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とある双子の非日常  作者: 吹雪
最終章 ずっと一緒
52/55

第52話 とある双子の回想

「何ですか、これは」

「……それはこっちの台詞だ」


 俺と彼女は、驚愕していた。



***



 それは二月十四日の、バレンタインデーに起こった。その日は学校中が色めき立っていて、生徒や先生たちから日頃の感謝と称したチョコを何個も頂いた。


 俺の息子たち――千夜と一夜も多くの女子たちからチョコを貰っていて、それらを鞄に詰め込んでいる様子を見かけたりもした。


「姫宮せんせー、お疲れ様ー!」

「おお。お前らも毎年毎年ご苦労なことだな」


 その日の放課後。俺は人通りが少なくなった、職員室近くの廊下を歩いていた。そんな時に背後から声をかけてきたのは、見慣れた笑顔を浮かべた千夜だった。その隣には、例のごとく仏頂面な一夜がいた。


「いやー、今年もたくさん貰っちゃって大変だったよ。一夜のついでとは言え、ここまでしてくれなくてもいいのにね」


 千夜はそう言いながらも嬉しそうにはにかんで、チョコが大量に入った白い紙袋を俺に見せた。


「いやいや、それは折角お前にチョコをくれた女子たちに失礼だろう」

「え? 大丈夫だよ。ちゃんと一夜のと分けてあるから」

「そういう問題じゃねえよ」


 相変わらずの天然発言に俺は思わず突っ込んだが、千夜は何が違うんだ、と言いたげに口を尖らせた。


「――ところで、お前ら今から帰るのか? もしそうなら、今日は特別に車に乗せて帰ってやるぞ?」


 現在の時刻は夕方の五時。冬だからか、もうすでに薄暗くなってきている。それに、今日は"特別"な日だからと、俺はいつもはしない提案をしてみた。


 ところが、千夜は困った表情で一夜を見て、すぐに首を横に振った。


「うーん。それは嬉しいんだけど、今日は遠慮しとくよ」

「部活か?」

「ううん、今日は休みだよ。だけど、どうしても今日中に描き終わりたい絵があるんだ。だから先に帰っててよ」


 千夜は本当に残念そうに言った。なぜだかそれが妙に不憫に見えたので、俺は妥協案を出した。


「すぐに終わるんなら、待っててやろうか?」

「そうだねえ……でも、大丈夫だよ。先に帰っててよ。今日は母さんも早く帰って来るって言ってたし、待たせちゃ駄目だよ」


 珍しく真面目に返されて、俺は瞠目した。だがまあ、千夜なりの気遣いは受け取っておくべきだろう。


「分かった。あんまり遅くなるなよ?」

「大丈夫だよ。心配し過ぎだって。ねぇ、一夜」

「……」


 一夜は無言で頷いた。その目は俺に、さっさと帰れ、と言っているように見えた。仕方がなく、俺は一度腕時計で時刻を確かめてから、千夜と一夜に軽く手を振った。


「じゃあまた後でな。気をつけて帰って来るんだぞ?」

「分かってるって! じゃあね、父さん!」

「……」


 笑顔な千夜と仏頂面な一夜の後ろ姿を見送りながら、俺はふと、あることを思い出して呟いた。


「……そう言えば、今日はまだ一夜の声を聴いてなかったな……」


 一言も声を発しなかった一夜。そんなクールな息子の仏頂面が、なぜか俺の脳裏に焼きついて、離れることがなかった。



***



 千夜と一夜が死んだ。トラックに跳ねられて、殆ど即死だったらしい。あの普段通りの会話から、二時間ほど経った後のことだった。


 電話口で聞いた時、一瞬気が遠のきそうになって、それからすぐに、なぜか冷静に受け答えをしている自分がいた。


「――なぜでしょうか」

「……」

「なぜ、あの子たちは死んでしまったのでしょうか」

「……」


 放心状態になってしまった俺の妻――かぐやは、空虚なガラス玉のようになってしまった黒い瞳を、俺に向けて呟いた。一見したら、俺に問いかけているようにも見える。


 だが、それは違う。あの瞳はもう、俺すらも映してはいない。


「……俺の、せいだ」

「……」

「俺が、あいつらを一緒に車に乗せて、帰ってやってたなら……」


 俺はもしかしたら、間接的にとは言え、大事な息子たちの一生を奪ってしまったのかもしれない。そう考えれば考えるほど、俺の心は深い闇の中に沈んでいくようだった。


 しかし、どういう訳か、俺はその深い闇に堕ちることを許してはもらえなかった。


「勝手に自己完結して、自分を責めないで下さい。はっきり言って、迷惑です」

「……」


 随分と辛辣な物言いだが、これは彼女なりの励ましだろう。というか、そう解釈しないとこっちの心が折れそうだ。


「……帰ったらどうする?」


 俺と彼女は現在、車に乗って帰宅中だ。千夜と一夜の通夜が終わった後。俺は何とか話題を変えようと、ハンドルを強く握りしめながら、助手席の彼女に問いかけた。


 すると、思ってもいなかった返事が返ってきた。


「食べます」


 なぜだ。


「食欲あるのか?」


 いやいや、違うだろう。何言ってんだよ俺。冷静になれよ。


「やけ食いです」


 嫌なストレス発散法だな……って、それも違うだろう。落ち込み過ぎて、心の葛藤が意味不明だ。


「ケーキ、食べましょう」


 もしかしたら、これも彼女なりの慰めなのだろうか。だとしたら、昔と比べて随分と強くなったものだ。逆に、俺の方が段々情けなくなってきているな。


 彼女の強さを、俺も見習わなければ。


「……ケーキを食うのはいいけど、明日に響かせるなよ」

「分かってます」


 車内での会話は、それきりで終わった。



***



「――何ですか、これは」

「それはこっちの台詞だ」


 帰宅した俺たちを待っていたのは、温かいご飯と味噌汁だった。いかにも炊きたて、作りたて、といった様子で湯気をたてているそれらは確かに美味しそうなのだが――


「どこぞの不法侵入者の仕業ですか」

「いや、無理だろう。ここ、密室だし」


 俺がようやく絞り出した突っ込みを、彼女は華麗に無視して続ける。


「窓を閉め忘れたりはしてませんか?」

「ないな。そもそも、冬だからあまり窓は開けねえよ」

「きちんと換気をしなさいと何度言えば分かるんですか!?」

「今さら過ぎる!!」


 こんな時に限ってなぜそんなどうでもいいことでキレるんだ。意味が分からん。


「……もういいです。食べましょう」

「食べるのか!?」


 あっさりとそう言って、彼女は椅子に座った。そしてホカホカのご飯と味噌汁と向かい合うと、普通に手を合わせた。


「頂きます――千夜、一夜」

「……え」


 彼女のその言葉は、俺を凍りつかせるには充分な破壊力を持っていた。

 

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