第46話 とある双子の誕生日
前にも何度か言ったと思うけれど、僕はこれでも学年次席の身である。そして、我が自慢の弟一夜は、その上をいく学年首席である。
そんな僕たちは、小学生の頃から、ある伝説……というよりも記録を持っている。その記録というのは、今回の二学期期末考査の結果から、大体予想がつくことだろうと思う。
実を言うと僕は、小学生の頃から、九十九点しか取ったことがない。それも、全教科で、だ。正直言って、自分でも驚きだと思う。オマケに、取れなかった残りの一点というのは、全て単純なケアレスミスだったのだ。
ちなみに言うと、一夜は小学生の頃から、百点しか取ったことがない。これはこれで素晴らしいことだろう。
不良というわけではないけれど、素行があまりよろしくない一夜は、よく先生方に目を付けられてしまう。しかし、一夜のこの成績を見た先生方は、皆一様に何も言えなくなってしまう。
だから僕は、そんな嫌な先生方に、一夜の回答用紙を見せつけてドヤ顔を見せていたものだ(一夜には睨まれたけど)。
……余談はさておき、そろそろ本題に入ろう。
僕と一夜は、あの魔の四者面談の後は普通に母さんの車で帰宅した。その時に、本屋とスーパー、ケーキ屋さんにも寄ったんだけどね。
スーパーとケーキ屋はまだ分かるのだけれど、何で本屋に寄ったのかは謎だった。母さんはどうやら、どうしても欲しい本があったらしい。ただ、何の本を買ったのかは教えてくれなかった。一応聞いてみたのだけれど、
「内緒です」
……と返されてしまった。なぜだろう。物凄く嫌な予感がする。
とにかく、僕たちは釈然としないままに帰宅したのだ。そして、その日の夜は僕と一夜の誕生日パーティだった。
***
「――お誕生日おめでとうございます」
「とうとうお前らも十六歳か~。子供の成長って早いよな」
相変わらず無表情な母さんと、その隣でニコニコしている父さんは、向かい側に座っている僕と一夜を見比べながらそう言った。
テーブルの真ん中には、僕たちの好物の母さん特製ちらし寿司が置いてある。後は唐揚げとポテトサラダにプチトマト。
……うん、ちらし寿司以外は普通だね。いや、別に悪くないよ? 何事も普通が一番だよ。
「ありがとー。父さん、母さん。お腹空いたからもう食べちゃっていい?」
「どうぞ」
「やった! いただきまーす!」
「……」
母さんのお許しを頂いた僕は、手を合わせて挨拶をすると、早速お箸に手をつけた。一夜も僕に倣って手を合わせてから食べ始める。
……物凄く今さらだけど、挨拶ぐらいちゃんと言えばいいのに。
僕はそう思ったけど、特に突っ込むことなく唐揚げにかぶりついた。……うん、美味しい!
「食事が終わり次第、早めにお風呂に入ってしまって下さい。それから"プレゼント"を差し上げます」
母さんがそう抑揚の無い声で言った瞬間、僕と一夜は同時にピタリと動きを止めた。が、すぐにまた自然な動きに戻った。
なぜ僕たちは同時に動きを止めたのか。それは、母さんの言った"プレゼント"という単語に反応したからだ。
念のために言っておくけれど、僕たちは"プレゼント"が何なのかを期待して動きを止めたわけではない。ただ単純に、母さんの言う"プレゼント"とやらに一抹の不安を覚えたのだ。
「……母さん」
「何ですか?」
僕は箸の動きを休めずに、母さんに呼び掛けた。すると母さんは、一瞬だけ僕に目線を向けた。
「母さんさ、さっきの本屋で何を買ったの?」
「内緒ですと申し上げたはずですが」
僕の質問に、母さんはそう素っ気なく応えた。そして、こう付け加えた。
「それが知りたければ、早く食事を済ませてお風呂にお入りなさい」
それってつまり、僕たちへのプレゼントを買ったって言ってるようなものじゃないか!
