第49話 とある双子の喜び
『ケアレスミスをなくすための必勝法』――この無駄にタイトルの長い本が、兄貴にある意味の劇的な変化をもたらした。
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「一夜!! 見て見て見て!!」
「……」
ウザいぐらいのハイテンションで、兄貴はある三枚のプリントを見せびらかしてきた。その満面の笑みは、俺にこの上ない喜びを伝えていた。
「本当に満点とれたよ!! これで一夜と同率一位だね」
「……ああ」
兄貴と成績が並ぶというのは妙に癪に障るが、仕方がない。許そう。この程度なら妥協もありだ。
俺の心中を全く悟ろうとしない兄貴は、上機嫌に鼻歌を歌っている。そんな兄貴の右手に握られているプリントは、国・数・英の三教科のテスト用紙だ。これらはつまり、冬休みが終わってすぐに行われた課題テストの結果、というわけだ。
「それにしても、びっくりしたよ。まさか、本当にあんな本のおかげで満点がとれるなんて」
「……」
確かに、俺も正直驚いている。まさか兄貴がケーキバイキングごときのために、ここまでやるとは思ってもいなかった。この機会に、俺の兄貴に対する評価を見直すべきかもしれない。
「……兄貴」
「何?」
「兄貴は結局、どうやって勉強したんだ?」
俺の質問に、兄貴はなぜか自信満々に胸を張って答えた。
「ふふん、それはね」
「……」
「『ケアレスミスをなくすための必勝法』第二章の第三項目!!」
「……の何だ」
もったいぶり過ぎだ。見ろよ周りを。教室のど真ん中でこんな会話をしてたら、無関係のクラスメイト達から嫌でも注目を浴びるだろうが。
兄貴はまるで自分たち二人しかこの場にいない、というような様子で、ようやく結論を言った。
「"問題はちゃっちゃと適当に!"って書いてたんだよ!!」
「……もっと分かりやすく説明してくれ」
俺の苦言に対し、兄貴は嬉々として説明を始めた。
「あの本によると、問題を解く時間よりも、見直しの時間をより多くとるべきらしいんだよ」
「……それで?」
「だから、見直しの時間を多くとるべきなんだよ!」
「……」
まさかとは思うが兄貴。本当にそれだけのことしかしていないのか。
「いやー、凄いよね、あの本。書かれてる通りに実行したら、簡単に満点を取れちゃったよ。一夜の言う通り、ちゃんと読んでみて良かった!」
「……」
勝手に完結するな。見ろよ周りを。皆揃って失望してるだろうが。期待して損したと思われてるんだぞ、兄貴。
「明日は土曜日だし、ケーキバイキングに行こうね」
「……」
早速なのか、兄貴。その小さな胃に一体どれだけのケーキを詰め込む気なのか、ぜひ前もって教えて欲しいものだな。
「……分かった。明日ケーキバイキングに行こう」
「本当!?」
「ああ。ただし――」
「ただし……?」
兄貴はなぜか神妙表情で俺の次の言葉を待った。野次馬と化しているクラスメイト達も、皆一様に息を呑んだ。
「綾小路姉妹も誘うぞ」
男二人でケーキバイキングは流石に浮くだろう――そう言うと、兄貴は一転して笑顔になった。
第10章終わり