に言うであろう言葉を想像して、ほんの少しだけ同情した。
「最悪」
「……え」
兄貴の言葉に高橋は、信じられない、というような顔をした。明らかにショックを受けている。しかし、兄貴の方が確実にショックを受けていた。
「何で、あんな酷い結末にしたの? それも、僕たちがプレイすると分かってて……」
「そっそれは……その……」
いつも温和な兄貴が、酷く冷たい目で高橋に問いかけた。高橋はどうにか弁解を試みているが、上手く言葉に言い表せないようだった。
兄貴が珍しく怒っている理由。それは、高橋が作ったゲームの結末が、俺たちにとって最悪なものだったからだ。
昨日の俺は、黒幕である高橋が出てきたところで兄貴からコントローラーを奪い取り、逃げる動作に徹した。
しかし、それは結局無意味に終わった。
主人公たちがなんとか廃屋から抜け出したところで、すぐにストーリーモードに切り替わり、エンディングが始まったからだ。
高橋……いや、ややこしいので少女とでも言っておこう。
少女はすぐに主人公の双子に追い付いて来た。そして、双子の弟"一夜"に覆い被さり――
めった刺しにした。
この時の心境を分かってもらえるだろうか。容姿が自分にそっくりの"一夜"が少女に惨殺される姿を、ゲームとはいえ見てしまった俺の気持ちを。
兄貴はと言うと、目を見開いて放心状態になっていた。もちろん、ゲームの中の"千夜"も、だ。ここまで本物そっくりに作るとは、女子高生の技術も侮れない。
俺たちはしばらくの間、"一夜"が血みどろになって息絶えていく姿を呆然として見ていた。
数分後、兄貴は落ち着いたのか、無言でゲームのコンセントを引き抜いた。それもかなり乱暴に。途端に画面はブラックアウトした。それを見届けたところで、兄貴はこう呟いた。
「僕、高橋さん嫌い」
と、いうわけだ。
あのゲームの結末が、もし"一夜"でなく"千夜"が死ぬというものであったなら、兄貴はここまで怒ることはなかっただろう。まぁ、その場合は俺がキレていただろうが。
なぜなら、兄貴は俺や両親が傷つくのを異常なまでに嫌っているからだ。いや、恐れていると言うべきか。
そうなったのは、昔俺が偶然兄貴を庇ってバイクに轢かれたことがきっかけだった。当時小学生だった俺は撥ね飛ばされて、生死の境をさ迷った。意識が戻った俺は、生まれて初めて兄貴にぶちギレられ、そして泣きつかれた。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。きっと兄貴には、あのゲームで血みどろになった"一夜"と、事故で生死の境をさ迷った俺が重なってしまったのだろう。
だからこそ、俺たちは高橋が許せなかった。高橋自身はおそらく、半分が冗談、半分が本音だったのだろう。しかし、冗談にもほどがある。
高橋は、いつも兄貴のそばにいる俺に嫉妬していた。だからあんなゲームを作ったのだろうが、運悪く兄貴の怒りに触れてしまった。
「わっ私はただ、冗談で……」
「いい冗談と悪い冗談があるよ。君の冗談は悪いものだ」
「……っ!」
兄貴に冷たく言われ、高橋は半泣き状態だった。普段の兄貴だったら慌てて慰めるところだが、今は冷ややかな表情で見つめている。
やがて、高橋に対して興味を無くしたのか、軽く息を吐いて彼女に背を向けた。そして――
「さようなら。高橋さん」
「……っ!!」
そう一言呟いて、兄貴は教室を出て行った。高橋は放心してその場に崩れ落ちた。
***
その日、結局俺たちは学校をサボった。あとで学校の方から家に連絡があり、母親に説教されたのは言うまでもないだろう。(仕方なく事情を話すと、父さんは許してくれた。)
翌日。高橋は欠席だった。それから一週間後、高橋は突然退学した。
「ねぇ、一夜。思ったんだけどさ……」
高橋が退学したと聞いた日の昼休み。例の如く屋上で昼食をとっている時に、兄貴はいきなりこう言った。
「女の子って、残酷だよね」
お前もな。
第2章終わり
2013/1/13 一部改稿しました。