第50話 とある双子の最期
耳をつんざくようなブレーキ音が、僕の鼓膜を震わせた。それに次いで、ドスン、と何か硬い物がぶつかるような衝撃を感じた。でも、それはほんの一瞬のことで、痛みは特に感じなかった。
「――あれ? 僕、何してたんだっけ」
ふと、疑問に感じたことを、何気なく声に出してみる。そして、いつもと何かが違うと、ぼんやりとした夢見心地な気分で気がついた。
「一夜?」
いつも僕の側にいてくれる、弟の一夜が、どこにもいなかった。どうしてだろう――とぼんやりと考えながら、僕は辺りを見渡した。
僕の目の前には、普段とは違った、僕と一夜の通学路があった。学校から徒歩十分くらいの、小さな交差点だ。そこには、学校帰りの小学生がよく遊び場にしている、小さな公園が隣にあって、僕たちはその前を横目に通り過ぎるのが常であった。
なのに、今の僕の目の前に広がる光景は、酷く凄惨なものだった。
『交通事故だってよ』
『人が跳ねられたらしいね』
『トラックが横転して、酷いんだってねえ』
聴いてて、とてもじゃないけれど、愉快にはなれない人々の話し声。何人もの人々が、皆集まって同じような会話をしている。彼らの瞳は、一様に好奇心で妖しく光っていた。
そしてそんな彼らの視線の先には、見るも無残な、横転した大型トラックがあった。その周りには、警官服に身を包んだ人々や、パトカーに救急車、消防車まで来ていて、赤いランプを回し続けていた。いつもは静かなこの交差点が、今では人だかりと渋滞車のおかげで嫌に騒がしい。
なんだか凄く、不愉快だった。
「――早く、帰らなきゃ」
一夜を早く見つけて、家に帰ろう。そういえば今日は、父さんと母さんの結婚記念日だったんだ。何でこんな大事なことを忘れてたんだろう。こんな所に、ずっといる訳にはいかないのに。
「一夜! どこ!?」
僕は周りの目など気にせず、大声で一夜の名を呼びながら、辺りを探し回った。不思議なことに、誰一人として、僕に視線を向ける人はいなかった。
そのことがかえって、僕の不安を増幅させた。
「一夜……どこにいるんだよ……」
もういっそのこと、先に家に帰ってしまおうか――そう思いもしたけれど、すぐにそんな考えは捨てた。こんな時だからこそ、僕と一夜は離れる訳にはいかない。僕たちは一緒に帰って、父さんと母さんを祝ってあげなければいけないんだ。
そう自分を鼓舞して、僕はすぐに一夜捜しを再開しようとした。けれど、その必要は無かった。
「――兄貴」
「……っ一夜!?」
背後から、聞き慣れた一夜の声が聴こえた。僕はすぐに後ろに振り返った。
「一夜! 心配したよ! どこに行ってたのさ!?」
「……悪い」
慌てて一夜の元に駆け寄って、僕は無事を確かめるかのように、一夜の両肩を掴んだ。すると一夜は、いつも以上に抑揚の無い、寧ろ沈みきった声で、小さく謝った。
一夜はぱっと見た感じでは、さっきまでと何も変わっていない。入学したての頃よりも少しだけ伸びて、ブレザーの襟にかかった柔らかい茶髪。僕とほとんど変わらなかった身長は、いつの間にか数センチだけ越されてしまっている。唯一僕と同じ焦げ茶色の瞳は、なぜか悲しげだけれど、それ以外は何も変わらない、僕の大事な弟。
「ねぇ、早く帰ろう。父さんと母さんが待ってるよ」
「……」
僕の言葉に、一夜は無言で、力無く首を横に振った。そして、残酷極まりない事実を僕に伝えた。
「兄貴、俺たちはもう――」
一夜のその言葉は、僕を絶望させるには、充分な響きを持って、僕の鼓膜を震わせた。