第48話 とある双子の努力
俺は兄貴のモチベーションアップに貢献した。……と思う。俺が常日頃から断り続けていた、ケーキバイキングへの同行を承諾したことで、兄貴は今では張り切って勉強に励んでいる。
――ところが。
「また間違えた……」
全部で二十問の計算問題。未だに全問正解に至っていない兄貴は、意気消沈して机に向かっていた。
「……ちゃんと見直しはしたんだよな?」
「もちろん」
俺の問いかけに、兄貴はやや伏し目がちにそう答えた。
もうすでに、兄貴は全く同じ二十問をひたすら解き続けている。もちろん、順番を入れ替えながらだ。するとなんと、通算二十回解いて全ての問題を一回ずつ間違えてしまうという結果になってしまった。
……本当に呪われているんじゃないのか、兄貴。
「何でかなー何でだろー?」
「……」
兄貴は段々やる気を失ってきたのか、イスの背もたれに寄りかかって大きな溜め息をついた。隣にいる俺も、釣られて溜め息をついてしまった。
「ケーキバイキング、行きたかったな……」
「……」
過去形になってるぞ、兄貴。もう諦めてしまったのか。この甘いもの嫌いな俺が、わざわざケーキバイキングに付いて行ってやると言っているのに。
「ねえ、一夜……僕は一体何がいけないんだろ?」
「……」
知らねえよ。自分で考えろよ。
……と言いたいのは山々だが、それを言ってしまったら更に兄貴が落ち込んでしまうだろう。
俺は仕方がなく、もっともらしい意見を言った。
「……兄貴は問題を解き終わったところで、ある意味満足をしてしまってるんじゃないのか?」
「え、そうかな?」
拍子抜けしたように目を瞬かせた兄貴は、俺と解答プリントを交互に見つめた。俺は尚も続けた。
「解いただけで満足してしまって、見直しが適当になってしまってるんだろう。もっと油断なく、丁寧に見直すべきだ」
「成る程……」
俺のこの言葉に満足したのか、兄貴は何度も納得した様子で頷いた。
「じゃあ、もう一回解いてみるね?」
「……」
兄貴、ちゃんと分かってくれてるんだろうな。俺はこの上なく不安だよ。
俺はそんな言葉を飲み込んで、机の端に無造作に置いていた、一冊の本に目を止めた。それは、昨日兄貴が母さんからプレゼントとしてもらった本――『ケアレスミスをなくすための必勝法』であった。
単行本サイズのその本をふと手に取った俺は、必死に問題に向き合う兄貴を横目に、目次を開いた。そして、役立ちそうだと思える項目を見つけ、そのページを開いて読み始み始めること十五分――。
「一夜! 終わったよ! 早く丸つけして!」
「……」
妙にテンション高めに肩をバシバシ叩かれたところで、俺はようやく顔を上げた。見ると、兄貴は満面の笑みを浮かべて、俺にプリントを突きつけている。
俺はそんな兄貴とプリントを交互に見比べると、吐き出しそうになる溜め息を抑えて、こう言った。
「……兄貴」
「何?」
「数学は後回しにしないか?」
「……」
兄貴はあからさまに肩をガックリと落として項垂れた。悲壮感がひしひしと伝わってくる。かなり落ち込んでしまったようだった。
「今更諦めるの!?」
「違う。後回しにしようと言ってるだけだ」
兄貴は納得いかない様子でそう俺に迫ってきたが、俺は一歩も引かずにそう答えた。そして、新しい提案をした。
「兄貴、息抜きに本を読まないか?」
「本? 何の?」
「昨日母さんからもらった本」
そう言って、俺はついさっきまで読んでいた『ケアレスミスをなくすための必勝法』を見せた。すると兄貴は、嫌そうな顔で俺を軽く睨んだ。
「嫌だよ。だって、面白くなさそうじゃないか」
「それは読んでみてから決めろ。意外にためになるかもしれないだろう」
そう言ってやると、兄貴は頭を抱えて考え込み始めた。かなり悩んでいるらしい。それが約五分ほど続き、とうとう――
「――分かった。読む」
ひどく不満げな様子ではあったものの、兄貴は決心したかのようにそう言った。
兄貴はこの時、全く予想をしていなかった。これが自分にとっての、人生最良の本となることを。