僕の心の叫びに対し、母さんはどこ吹く風だった。表情を全く変えることなく食事をする母さんは、ある意味人間の限界を超えてしまったのではないだろうか。軽く心配になってくる。
僕は軽く溜め息をつくと、右隣の一夜に向かってこう言った。
「……一夜、僕が先にお風呂に入ってもいい?」
「……十五分でな」
長風呂の僕に、一夜はそう釘を刺すように言った。
***
「――どうぞ、ハッピーバースデーです」
まるでメリークリスマスみたいなテンションで……いや、実際にクリスマスなんだけど。そう言って差し出された母さんの手には、分厚い袋が二つ握られていた。
大きさはB4サイズで、色は白と黒。多分、白が僕で、黒が一夜だ。僕たち双子はなぜかモノトーンカラーがお決まりなのだ。
中身は予想通り、本のようだ。受け取ってみると、なかなかどうして重い。そして、二冊入っているようだった。
「……開けてもいい?」
「どうぞ」
なぜか軽く緊張気味の僕。対照的に、クールに袋を開ける一夜。セロハンテープを剥がす音が嫌に耳に響いた。
「……あ、ゴッホだ!」
二冊のうちの一冊は、ゴッホの画集だった。ゴッホは、『ひまわり』などの絵でお馴染みの、超有名な十九世紀オランダの画家である。僕が好きな画家の一人でもある。表紙は彼の描いた『自画像』だった。かなり分厚いから、結構な重みがある。
ちょっと、いやかなり感動した僕は、目を輝かせながら隣の一夜の様子を窺った。
「うわ、一夜のはレンブラントだ!」
一夜が貰った画集は、同じくオランダの画家のレンブラントのものだった。『夜警』という、明暗対比が素晴らしい絵が表紙になっている。
これらの画集は結構高いものだ。だから僕たちのお小遣いだと、なかなか手を出しにくい。けれども今は、その高い画集が二冊も僕たちの手にある!
僕はもう一冊プレゼントがあることを忘れて喜んだ。一夜でさえも、表情にはあまり出ていないものの、嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
「気に入りましたか?」
「うん! すごく嬉しいよ! ありがとう、母さん!」
「……ありがとう」
僕たちは母さんにそう礼を言うと、すぐに視線を落としてまた画集のページをめくった。すると、一夜が僕の頭を突然はたいた。
「ちょっ何するのさ、一夜! 人が折角気分良く画集を見てるってのに!」
「……」
はたかれた頭は大して痛くはなかった。けれど、邪魔されたことにちょっとムカついた僕は、頭をさすりながら一夜に文句を言った。ところが一夜は何も言わない。何も言わずに、ただ僕たちのプレゼントが入っていた袋を指差している。
それを見たところで、僕はようやく一夜の言いたいことが理解できた。
「あ、そういえば、もう一冊あったんだっけ?」
「……」
そう確認すると、一夜は仏頂面で頷いた。
「どれどれ? もう一冊は何……って、えー!!」
「……」
僕はもう一冊の本の表紙を見た瞬間、つい今さっきの喜びも忘れて絶句した。
僕のもう一冊の本は単行本サイズだった。画集ほどではないけれど厚みもそれなりにある。タイトルは、こういうものだった。
「『ケアレスミスをなくすための必勝法』って……」
「……」
何ページかめくって目次を見てみると、うんざりするぐらいにケアレスミス対策のテーマが並んでいた。あれ、何でだろう。何だか涙が出てきそうだよ。僕はガックリと肩を落として、全身で失望感を表した。
一夜は僕のこの二冊目を見ると、すぐに自分の袋に手を入れて、もう一冊を取り出した。僕も気になってそちらに視線を移した。
「……『正しい教育の仕方』って、何に使うの?」
「……」
一夜の二冊目は文庫本サイズのもので、真っ白な表紙に真っ黒な文字でデカデカとタイトルがプリントされていた。
……うん、母さんの意図が全く読めないね。
僕と一夜は揃って盛大な溜め息をつき、目の前で無言の母さんに恨みがましい目を向けた。
しかし、母さんはさして気にした様子も見せずに、淡々とした声でこう言いきった。
「二人とも、明日から勉強しなさい」
僕たちの十六回目の誕生日は、この一言で強制終了した。